そして世に(銀髪薄幸美少女傭兵との)純愛のあらんことを 作:アリマリア
その猟犬も、やめておけ
遮音性のある物件をウォッチし、何度でも時間を教えてやろう
それが人間というものだ
唐突にウォッチポイントに現れた敵性AC、「エンタングル」。
屋上から降り、アサルトブーストでAC「フォーアンサー」との距離を縮めようとしてくるこれに対し、通信の向こうのウォルターが驚愕の声を上げる。
『貴様は……スッラか!?』
『…………スッラ』
【戦いに集中しろ、617。今は余計な思考は横に置くんだ】
『……了解、しました』
僅かに動揺を見せた「フォーアンサー」は、しかしすぐに立て直し、ブースターで滑るように移動し始める。
AC「エンタングル」のパイロット、独立傭兵スッラは、そんな敵機を見て声を投げかけて来た。
『そこの犬……匂いで分かるぞ。お前、火種を抱えているな?』
『スッラ、貴様、何故この仕事を……』
『ハンドラー・ウォルター。お前には後で消えてもらう。
だが、まずはそこの犬……いいや、お前の余計な犬共からだ』
開戦の狼煙は、その言葉と共に放たれたバズーカだった。
「フォーアンサー」はクイックブーストでこれまでの右方向への慣性を殺し、後ろへと飛び下がる。
FCSに補正されたバズーカのロケット弾は、大きく逸れた方向に着弾、派手な爆風を立てた。
鋭く正確な回避機動と、それを叶える即座の判断力。
それに、スッラは皮肉げな声を漏らす。
『その動き……前よりも危ういな。余程殺してきたか』
しかし、ウォルターはその言葉を無視し、617に情報を伝えた。
『……C1-249、独立傭兵スッラ。第一世代強化人間の生き残りだ。
やれ、617。さもなくばお前が殺されることになる』
『了解』
617は近付いて来るAC「エンタングル」に向けて、アサルトブーストで迫る。
バズーカは強力な武装だが、リロードには長い時間がかかる。
ACの武装は両手両肩の最大4つ、その内1つが機能停止している今が、距離を詰める好機だ。
対して「エンタングル」は、半ばタックルをしかけるように迫って来るAC「フォーアンサー」を躱すように、横へとクイックブーストを噴かして回避を試みたが……。
そんな回避は、ナインブレイカーに揉まれた617にとって、既知のもの。
617はその動きを見て、小さくブースターを逆噴射することでアサルトブーストの慣性を打ち消し、即座にハンガーからパルスブレードを左腕に握り直し、展開。
連続でクイックブーストを噴射した「エンタングル」に、しかしこちらもクイックブーストで追い縋り、充填したパルスの奔流を叩き付けた。
そのACSに大きな負荷を、そしてAPにも少なからず損耗を受けながら……しかし。
それでもなお、スッラの声には焦りは見えない。
『ほう、明らかに手慣れた反射……それも、敵を揺さぶり殺すことに特化したそれ。
お前はこの犬にどれだけ殺させた、ハンドラー・ウォルター?』
『…………』
遠方に着陸させた輸送ヘリの中で、ウォルターは眉をひそめる。
スッラの言葉に痛みを覚えた……のではなく、そこに幾度目かの不可解を感じたからだ。
617のAC操作技術。それは、ウォルターにとっても未知と言っていいものだった。
少なくとも、ウォルターが彼女と別れることとなったルビコン1での戦いに至るまで、617の操作技術はここまでのものではなかったのだ。
確かに、当時の……三世代目のハウンズの中で、617の力は他のハウンズたちを頭一つ分凌いでいた。模擬戦を行えば、618も619も620も、勝率は25%を越えなかった程だ。
特にその回避能力は非常に高く、殆ど直感的に左右へと蛇行するように進む機動を取り、敵性ACのFCSを揺さぶって弾丸の命中率を下げていた。
……が、しかし。
その力の程は、ここまでのものではなかった。
ハウンズたちを翻弄し、C4-618を嬲り殺した、確かな実力者であるはずのスッラ。
そのACを……こうまで一方的に攻め立てる程では。
AC「エンタングル」。
その武装は、手持ちのバズーカとパルスガン、肩武装のプラズマミサイルと爆導索のようなミサイルの4種。
それらについて、ナインは冷静に語った。
【中距離寄りの近距離、120m程度の距離感を保て。
パルスガンはある程度離れれば集弾性が著しく落ちるし、バズーカも警告音に注意を払って相手の体勢を見れば十分躱せる。
ミサイルに関しては、基本相手より僅か上のポジションを保ちながら、垂直機動での回避を試みろ】
『了解』
617は、相手の動きに合わせて距離を維持しつつ、時に唐突に接近して揺さぶりをかけ……。
降り注ぐパルスガンの命中精度を少しでも下げるため、小さく跳んだり左右へ切り返しながらFCSを揺さぶって行く。
更にその両手のマシンガンとプラズマミサイルで相手に打撃を加え、ACSに少しずつ負荷を与えて行った。
ウォルターはその姿に、先日の仮想戦闘シミュレーターの結果を思い出す。
ナインが自らの力とシミュレーションの有用性を証明すると言い、621もそれを望んだことで始まった、2人の戦闘データ。
そこで行われていたのは……圧倒的で一方的な、戦いとすら呼び難いものだった。
ウォルターが絶対的な信頼を置いていた621を、しかしナインは実力で叩き潰したのだ。
仮に621の腕前が一般的な傭兵のものであれば、あるいは「システム制御により人間に不可能な動きを再現したのか」とでも思えたのかもしれないが……。
彼女は、封鎖機構が誇るシステムをすら真正面から叩き潰す、例外的な傭兵。おおよそ論理演算による自動制御は彼女に通用しないはずだった。
つまるところ、あの再現ACを駆ったのは、ほぼ間違いなくナイン自身のはずだ。
617の拾ってきた謎のオペレーター、ナイン。
彼の実戦実力は、これ以上ない程に担保された。
それこそが、ウォルターがナインの陣営加入を認めた理由の1つでもある。
……621をすら越え得る戦力は、野放しにしておくにはあまりにも危険なのだ。
そして、そんなナインが組んだのだという、「ナインブレイカー」と呼ばれる技能教習シミュレーション。
恐らくはこれが、617を飛躍的に成長させている。
未だ621には届かないにしろ、617の実力は、以前とは比べ物にならない。
武装の有用な使い方も、敵との距離の保ち方も、心理的な揺さぶりも、元より秀でていた回避機動も、その全てが大幅な上達を見せている。
いつぞや3機がかりで完全な敗北を喫したスッラを相手に、ただ一人で優勢な状況を形作れる程に。
……しかし。
戦いとは、常に単純な力の差によってのみ決まるものではない。
それを知っているが故に、スッラは、その言葉尻に焦燥を浮かべることはない。
『ククッ……冷たい殺意だ。お仲間を想っていたとでも?
私が殺ったのは618だったか? 620だったか? まぁ、どうでもいいことだろう。お前も再び、そのお仲間になれるのだからな』
『……っ!』
617の操縦桿を握る手に、力がこもる。
目の前のAC、「エンタングル」。
これは、ルビコン1での仕事の直前に、ハウンズを襲撃しに来た機体だった。
当時4人いたハウンズはしかし、このたった一機のACに翻弄され、1人の犠牲を出すこととなった。
本来対単体を想定されるAC同士の戦いでは、原則的に複数に囲まれた時点で極大と言っていい不利を被る。
けれど……それはあくまでも、真正面からぶつかったと仮定した場合のものだ。
熟練の傭兵、戦いを知悉したスッラからすれば、戦闘時に行うありとあらゆる行動が戦術の内だ。
例えばそれは、遮蔽に隠れ続けて陰から隙を窺うことであり。
敵の飼い主を罵倒する挑発であり。
かつて自分が奪った命を侮辱し、憎悪を煽ることでもある。
力で負けていても問題はない。
傭兵の戦い方は、何も力押しの一つだけではないのだ。
『お前たちには同情するぞ。飼い主さえ違えば、もっと長生きできただろうに……くだらない飼い主に買われ、くだらない人生を終える。実に犬らしい生涯だ』
ハンドラー・ウォルターのやり方では、どうしても仲間に情が湧く。
故にこそ、スッラは何の躊躇も容赦もなく、その脆弱性を突いた。
憎悪は思考を鈍らせ、短絡的にする。
喪った仲間を、愛しい飼い主を否定されることは、敵の感情を著しく乱すだろう。
それは殆ど直接的に、スッラの勝利を意味する。
……あるいは、それは成功していたかもしれない。
もしも617が、ルビコン1にいた頃の時の彼女であれば。
カタフラクトを見て、怒りに支配されていた彼女であれば。
けれど……。
【仇を討つ。そのためにこそ落ち着け、617。
今の君ならできるはずだ】
617は、一人ではない。
共に歩むと言ってくれた人がいた。
君の背負っているものを背負わせてくれと、共に戦わせてくれと、そう願ってくれた人がいた。
痛みも、苦しみも、楽しみも、喜びも。
その全てを分かち合ってくれる、「おにいさま」が……すぐ、傍にいる。
故にこそ、今彼女を焦がす怒りは、いつかのそれと同じだけの熱量を持ちながらも、けれどずっと静かだ。
617はまぶたを閉じる一瞬の間に、荒ぶりかけた気を静め……。
再びメインサイトを映した瞳は、理性のある青色のそれだった。
『はい。……おにいさま、617を、見ていてください』
【勿論だ。行け、617】
……そこから先の展開について、語るべきことは多くない。
どれだけ何を言われようと、「フォーアンサー」は冷静沈着に、ある種淡々と「エンタングル」の行動に対処し続け……。
判断の遅れや操作のミスもあったが、それでも優位を取ったまま立ち回り。
『ハンドラー・ウォルター……その猟犬の
最期に何か言い残そうとした言葉は、けれど「エンタングル」の爆散の音に呑まれて消え。
始まりの世代のコーラル強化人間、その数少ない生き残りは、死んだ。
AC「エンタングル」は、ルビコン1での作戦の直前、618を殺した機体だ。
ハウンズたちはそれによって、戦力過小の状態で、特攻にも等しい作戦に臨むこととなった。
受け取り様によっては、618の仇であると同時、ハウンズ壊滅の遠因と言ってもいいだろう。
先日は直接的に2人を殺したカタフラクトを討ち、そして今日618を殺したACを討ち。
これを以て617は、自分の仲間たちを殺した相手を、全員葬れたことになる。
「…………ろく、いちはち。みんな……」
617は、音声出力デバイスを通さず、万感の想いを込めて呟く。
焼けた喉に激痛を伴いながら……けれど、確かに、残されたハウンズとして、自分の喉で。
「おわった、よ」
そう、どこか祈るように告げた。
* * *
【……結局、ゴーストが仕掛けて来ることはなかったな。
何がしたいんだか……いや、ある程度察しは付くが。元よりゴーストは、そっちが本懐だし】
617の視界の端、おおよそ球体の形状に落ち着いて呟くナイン。
確かに、不明なことはあるが……しかし何にしろ、脅威は排除された。
これで、621の露払いという617の仕事は終わり、ということになる。
『617……良くやった。
621は既に仕事を終え、そちらに向かっている。仕事を終わらせ、無事に帰還しろ』
ウォルターは、言葉少なにそう告げた。
決して快い関係性ではなかったとはいえ、スッラはウォルターにとって既知の人物の一人。
過去の知己がまた1人消えたことに、何も思わないわけではなかった。
しかしそれ以上に、617が生き残ったこと、そしてミッションが無事に成功することへの安堵が大きい。
スッラが現れた時にはどうなることかと心が揺れたが、617は無事にそれを乗り越えてくれた。
ゴーストが出てこないのは予想外ではあったが、結果的には備えておいて正解だったと言えるだろう。
そうして、待つこと数十秒。
前哨基地方面から「Loader 4」がアサルトブーストで飛んできて、「フォーアンサー」と合流した。
『大丈夫だった、リンクス?』
『問題ありません。リンクスには、おにいさまがいるので』
『……まぁ私にもせんせいがいるんだけど。今回もおうえん、してくれたし』
『? おにいさま?』
【ん、ああ、2人を同時にオペレートする練習でもあったからな、今回は。
結果から言うと、しっかりと並列でやることができた。これからも任せてくれ】
『…………』
【617? あれ、どうした617?】
そんなちょっとした騒動は起こりながらも、概ね作戦は問題なく進み。
『行ってきます、ウォルター、せんせい、617』
『行って来い、621』
【ああ。大丈夫、行っておいで】
見送る「フォーアンサー」の目の前で、「Loarder 4」はウォッチポイントの内部へと潜って行った。
……今回のミッションにおける617の役割は、より力を持つ621の露払いだ。
相手がゴーストではなく因縁のあるACにはなったが、これは達成したと言っていいだろう。
ミッションの次の小目標は、撤退だ。
封鎖機構がこの騒ぎを嗅ぎつけて駆け付けるよりも早く、センシングバルブを破壊した621と合わせ、遠方で待機しているウォルターのヘリへと向かわなければならない。
ただ、617からすれば、わざわざ621の帰りを待つ必要はないと思えた。
『オペレーター、撤退を開始しても良いでしょうか。レイヴンの合流まで待つ必要はないと思われます』
【いや……待て。念のため、621が仕事を終えるまで待機。合流して一緒にヘリに向かう】
『……?』
やけに警戒した、というか緊張のようなものが窺えるナインの言葉に、617はこてんと首を傾げた。
既にウォッチポイント周辺に、熱源反応はない。敵性機体はいないと判断していいだろう。
ウォッチポイント自体も極めて大きな施設というわけではなく、もはや内部に入ってセンシングバルブを破壊するだけの作業に危険が伴うとも思えなかった。
それなのに、ナインは何を危惧しているんだろうと、617は首を傾げ……。
直後。
『っ!?』
ウォッチポイント内部から溢れた凄まじいエネルギーの奔流が、「フォーアンサー」に吹き付けた。
第三者視点で見ると621の安否が心配すぎる。
次回、chapter1後編最終話。