そして世に(銀髪薄幸美少女傭兵との)純愛のあらんことを   作:アリマリア

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 それでこそ人間だ(人生エンジョイオキーフ)

 あ、ちょっと時系列が遡ります。





甘いドライフルーツを食い、甘露のような天然水を啜る

 

 

 

 独立傭兵レイヴン……もとい、C4-621がルビコン3に渡って来た。

 それを知って、ナインが取った行動は……。

 

【どうだ、美味いか、617】

『……はい。甘い、と思います』

 

 特に何もしない、だった。

 

 より正確に言えば、ここまで仕事詰めだった617に一旦の休みを与え、シミュレーションでのトレーニングと平穏な日常を送らせながら、621について情報を集めること、とも言えるが。

 

 本来はウォルターの乗機たる「IB-C03:HAL 826」の脚部を組み込んだアセンブルからして──明らかに異常なそのアセンを見ても、ウォルターは何も言わなかったのだろうか?──、621が2周目以降なのは確定。

 である以上、慎重にその性質を測らねばならない。

 故に彼女の籠るアリーナやテストルームでの戦闘ログを見ながら、その実力を測り、意図を探っていく。

 

 大事なのは、617をウォルターの下に帰すタイミングだ。

 621の性質が悪性の強いものであれば、そうすることは彼女を死に追いやることに繋がってしまう。

 

 だからこそ、事を起こすタイミングは重要なのだが……。

 

 

 

「…………」

【ふふ】

 

 そんな、割と大事な局面において、今。

 617とナインが何をしているかと言えば、食事を楽しむことである。

 

 そう。食事、ではなく、食事を楽しむこと、だ。

 

 617は宿のベッドに腰かけ、サイドテーブルに置いた皿の上のドライフルーツをぱくぱくと口に含んではゆっくりと噛みしめて呑み込み、次に手を伸ばしてまた口に含んでいる。

 視界の端でふよふよ揺れる赤い光も目に入らず、一心不乱に繰り返すその様は、夢中になっている、という表現が正しいように思える。

 その青い目はいつもより早く瞬き、気持ち程度ではあるが、きらきらと輝いているように見えた。

 

 ……しかし、甘露な時間は長くは続かない。

 大して多いわけではなかったそれらを食べ尽くすまでには、そう時間もかからず。

 617は再び皿に手を伸ばし……しかし、指先が空を切ったことで、僅かに表情を寂しげに歪めた。

 

『終わり……ました』

【うん、お粗末様。気に入ったか?】

『気に入る……というと』

【また食べたい?】

『はい』

 

 普段以上に速い即答。

 ナインはそれを微笑ましく思いながら、応える。

 

【うん、それが美味しかった、気に入ったってことだ】

『なるほど。では、617は今の食べ物を気に入った、のだと思います。

 ウォルターの作ってくれるご飯の次に、もう一度食べたいと思っています』

【そうか、それは良かった。他の物資と併せ、また頼んでおこう】

 

 戦場にいる時の冷たい声とは全く違う、ナインの温かく柔らかな声音。

 それに617は、何故か心にこそばゆさのようなものを感じ、なんとなくその銀の美しい髪を弄った。

 

『……何か、何か問題があるでしょうか?』

【ん? いいや。むしろ俺としては、君が食事を楽しめたことを喜ばしく思っているよ。

 君は時々、ウォルターの作ったご飯を食べたい、と漏らしていたからな。

 俺は料理……は、ちょっとまだできそうにないから、せめて美味しいものを食べてほしい、と思ったわけで】

 

 

 

 617が普段食べているのは、戦闘糧食。つまるところ、レーションである。

 価格も安く、栄養価豊富で、短時間で食事を済ませられる優れもの。

 唯一の欠点はそのどうしようもない味と感触で、水に付けないと歯が折れそうな堅さ、水に付けたらぼそぼそと崩れるような食感となり、その上617の食べているものはろくに味もしない。

 嗜好品としては最低最悪のものと言えるだろう。

 

 そんなレーションではあるが、617は案外これが嫌いではなかった。

 というか、彼女にとって食事はこのレーションorウォルターのご飯の二択であり、戦場や長期任務では当然レーションのみ。

 食べ物に対して「好き」「嫌い」と思える程に食事の経験がない、という表現が正しいのだが。

 

 が、勿論、こんなレーションに比べれば、ウォルターのご飯の方がずっと彼女は好きなわけで。

 味覚がないとか、食事を楽しめない、というわけではないのだ。

 ここまで散々頑張ってきた以上、彼女にも直感的に嬉しいと思える報酬があった方がいいだろう。

 そんなわけで、ナインはこうしてドライフルーツなど、彼女が楽しめそうな食事を買ってきたわけだ。

 

 ……ルビコン3は、食料事情がよろしくない。

 現地民であるルビコニアンは、コーラルで育てたミールワームの丸焼き(617とナインもパッチとの会食で食べた。高級ワームだったこともあってか、意外とぷりぷりで美味しかった)なんか食べているし……。

 エリートであるはずのヴェスパー部隊上位ナンバーも、普段は味気ないレーションと泥のようなフィーカで済ませている辺りから、ここがどれだけ瘦せ細った土地なのかわかるというものだろう。

 

 そんな中で、保存食とはいえ甘味にあたるドライフルーツは、勿論高級な嗜好品である。

 一袋でレーション30食分弱にあたる金額、と言えばその法外っぷりもわかるだろうか。

 

 傭兵稼業で稼げる金額と比べればはした金ではあるが、浪費と言われれば否定はできない金額。

 ……が、それでも。

 ほうと息を吐き、無表情ながらどこか幸せそうにする617を見れば、その程度の豪遊は安いものだと思えた。

 

『なんだか、頭がじんと、温かい……思考が停滞する感覚を覚えます』

【一気に糖分を取ったからな。ちょっとぼーっとしているのかもしれない。

 む。眠いなら、少し寝るか? 今日のナインブレイカーまではしばらく時間はあるぞ】

『……いいえ、おにいさまと、お話がしたい……です』

【そうか? ……じゃあ、そうだな。ベッドで俺が物語でも聞かせる、というのはどうだろう。もし眠くなっても安心だし、体力の消耗も避けられるだろ?】

『では……それで』

 

 もそもそと、腕の力でベッドへ体を引き上げた617。

 枕に頭を預ける前に、彼女は前髪に付けた2つの髪留めを丁寧に外し、すぐに手に取れるサイドテーブルの上に置いた。

 

 それを見ていたナインは、小さく喜びの吐息を零し……。

 静かに、彼女の意識を揺らしすぎないように、言葉を並べる。

 

【……昔話をしてあげる。世界がまだ破滅に向かっていた頃の話……なんてのは、流石に少し重いか。

 そうだな、それじゃあ、この世界とはまた別の世界の、聖女を蹴り落とすタイプのパッチの話でも……】

 

 

 

 * * *

 

 

 

 それから、おおよそ1時間程の仮眠を挟んで。

 目を覚ました617とナインは、傭兵稼業のためのトレーニングであるナインブレイカー、つまりは仮想空間での戦闘シミュレーションに励んだ。

 

 ナインがオールマインドのサーバーをハッキングし、勝手にスペースを作って行っているこれは、疑似的に戦場と敵を再現し、戦闘の形を取って行われる。

 その最大の特徴としては、一般的な戦闘シミュレーターとは異なり、どこに敵がいるか、どこから増援が来るかが毎度無作為に変更されること。

 安直な記憶と対策によって攻略することはできない。自らの技術を高めない限り、クリアも高評価も取ることはできない仕様だ。

 

 そして、今回617が残した結果は……。

 当然と言うべきか、前回から劇的に良くなっているということはなく。

 けれど、ほんの少しだけ評価は上がった、という程度だった。

 

『……どうでしょうか、おにいさま。劇的な向上は窺えませんが』

【大丈夫、君は順調に成長している。技術の向上は日々の小さな成果の堆積、このままいけば、あと2週間もあればナインブレイクのレベル1は楽々こなせるようになるさ】

『堆積、とは何でしょうか』

【積み重なることだね】

 

 なるほど、と頷きながら、617は操縦桿から手を離し、軽く手を握ったり開いたりする。

 

 ナインブレイク。ナインを打倒するという名前の通り、これはナインの操縦する機体と対戦を行うものだ。

 レベル1は、最適化されていないアセンブルのACを操るナインが、ある程度手加減した状態でのテストとなる。

 

 しかし……617はルビコン3に入った直後、そんな機体を相手に、手も足も出なかった。

 

 鋭い機動と思考を撹乱するような密着、かと思いきや距離を離して有利な状況で撃ち合い。そして617に教えるようなアサルトアーマーの運用とミサイルの使い方と、ACSに溜まった負荷をリセットするための全力逃避。

 ACの操作精度もそうだが、ナインの対人での立ち回りの上手さは、617のそれを大幅に凌駕していた。

 

 ……しかし。

 最近の617は、このレベル1に対して、ある程度とはいえ対抗できるようになってきていた。

 

 左右へブーストを噴かせながらの小刻みなジャンプと共に、クイックブーストで切り返したり敢えて前進したり、相手のアサルトアーマーに合わせてこちらも即座にアサルトアーマーを使ったり、FCSの補正が追い付くまで射撃を控えたり。

 何週間も繰り返し対人戦闘を続けることで、617は思い付いた様々な戦法を片端から試すことができ、1つ1つの有用性を試すことができた。

 それが大きな理由だろう。

 

 トレーニング、ナインブレイク。

 本来命懸けであるはずの対有人機戦闘を、何度でも行うことのできるシステム。

 

 これは確かに、617の戦闘技術を向上させている。

 それも、極めて安全に……なおかつ、非常に効率的に。

 

 

 

『おにいさま、いつも617の戦闘技術の向上にご協力いただき、ありがとうございます。』

【構わない。俺は君のサポーターだからな】

 

 いつもの常套句で返すナインに、いつも首を縦に振る617は、しかし……。

 

『……パッチは、人と人との関係は、常に対等であるべき、と言っていました。

 617は……おにいさまに、いつもいただいてばかりで、何も返せていません』

 

 今回は、どこか困惑したように、そう呟いた。

 

【まぁ、何ともパッチらしい考え方だ。俺としちゃ、そういうのもアリって思うが……】

『パッチは、どちらかが一方的に何かを与える関係は長続きしない、とも言っていました。

 だからこそ商人は、上客相手にはちゃんとコストに応じた報酬を渡すのだと。

 617は……おにいさまとの関係を、長続きさせたいと思っています。故に、何か対価を返すべきかと』

【……うーん】

 

 一種の正論だ。

 

 特にルビコン3のようなビジネスライクな関係性が多くなりやすい鉄火場において、誰かに頼ることは自らの価値を減らすことにも繋がり、最終的な関係の破綻と死を招きやすい。

 617の考えはパッチの受け売りでしかないが、それが大きく間違っていない以上、ウォルター不在の間情操教育を代替すべきナインがそれを否定するのは、あまりよろしくない。

 

【とはいえ、617、今君が俺に支払えるものは多くはないと思うぞ。

 俺は体を持たないから食事は不要だし、そもそも俺は君のオペレーターとして資金を管理、つまりは疑似的に財布を共有している。

 COAMというわかりやすい価値がない上で、君に払えるものは何だ?】

 

 苦し紛れに切り返したナインに、617は少し考え、言う。

 

『…………仕事を受けること、でしょうか?』

 

 彼女にとって、自らの価値は即ちその戦闘能力。

 であれば、依頼を受け、誰かを殺すことこそナインに報いる方法ではないか、と考えたわけだが……。

 

 

 

【……なるほど、それは悪くないかもな】

 

 ナインは617の言葉を聞いて、そう呟いた。

 

【わかった、617。俺は時々、君に依頼を出す。それを他の依頼よりも優先して受けてくれること……それが俺への対価、ということでどうだ】

『了解しました。617はおにいさまの依頼を最優先で受諾します』

【いや、最優先じゃなくていいけどね? どうしても嫌って言うんなら要相談で】

『617は誰を殺せばいいですか?』

【早い早い気が早すぎる! ……それに、俺が依頼するものの多くは、多分殺す以外の依頼になる。……過程で殺しが発生することはあるだろうが】

『殺す以外?』

 

 疑問を口にした617に、ナインは冗談めかして応えた。

 

【撃ち合う以外の仕事もしておけ……ということさ】

 

 

 

 * * *

 

 

 

【さて、依頼の優先特権は一旦置いておくとして、だ。

 前回のG7ハークラー排除から、しばらく時間も経った。ずっとこのまま実戦に出ないのも腕が鈍るというもの、そろそろ企業か解放戦線から依頼を受けておこう】

『了解しました』

 

 こくりと頷いた617の脳内、ナインはコーラルパルスを用い、オールマインドのサーバーへとアクセスする。

 

【さて、それではどんな依頼が来ているか……】

 

 ルビコン3において、傭兵への依頼は、大半がオールマインドを介して行われる。

 

 上澄みとなってくるとそうでもないが、傭兵というのは所詮雇われ、結構簡単にミッションを放棄したり裏切ったりするものだ。

 依頼人からすれば、手間をかけて依頼した挙句裏切られて目的に失敗する、なんてことになれば大損だ。

 

 逆に、依頼人が傭兵を騙して利用することも少なくはない。

 依頼が終わった途端に付けた僚機に攻撃させたり、報酬を出し渋ったり、ブリーフィングで敢えて相手への過小評価を聞かせることで無理なミッションを押し付けて敵戦力の威力偵察としたり。

 

 余程個人的な交友を深めでもしない限り、傭兵と依頼人の間に、信頼関係というものはない。

 ただ金で繋がっただけの、冷たく利己的な協力関係だけがそこにあるだけだ。

 

 ……が、そんな状態では、スムーズに依頼を出したり受けたりもできなくなってしまう。

 そこで、彼我に信頼を置けない依頼人と傭兵の間を、傭兵支援システムオールマインドが繋いでいる。

 

 オールマインドはアリーナのランクという強さの指標の他に、ミッションの達成率や依頼人からの評価、協働での作戦参加率などの情報を、傭兵ごとにかなり細かく公開している。

 これによって、下手に依頼人を裏切ったりすれば傭兵の名に傷が付き、優良な依頼が届きにくくなる。

 逆に言えば、着実に依頼を達成して行けば自然と依頼人の目に留まり、それだけ傭兵としての名を売りやすくもなる、というわけだ。

 

 一方で依頼人の情報も、傭兵に公開される。

 あくどいやり口で傭兵を騙す依頼人はそれだけ評価を落とされ、誠実な対応をすればより多くの傭兵に信頼されることになる。

 短期的にはともかく、長期的にこの惑星でやっていくのなら、後者を選んだ方が効率が良い、というわけだ。

 

 

 

 勿論、617ことリンクスも、独立傭兵としてこのプログラムに参画している。

 依頼達成率は今のところ100%、7という下位ナンバーではあるがレッドガンのACを単独撃破したこともあり、現在絶賛評価上昇中である。

 

 ナインはオールマインドのサーバーに珍しく正規にアクセスし、どんな依頼が来ているかを確認して……。

 

【……バラマキも含め、解放戦線の依頼が多い。これは……やはり追い詰められているか。

 ストライダーへの物資輸送護衛、ボナ・デア砂丘での資源採掘護衛……壁の防衛補助に、BAWS開発製品テスト協力。……独立傭兵ノーザークからの取り立て。

 エツジン先生のことを思えばBAWSに恩を売っておきたいところだが……コイツら全体的に報酬が足元見過ぎだな。まだ617の価値を理解できていないと見える。

 まぁ壁が陥落すれば、そんなことも言ってられなくなるだろう。ここは一旦静観で……】

『おにいさま、また声が漏れています』

【……すまん、いやホントお恥ずかしい、いい加減慣れないとな】

 

 617の指摘に、ナインは一旦黙り込み……。

 しばらくして、一件の依頼を、617の改造された網膜上インターフェースに表示した。

 

【よし、今回の依頼はこれが妥当なところだろう。

 『ベイラム襲撃部隊撃破』……依頼者はアーキバスグループのシュナイダーで、君への指名依頼だ。

 どうやらアーキバスは、工業開発区域の警備情報をベイラムに流したらしい、それで襲って来るだろう襲撃部隊……恐らくはレッドガンの上位ナンバー。これを誘い込んで撃破しろ、だとさ。

 誰が来るかは現状わかっていないらしいが……G4辺りが来てくれれば良い練習になるんだが、どうなるかな】

 

 それは、ナインの記憶にないミッション。

 つまるところ、独立傭兵ことC4-621が関わることはないはずの、ミッションだった。

 

 故に彼は、安心してこれを受注し……。

 

 

 

 

 

 

 後日。

 

【いや全然レッドガンじゃねえ! それどころかトップランカー、というかレイヴンじゃねーか!?】

 

 ベイラムらしくない名采配に、頭を悩ませることになる。

 

 

 







 次回から、久々のちゃんとしたミッション回。
 ブリーフィングが10話以来14話ぶりってマジ?



(雑記)
 読者様におかれましてはメリークリスマス!
 良い子の元にはウォルターが、悪い子の元にはブルートゥがプレゼントをお届けします。
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