病室の前に立っている。
一生を賭けたとしても、もう二度と手に入らない機会が扉を一枚隔てた先にある。
「──そして今回は助っ人がいます」
雇い主の声だ。それは少し時間をおいてから私の名前を呼ぶ。よく通る、このあたりではあまり聞かない方言が響いた。汗の滲む手を緩めてノブを握る。
ガラリと開いた扉の先には
「あなたが、」
「はい。籠村リオンと申します。よろしくお願いします」
我ながら、ひどい挨拶だ。頭の冷静な部分がそう囁いてきた。
◆◆◆
扉を開いて現れたのは年若い少女だった。とはいえチヒロと同年代ではあるだろうし、背丈は比べるまでも無くあちらの方が高い。しかし、何よりもチヒロの目を引いたのは彼女の格好だった。
短いマントが付いた学ラン風の黒い服に同じく真っ黒な制帽。顔以外の肌を完全に隠したその姿には、覚えがあった。
「あなたが、」
「はい。籠村リオンと申します」
籠村。妖刀が世に知られるよりも前から、刀を用いた妖術戦を研究していた一族。
それが妖刀の到来以降力を持つようになり、異様な発展から妖刀の技術を盗んだのだと噂されている。
(妙なところは無い……一般的な妖術師と同じだ)
後ろに手を組んで休めの姿勢を取ったリオンは、神奈備に囲まれて尚、動じていないように見えた。
「こいつはどっちに行くんだぁ!?」
「静かにしろって」
「この子には俺の代理で双城の方に行ってもらう」
柴の代理というだけで、彼女の実力は測れる。確かに双城の相手を務めるに足るだろう。だが双城は妖刀に異常な執着を見せていた。それが籠村の者を目にすればどうなるか。
(いや……)
今回の目的は囚われたシャルを取り戻すことだ。双城が我を忘れてリオンを狙えば、その分チヒロがシャルを救出しやすくなる。リオンの命を考えなければ、だが。
「作戦は変わらねぇ。使えるモンが増えただけだ」
「はい。よろしくお願いします」
◆◆◆
作戦の概要を聞いて、双城の下へ向かう。
六平を愛していると言う双城であれば、籠村の私は良い囮になるだろう。
「ほんとにいいの?」
声を掛けてきたのは対双城部隊唯一の同性である張間さんだ。作戦の要であるはずなのに、ずいぶん気楽なものだった。
「本当に、とは?」
「作戦の話。リオンちゃんが出ることないでしょ?」
「……正直六平さんに会えただけで十分です。でも、折角妖刀が二本揃っているなら、」
「──来たぞ」
眼下で銭湯から双城が現れる。気合十分に部隊の面々を見ていた双城だったが、私を捉えた瞬間眉間に深く皺が寄った。そんな彼に見せつけるようにして手首の入れ墨図柄に触れる。
「
「──籠村!!」
吠えた双城が持ち上がった地面に跳ね飛ばされる。
「
上空に浮かび上がった岩の大地を駆ける。怒りにかられた双城が雷撃を放つも、私の手元に吸い込まれて消えた。双城の驚いた顔がやけに目に残る。
妖刀の力が無力化されるとは思っていなかったのだろう。それも相手は
「結」
双城の持つ妖刀、
どれも出力が高くて二回分閉じ込めただけで空髏は壊れてしまう。肌に走る雷撃に、宿る玄力の重みに、これこそが妖刀なのだと実感できる。それは痛みよりも遥かに大きく、私の意識を揺らした。
「事象謄写」
容量が一杯になった空髏を複製して即席の爆弾にする。その影から神奈備が飛び出して、戦いはあっという間に乱戦の様相を呈し始めた。
こちらの戦力は私含め四人。岩を動かしている張間さんと、切り札だという少年を除いたこの四人で双城から刳雲を奪う。
「降」
「飛べ!」
周囲に撒き散らされる水。空髏の生成は間に合わない。
「鳴」
だから喰らう。そんなことは想定済みだ。こちら側に六平が居る以上、妖刀の使い手如きが敵うはずが無い。
ガクンと
「畳み掛けェい!!」
大技を上手くいなした。今度はこちらが決める。そう勢いづいてはいるけれど、妖刀の力はこの程度のものなのか? 本当に終わりなのか?
私の疑問に答えるように、刳雲が妖しく光った。
◆◆◆
「──ぁ……?」
カザネが目を覚ますと、とっくに戦闘は終わっていた。痛む体を無理やり起こして周囲を見渡してみれば岩の残骸が海岸に転がっている。
ハッとして仲間たちの姿を探せば、後ろから足音が聞こえてきた。
「カザネ! 目ぇ覚めたか」
駆け寄って来た荻原は、いつにも増してボロボロだった。ついこの間新調した丸眼鏡はレンズが粉々になっている。宥められながら状況を聞くと、一人を除いて全員無事だと言う。
「一人、って」
「籠村だ」
厳しい面持ちで荻原は立ち上がった。それを追って顔を上げるが、周囲が妙に暗い。元々夜闇の中で戦っていたことを考えても不自然な暗さだ。
その原因を探そうと空を見上げ──海に突き刺さる巨大な剣を見た。