“気”なるエネルギーが存在することを知った訳だが、そんなことよりも優先しなければならないことが一つできてしまった。
すなわち、婚約者であるシルビア嬢との対面である。この歳にもなって未だに婚約者との顔合せすら済んでいないのは流石にまずいと言うことで、父上とヴェルトハイム卿が急遽場所のセッティングをしてくれたらしい。
ありがたいのか、それとも余計なお世話なのか。魔法の研究がしたいという欲望と、婚約者に対してはちゃんと礼儀を重んじるべきだよなという常識の間で俺は揺れている。
と言うことで、早速お茶会が始まっているわけだけれど。
目の前にはウェーブが掛かった綺麗な金髪を靡かせている俺と同い年くらいの女子がいる。優雅な仕草で紅茶を口に含み、小動物のようにちまちまとお菓子を食べている。
どうしよう。話のネタがない。
そもそも、精神年齢が一回り二回りほど離れている異性相手に話せることなんて持ち合わせていないのだ。貴族の常識とかあんまり覚えてないし、最近の話のネタなんて魔法についてしかない。
お互いに気まずい空気がこの場に流れる。互いの従者は一歩たりとも動くことは無く、表情を固めている。その様子が目に入るたびにプレッシャーを感じて何も話せなくなるという悪循環。
そんな、ある種の牽制状態が続いた中で、最初に口を開いたのはシルビア嬢だった。
「イザーク様は、最近何か研究をしていらっしゃると小耳に挟みました」
「……ええ。まあ、ちょっとした趣味程度ですが」
「ふふ。ご謙遜なさらずに、ヨーク卿からお話は伺っております」
そこに交流あったんだ。いや、同じ国の貴族同士だし交流があってもおかしくはないけれど。
「かの御仁は貴方様のことを非常に讃えていましたよ」
第三者の口から俺についての良い評価を聞くのは嬉しいものがあるが、如何せんシルビア嬢のこの口調が慣れない。堅苦しいことはもちろんだけど、壁を感じるし何より圧迫されているような感じがする。
「それは、嬉しいですね。ヨーク卿は聡明な方ですから、そんな御仁にお褒め頂けるのは光栄です」
「よろしければ、イザーク様が行っている研究についてお聞かせいただいても?」
なんだか肩身が狭い会話が続くなと思っていたところに、なんともありがたい助け船を頂けた。これで、俺は話のネタに尽きることは無い。が、オタクの早口にドン引きされる可能性はある。
「つまらない話ですが、それでも良ければ」
と、前置きして俺は話始める。
俺がこれまで研究してきた魔法についての数々を何も知らない誰かに話す。この体験が、何より楽しくて、それでいて自分の考えを整理する絶好の機会だったと言うこともあって、シルビア嬢がどう思っているかは兎も角、俺はかなり楽しい時間を過ごせた。
まあ、おさらいがてらにちょっと情報を整理してみよう。
俺がこの世界に魔法があると考えた根拠は、二つ。一つは、魔物が存在すること。赤き竜や狂った狼など、前世と比べて明らかに動物の範疇を超えた生物がいる。
もう一つは、明らかに人間が持つ身体能力からは逸脱したような人が存在することだ。
こんな世界観で魔法が存在しないわけないだろうという、一種の言いがかりのような理論から、俺の研究は始まった。
そして、研究を進めるにつれて分かってきたことも多い。魔物と人間に共通する器官が心臓部分から見つかったこと。これは本来、肉眼で捉えることも難しい小さな器官であったが、強力な力を持つ魔物や人間のものは肉眼でも捉えられるくらいには肥大化していること。
人間は、より強大な力を持つ魔物を討伐すると力が飛躍的に上昇する。謂わば「経験値」のようなものを取得できること。
そして、Sランク冒険者という人類最高峰の実力を持つ人間は、体に迸るエネルギーのことを“気”と呼称し、それを操って身体能力を大幅に上げているということ。
これらを考慮して、俺が今考えていることは、倒した魔物から魔力を吸収する特性が人間には備わっていること。そして、魔力を貯める器官が心臓付近に存在すること。最後に、Sランク冒険者程の実力があれば、“気”――恐らく魔力と同一――を自覚することができることが分かった。
「以上が、私が考える魔力についてです。お気に召しましたでしょうか」
考えていることを分かりやすく人に伝えるというのは難しい。途中で何度も補足を入れたり、訂正をしたりと、プレゼンの質としては最底辺のクオリティを叩きだした気がする。でも、俺は満足だ。これほど自分の趣味をあけすけに誰かに話した経験なんてそうない。
俺のプレゼンを聞いて、シルビア嬢は何やら考え事をしている。会話の途中では感心したような、呆れたような目線を俺に向けていたがどうしたのだろうか。
そう思っていると、ようやくシルビア嬢は口を開く。
「素人質問で大変恐縮なのですが……」
はうっ!
……ま、まさかこの世界でそんなフレーズを聞くことになるとは思わなかったよ。トラウマを刺激されるからできれば控えてほしい。
「な、なんでしょうか……?」
「イザーク様の理論が正しいと仮定した場合、何故これまでの人類の歴史で魔力を感知することができなかったのでしょうか。私は、それがどうにも気になるのです」
続けて、シルビア嬢は言う。
「仮称アンノウンという器官がこれまで発見されなかったのは、人の死体を解剖するという行為を禁忌と定めてきたからと納得はできました。しかし、この長い歴史を見ても、イザーク様と同じような考えを持つ人が一人もいなかったとは考えづらいと愚考します」
この子怖い!年齢は俺とそんな大差ないはずだよね!?なんでそんなに聡明なのさ……。
しかし、シルビア嬢の疑問は尤もだと思う。斯く言う俺も、似たようなことを考えたことはある。この世界の誰かが既に魔法に到達しているのではないかという説にね。
だけど、この国に限って言えば魔法は非現実的な物として考えられているし、技術の進歩は遅かれ早かれ世界に共有されるものだ。これだけ情勢が安定しているのなら尚更。
「かつての人々は、今ほど安定した暮らしをしていた訳ではありません。文明だって未発達だし、その上そんな未発達の世界で竜のような強大な生き物はすぐそばにいる。……恐らく余裕がなかったのではないかと」
ここは中世風の世界。技術や文明の進歩で言ったら、まだまだ発展途上の世界だ。前世の中世なんて、日本で言えば鎌倉時代とか戦国時代。文化が確立されてきた時代だ。ヨーロッパを見れば、中世後期辺りにルネサンスである。
まあ大体、文化や文明が安定してきて、人々が娯楽に興じ始めた辺りだろうか。素人知識なんで詳しいことは何一つ分からないけど。
でも、そんな時代に魔物なんて脅威があったとすれば、発展が遅れてしまっても不思議ではない。パターンとして考えられるのは、強大な敵が存在するから安定するまで時間が掛かったか、強大な敵に対抗するために速やかに文明が発達したかのどちらかだろうけど。
まあそんなことはどうでもいいのだ。
「私の知識では、王国がこれほどの規模を誇ってから精々200年程度しか経っていないはずです。未だ発展途上、現在こそが魔法の転換期なのではと思うのです」
まあ、言ってしまえばこじつけである。もっと複雑で深い理由があったのかもしれない。しかし、まだまだ歴史が浅いのだから、この可能性を否定できるわけでもないだろう。
「……なるほど。理解は致しました。しかし、納得できる理由かと言われると、少々首を傾げざるを得ません」
「うぐっ……」
「ですが、すごく楽しいお話でした。是非、またお聞かせくださいね?」
にっこりと笑みを浮かべるシルビア嬢に、俺は引き攣った笑みを浮かべながら返答することしかできなかった。聡明だとは聞いていたけどここまでだとは思わなかった。
その後は、他愛もない話に花を咲かせ、この茶会はお開きとなったのであった。
質問には適切に答えられるようにしておこうと思った日だったよ。