そして世に(銀髪薄幸美少女傭兵との)純愛のあらんことを 作:アリマリア
保護者会とも言う。
『ナインだ。少し遅れてしまったが、言われた通りチャンネルは探り当てたぞ』
『……驚いたね。まさか、本当にここを探り当てるとは。
最初に会った時から底知れないものは感じていたが、これは想定以上かね』
グリッド086の片隅、彼女の補佐役たるAI以外は知らないセーフルームにて。
モニターに並ぶ文字列を見たRaDの頭目、シンダー・カーラは、「ふむ」と呟き顎に手を当てた。
彼女が今アクセスしているのは、「オーバーシアー」の秘匿チャンネル。
かつてはアクセス権限を持つ人間も複数いたが……今や彼女と、彼女の旧友たるハンドラー・ウォルター以外にその存在を知る人間はいない、寂れた場所だった。
絶対に隠蔽せねばならない情報を多く有するここは、当然と言うべきか、そのセキュリティも極めて堅固。
電子戦においておおよそ最上級の能力を有するカーラがガチガチに固めている。
正規のアクセス権限を持っている2人以外は、封鎖機構のシステムだろうと、傭兵支援システムオールマインドだろうと、侵入不可……それどころか、感知すらできないだろう聖域。
……しかし、今。
「ナイン」を名乗る何者かは、平然とそこに入ってきた。
それは即ち、オーバーシアーの技術担当であるカーラが情報戦で負けているということであり、その時点で非常にマズいのだが……。
問題は、それどころでは留まらず。
どうやら彼は、ウォルターやカーラの「正体」や「目的」に関しても知悉しているらしい。
『予想通りに辿り着いたか。こうなれば、もはや情報の秘匿は意味を成さんな』
今頃は遥かアーレア海の彼方、中央氷原にいるウォルターの反応には、驚きはなかった。
既にナインの不可思議な力を知るウォルターからすれば、驚愕する程のことではないのだ。
勿論、カーラ以上の技術を持っているのは脅威だ。
それはもはや、彼らがオーバーシアーとしての行動や情報を秘匿できないことを意味している。
秘密組織としては、極めて危険な状態だと言っていいだろう。
……しかし。
ウォルターはむしろ、それがナインであったことを、不幸中の幸いであると認識していた。
未だその正体を明かしこそしないが、ウォルターから見てナインという人格は、計画に甚大な悪影響を与えるものではないように思えた。
いいや、むしろ……計画に対して良い影響を与えるかもしれない、とすら感じている。
ナインと協調路線を組むにあたって、ウォルターは彼に要求を聞いた。協力の対価として何を求めるのか、と。
しかしそれに対して彼は、『617と621に美味しい食事を手配してあげてくれ。それと余裕があれば寝具も上質なものを。最近は夜風が冷たいからな』とだけ答えたのだ。
個人の欲求ではなく、ハウンズたちの利益を。……それも、
ウォッチポイントの攻略後に暫く様子を見ていても、目に付く彼の行動は617の歩行のサポートや621への情報戦の手ほどきなど、ハウンズたちの不足を補う意図のものばかり。
少なくともウォルターに窺える範囲では、どこかへと連絡を取るような様子もなく、シミュレーターや授業を通してハウンズの面倒を見て毎日を過ごしていた。
617と621の二人も、そんな彼を「おにいさま」や「せんせい」と呼び、彼を慕っているように見えた。
……ウォルターから見て、617はともかく、621は強化手術前の人格を強く残している。その彼女が短期間でここまで信頼するのだから、邪気の少ない手合いなのだろうと思われた。
そしてその後、ウォルターが企業との折衝や中央氷原の拠点確保のために空けた後もそう。
戦術・戦略的なアドバンテージがあるというわけでもないのに、毎日617と621のその日の様子を纏めて、文書形式で送ってくれているくらいだ。
それは彼が、ウォルターが大切にしているものを察し、陰ながら気遣うことができる証左だった。
目的も正体も、不明。
けれど……少なくとも現状において、極めて悪性の強い存在ではなく、むしろその逆。
ウォルターの目的の邪魔になる存在でも、ハウンズの教育に悪い存在でも、ない。
勿論、情報の優位を取れない現状は、決して歓迎すべきものではないが……。
彼の言っていた通り、そこがどうしようもなく覆せない以上、それを前提として発想を逆転する他ない。
少なくとも、現在分かっている情報からすれば、一時的に協調路線を取るには決して悪い相手ではなく。
この埒外の能力を持っている存在が、他の誰でもない「ナイン」であったことは、ウォルターにとって不幸中の幸いだと思えたのだ。
一方で、もう一人のオーバーシアーであるカーラとしては……。
未だ、ナインの存在を受け入れられたとは言い難い。
突飛な発想と高い戦闘力を持つストレンジャーとしては認めていても、残されたオーバーシアーの一員としてその存在を認められるかと言えば、それは否だ。
どう対処すべきか、と。彼女は一瞬まぶたを閉じ、考える。
理解し難い程に高いハッキング能力。逆探知が途中で途絶える不可解。……そして、圧倒的と言っていいACの操作技術。
決して正体を明かそうとせず、コンタクトを取る際には617の意識や体、あるいはこうした文書の形式によってのみ会話を交わす。
理論性の目立つ論理と口調をしていることから、少なくともその思考体系には男性性が見られる。
一時はそれこそ封鎖機構のシステムでも来たかと考えたが、AIに見られるような特徴的な生成パターンは見られず、端々から確固とした人格と拘りが窺えることからして、これは否定できる。
コーラル強化人間であるハウンズの体に干渉することから、既に滅んだ技研のC兵器の類かとも考えたが、少なくともカーラの知っている範囲において、C兵器は物理的障害を取り払うものばかりで電子戦に特化した類のものはなかったはず。
そこから予測できるナインの正体は……。
やはり、非常に高い電子戦能力を持つ男性だろう。
更に言えば、星系外から電波を飛ばしていると考えると、流石に時差やラグの問題が無視できない。
しかし同時、617との脳内交信はルビコン1からやっていたという情報もある。
以上から考えるに……。
ルビコン星系内のどこかにいる、かつての技研のコーラル研究についての知識を持つ、男性のハッカー。
これが最も蓋然性の高い結論になるだろう。
技研が滅んだ「アイビスの火」は、既に半世紀も前の出来事。
星系を丸ごと焼いたあの惨事の被害もあって、当時以前のことを知る人間は非常に少ないが……。
……カーラやウォルターがそうであるように、あの中で命を繋いだ者もいないわけではなく、寿命を延長する方法もないでもない。
あるいは、声を聞かせないのは、カーラに自らの正体を明かさないためかと考えたが……。
「流石にこれ以上は妄想の域を出ないかね」と、カーラはそこで一度思考を打ち切った。
とにかく、今肝要なことは。
冗談交じりに言った「情報戦が得意って言うんなら、私たちのチャンネルを特定してみな」という言葉をナインが本当に実行してしまい、オーバーシアーの情報を全て抜くことができると証明されてしまったこと。
ナインの正体がどうあれ、もはや彼を出し抜いて事を為すのは難しくなってしまった。
こりゃあ頭が痛い、と内心で苦笑いを零す。
亡き友人たちから託された願い。コーラルという、人類には早すぎる可能性の、完全な焼却。
それはカーラとウォルターにとって、決して譲ることのできない最優先事項。
勿論これを放棄しよう、あるいは延期しようなどと思うわけもない。
しかし、想定していなかった
……だが、それでも。
「ま、こういう時こそ笑うもんさ」
シンダー・カーラは笑う。
この程度の苦境はなんてことないのだと、あるいはこの世界の大半は所詮笑えるものでしかないのだと、そう示すように。
余裕のない時にこそ、彼女は全てを笑い飛ばすのだ。
「幸い、ストレンジャー……ナインは笑える奴だ。
精々測らせてもらおうか。アンタが何を考え、何を目指し、何のために戦うのか」
マイクを切り、頬杖を突いていたカーラの前で、モニターに文字が走る。
『応とも、信頼はこれから行動で稼ぐさ。是非ご照覧あれ、だな』
「…………見えて、いや、聞こえてるのかい?」
『あ、ごめん今の嘘。くそ、インターフェース上でもミスるのは致命的だぞこれ……』
……プライバシーというものが死に絶えたことに関しては、流石のカーラでも上手く笑えなかった。
* * *
『こほん……さて、話を戻すが。
中央氷原に向かう件だ。両者とも、これには問題はないか?』
ナインの挙げた議題に、ウォルターからはすぐさま返信がある。
『こちらは問題ない。元よりそちらにいた時に纏めていた話だ』
『概要こそ聞いてるが、起こりは知らないね。せっかくだ、聞こうか』
『では、少し長くなるが』
ナインが語り始めたのは、617と621がそれぞれのACを使ってアーレア海を渡る計画、その発端。
前提として、現在オーバーシアーと、この組織に協調の意思を見せているナインにとって、優先目標は集積コーラルの位置特定、そしてその場所への到達である。
ベリウス北西ベイエリア、ウォッチポイントでのコーラル爆発によって拡散したコーラルの流れは、中央氷原方向に集積コーラルがある可能性を示唆した。
故に、オーバーシアーにとって最も自由に動かせる戦力であり、同時最大の戦力でもあるハウンズの2人を、中央氷原に送らなければならない。
ウォルターは当初、情報を売りつけた恩によって、ベイラム専属AC部隊レッドガンの移動に帯同させることで、彼女たちの海越えの算段を付けようとしていたが……。
それに待ったをかけたのが、ナインだ。
617ことリンクス・ウィズ・カラーは、レッドガン部隊のAC乗りを既に2機撃墜しており、この部隊の気風も考えれば万一のハプニングが起こり得る。
だからといって、繋がりが薄く企業として信頼の置けないアーキバスに頼るのも愚挙と言う他ない。
更に言えば、アーキバスは既に独自に進めたのだろう解析を元に動き出しており、レッドガンに便乗していては当地での活動の時期的アドバンテージを失うことになる。
故に、彼は「Loader 4」と「フォーアンサー」二機でのアーレア海越えを提案したのだ。
『で、その手段が大陸間輸送カーゴランチャーの使用、ねぇ……。
……確かに、不可能じゃない。強化人間なら負荷への耐性もある。システムの自動調整もあれば、かかる加速度にも耐えきれるはずだ』
『ああ、その辺りは問題ないと確認している。ウォルターには既に見せたが、カーラ、あなたにもプランの詳細な計算結果を送ろう』
カーラの下に一件のデータが送信されてきた。
どうやら、カーゴ内にACを格納し、グリッド086から中央氷原沿岸部まで飛ばした際、内部にかかる負荷を詳細に計算したものであるようだ。
微に入り細を穿ち、何より他者が見ても理解しやすい、よくできた資料ではあるが……。
それがまさか、物資輸送カーゴランチャーの想定されていない有人使用のためのものであると考えると、どうしてもカーラの口角は吊り上がる。
ビジターではなく、ストレンジャー、と。
カーラがリンクスを、より正確にはナインをそう呼称するのには、理由がある。
未だ「フォーアンサー」に友軍識別タグが交付されていなかった頃、カーラが向かわせた部隊を余裕を持って無力化してきた独立傭兵リンクス。
何を考えているのかと興味を持って話をしてみた際、彼女が……もとい彼が、冗談交じりに「造れないかな」と語り出した、面白兵器。
それに、カーラは興味を惹かれたのだ。
グラインドブレード。
ACに積み込むことを想定した武装であり、右肩に装備するもの。
使用時には右手にハンガーし──ここまでは一般的な近接武装と何も変わらず、カーラは特段の興味を惹かれなかったのだが──、同時に左腕をパージ、マニピュレーターによってコアパーツ内のコンデンサとブレードを直結させる。
そうして2列3本ずつ纏まった
……控えめに言って、馬鹿の発想だった。
何か問題があるという次元ではなく、もはや問題しかない欠陥兵器だ。
そもそも、チェーンソーを6機同時に動かす時点で無理があるのだ。
大豊が開発するような巨大なコンデンサだって、それに必要なだけのENを溜めることができない。
その上で、AB並みの速度で突進するときた。どこからその分のENを捻出するというのか。
よしんばEN問題を解決できたとして、だ。
これを使う際には、左腕をパージしてしまっている。左腕武装ではなく、左腕パーツを、だ。
つまるところ、マニュピレーターとコアパーツの干渉次第ではあるが、左腕に持っていた武装だけではなく、アームパーツ近辺からハンガーされている左肩武装までパージすることになりかねない。
そうなればACは、右腕に持っていた武装とこのグラインドブレード以外の、一切の武装を失うこととなる。
とんでもない捨て身である。
更に言えば、アームパーツを吹き飛ばして無理やりにコンデンサからENを引き出すなど、当然ながら正規の接続手段ではない力技。
流石にそれだけでACが機能停止することはないにしろ、武装自体の接続不良による機能停止や、腕パーツからの逆流や漏出によるEN浪費、肉体と五感とのリンク不全……。
考えられる不具合の数は、片手ではとても及ばない。
このトンデモ兵器を語ったのが、ただの子供であれば、所詮は戯言だと流せたのだが……。
口にしたのは、グリッド086の「お出迎え部隊」を優に撃退した、優れた独立傭兵。
「一撃であらゆる敵を焼き尽くす究極の暴力」というコンセプトも込みで、カーラはこの発想に大いに興味を惹かれた。
この世界の一般的な傭兵は、多くの場合、ACのパーツに汎用性や継戦能力を求める。
現代機動戦はACSとリペアキットの存在によって、どうしても長期化するもの。
故にこそ、今企業が売っている武装は、カーラから見て「面白味のないもの」ばかりだった。
しかし彼が語ったのは、その潮流に抗うかのような、一撃必殺の超火力。
莫大なコストを払い、一瞬での短期決戦を狙う、まさしく究極の暴力だった。
それは、これ以上なく「笑える」発想。
戦場で命を懸ける、余裕のない傭兵からは出てこない、おかしな思考。
故にこそ、カーラはナインを「
『使えるものは何でも使う。たとえ有人使用を想定されていないカーゴランチャーでも、か。アンタらしい、笑える発想だ。
いいよ、協力しよう。……ただし、こちらもそろそろ準備を始める頃合いだ。行く前にいくつか協力してもらいたいことがある。ギブアンドテイクといこうじゃないか』
楽し気に笑うカーラに対し……。
『俺らしいっていうか……まあいいか、細かいところは。
とにかく、了解した。しばらくはレイヴンとリンクスには、グリッド086のお掃除をお願いしよう』
ナインは、なんとなくもの言いたげな雰囲気を見せつつも、頷いた。
本当に笑えるのは、人と触れ合ったことが少ないが故のエアちゃんの突飛な発想なんだよなぁ……。