そして世に(銀髪薄幸美少女傭兵との)純愛のあらんことを 作:アリマリア
ナインがルビコン3に密航して以来、一番驚いたのは……。
その時点で、未だ本編が始まっていなかったことだ。
彼がそれに気付いたのは、到着後にグリッド139でひとまずの拠点を確保し、何はともあれとオールマインドのサーバーをハッキングして覗き見た際。
仮想戦闘シミュレーション、アリーナ。
そのランク22/Dに該当する名前が、記憶と違っているのを確認した時だった。
彼の記憶の上で、ランク22/Dは、G3五花海であるはずだった。
そこそこの大物が思ったよりも下位のランクにいたことから、よく覚えている。
しかし、今そこにある名前は……G7ハークラー。
AC6のチュートリアルミッションにおいて、既に撃破されているACから回収できる身分証の内の1つが、このハークラーのものだった。
ということは……ハークラーが生きているらしい今、本編は始まっていないことになる。
【……まだ来てないのか?】
せっかくルビコン1の封鎖拠点を襲い、監視の穴を開けたというのに、どうやらウォルターはまだここに来ていないらしい。
何を考えているのだろう? とナインはない首を捻り……。
……考えても意味はないか、と思考を打ち切る。
ナインの持つ知識は、この世界の一般的な人間のものより、相当に多い。
それはひとえに、この世界によく似た世界、原作であるゲームを知っているからだ。
が、だからと言って、彼は全てを知っているわけではない。
「……?」
それこそ、赤い光がぐにぐにしているのを見て首を傾げた617が、その象徴だ。
ナインは「ハウンズが本当に銀髪薄幸美少女だ」などということは知らなかった。
勿論、彼女が脳と喉と脚を焼かれていることも、「おにいさま」という存在に強い憧れを抱いているらしいことも、強さに誇りを持っていることも、全てを知らない。
ナインの知識は、原作ゲームに強く依存している。
そこで語られた情報はともかくとして、それ以外のことについては、ナインはそれこそ617と同じくらいに無知だと言っていいだろう。
621の到着が遅れているのも、恐らくは何かしら、ナインの知らない都合が絡んでいるのだろう。
政治的な都合か、あるいは長期的な視点での布石だったのか……。
あのハンドラー・ウォルターが猟犬の命を無駄に使うとは思えない。
何かしらの意図と意味はあるはずだ。
【……まあ、いいか】
まだ本編が始まっていないというのなら、今はとにかく、ナインにできることをするしかない。
その最優先は、617の生活基盤を整えること、そして彼女の戦闘能力を向上させることであり……。
その両方を満たす手段が、仮想戦闘シミュレーション、アリーナだった。
幸い、「リンクス・ウィズ・カラー」はランク圏外でこそあるが、アリーナに登録自体はしていた。
ユーザーデータを復旧し、企業のバラ撒き依頼をいくつかこなしたことで、オールマインドからアリーナへの招待が届いた。
ナインがいくつか指導とトレーニングを付けたことによって、617の戦闘力は当初に比べ、大幅な向上を見せている。
今なら、アリーナ下位のランカー程度までなら余裕で蹴散らせるだろう、という目算だ。
というわけで、日夜ナインブレイカーで訓練を続ける617の成果確認も兼ねて、毎日3時間はランク圏外のパイロットの再現データをボコボコにし続けた。
最終戦績は38戦38勝、その時点でオールマインドからランカーへの参入を認められ、独立傭兵リンクスは晴れてFランクへ。
更には、休む間もなくFランクの傭兵を更にボコボコにし続け……。
たった数日という怒涛の速度で、ランク28/Fにまで登り詰めた。
実力は十分すぎる程に足りているので、あと数日勝利を稼げばランク27、いずれはEランクへの進出も叶うだろう、というのがナインの見立てだった。
こうしてランカーの仲間入りをしたことによって、ナインの営業が成功する確率は大幅に増加。また、期待の超新星たるリンクスへの指名依頼も少なからず入り始めた。
これで怪しげな依頼に手を出す必要はなくなり、むしろ美味い仕事を厳選する余裕も生まれた。
2人の傭兵生活は、なんとか安定を見せた、と言っていいだろう。
良かった良かったと、ナインは安堵の息を吐く。
ひとまずこれで、彼女をウォルターの元に届ける目算は付いた。
気は抜けないが、逆に言えば気さえ抜かなければ、ここから破滅するようなことはないはずだ。
そんな時に飛んできた解放戦線の依頼、G7ハークラーの排除は、617の腕試しとしては最適に思えた。
617が倒したことのあるAC乗りは、真人間ばかり。ここらで再現データではない、生身の強化人間とぶつけるのも悪くはない、と。
もしハプニングが重なって追い詰められるようなら、自分が出ればいい。
操れるコーラルのリソースの回復量は、ルビコン3に入ってから増えている。
下位ランカー程度なら一瞬で蹴散らせるし、目や耳を潰すことも含めてそう負担にもならないだろう、と。
実際、617はナインの期待に応え、アリーナで自分より上位にあたるハークラーを圧倒してみせた。
ナインが組んだアセンの噛み合いの良さなども勿論あるだろうが、やはり617のAC操作精度自体が着実に向上していっているのを実感できた。
今の617なら……カタフラクト相手でも、十分に一人で張り合えるだろう。
【やはり俺の育て子が天才過ぎる】などと思いながら、ナインこと赤い光は、617の視界の端でぴょこぴょこ嬉しそうに飛び跳ねていた。
親馬鹿ならぬ、師匠馬鹿である。
* * *
……が、それはそれとして。
617の実力が既にナインの満足いくものにまでなっているかと言えば、それは微妙なところだった。
【筋は悪くない、いやむしろ良い。特に回避行動に関しては天性のものを感じる。
ブースターの切り返しがなぁ……あの負荷がかかり過ぎない入力精度は凄まじいものがある。1フレーム技を連打してるようなものだ。
それと、敵の攻撃の切れ目を狙う、直感にも近いセンスを持ってる。
強化人間だから……というわけではないよな。訓練は勿論、やはり才能、適性面のものだろう。
そこに限れば既に俺に届きかねないものを持ってるわけで……このまま合流しても大丈夫か?】
夜、いつもの
オールマインドの手引きで確保した、セキュリティの整った宿の個室。
隅に置かれたベッドの中で眠りについた617の脳内から出て、ナインは暗闇の中、ぼんやりと考える。
彼の現在の目標は、617の強化と、ハンドラー・ウォルターとの合流だ。
それらをどのようにこなすのが良いかと、これからのプランを練っているのである。
【むむむ】と考え込みながら、ひとまず今日の情報収集を進めるかと、ナインはコーラルを操る。
彼を中心に細く長く伸びていったそれらは、電子に乗って広がり……世界中から情報を呼び寄せていく。
ドルマヤンやフラットウェルの意向、解放戦線の行動。
アーキバスとベイラムの小競り合い。
惑星封鎖機構の哨戒ルートとシステムからの内示。
それらをおおよそ人間では不可能な速度で読み進めながら……。
ふと、とある情報に目を止める。
【汚染市街で「レイヴン」のAC残骸発見、か。
結局こっちでも何が起きたかわかんなかったなぁ。オールマインドのデータサーバーに侵入してちょっと探ってみてもいいが……それより今は、いよいよ本編ってことを考えた方がいいな】
レイヴン。
AC6本編における主人公、C4-621の借り物の翼……ではなく、偽りの名義、その本来の持ち主。
彼が死ぬということは、即ちレイヴンの身分証を奪い取ることが出来るようになった、ということで……。
モンキー・ゴードやG7ハークラーと合わせ、あの独立傭兵が撃破されたことは即ち、621がルビコン3を訪れる日が近いことを意味する。
【できることはやったつもりだが……果たしてどうなるか。
考えなければならんことが多いな、これは】
ナインは617に、「ウォルターの元に帰還した後もハウンズのオペレートを行い、また617の戦闘技術向上を助ける」と約束している。
当然ではあるが、一度した約束を反故にするつもりはない。
ない……が。
それを果たすにおいて、ナインの前には2つ程、厄介な問題が立ち塞がっていた。
1つ目の問題は、617の飼い主たるハンドラー・ウォルターについて。
617を戦士として鍛えると同時娘のように可愛がっていたと思しき彼は……。
果たして、「再会した617に生えていた、二重人格のような謎の存在」を許容できるだろうか?
……いや、許容させなくとも、潜り抜ける方法はあるのだ。
簡単な話、ナインを「旧世代にはよくある幻聴の類」にしてしまえばいい。
それだけでウォルターは、エアと同じように、ナインの存在を黙認してくれるだろう。
だが、それはナインのこれからの行動指針に大きな制限をかける。
かつてなんとか救おうとし、けれど救いようのなかった親しい人……ハンドラー・ウォルター、シンダー・カーラ、チャティ・スティック、ラスティ、ミシガンに、おまけのイグアス。
ナインの求める「4つ目の答え」は、彼らの尊厳を保ったままに生き残らせることを含んでいる。
しかし、その答えに至るまでに立ち塞がる困難は、途轍もなく多い。
オーバーシアーの意志と意地、コーラル破綻の可能性、アーキバス一強状態への移行、噛みついて来る威勢の良い飼い犬、発生するだろう不測の事態。
真っ当にやっていては、それら全てを取り除くことはできない。ナインの持つ原作知識を存分に振るい、万難を排していく必要があるだろう。
けれど、ナインがただの幻聴だと思われれば、ウォルターへの意見上申はまず通らなくなるだろうし、現地でのオペレートも行いにくくなる。
よって、これは却下である。
最悪の事態を避けるために、ナインはどうにかして、ウォルターからの信頼を得ねばならない。
……が、残念ながら、ナインは殊更に口が上手いわけではない。
海千山千のハンドラー・ウォルターから口先だけで信頼を得られるとは思い難い。
【まぁごすは人情派で存外甘い男だし、どうしようもなく無理、ってわけじゃないと思うけども……】
ハンドラー・ウォルターは、なんだかんだ情には厚い。
617の命をナインが救ったということや、ナイン自身が見せる奮闘も加味すれば、彼の「身内」になるのは極めて難しいというものではないように思えた。
それに、ウォルターはルビコン3で戦い抜くに当たって、戦力を必要としている。
最悪の場合でも、利用できるだけの力さえ見せれば、ある程度の関係を築く程度は可能だろう。
【……やっぱり、問題はあっちだな】
より大きな問題は、もう1つ……いいや、もう1人の方。
つまるところ、ウォルターの指示によって密航してくる、彼の勢力の本体……。
独立傭兵レイヴンこと、強化人間C4-621だった。
【はてさて、どんなわんこが出て来るかね】
621の性別や容姿、そして性格といったパーソナルデータは、原作ゲームでは公開されない。
プレイヤーの選択や行動がその行動指針を決め、そこから少しだけ精神性を読み取ることができる程度だ。
だからこそ、617と同じように、ナインはこの世界の621がどのような人物なのか知り得ない。
AC乗りとしては一般的な成人男性か、617と同じような銀髪薄幸美少女か、あるいはエアやウォルターとの噛み合わせも考えて最強系ショタか、それともラップに巻かれた簀巻きか。
1周目の子犬か、2周目の猟犬か、3周目の猛犬か、あるいは4周目以降の狂犬か。
ごすずんを救うために奮闘する忠義者か、新たな可能性を探るために世界を繰り返す独立傭兵か、あるいは悲惨を引き起こしてなお何かを求めてさすらう戦闘狂か。
彼ないしは彼女ないし簀巻きが、どのような人物で、何を目的にしているか。
それ次第では……最悪の場合、ナインと目的が競合し、殺し合いになる可能性さえも存在する。
具体的に言えば、それこそ621がバトルログ目当てで617に襲いかかって来た場合は、ナインは617を守るために戦わなくてはならなくなるだろう。
そうでなくとも、レイヴンの火を巻き起こそうとした場合にはラスティが、ルビコンの解放者になる場合にはカーラやチャティが犠牲になる。
彼らの死を望まないナインは、そして恐らくは617も、そうなれば621を止めざるを得なくなる。
621というイレギュラー、あるいはその素質持ちと、戦いになる可能性。
それは、決して少なくはないと思えた。
【……とまぁ、これだけならよくいるライバルのAC乗り敵ポジションだ、何の支障もないんだが。
問題は、617の扱いなんだよなぁ……】
C4-617。621の先輩ハウンズであり、ナインがウォルターの元へと連れ帰り、その戦闘能力向上に協力すると誓った少女。
彼女は今、ウォルターの元へ帰還することを、強く強く望んでいる。
だからこそ617は、一度ウォルターの元へと戻れば、二度とは離れようとしないだろう。
その状況下で、621が戦うことに悦を見出す狂犬であった場合、かなりマズい。
おおよそ仲間を疑うということを知らない617に、ウォルターの下という首輪が付くのだ。
不意打ちで襲いかかる凶刃を予見することは困難であり、回避しようにもハウンズというリードが首輪から伸びる617は逃げ切ることができない。
【……617には悪いが、レイヴンが来たら、しばらくは様子を窺うべきか。
強いだけの阿呆であれば駆除すべき害獣に過ぎないが……そうでなければ、パートナーとなる可能性を秘めている。試す価値くらいはあるだろう。
状況は既に手遅れだが、同時に緩慢だ。今更焦ることもない……か】
「んぅ……」
【ん?】
情報を漁りながらこれからに思いを馳せるナインの聴覚に、掠れた小さな声が届いた。
見れば、ベッドの中でまぶたを閉じる617が、ほんの僅か、寝苦しそうに表情を歪めている。
「おに……さ、ま……」
呟くのはナインのあだ名。
彼女は悪夢にうなされるように、軽く眉を寄せていた。
【……こう見ると、やはりこの子も子供だな。守護されるべき、未来ある子供……。
まったく、俺もウォルターも、死んだら地獄行きだろうなぁこれ】
あどけなく可愛らしい顔付き、それが歪んでしまっているという事実に、ナインは少し声音を落とし……。
【本当は、こういう無駄遣いは避けるべきなんだろうが……今は少し余裕もある。多少は許されるか】
空気中に漂わせた微量のコーラルを集中させ、人の手の形状に成形。
それを以て、ゆっくりと、617の頭部を撫でた。
個体にまでは纏まり切らない粒子の密度、確かな感触はないが……それでも。
ナインの取得する感覚情報は、それで617の表情が、ほんの少しだけ緩んだことを検知した。
【……叶うのなら、621がこの子の仲間であり兄弟姉妹になって支えてくれれば、何よりなんだがな】
* * *
ナインが617の頭を撫でながら、しばらくこれからのことを考えていた時……。
【ん、アリーナのランカーに変動?】
唐突に、新たな情報が、彼の思考を構成する波形へと流れて来た。
【ああそうか、ハークラーの傭兵としてのライセンスの期限切れか?
だとすると、繰り上げか。今最上位のランク圏外は誰だったか……ラミーってまだランカーだっけ?
ええと、施行日は明後日の予定、と……】
本来それは、まだ公開されていないはずの情報だった。
ナインがオールマインドのサーバーに仕込んだ無数のバックドアは、そこで動かされた情報の尽くを、開きっぱなしの蛇口もかくやという勢いでナインに流している。
とは言っても、その大半はどうでもいい木っ端の傭兵の情報なので、基本的にナインはこれに目を通してはいないのだが……。
【……いや待て、これは傭兵ライセンスの復旧?
それも、これは……トップランカーだったフロイトを押し退けて、ランク1/S……って……】
彼が覗いた、オールマインドのデータサーバー。
そこに新たに登録された……いいや、復旧したライセンス、その名称は。
【……ついに来たか、独立傭兵レイヴン……強化人間C4-621。
それもトップランカーで、アリーナに登録されてるのがこのアセン……うっわ久々に見たなこの並び。殺意がすごい。
しかもレッグがHAL、2周目以降は確定だなこりゃ。本格的に様子見に回らないといけなさそうだ】
識別名:レイヴン
AC:Loader 4
ランク:1/S
戦闘ログ:赤(5pt)
コーラル反応再検出と前後してルビコン入りした独立傭兵。
ハクティビスト集団「ブランチ」の一員である彼女は、ステーション31襲撃計画において最も多くの人命を奪ったとされている。
ブランチは入れ替わりつづける4人組から成り、レイヴンは「今の3人目」 であるという。
困難な任務を完全に成功させることで、過去最強の独立傭兵と呼ばれるまでの、絶対の信頼を得ている。
[アセンブル]
『Loader 4』
右腕:SG-027 ZIMMERMAN(重ショットガン)
左腕:SG-027 ZIMMERMAN(重ショットガン)
右肩:VE-60SNA(スタンニードルランチャー)
左肩:VE-60SNA(スタンニードルランチャー)
ヘッド:HC-2000 FINDER EYE
コア:07-061 MIND ALPHA
アーム:NACHTREIHER/46E
レッグ:IB-C03L: HAL 826
ブースター:BST-G2/P04(中量機用)
FSC:IA-C01F: OCELLUS(近距離特化)
ジェネレーター:AG-T-005 HOKUSHI(大容量高出力低復元)