そして世に(銀髪薄幸美少女傭兵との)純愛のあらんことを 作:アリマリア
【起きろ、617】
脳深部コーラル管理デバイス、起動。
脳内に響く自らのサポーターの声によって、617の意識は急速に浮上した。
ぱちりと開いた瞳に映るのは、いつも通りのACのコックピット。
メインシステムの電源を落とした今は、617の感覚と同調することもない、真っ黒なメインカメラ用のディスプレイがそこにはあった。
『……ナイン?』
無意識に握っている操縦桿から手を離し、いつも通りに首輪型デバイスの電源を入れながら、617は怪訝な声を上げる。
先程、意識の覚醒と共に聞いたナインの声は、いつものそれと違っていた。
普段は明るく活発な少年、あるいは青年らしいナインの声は……今、強い警戒と緊張感が漂っている。
それこそ、戦場で彼が出すような声音のように思えた。
【617、一度状況を整理する】
困惑する617に対し、ナインはそう前置きして、やはり緊張感のある口調で語り出す。
【……君の現在の目標は、ハンドラー・ウォルターとの合流。その手段として、ルビコン3への密航を決めた。
そして密航の日取りは、明日の早朝。パッチとの『追い出し会』を終えた俺たちは、それに備えて最後の仮眠を取っていた。……ここまではいいな?】
『はい。617の認識と相違ありません』
脳深部コーラル管理デバイスによって補助される617の意識は、覚醒直後でも鮮明だった。
ナインの言った内容は、確かに617の記憶と違わない。
だからこそ617は、ナインが言いたいことの趣旨が掴めず、軽く小首を傾げる。
が、そんな617を前にしても、ナインの言葉は柔らかくならず。
彼女の視界の隅には、小さく刺々しい光を放つ、赤色が点滅していた。
【よし。……では、落ち着いて聞いてくれ】
そう前置きし。
ナインは、その広域スキャンで探知した内容を、告げた。
【現在、このグリッド15に、惑星封鎖機構の強襲戦力が向かっている。
それも、特務機体に高火力LC、強襲艦という大戦力だ……ヤツら、この辺りを真っ平にする気らしい】
617は、その言葉の意味を理解しかね、何度か目をまたたかせ……。
結局それを掴みかねた彼女は、素直に尋ねることにした。
『それは……何故?』
【俺たち、だろうな。どこからか知らんが、封鎖機構の基地を2度も壊滅させた危険因子がグリッド15に潜んでいると掴んだ。それなら叩かねばならないと、あそこのシステムが判断したんだろう。
……ちっ、パッチの偽装能力を過信しすぎたかね。二陣営の敵の情報はさぞ高く売れただろうよ】
ナインは忌々しそうに……というより、自らの失策を悔いるように、617には理解し難いことを呟く。
しかし、617はそれは気にしない。
何故なら……彼女は一匹の猟犬であり、一人の独立傭兵だからだ。
『ナイン、指示を仰ぎます。617は、どうすればいいですか』
617にとって大事なのは、この状況で、誰とどのように戦えばいいかの情報。
飼い主からの命令を忠実に聞くだけの猟犬。それが、今の彼女であるが故に。
……しかし。
ナインは、それを良しとしない。
【それは君が選べ、617】
『……選ぶ?』
再び、617は小首を傾げた。
その言葉が、理解しかねると言わんばかりに。
そんな彼女に、ナインはしかし、淡々と語った。
【選択肢は2つだ。
1つは、グリッド15から逃避すること。
幸い、ブローカーの指定したポイントはグリッド15から離れているし、ブローカー本人も離れた場所に居るらしい。ここで逃げだしても、ルビコン3への密航は叶うだろう】
それなら問題ないのではないかと、617は更に困惑を深める。
自分の目的はルビコン3に向かうことで、それ以上でもそれ以下でもない。
面倒に巻き込まれる前にその道を選ぶ方がいいだろうし、選択肢など存在しないのではないか、と。
……しかし。
【だが、その場合、パッチは死ぬ】
続くその言葉に、617の心臓は、不可解に跳ねた。
『……?』
ほんの僅かな鼓動の変化に困惑する彼女に、しかしナインはそれを理解しながらも、口を止めることはなく。
【ヤツらの情報封鎖は思っていた以上だ。恐らくは秘匿回線でこの作戦を決めたんだろう、俺だって警戒網に引っかかるまでは気付けなかった。
つまり、パッチもまた、この強襲作戦を知らない。当然ながら商売道具もツテも商品も、全てをこのグリッド15に残しているままだろう。
そしてアイツは、命乞いこそ得意だが、相手の戦力を見てそもそも戦いを避けるってのはできない男だ。まず間違いなく商売道具を守ろうとして抗い……エクドロモイやLCに狩られる。
封鎖機構はシステムに管理された組織だ、アイツのお得意の命乞いは通用しないだろうからな】
静かに、流々と。感情を抑えた言葉が、617の脳に入っていって、そして通り抜ける。
理屈や理論は、今の617に必要なかった。
とにかく、確かなのは……。
自分が戦いを避ければ、パッチは死ぬ、という事実。
それだけだった。
【もう1つの選択肢は、この惑星封鎖機構強襲部隊を撃滅すること。
……ハッキリ言おうか。こちらは非合理的な選択だと言っていい。
俺たちは誰からも依頼を受けていない。つまり、報酬は入らない。
弾薬費に修理費、そして命のリスクを払い、しかし俺たちは何も得ることはない。ただの骨折り損のくたびれ儲けだろうな。
当然ながら、密航の日程は全て組み直しだ。ルビコン3に向かうのは遅れるだろうし、最悪200,000COAMの貯め直しもあり得る。俺たちの目標達成からは遠ざかると思っていい】
ナインが提示した2つ目の選択肢は……合理的に言えば、間違いなく、617が避けるべき道だった。
これを取る意味はない。まるでない。
目標から遠ざかるばかりで、ウォルターにとって得になることなど全く以てこれっぽっちもないのだから。
……しかし。
そうすれば……パッチが死ぬことは、ない。
事実をぼんやりと噛みしめる617に、ナインは問いかける。
【617。君が、そのどちらを取るか選ぶんだ】
『…………』
改めて提示された問いに、617の首輪型デバイスは、何の反応も示さなくなる。
……強化人間C4-617にとって、自らの意思で選択する、という行為は不慣れなものだった。
いずれはそういう時が来ると判断していたハンドラー・ウォルターも、ルビコン3に突入してすらいないあの段階では、617に選択の余地を渡す余裕はなかったし。
彼女も彼女で、あらゆる判断をウォルターに依存し、それでいいと思っていた。
……そして、彼女が選択を取れない理由が、もう1つ。
パッチが死ぬ、と。
そう聞いた時の、不可思議な鼓動が、彼女の思考を狭めてしまっていた。
『……何故、617が』
何故ナインが決めるのではなく、617が決めるのか。
辛うじて絞り出したのは、そんな疑問。
いつも優しかったサポーターはしかし、戸惑う617に、手を差し伸べはしなかった。
ただ、一度617を落ち着かせるように、まるで別の話題を振る。
【617。君は前のミッションで、俺がアーキバス輸送ヘリのパイロットを助けたことに、内心で疑問を呈していたな。その理由を、改めて答えよう】
彼は、これまでにない程真剣に、その理由を告げた。
【選んで殺すことは、上等だからだ】
『……?』
意味を理解しかねる617に対し、ナインは何を思い浮かべているのか、どこか虚ろに告げる。
【独立傭兵は……レイヴンは、リンクスは、ミグラントは、自分で受ける依頼を選び、自分で行く道を選択するものだ。
何を選び、何を選ばないか。何を守り、何を攻撃するか。……誰を生かし、誰を殺すか。それら全てを、俺たちは自らの自由意志によって選択し、先へと進む。
それは時に救世となり、時に虐殺となり、時に復讐となり、時に裏切りとなる。
だが、ただ一つ共通するのは……繰り返すようだが、それが俺たち自身が選んだ道であるということ。ミッションを受領し、出撃し、戦場を駆け、敵を殺したのが俺たちの意志によるものだということ。
それが嫌なら傭兵などやめて、静かに目を閉じればいいんだ。そうせずにミッションに出たならば、それは確かにソイツ自身の判断であり決断だ。
結局のところ、俺たちは選んで殺す。……人類種の天敵になろうと、黒い鳥になろうと、大罪人となろうと、その道からは外れられない】
当然ながら、617はその言葉の意図の大半を理解できない。
しかしその真剣な口調から、きっとナインは大切なことを教えようとしているのだと、それだけは理解した。
だってそれは……。
ウォルターが自分たちハウンズに、「友人との昔話」を教えようとしてくれた時と、とてもよく似た口調だったから。
【……済まない、私情が入って熱くなったな。
とにかく、独立傭兵は自らの意志で何を助け、何を殺すかを選ぶ。それを上等とする者たちだ。
俺は……正確には俺は独立傭兵ではないが、あのパイロットたちに作戦の中で多少の情が沸いた。だから彼らを「助け」、それ以外の第14基地の者たちを「殺した」。その選択をしたんだ】
ただ自分がそうしたかったから、そうした。
それが、ナインがあのヘリのパイロットたちを助けた理由。
至極単純で、どこまでも人間らしい、選択だった。
【君も独立傭兵だ。これからは自分の意思で決断をしなければならない時が来る。だから、今回はその練習だ。
君が決めるんだ、独立傭兵617。
ここから退避するか、それとも惑星封鎖機構を迎撃するか。
前者を選べば目標達成が近まり、後者を選べばパッチの命が担保される。
……君なら、どうする?】
ナインは、良くも悪くも公平に問いかける。
君の本来の目的はウォルターの元への帰還だろう、と諭すこともなく。
どのような状況においても人命は優先される、と説得するでもなく。
それらの価値を617の脳内で天秤にかけさせ……彼女の現在の価値観において重い方を、選ばせる。
が、617は、易々とは決断できない。
……分かっている。
いいや、むしろ分からないと言うべきか。
今選ぶべきはグリッド15からの逃避である、ということは分かっていて。
何故自分が即答できないのかが、分からない。
少し考えて、617はぼんやりと理解する。
自分には、初めて選択を託された困惑と共に……躊躇があるらしい。
何にか、と言えば……。
恐らくは、いいや、間違いなく。
パッチの命が失われるという事態に、だ。
しかし、彼女にはそれが何故なのかわからない。
パッチはあくまで現地の協力者に過ぎない、はずだ。
ルビコン3に移るまでの繋ぎであり、その命が失われても、作戦上は何の問題もない。
……そう、強いて言えば。
617が、生身で顔と顔を合わせて触れ合った、ウォルターとハウンズ以外の初めての人間が、パッチだったということ。
それ以外には、何の問題もありはしない。
けれど、パッチを見捨てるという選択肢を示そうとすれば、ドキリと、冷たい衝動が617の胸を貫き、首輪型デバイスは言葉を発しなくなってしまう。
だからと言って残ると、そう言うこともできない。何故なら617は、ハンドラー・ウォルターの忠実なる猟犬であるが故に。
だからこそ、617には、答えが出せなかった。
「…………」
口を小さく開閉し、けれど言葉にはならない。
そんなことを10秒程繰り返した617を見て……。
ナインは、申し訳なさそうに言った。
【……いや、すまない、慣れないことを急に要求するのは酷か。これからゆっくりと習得しような。
それじゃ、わかった。今回だけは俺から、少しだけ恣意的な誘導をしよう】
617の視界の隅で、赤い光は……。
【俺たちには忘れ物がある。それを取りに行こうか、617】
そう言って、どこかいたずらっぽく、ちりりと輝いた。
選択ミッション
・逃避(基本報酬0c)
ただ逃げるだけ! 封鎖機構にバレるわけもないし、ルビコン1につよつよAC乗りとかいるわけないし、おかしな追手なんているわけないし、いやーこれは楽勝だな!
・強襲部隊撃滅(基本報酬0c)
難易度が物語終盤のそれ。弱点知らないと無敵の強襲艦、高機動高火力の特務機体、ひょろいくせにアホ火力のLC複数とMT多数から対象(パッチ)を防衛しつつ、敵を撃滅する。
しかもパッチの居場所は最初はわからず、ミッション中に見つけ出さなきゃいけない。報酬も0。クソゲーかな?