そして世に(銀髪薄幸美少女傭兵との)純愛のあらんことを 作:アリマリア
chapter1最終話です。
『こ、これは……?』
『621! 返事をしろ、621!!』
617は呆然と、ウォルターは必死に声を上げる。
しかし、2人の動揺もやむなしだろう。
621が入って行った施設、ウォッチポイント。
その前で、彼女の帰還を待っていた617の「フォーアンサー」の目の前で……。
内部から凄まじい勢いで、赤いエネルギーの奔流が迸ったのだから。
【退け、617! 君まで呑まれるぞ!!】
『っ!』
脳内に響く、赤く尖った声。
617は咄嗟にACを駆り、クイックターンからアサルトブーストに繋げ、その場を離脱した。
そうして1キロメートル程離れてから……気付く。
『APが、減少してる……』
【活性化したコーラルは金属装甲を侵食するからな】
『活性化、コーラル……?』
617とナインが言葉を交わしていると、ウォルターが半ば怒鳴るように言ってくる。
『ナイン! 状況を報告しろ!』
【借りるぞ、617】
『うん。ウォルター、ちょっと体、ナインに貸すね』
一瞬だけまぶたを閉じた617の瞳の色は、一瞬で青色から赤色へ。
ナインをその体に宿した彼女の発声デバイスは、ウォルターに向けて合成音声を発した。
『報告。センシングバルブは、間違いなく621により破壊された。
しかし、封鎖機構め、現存するコーラルの総合量は想定よりもずっと多かったらしい。
推測するに、この刺激ですら、今の地脈を流れるコーラル群には大きすぎた。流量調整を担っていた弁を失ったことと併せ、コーラルが逆流を開始。推定持続時間は……あと22秒』
『621は!?』
『まだ内部に残っている。コーラルの噴射量は……AC越しと考えても、平均致死量のおおよそ81%。危険域だ』
『くっ……!? 何か、621を脱出させる方策はないのか!?』
『ある。が、16秒では間に合わない。617を行かせれば彼女も呑まれる。俺がやるには時間が足りない。
……621の生還を祈るしかない、と判断する』
『くそっ、621! 返事をしろ、621!!』
ウォルターは懸命に呼びかけるが……。
皮肉にも、それに応じるようにして、「フォーアンサー」のCOMからシステムボイスが響く。
友軍識別AC、登録名称「Loader 4」、シグナルロスト。
『馬鹿な、クソ、こんな……俺の予測が甘かった……!』
ウォルターにとってC4-621は、このルビコンでの仕事を託すに能う独立傭兵であり、自分が今まで育てて来たハウンズの最高傑作。
ナインというイレギュラーに敗れはしても、それでもなお、彼は621の力を疑ってはいない。
そして同時……彼女はウォルターにとって、娘のような存在でもある。
自分が自分が戦火の中に巻き込んでしまった少女であり、いずれは幸せになるべき子供。
そんな子を、自らの失策によって、死なせてしまったかもしれない。
自らの配下を喪うことに決して慣れないウォルターにとって、この事実は致命的と言っていい程に重い。
それこそ、617の帰還によって塞がりかけた傷痕が、再び開きかねない程に。
『……621……』
一方で、617にとってC4-621は、自分を遥かに上回る実力の持ち主。その強さから学ぶところは多く、そして頼るところも多くなるはずの存在だった。
そして同時……彼女は617にとって、これから仲間になるはずの存在でもあった。
ハウンズは、617の生き方であり、居場所だ。同じように生き、ウォルターのために戦う傭兵たちは皆、617の同志であり仲間であり家族でもあった。
彼女は621もこれからそうなるだろうと思い、心の底では期待していた。
だからこそ、彼女が喪われれば、それは617にとっての傷になったかもしれない。
……けれど、その場でただ一人。
【……大丈夫。621は戻る】
ナインだけは、621の生還を確信していた。
それは、既に三度繰り返された過去。
それは、かつて自らの目と手を通して見た未来。
故にナインは、数十秒後の621の生還を、なんら疑ってはいない。
そうして……ナインの予測は、現実となる。
コーラルの逆流が収まってから……おおよそ、10秒後。
『……熱源反応感知! 大丈夫だ、シグナルはロストしても「Loader 4」は生きてる!』
『! 621、応答しろ!!』
ナインとウォルターが叫び……。
それに対して、数秒し、非常に粗い声が返って来る。
『……い…うぶ。生き…………』
『「Loader 4」の通信機能……いや、マイクが死にかけてるか。
しかし、機体の戦闘能力にも621のバイタルにも、致命的な異常はない。……ただ』
『……ルター……ちは、』
そこで唐突に、ブツッ、と。
無理に通信を切断するような音と共に、「Loader 4」との通話状態が途切れる。
『621……!?』
【……ふう、いやはや、少し緊張したが、第一段階は完了か】
『おにいさま、621は……』
『大丈夫だ。ウォルター、621のことはこちらに任せろ。回収する』
* * *
ウォッチポイント襲撃。
実に四度目となる、センシングバルブ破壊によるコーラル逆流の直撃。
これにリスクがあることは知っているが、どうせ逃げても間に合わないし……ナイン曰く、エアの存在は「4つ目の答え」のために必須。
そして621自身、再びエアと、共に戦った相棒と会いたいという想いが、確かにあった。
故に、もはや恒例となったこれから逃げることすらなく、621は足元から噴き上げる膨大なエネルギーを受け入れる。
凄まじい衝撃に、621の意識がブラックアウトし……。
ナインのそれとは少しだけ異なる、けれど見慣れた、赤い声が見えた。
【あなたは……】
【第4世代、旧型の強化人間……?】
【あなたには、私の「交信」が届いているのですね】
【私は、ルビコニアンのエア】
【目覚めてください】
【あなたの自己意識が……コーラルの流れに散逸する、その前に】
カッと、赤い光が広がるような錯覚と共に……。
いつものように、621は覚醒する。
……いいや。
いつものように、ではない。
その目覚めは、今までよりもずっと早かった。
【独立傭兵、レイヴン。それがあなたの名前なのですね。
ひとまず、今は……この場には、活性化したコーラルが多い。これ以上侵食される前に、ここを脱出しましょう。
レイヴンの自意識が正常化するまでは、オートパイロットモードを起……】
『……うん、そうだね。出よう』
【! レイヴン……あれだけのコーラルの奔流を浴びてなお、明晰に自意識を保っているのですか?】
『慣れてるから。いや、慣れたから、かな?』
621は薄く微笑みながら頷き、ACを駆る。
脳がしっかり動いていないのか、指先が僅かに震える。しかしそれも、10秒程すれば落ち着いて来た。
如何なる手段なのかは彼女にもわからないが、621はルビコンでの戦いを「周回」している。
そこで引き継いでいるのは、ACのパーツや強化状態、そして自分の記憶だ……と、彼女自身は認識していた。
が、しかし。これは正確な認識ではない。
記憶だけ引き継いでいるのなら、彼女にとって「別の621」の戦いは、全て伝聞で聞いたような現実味のないものに思えてしまうだろう。
記憶とは、認識し、保存し、銘記し、再認し、再生するというステップを踏んでこそ成り立つもの。
それらを全て十全にこなせる以上、記憶だけではなく、それに纏わる様々な機能も引き継いでいる、というのが正しくなる。
人格やACの操作技術等も引き継いでいることからしても……。
端的に言えば、621はその脳機能の全てを引き継いでいる、と言えるだろう。
つまりは、三度にわたるコーラル逆流に、持続的なコーラル変異波形との脳内交信、C兵器群のコーラル照射の直撃、レイヴンの火により噴き付けられる爆発……。
そして何より、前の周での「自らの自己意識を遥か彼方へと伝播させる程の爆発的なコーラルの暴風」すらも、621の脳は経験していることになる。
であれば当然、彼女の脳には、コーラルへのある程度の慣れと耐性すらも出来得る。
故に、いつもより早く、621は明瞭な意識を取り戻したのだ。
そして、その時。
『62……う答し……!』
「Loader 4」に、途切れ途切れにウォルターからの通信が入ってくる。
621はすぐに言葉を投げ返した。
「大丈夫、生きてるよ、ウォルター。こっちは平気」
【……このACのマイク機能が死にかけているようです。通信は困難でしょう。
機能復旧のメンテナンスのため、一次的にこれを遮断します。私が「交信」でサポートします、今はとにかく、この場からの脱出を……】
エアがそう、言いかけた時。
【そうだな。621、エア、早く上がって来てくれ。
君が早く目覚めてくれたおかげで、まだバルテウスは遠い。これなら無駄な戦闘は避けて撤退できそうだ】
もう1つ、鮮烈な赤い光が、621の視界に生まれた。
【っ!? な、こ、これは……!?】
「せんせい。バルテウス、潰さなくていいの?」
【むしろ戦わない方がいい。アーキバス一強体制を避けるため、可能であれば解放戦線とベイラム、封鎖機構の三者には戦力を保ってもらった方が都合が良いからな】
「そうなんだ」
【ま、その辺りの最終着地点は、いずれまた話そう。
……それに、どうせ今壊しても、あのタイミングで改修完了して、クソカス企業マンのデラックスアーキバス号になるし】
「確かに」
驚き戸惑うエアに対し、しかし621とナインは冷静に会話を交わす。
今起きたことにも、起きていることにも、まるで驚いてはいない。
今この場で最も動揺しているのは、異常な存在であるはずのエアだった。
【れ、レイヴン……これは、この声は……!?】
「ん? うん、エアの同胞……だよね?」
【まあそんな感じだ。ドーモ、エア=サン。ジェネリックコーラルパルス変異波形のナインです】
【????????】
意味不明な現状に、621の視界の中で、赤い光の片割れがバチバチと鋭く光を放つ。
どうやらエアは酷く困惑し混乱しているようだった。
621はなんとなく、一周目の自分を思い出す。エアの声を初めて聞いた自分も、こんな風に困惑していたな、と。
……まぁ、エア程には感情を表には出せていなかったが。
【ま、待って、待ってくださいレイヴン。それから、ええと、ナイン?
私の同胞……え? 変異波形? まさか、私の正体を知って……!?】
「うん」
【さっき答えたけども】
【え、え、そんな……え? 待ってください、なんでそんなに冷静に受け入れているんですか!?
人間は未知の存在を恐れるからと、わざわざルビコニアンという婉曲な言い回しをしたのに……!?】
「エアはあいぼうだし」
【俺に至っては同類だし。特に恐れる必要はなくない?】
「ね」
【そ、いえ、というか同類!? わ、私に、コーラルに、他に意思を持った波形が……!?】
ミステリアスな美女っぽく登場をしたエアはしかし、もはや状況について行けず、おろおろするばかりだった。
レイヴンに宿った彼女は、当初自分は拒絶される、そうでなくとも少なからず忌避されるだろうと想定していた。
彼女は思わず口走ってしまったように、人類は未知の存在に恐れを抱くと認識していたのである。
それも、唐突に脳内に聞こえて来た幻聴のような存在だ。存在を否定され、認められず、無視されてもおかしくないとすら考えていたくらいで。
けれど、それでも。
何十年とただ一人、誰と言葉を交わすこともできずコーラルの流れを揺蕩っていたエアにとって、唐突に交信が可能になったレイヴンは、絶対的な存在だった。
故に交信やハッキング、情報収集を通してレイヴンをサポートし、少しでも存在を認めてもらえるように頑張ろうと、内心で奮起していたのだが……。
レイヴンは、何故か最初からめちゃくちゃに好感度が高いし。
レイヴン以外にも、あろうことか自分の同胞で会話が交わせる相手が現れるし。
彼女は今、有体に言えば、あまりの情報量の暴力に打ちのめされていた。
【ゆ……夢? これが人間が見るという、夢というヤツですか……!?】
【俺たち夢見ないじゃん。そもそも眠らないし】
ナイン。自称、ジェネリックコーラルパルス変異波形。
コーラルの逆流に耐え切り、不可思議なことに交信が届くようになった621と並んで、エアが言葉を交わすことができる存在であり……。
恐らくは、この世界でたった一人の、同種。
【あなたは……本当に……?】
ゆっくりと、621の視界の隅の赤色が、もう1つの赤色にその色を伸ばしていき……。
二つの赤色が、交わり、絡み合った。
【……!!】
【ん……こうなってから、誰かと接触するとは思わなかったな】
どこか照れくさそうに言うナインに対し、エアは呆然としていた。
生まれて初めて、誰かと触れ合えた。
それは、半ば身体を持たないエアにとって……奇跡と言う他ないことであり。
【…………温、かい?】
きっと錯覚でしかないそれ。
誰かと繋がり、重なり合う感触を。
エアは、その存在が消え去るまで、忘れることができないだろうと確信できた。
エアの存在しない脳まで焼き払い、ナイン君の脳焼き性能は留まるところを知らない。
そして渾身の見せ場をスルーされたバルテウス君の哀れさも留まるところを知らない。
そんなわけで、chaper1後編はここまで。
ついに揃ったハウンズ陣営。コネと使命がすごい男、イレギュラー、イレギュラーの卵、ぶっ壊れ変異波形、そして転生コーラル。
冗談抜きで最強の陣営になりつつありますね。内ゲバさえしなければ。
次回、chapter2のRaD殴り込み編は6月から7月中に投稿予定。お楽しみに!
……二人のイレギュラーと二人の変異波形に攻められるRaDは前世でなんか悪いことでもやったんか?