騙された。嵌められた。失敗した。
一色若葉は、初めから知っていたのだ──自分が何者なのか。
すべて見透かしたうえで、愚かな子どもだと嘲笑っていた。
獅童を研究所の前で見たあの時から、考え続けていた最悪のシナリオ。それが一つ一つ、現実となっていく。
一色若葉は、獅童と繋がりがある。
認知世界の情報も共有している。
そのうえで、吾郎があの男の私生児だということすら、把握している。
母の写真を飾っていたのも罠。
あんなもの一つで懐柔されるなんて、いつになったら自分は学習するんだ?
この世界には敵しかいない。
少しでも這い上がろうとしたら、奈落の底まで蹴落としてくる奴ら。上から見下して、無様な姿を嘲笑う奴ら。手を差し出したふりをして、唾を吐きかけてくるような奴ら。
だが、まだ間に合う。
無力なガキだと思ったら大間違いだ。
獅童との関係も、アイツに話した情報も、認知世界のことも、裏で企てている目的も、全て吐かせる。
──俺はこの力に選ばれたのだ。もう何も奪われることはない。
狂おしいほどの焦燥感のなかで、それだけが光明だった。
階段を駆け上がった時、すでに視界から獅童の姿は消えていた。だが、進むべき道は理解していた。
この神殿の構図も、獅童の進んだ方向も、パレスの主である若葉の居場所も、すべてが手に取るようにクリアに見えていた。
憎悪が頭を支配する。
その分だけ、もう一体のペルソナの感覚が磨き上げられるように感じた。
奥へ進むにつれ、数学的な謎かけや、ロジックパズルのような仕掛けが行く手を阻む。
床石に刻まれた数列を正しい順に踏まなければ開かない扉。天秤に乗せられた石板の重さを均一にする仕掛け。
どれも子ども騙しでしかない。簡単に解き明かし、吾郎は先へ進んでいく。
そして、ついに、最深部の一歩手前の扉までたどり着いた。
高い柱の回廊を抜けた先、重い石扉の前に獅童は立っていた。
あと数歩という距離まで追いついてはじめて、獅童は漸くこちらを振り返った。
吾郎は、低く抑えた声で問う。
「殺されたくなければ答えろ。なぜ、お前は俺のことを知っている?」
腰の武器に手を伸ばそうとして、まだ服が変わっていないことを思い出した。
この神殿は、最深部の一歩手前まで侵入してなお、まだ吾郎を敵だと認識していなかった。
「知るも何も、お前の顔を一目見れば、誰の子どもか分かる」
「誰の子どもか、だって? お前のような屑が、いちいち踏みつけにした人間のことを覚えていられるのか」
そうだ。事実、船着き場のパレスの主である獅童のシャドウは、吾郎を見てもなんの反応をしなかった。
「■■という女だ」
だが、目の前の若葉の認知存在の獅童は、こともなげに母の名前を口にした。
「まさか、すでに故人となっているとはな。あの女には、悪いことをしたと思っている。せめてお前には償わなければならない」
獅童は悲痛な声を出して、頭を下げた。
その姿を見た瞬間、血管がはち切れそうなほどの怒りが脳を支配する。
目の前の男が本物ではないことも、ここが若葉の認知世界であることも、すべて意識の外へ吹き飛んだ。
「そんなことになんの意味もないと分からないのか?」
情けないほどに声が震えていた。
「もう母さんはいない。墓の前でお前がどれだけ謝罪の言葉を重ねたところで、聞くことすらできない」
何を話しているのか、自分でも分からない。
「愛している男に裏切られて、体を壊すまで働いて、母さんは──」
吾郎は言葉を切った。
獅童が、ぴたりと動きを止めていたからだ。
頭を下げた姿勢のまま、指先ひとつ動かない。まるで、言葉の意味を処理できずに凍りついているようだった。
やがて、獅童の輪郭が揺らいだ。
そう思った次の瞬間には、跡形もなく掻き消えていた。
「その者は、あくまで私の認知存在。話したところで、得るものは何もないわ」
声とともに、閉ざされていた扉が開く。
暗く狭い廊下の先から、金色の瞳をした一色若葉が姿を現した。壁画に描かれていた通り、古代エジプトを思わせる白い装束を纏っている。
「なぜ、認知存在が消えた? 現実のアイツになにかあったのか」
「心配なの?」
奥歯を噛み締めた吾郎を、若葉は静かに見つめた。
違う、と答えたところで、この女は信じないのだろう。
すべてを見通すような目。自分にはなんでも分かっていると言わんばかりの表情。かつては、それを頼もしく思ったこともあった。
だが今は、ただ忌々しい。
「安心して。獅童正義の認知存在が消えたのは、おそらく自己矛盾のせいよ。私の知る獅童正義の情報と、あなたの話した情報に食い違いがあったのでしょう。
不安定な認知存在──もともと私自身が、理解していると確信を持てていない人物の像は、たったそれだけの歪みで崩れてしまう。そのうち、新たな人格と思考パターンが上書きされて復活するはずだわ。そして認知存在の変化は、現実の私が獅童正義に抱いている印象にも影響する。
そのプロセスには、どれほどの時間を要するのかしらね。……興味深い。これは究明する価値のある疑問だわ!」
噛み砕いた話し方をする現実の若葉とは違い、シャドウは他人に理解させようとはしていない。頭に浮かんだ思考を、そのまま垂れ流しているような話し方だった。
だが、啓次や岡倉、真理子のシャドウとは決定的に違う面がある。
「ずいぶん確信をもって話すんですね。他のパレスの主は、あなたのようにここを認知世界だとは理解してはいなかった」
「それが、認知訶学を知る者とそうでない者の差異なのでしょうね。私にとって、認知世界は現実世界と同じだけの重さを持つ場所だわ。ここで起きた出来事が、現実の私にどれほど影響を与えるかも理解している。私にとってここは、第二の現実といってもいい。
だからこそ、私は他のパレスの主よりも、認知世界で起きたことの影響を受けやすい。……ああ、この神殿に現実の私を連れてくることができれば、どれだけ研究が進むか! これ以上ない研究材料が、ここにあるのに」
若葉のシャドウの金色の瞳が、より一層強く光った。
冷静なようでいて、彼女の言葉は劇的で、感情の発露も唐突だ。
話は通じる。理屈も通る。だがやはり、目の前にいるものはシャドウでしかない。
だからこそ、秘密を聞き出すにはうってつけだ。
「では取引しましょう。知っていますよね? 僕だったら、現実の若葉さんをここに連れてくることができます。代わりに、僕の質問に答えてください」
お粗末な嘘だった。
ナビを持っているのは真理子だ。今の吾郎に、現実の若葉をここへ連れてくる手段などない。
それでも、シャドウはすぐに頷いた。
「ええ、いいわ。また取引をしましょう」
そして、招き入れるように、扉の奥へ続く廊下を見た。
豪壮な神殿の入口と比べ、奥へ進むほど道は細くなり、差し込む光もなくなっていく。
唯一の光源は、若葉が右手に持つ灯皿だった。
青銅の皿の上で油を吸った布の芯が燃え、小さな火が頼りなく震えている。
数歩先を歩く若葉の背中さえ、少し目を離せば闇に溶けてしまいそうだった。
それでも、ペルソナの能力が吾郎に情報を与えていた。
若葉が向かう先にあるのは、神殿の最奥にある至聖所。
この神殿が祀る神がいるのも、そこに違いない。
「あなたには見せたいと思っていたの。ついに私は神託を得ることができたということを。まだ完全に読み解くに至ってはいない。だけど、その日が近いことは確かだわ」
熱のこもった声で、若葉のシャドウは語り続ける。
ここを認知世界だと理解していながらも、聖職者という己の役回りもまた、彼女にとっては紛れもない真実なのだろう。
至聖所の中は、ほとんど真っ暗だった。
四方を高い石の壁で囲まれた手狭な部屋。
中央にある石造りの台座を、若葉は灯皿を近づけて照らした。
台座の上にあるのは、黒石で作られた小さな祠だ。
扉は開け放たれていて、神像があるべき位置には奇妙なモヤがある。真理子のパレスで一度目にしたものに、よく似ている。
若葉は祠の前に灯皿を置くと、こちらを向いた。
そうすると、真っ暗な部屋の中で視認できるのは、祠と、かろうじて白衣が浮かび上がっているだけになる。彼女の顔は、もう見えない。
「さあ、吾郎くん。取引のためには、質問に答えなければいけないのでしょう。なんと答えてほしいの? あなたの協力を得るためなら……どんな嘘だって、私はつくわ」
やはり一筋縄でいかないようだ。
嘘を言う、とまさか宣言してくるとは。どこまでも人を馬鹿にしている。
「それとも、真理子ちゃんと同じ質問かしら。『お父さんは助かりますか』と聞きたいの? だったら、何度でも答えるわ。ええ、啓次さんは必ず助かる。あなたたちは何も心配しないで、これからも私の研究に協力しなさいって」
「……それが、嘘だったっていうんですか?」
聞きながら、真理子の顔が脳裏に浮かんだ。信頼できる人が味方になってくれたと安堵していた、彼女にしてはめずらしく幼い表情。
それをかき消すように、若葉の喉から笑い声がこぼれた。
だが、愉快そうな声ではない。泣き出す寸前の人間が、無理やり口角だけを吊り上げているような、奇妙な笑い方だった。
「ふふ、ふふっ……だってそうしないと、もう私の研究には協力してくれないでしょう? どうあっても啓次さんが助からないとなれば、認知世界で危険を冒す理由がなくなってしまう。あなた達のおかげで、ようやく神の言葉を理解できそうなのに。そんなの、認められないわ」
失望と怒りで視界が赤くなる。
しかし、それと同時に、理性が強烈な違和感を訴えてもいた。
──これは、本当に若葉なのか?
目の前にいる人間の顔は少しも見えない。声音すら、普段の若葉とはあまりにかけ離れている。
どうせ本性はこんなものなのだろうと、さっきまでは考えていた。
だが、いざこうして露悪的な言葉を嬉々として語るシャドウを見ると、何かがおかしいと混乱してくる。
メメントスで危険なシャドウが出るたび、吾郎たちよりも死にそうな顔で心配し、先に進むのを慎重すぎるほどに嫌がる若葉。目の前の存在とは、あまりに別人すぎる。
「……真理子のことを騙して、なにも感じなかったんですか」
吾郎は、真意を確かめるように聞いた。
「どうして? 私は平気で自分の娘すら犠牲にできる人間なのに。神の言葉を聞くためなら、なんだって犠牲にする」
返ってきた声は、やはり泣き笑いのようだった。
「いいえ。そもそも、子どもなんて持ってはいけなかったのよ。だって私は神妻なのだから。神に仕えること以外、求めてはいけない。そうしなければ、神託を得ることなんてできない。子どもを作ったことが、私の人生を捧げるべき目的の妨げになっている──子どもなんて、いらなかった!」
吐き気がした。
耳から入ってくる言葉が、形容しがたい不快感になって頭に流れてくる。
「もういいです」
それ以上続けさせないために、吾郎は話を打ち切った。
なにを甘えたことを考えている?
頼れる大人だなんて幻想に縋るなんて、愚の骨頂だ。
シャドウの語る本心。これ以上の真実はない。
いま目の前にいるこれが、彼女が善意という虚飾で覆い隠していた本心なのだ。
この女は敵だった。それだけの話だ。
いままで会ってきた大人と同じ。
骨の髄をしゃぶり尽くすまで、自分たちを利用することしか考えていない敵なのだ。
「僕が聞きたいのは、母のことです。あなたはどこで、母があの男の愛人だったことを聞いたんですか。それとも、かつて母自身があなたに話したんですか」
「あなたの、お母さんのこと……」
ぽつりと、若葉は繰り返した。金色の瞳から、すっと光が抜けた。
ふっと、周囲が明るくなる。
次の瞬間、目に映ったのは、石造りの神殿ではなかった。
血管のような赤い線が壁に走る、線路の道──メメントスだ。
目の前に立つ若葉は、神妻の装束ではなく、見慣れた白衣姿をしていた。金色の光を失った目で、寂しげに吾郎を見ている。
ほんの一瞬で、その光景はぐにゃりと歪んだ。
瞬きをした時には、周囲はまた暗くなり、至聖所のなかに戻っていた。
心もとない灯皿の光によって、薄く周囲が照らされている。
……いま、何が起きた?
理由は分からない。だが、少なくとも目の前のシャドウもこのパレスも、安定していないことは確かだった。
「ごめんなさい。私の口から話すわけにはいかないわ。このことを伝えることを、あの子……あなたのお母さんが望んだとは思えないから」
突然、いつもの若葉のような話し方をする。
「何を今更、善人ぶったことを」
吐き捨てるように吾郎は返した。
「そう思ってくれて構わないわ」
若葉のシャドウは頑なだ。
悠長にしている時間はない。聞き出さないといけないことは、他にいくらでもある。
口を割らせる手を考えなければいけない。
だが、若葉のシャドウを傷つけることはできない。
傷つけると脅すことを考え、すぐに却下する。認知世界というイレギュラーだらけの空間では、暴力を示唆することすら、どういう結果になるか分かったものじゃない。リスクが高すぎる。
啓次のあの異様な最期が忘れられないのは、なにも真理子だけじゃない。自分にとっても、あの出来事は最悪の教訓として頭に刻まれている。
危害を加える行為、及び、それを示唆する言動は避けるべきだ。
そうなると……。
吾郎は感覚を集中させる。
すると、意識が自然とあの祠の中へと吸い寄せられていく。内なるペルソナが、あれこそが鍵なのだと告げてくるように。
虹色の光を放つ、白いモヤ。
同じものは、真理子の認知世界である漫画喫茶のパレスにもあった。
そして、真理子と彼女自身のシャドウが口論になった後、黒塗りのビデオテープに形を変えたのだ。
『あなたにとっては嫌なものかもしれないけど。でもやっぱり、真理子にとってそれは宝物だから』
戦いの後、そう言って、最後に真理子のシャドウはビデオテープを渡してきた。
言われたとおりにしたが、真理子曰く、現実世界に戻るとなくなっていたらしい。
代わりに握っていたのは、母親からの書き置きだった。
兄を連れて、真理子を迎えにくるという約束。
本人はこんなものいらないと破り捨てていたが、嘘だろう。
あの書き置きがシャドウの言うとおり、彼女にとって宝物だったことは間違いない。
真理子のシャドウが家を漫画喫茶だと誤認し、そこに籠っていたのは、すべてあの約束のためだったのだから。
母親と兄が迎えにくるという約束。
真理子の認知の歪みは、その『宝物』を守るために始まったのだ。
もし、あの祠のなかのモヤが、若葉──そしてこの認知世界にとって大切な宝物だとしたら。それを奪うと脅すことは、有効な交渉材料になるはずだ。
若葉の勘は鋭い。気づかれる前に、取るしかない。
吾郎は若葉の横を走って通り過ぎると、祠のなかへと腕を伸ばす。
しかし掴みどころのないモヤに触れることはできず、手は空を切った。
「無駄よ。認知世界の核はまだ具現化していない」
若葉のシャドウは落ち着き払った声を背中からかけてくる。焦っている様子は微塵もない。
──考えろ。認知世界の核とやらを具現化させる方法を。
あの時、真理子は自身のシャドウと口論になった。
もし具現化の条件が現実の自分との対面だとしたら、お手上げだ。
だが、あり得る条件は他にもある。
真理子は「そんな願いは奪って、捨ててやる」と宣言した。
それに対して、真理子のシャドウは「盗らせない」と返し、明確な敵意をこちらに向けた。
あの会話を通して、真理子のシャドウは宝物を奪われるかもしれないという、強い危機感を抱いたのだ。
当然だ。深層心理では一人の人間なのだから。
真理子の宣戦布告は、彼女のシャドウにとって、非常に現実味を帯びた脅し文句に聞こえたことだろう。
同じだけの影響を、吾郎が若葉のシャドウに与えることはできない。
奪うと脅したところで、若葉は無視する。あのモヤのような状態では、触れることすら叶わない。
思考を巡らせながら、吾郎は口を開く。
「認知の核というのは、この祠の中のもののことですよね。中にあるのは、神像ですか?」
「ええ、そうよ。ここは神殿で、私は神妻だもの。仕える神がいるのは当然のことでしょう」
神像がなくては、この神殿の存在する意味がない。
現実世界に置いてこれに対応するものがあるとすれば、よほど重要なものなのだろう。
この認知世界で手に入れた情報を思い返す。
黒い石の祠、替えの効かない神像、神託、読み解けるのは若葉だけ──頭のなかで線が繋がった。
「……今日、真理子と話していた時。若葉さんがオラクルというコードネームを選んだことを、彼女は意外だと言ったんです。あなたのような論理的な人間が選ぶ言葉ではないと」
とつぜん話し始めた吾郎に対して、若葉からの返事はない。
構わず、そのまま話し続ける。
「だけど僕は、いかにも若葉さんが好んで使いそうな言葉だと思った。オラクルという単語は、数学や計算機科学の分野でも使われることがあるからです」
読書家である真理子の教養の高さは、吾郎も認めるところだ。
しかしその知識量には、どうしても好むジャンルによる偏りが出る。
彼女はサイエンスフィクションが好きではない。そのため、オラクルという言葉を、歴史書やファンタジー作品の中でしか目にしてこなかったのだろう。
吾郎は、黒い石の祠に目を向けた。
「もちろん若葉さんはご存知でしょうが、計算複雑性理論や量子計算では、オラクルという用語は、ブラックボックスに近い意味で使われる。内部構造は不明。けれど、特定の問いに対して、正しい答えを一瞬で返す理論上の装置──それがオラクルだ」
異世界ナビも似たようなものと言えるだろう。
一体どんな理論で動いているのか、どんな処理が行われているかは、まったくの謎。
それでも、「人物の名前」、「現実世界での場所」、「認知世界での場所」という三つのキーワードを入力すれば、必ず「該当する認知世界へと近くにいる人間を飛ばす」という結果が返ってくる。
人類の科学力では再現不可能な技術。
まさに、常識の埒外にあるブラックボックスだ。
「神殿の中の人たちと話していて、違和感があったんです。『一体しかない』『他の神殿にはない』『力を失ったら復活させることはできない』なんて言い方を、神に対してするでしょうか?」
若葉について調べた時、彼女の発表した論文には一通り目を通していた。
そこで知ったことだが、認知訶学はまだ主流とは言いがたい分野でありながらも、少なくない数の学者によって研究されている。
そんな中で、若葉の研究所だけが注目されている理由。
それは、彼女たちが他の研究者よりもはるかに深く、認知世界への干渉へ踏み込んでいるからだ。
認知訶学の応用は、認知の歪みや精神の異常を早期に発見することに限られていた。
観測することはできる。だが、干渉はできない。
認知世界の存在を確信している者ですら、それが従来の見解だった。
その常識を、若葉たちは覆そうとしている。
実現不可能とされてきた認知世界への干渉。
それを可能にしているものが、ただの研究設備だとは考えにくい。
例えば、吾郎がある日とつぜん異世界ナビを得て、パレスへ入れるようになったように。
若葉たちもまた、人類の科学だけでは説明できない何かを手にしているのだとしたら。
「あなた達の言う“神”とは、現実世界では何らかの装置なんです。それも、認知訶学を研究するにあたって不可欠な装置だ。
だけど若葉さんたち自身も、その内部構造は解明しきれていない。再現不可能だから、絶対に失うわけにはいかない。常に心の中でその装置の存在を意識しているからこそ、自然とあなたは
神託を解き明かすことができるのは若葉だけ。
認知存在たちがたびたび口にしていたその言葉は、ブラックボックスを解明することができるのは若葉だけ。そういう意味だったのではないだろうか。
「……すごいわ、まるで探偵ね」
破れかぶれの推理劇は当たっていたらしい。
しかし、若葉に焦った様子はない。子どもを褒めるような口ぶりで、今にも拍手の一つでもしそうだ。
まるで相手にされていない。
──だが、重要なのはここからだ。
吾郎は、空のポケットに手を入れると、悪辣な笑みを浮かべる。
「今ここで僕が現実世界に戻ったら、どうなると思います?」
ナビは真理子に渡したから手元にない。若葉が騙されるかは、自分の演技力次第だ。
「僕の予想はこうです。現実に戻ったら、僕の前には、研究所にとって唯一無二の大切な”何か”がある。
そして、この至聖所と同じく、装置を保管している部屋に出入りできる人間が限られているとしたら……僕がそれに手を伸ばしても、止める人間は周囲にいないでしょう」
「何が言いたいの?」
初めて、シャドウの声に明確な動揺が走った。
理解しているはずだ。
認知世界の神像は守れても、現実世界の装置なら奪われる可能性がある。
「真実を教えてください。さもなければ、後悔する結果になりますよ」
その瞬間、若葉のシャドウの金色の瞳が煌々と光った。
祠の中のモヤは中心に収束し、一つの形を取る。
黒い小さな神像。想像した通りのものが、祠の中に収まっていた。
若葉の言葉を借りるとすれば、認知世界の核が具現化した、ということになる。
黄金の光を放つ神像によって、至聖所の中が照らされていた。
若葉のシャドウの瞳も、煌々と光る。
「そんなこと、絶対にさせないわ。この神殿を脅かすものは、なにであろうと許すわけにはいかない」
同時に、吾郎の服が変化する。
この神殿を脅かす、排除すべき敵に吾郎はなったのだ。
「すべてを犠牲にしても、私は絶対に神託を理解しなければいけない。それが私に与えられた使命なのだから!」
まだ書き溜めがあるので、一週間以内に次回投稿します。
感想や温かいお言葉、ありがとうございます。
更新が長く空いてしまったのに続きを読んでもらえて、本当に嬉しかったです。
新しく読んでくれている方々も、ありがとうございます。これからよろしくお願いします。