そして世に(銀髪薄幸美少女傭兵との)純愛のあらんことを 作:アリマリア
影からルビコンでの戦いを支配する謎の勢力、一体何者なんだ……!?
ルビコン3、ベリウス西部に備えられたACの修復ドック。
そこでは一機のACがハンガーに吊られ、修復中の状態にあった。
しかし修復中とは言っても、それは大きく傷ついているわけではない。
APで言えばおおよそ4,000程削られた、小破状態。リペアキットによる応急修復も行われていなかったが故に、修復は比較的小規模なものとなっていた。
そして、そんなACのコア、コックピット内に、一人の少女の声が響く。
「ひとまず、言われた通りに『壁』はおとしちゃったけど……よかったの?」
呟くように口を動かすのは、独立傭兵レイヴンこと、強化人間C4-621。
つい昨日、企業が攻めあぐねていた難攻不落の交易拠点「壁」を殆ど単騎で落とし、アリーナランクトップの実績と併せて「壁越えの傭兵」としてその実力を証明した少女だ。
現在乗機「Loader 4」のシステムは、メンテナンスのためシャットダウン中。
いつもはメインカメラや諸々の情報を映す周囲のディスプレイは、黒く沈黙している。
狭いコクピットにいるのは彼女一人で、通信機能も機動していない今、彼女の言葉を聞き届ける人間はいるはずもなく……。
人間ではない彼だけが、言葉を返す。
【問題ない。ストライダーの方は生きているんだろう? 解放戦線の焦りはこれまで程にはなるまい。
……まぁ追い詰められたって特に何かあるわけでもないんだが、これでラスティの心労が多少は和らぐだろう。
変に色気を出さないといいが……フラットウェルは空力キチの気こそあれど、かなり理性的なタイプだ。恐らくは踏み留まってくれるだろうしな】
独立傭兵リンクス・ウィズ・カラーの専属オペレーターこと、ナイン。
近くレイヴンたちが再会する予定のエアの近縁種、コーラルで構成された人格。
コーラルリリースによって生まれた新人類が、彼女の脳に赤い言葉を届けたのだ。
そしてそれに対し、621は何かに納得したようにこくりと頷く。
「あ、やっぱりラスティって解放戦線のひとだったんだ」
【ああ、そうだな。……え? そこもわかってなかった感じ?】
「い、一応、かくにん」
【そうか、それは……うん、ちょっと安心した。
ラスティはヴェスパーに潜入している解放戦線のスパイ的な存在だよ。ログとか発言を追っているとわかるヤツだな】
621とて、ちっとも気付いていなかった、というわけではない。
多分そうなのだろうと察しはしていたが、確信まではしていなかったのだ。
なにせラスティ本人も教えてくれないし、ウォルターもはっきり言ってくれないし。
【……さて、話を戻すが。
俺たちの介入によって、現時点で状況は前回までとだいぶ違ってきている。
まず、「壁」攻略で死ぬはずだったヴォルタが生存し、在野の独立傭兵になっている。まだランク圏外、目立つような存在ではないがな。
更に、なんだかんだ破壊されるはずだったストライダーも、君の活躍によって健在。
護衛任務でヴォルタこと独立傭兵ヤクザ・オブ・ザ・ガチタンゴッドを僚機に使ってくれたおかげで、アイツの実績にもなっただろう】
「とちゅうで帰っちゃたけど」
【ヴォルタは強いとはいえ、俺や君とは違う「普通の」傭兵だからな。C兵器に取り囲まれると厳しい。
が、元より僚機っていうのはそういうものだよ。死ぬまで戦う傭兵っていうのは案外少ない】
「……たしかに、アイスワーム戦でも、気付いたらみんないなくなっちゃうね」
ナインとしてはむしろ、敵をレイヴンが引き付けていたとはいえ、よくもあのヘリアンサスとウィーヴィルの高機動地獄から撤退できたものだと感心する程だった。
後ほど「テメェやっぱり俺を殺す気か!? 先にテメェ殺すぞ!!」という熱烈なファンメも届いていたし、かなり苦労しただろうことは確かだろうが……。
「爆発武装いっぱい持って行ったから、ヴォル……やくざ? のもあって、やくざが逃げる頃にはほとんど終わってた」
【ああ、なるほど。確かにヤクザには拡散バズとか積ませてたからな。多少なりとも役に立ったようで何より】
ともあれ、これでヤクザも独立傭兵としてかなりの下駄を履けたことだろう。
そもそもルビコン解放戦線は深刻なマンパワー不足、助力してくれる傭兵は一人でも多く欲しい状況。
そんな中、トップランカーのレイヴンに僚機として指名され、ストライダーの乗員に少なからぬ実力を見せただろうヴォルタは、解放戦線からの評価を大きく上げたに違いない。
バラ撒き依頼もそこそこに、指名依頼が来始める可能性すらある。
評価が上がれば怖くなるのは身バレだが……。
念のため、表ではあまり声や姿を出さないように言っている上、レッドガンとの接触も避けるよう言ってあるので、正体の露見にはまだまだ時間がかかるだろう。
ヴォルタのセカンドライフは、とても平穏なものとは言えないが、それでも今のところ順調と言えた。
そして、本来は落ちるはずの解放戦線の拠点、武装採掘艦ストライダーが健在であることから、ルビコン3における勢力のバランスは3周目以前から少しばかり変わったことになる。
ウォッチポイント襲撃辺りから、もはや一大勢力ですらないゲリラ程度の扱いになってしまった解放戦線ではあるが、この世界ではまだかろうじて企業たちと張り合えるだけの力を保有している。
となれば、解放戦線側も決死の反転攻勢を見せるかもしれない。
【「壁」を落としてしまったとはいえ、ストライダー護衛を成功させたことで、君は解放戦線から高い評価を得たはずだ。
もしかしたら今度は、君が落とした「壁」の奪還作戦に誘われる、なんてこともあるかもしれないな】
「そうなんだ?」
【ほら、スウィンバーン排除の後辺りであっただろう?】
「ああ……あの変な人」
621の中でスウィンバーンと言えば、「指導だ指導!」とか「おわーっ!?」とか叫んでる変な人である。
なんかやけにスタンバトンをぶんぶんしているのでショットガンの格好の的、なかなかの強敵である六文銭の前哨戦みたいな存在であった。
【本来なら、あそこは暫くすると惑星封鎖機構に占拠されてしまうが……解放戦線の手に戻れば、あるいは封鎖機構も手を出さないかもしれないな。
あそこのAIからすれば、解放戦線は敵ではなく守るべき相手だ。拠点を奪い取ったりはしないだろう】
そうなんだ、と621は脳内に響く言葉を聞いて頷く。
621は、強化人間であることもあって、自身の頭の巡りが良くないことを理解している。
実際これまでの三度にわたるルビコンでの戦いも、頭を回すのは全てエアやウォルター、カーラたちに任せ、ひたすら愚直に戦ってきた。
人には向き不向きというものが確かに存在する。単純な暴力装置としてはイレギュラーな力を持つ621も、オペレーターや作戦指揮の能力を見れば三流未満なのである。
対し、どうやらナインは(少なくとも621から見れば)相当に頭が良いらしい。
ただし、ウォルターやカーラのような何を考えているかよくわからないタイプではなく、丁寧に根気よく621に物を教えてくれる。
まるでウォルターの昔話に出て来た「せんせい」という存在のようだと621は思っていた。
だからこそ、恐らくは1周目のウォルターや2周目のエア、3周目の変なのと同じように、621が彼の言う通りに戦い続ければ、新たな答えは導き出せるだろう。
621からすれば、多少のひいき目はあれど、ナインはそれだけの知識と情報、高度な思考を有しているように思えた。
……だが。
だからと言って621は、思考停止で従うことはない。
三度目の戦いの果てに、学んだのだ。
常に思考は回さなければならない。何が正しいか、何に肩入れするか……何を殺すか、自分で選ばなければならないのだと。
そうしなければ……大切な人を、守ることも殺すこともできず、終わってしまうかもしれない。
あんな結末は、もう嫌なのだ。
故にこそ、621はナインの言葉を聞き、精一杯に思考を回していた。
「『壁』、封鎖機構が占拠するんだ」
【君、あそこで執行部隊排除したことあるだろうに……】
「……あ。もしかして、ふれでぃ? を撃破した、せまいところで戦ったやつ……あれ、「壁」だったの?」
【…………よし、君はもうちょっと依頼文とかブリーフィングに興味を持つところから始めようか】
……とはいえ、それは「彼女なりの」精一杯でしかなく。
三周の戦いの果てにある程度情緒が戻っているとはいえ、そもそもが脳筋指向な彼女には、相応の限界があるのだが。
* * *
【さて、これからのことだが。そちらにはもう解放戦線の捕虜救出依頼は来たか?】
「ううん。でも、汚染市街の奪還? の依頼がきてた。それとベイラムから、ラスティの調査依頼も」
【……なるほど。別動隊で救出するにしろ、対象が多ければそうもいくまい。
やはりストライダーが健在になって余裕が生まれたか。捕虜の数は減少、恐らくドルマヤンは難を逃れたかな、これは。
どちらを受けるかは……うん、どうしてもツィイーを助けたいとかがなければ、どちらでも問題はないと思う。君の好きな方を受けてくれ】
「じゃあ、汚染市街のほうに行ってくるね」
621は、イレギュラーのAC乗りだ。
ウォルターたちを救いたいと思うと同時、ここ最近は精神的に追い詰められていたためにそうでもなかったが、当然のようにACでの戦いを楽しみ、より多くの戦場を渡り歩いてその技術を洗練させようとも思える傭兵である。
そのため、新たなミッションが来たのなら当然それに挑むつもりだった。パーツとかログとか拾えるかもしれないし。
【なるほど。俺にとっても君にとっても未知のミッションだ、何が起きるかもわからんし、気を付けてな。
何かあったら呼びかけてくれ、可能な限り早くリンクスを動かすし……なんなら、俺が少しだけ力を貸せるかもしれない】
「うん」
自分を案じてくれているのだろうナインの言葉に、621は胸に温かいものが満ちるのを感じた。
……ただ、まぁ、若干引っかかるものはあった。
リンクスという名前が出て来なければ、もっともっと嬉しかったのだろうが。
「ナインの方は? 何をするの?」
【君に借金があるからな、リンクスと協働でガッツリ稼いでくる。
G4を撃破したことで、リンクスはアーキバス寄りだという風評が付いているからな。今の内に可能な限り、欲を言えばVP-46Dを売ってもらえるまで信頼を稼ぎたいところだ】
VP-46D。アーキバスの製品ナンバーはわかりにくいものが多いが、621の記憶が正しければ軽量機向けのアームパーツだ。
カタログスペック上、防御性能も積載上限も低い代わり、射撃適性と近接適性が高く纏まっていたのでかろうじて覚えていた。
「多分もってるよ。あげようか?」
【いや……借金もあるのに、更に君から買うわけにはいかないな】
「売るんじゃなくて、あげるんだけど」
【う、うーん、いやそういうのはちょっと……】
「そもそも、お金もかすんじゃなくてあげるし」
ナインは当惑した。
レイヴンこと621は、同盟を結んで以来何故か、なにかとナインに貢ごうとしてくる。
この前ヴォルタに引き渡すACを買おうとして「621……金を、貸して欲しい」と頼んだ時も、あくまでナインの取る行動だというのに自分が金を出すと言って譲らず、結局は折半に落ち着けるのが限度であったり。
リンクスの「フォーアンサー」のアセンについて不安を漏らせば、すぐに「どのパーツが欲しい? あげる」と倉庫の在庫一覧を引っ張り出したり。
更には、「何かとお金が必要だろうから」と、常識的でない量のCOAMを送金しようとしてきたりするのだ。
貢ぎマゾなのかこの銀髪薄幸美少女? と、ナインは僅かながら不安を抱きつつあった。
なので、直截に聞くことにした。
【何故そんなに俺に物を贈ろうとする? なんというか、嬉しくはあるが、不安になるんだけども】
躊躇いやすれ違いで潰せる時間は、彼らにはない。今この瞬間にもルビコンの情勢は動き続けているのだ。
これがなんらかの勘違いなのか、ディスコミュニケーションなのか、あるいは彼女の個人的な性癖なのかは、早急に掴んでおかねばならないだろう。
果たして、尋ねられた621は……。
「……私は、ナインに、何もできない」
俯いて、ポツリと、不安を漏らした。
「私は頭が悪いから、一人じゃたぶん、何の答えも出せない。
ナインのおかげで、私は4つ目の答えを目指せる。
……でも、そんなナインに、私は何も返せない。それがくやしいし……怖い、と思う。
報酬をはらわない依頼人に、傭兵はしたがわない。だから、私はナインに、ちゃんと何かをあげたい。これからも、一緒に戦えるように」
そんなことはないと思うが、とナインは首を捻る。
実際のところ、この世界において(ナインという介入者を除けば)最強であろう独立傭兵レイヴンが協力者となってくれるのは、その時点でこの上ない助力だ。
客観的に見て「621はナインに益をもたらせていないか」と言えばそれは否だった。
しかし、問題は客観的な事実ではなく、彼女の認識だ。
「617も似たことを言っていたし、ハウンズはみんな律儀だなぁ」と思いながら、ナインはその脳内に思念を流した。
【……ふむ、なるほど。前回の俺の言い方が悪かったな、これは。
621、勘違いするな。お前が一方的に俺に頼っているんじゃないぞ。
俺たちは協力者であり、同盟者。互いに互いを助け合ってるんだ】
「…………?」
首を捻る621の脳内に、赤い声が響く。
【俺は……先日君が言っていたように、恐らくはエアに近い存在だ。
つまりは、実体を持たない。単体では力を発揮できないのさ】
最近はコーラルの貯蔵量が増え、またその使い方も掴みつつあることで、徐々に単体での力の行使も可能になっているのだが……。
そこは伏せて、ナインは語る。
【俺がこの世界で何かを為すには、協力者が必要だ。
それは例えばリンクスでもあり、そして君でもある。君たちがいなければ、そもそも俺は4つ目の答えに辿り着くことはできない。
……ああ、うん、もっと平たく、いやわかりやすく言おうか】
621の鈍い反応を見て、ナインは言葉を改めた。
もっと直接的で、即物的な言い方。
それが一番、彼女に伝わりやすいだろうし……。
何より、621はそれをこそ望んでいるだろうと。
【俺には君が必要なんだ、621。
君が俺に力を借りるように、俺も君に力を借りている。俺たちは既に、お互い報酬を払っているのさ】
報酬。独立傭兵として、これ程わかりやすい言い方もあるまい。
621は一度、その希薄な表情を驚愕に歪め、目を見開いて……それから、胸に手を当てた。
「……ナインも、621を、求めてる?」
【ああ。君がいなくては始まらない。ある意味、この世界で最も君を必要としてると言っていいだろう】
「そうなんだ……そう、なんだ」
【……? いや待て、なんだその感じは。何かすれ違って──】
何かしらの認識のすれ違いがあるのではないかと、ナインが口にしようとした時……。
彼が、リンクス……もとい617の元に残してきた一部が、反応を捉えた。
【む……すまない621、リンクスが起床したらしいので、一度戻る。
「交信」は残しておくから、脳内で呼んでくれればまた来よう。それじゃあな】
その言葉と共に、脳内に走っていた赤い声が引いて行く。
621は、それを寂しく思いながらも……。
「……私が必要で、同じ、なんだ。ナインも……私と、同じ」
胸の前で、両手をきゅっと握りしめる。
いつも操縦桿を握り、あるいはボタンを押し、指先から冷え込んでいるその手は……。
今、確かな熱を宿していた。
フィクサー系主人公、ナイン君。
ジェネリックエアちゃんであると同時、ジェネリックラナ・ニールセンでもある。