そして世に(銀髪薄幸美少女傭兵との)純愛のあらんことを 作:アリマリア
(どっちの味方として来るんだ……?)
G5イグアス。
彼の人生が音を立てて歪み始めたのは、いつからだったか。
路地裏の博徒に堕ちた時か?
絡む相手を間違えてベイラムに入社することになった時か?
レッドガンなんて部隊に押し込められ、死と硝煙の臭いの漂う前線に送られた時か?
否。彼はそれに不平不満こそ覚えても、憎悪や否定まではしない。
では……このルビコン3という辺境の惑星に来た後。
割に気が合った仲間であるG7ハークラーが、さる傭兵に殺された時か?
解放戦線の拠点を攻めた際、生意気な野良犬に噛み付かれラッキーパンチを喰らった時か?
ベイラムの一大作戦であったミッション「壁越え」から外され、それを野良犬が達成したと知った時か?
それとも、企業専属のAC乗りになる前からの長い付き合いである悪友、G4ヴォルタが死んだ時か?
ああ、きっとそう。
今、イグアスを苛立たせるのは、それらの内のどれかに違いない。
そして、その内のどれが起点であったとしても。
畢竟それら全ては、2人の傭兵によるものだった。
アリーナランク1/S、独立傭兵レイヴン。
アリーナランク24/E、独立傭兵リンクス・ウィズ・カラー。
そしてその中でも、イグアスにとってより強い殺意の対象、不倶戴天の敵に当たるのは……。
リンクス・ウィズ・カラー、だった。
降って湧いた目の上の
その傭兵がランク1/S、つまりは最強の称号を持つ以上、言い訳の余地がある。意味の分からない
けれど……もう一人の独立傭兵。
アレは、駄目だ。
ランクから見ても格下のはずのアレは、ベイラムの製品を買っておきながら解放戦線のゴミ共と協調し、ベイラムに逆らった。
そうして、ハークラーを殺し……ヴォルタを殺した。
殺さなければならない。
何としてでも、殺さなければならない。
仇を討つとか、ベイラムの敵とか、そんな理屈すら彼の頭には届いていない。
ただただ、胸の底から沸きあがる、煮え立つような憎悪だけが彼を突き動かす。
そう、だから。
「…………あァ?」
自分が赴いた戦場に、リンクスの乗機「フォーアンサー」の姿を見つけた時。
彼の思考は、漆黒の殺意に染まった。
* * *
『来たか』
「フォーアンサー」内部で、617……リンクスの体を通して、ナインが呟く。
予定通りの襲撃者が、予定通りの頃合いにやって来た。
まさしく予定調和の現実を前に、ナインは続けて617に告げる。
【戦闘は君に任せる。勝利条件は先程言った通りだ。
相手はアリーナランク19/D、レッドガン専属AC部隊、G5イグアス。
乗機ヘッドブリンガーはパルスシールドを主軸に据えた中距離撃ち合い機体だ。シールドの他はリニア、マシンガン、ミサイルの構成、突出した火力はないが削り合いになれば面倒になるぞ。
撃破を考えるとしたらどうする?】
『……可能であれば奇襲、不意打ちでのダメージレースのリード。続けて近距離に詰めて撹乱しながらシールドのオーバーヒートを狙い、スタッガーから速攻の削り切りが有効かと思われます』
【悪くない。実際に有効かは……今から確かめてみろ】
視界の中で点のようなサイズだった敵影が、徐々に大きくなる。
アサルトブーストを噴かす、ベイラムの中量二脚だ。
617が各武装をリロードし、コンデンサに充填されたENを確認していると、カーラから通信が届いた。
『……アイツ、アンタの知り合いかい?』
『いいえ、リンクスは対象機体との対戦経験はありません』
『何も戦うだけが知り合う手段じゃあないと思うが……まあいい。
しかし、向こうさんはそう思ってないみたいだよ。広域チャンネルで喚きたててやがる。アンタらも聞いてみたらどうだい?』
【君に聞かせるには少々下品なので、こちらでカットしている。
端的に言えば、「この猫め、殺してやる」といったことをまくしたてているな。
君はG7ハークラーを撃破したし、公的にはG4ヴォルタを撃破したことになっている。恨まれているんだろう】
なるほど、と617は頷いた。
「恨み」は、617にとって理解できない感情ではない。
ルビコン1の封鎖機構基地で特務機体カタフラクトに出くわした際、彼女もそれに囚われた経験があるからだ。
仲間であり家族であったハウンズたちを殺した機体が、憎くて憎くて仕方なかった。
複雑な理屈を考える前に機体を前に走らせ、両腕の得物を向けてしまった。
それと同じ感情を、迫る機体の主は持っているのだろう。
実際、その軌道は回避など考えてもいないだろう、直線的なもので。
『…………』
617の、改造され戦闘に最適化されたはずの思考が、一瞬だけ空転する。
ヴォルタ……実際には殺していない彼は、別として。
G7ハークラーは、確かに617がその手にかけた。
相手の機体がスタッガーしたタイミングに合わせ、パルスブレードを起動し、撫で切りにして。
その果てに、アサルトアーマーによって残ったAPを消し飛ばした。
ハークラーと言うらしい相手の断末魔も、機体が爆散して炎上する姿も、617は覚えていた。
G5イグアス。
彼にとってのハークラーは、あるいは617にとってのハウンズだったのかもしれなくて。
617は何の感慨もなく、その仲間を殺し、奪ったのだ。
そう思うと……。
「…………?」
不可思議に、617の胸に冷たいものが過った。
その感情を何と呼ぶのか、617は習っていない。
戦士が持つべき感情でないそれを、ウォルターは教えなかったし。
ナインは、彼女自身が学び尋ねることを待っていた。
故に、今の彼女にとって、その胸の疼きは不可解な動悸に過ぎず……。
【……リンクス、来ます!】
脳内に響いた赤色の声に、一度頭を振って思考を振り切り。
617は……独立傭兵リンクスは、改めて「フォーアンサー」の操作に思考力を注ぎ込んだ。
『てめぇだけはッ、殺すッ!!』
その大半をナインによってカットされたイグアスの叫びは、戦場に降り立ってようやく617の元にまで届けられた。
しかし、有意な発言だったかと言えばそれは否。
ただの憎悪の叫びでは、対話にはならない。……元より、少なくとも現時点において、617は彼と会話をするつもりはなかったが。
そうして騒々しく地面に降り立った「ヘッドブリンガー」と、それを待ち受ける「フォーアンサー」。
二機は無蓋の通路で交戦を開始する。
開戦の狼煙となったのは、それぞれが右肩に提げるミサイル。
実弾とプラズマのそれらは、他武装が相手をリーチに捉えていない時点から放たれ、ロックオンされた互いに向かって高速で走り……。
「フォーアンサー」は、横へクイックブーストを噴かして回避を。
「ヘッドブリンガー」は、アサルトブーストによって即座にプラズマの嵐を突き抜けることを選択した。
被害を甘んじながらの突進からは、直情的な判断が予想できたが……。
「…………」
【ほう】
617とナインにとっては、意外なことに。
彼我の距離が中距離と言える段階に入ってからは、「ヘッドブリンガー」はその距離感を保とうと、「フォーアンサー」と並走し始める。
【激情にかられて突進してくるかと思ったが、なるほど、G6とは違うか。
感情はあるし判断も短絡的にはなっているが、手癖にしている動きまでは手放さない。
……確かに、原作でもキレたからって凸ってきたりはしてなかったか。これがルビコンでの戦いに加わる最低限のライン、というわけか?】
【ナイン?】
【いや、すまない。……とはいえ、これは俺の関与も必要ないだろうがな】
戦闘前に語られたナインの理解は、概ね正しく。
イグアスの乗機「ヘッドブリンガー」のアセンブルコンセプトは、対AC想定の堅実な撃ち合いだ。
左腕のマシンガンで雑に弾幕をばら撒くことで相手を牽制しながらACSに冷却の暇を与えず、隙あらば右腕のリニアライフルで撃ち抜く。
遠方に逃れようとする敵にはミサイルで追撃し、逆に近接戦で応じようとすればパルスシールドでダメージレースの有利を取る。
火力不足の感は否めないし、最適化も極まっているわけではないが、それでも整ったアセンブルと言わざるを得ないだろう。
……が、しかし。
どのように整ったアセンブルも、操縦者の技量に差があれば、その価値を十全に示すことはない。
『クソ猫がッ、ちょろちょろ走りやがって……!』
広域チャンネルでイグアスは叫び散らかした。
最接近を避けて滑るように移動する「ヘッドブリンガー」に対して、「フォーアンサー」は不規則に飛び跳ね切り返しながら、ひたすらその傍に張り付く。
「ヘッドブリンガー」の最適距離は中長距離。
だからこそ、617は決してその相手に距離を置かせない。
「フォーアンサー」は極めて軽量に纏めた機体であり、なおかつブースターは高出力高負荷のもの。
中量機である「ヘッドブリンガー」よりも、純粋推力で大きく上回っている。
であれば、イグアスが距離を空けるためには、揺さぶりやAC操作の技能差で成す他ないが……。
「…………」
『クソがァ!』
シミュレーターの中で、ナインというイレギュラー相手に何十何百と繰り返してきたAC戦だ。今更アリーナのDランクで燻っている相手に、読み合いで負けるわけもなく。
……更に言えば、今のイグアスは落ち着いて心理戦ができるような精神状態ではない。
617の動きに対応することすら怪しく、ただ体が覚えている動きを手癖でなぞるばかりだ。
「勝てる」、と。
短時間の交戦の上で、617は確信する。
イグアスの照準は乱れている。
弾幕を撒けるマシンガンはともかく、主力たるリニアライフルはまともに命中していないし、ミサイルに至っては撃つのを忘れる時すらある。
動きは悪くはない……が、良くもない。
おにいさまとは比べようもなく固いそれは、今の617からすれば脅威足り得ない。
超至近距離であるが故に振り向きが追いつかず、そのパルスシールドすら十全に使えてはいない程で。
こちらの有効打は両腕のマシンガンで、相手は片腕のマシンガンだけ。
シールドは使いすぎればオーバーヒートするし、それも含めてダメージレースには勝てる。
更に言うなら、あちらにはスタッガー時に追い打ちできるだけの火力がないが、こちらにはパルスブレードがある。1度スタッガーを取ってしまえば、一気に趨勢は傾くだろう。
総じて、勝てる。
このまま戦えば、確実に相手の機体を破壊できる。
……だからこそ、どうしようかと思ってしまう。
今回オペレーターから指定された勝利条件は、G5イグアスの撃破
むしろオペレーターは、撃破まですることはあってはならないと言っていた。
しかし、617は手加減が苦手だ。
なにせこれまで、シミュレーターでは圧倒的格上であるナインに全力で抗い続けてきた。
最近になって増えた対戦相手である621も、今の617からすれば隔絶した実力者だ。
これまで戦闘において手加減するような機会はなく、「バレない程度に手を抜く」という技術を617は習得していない。
勝てる。……だが、勝ってはならない。
その難しいオーダーに、617は眉をひそめ……。
【僚機が到着した。617、フェーズ2へ移行だ】
ようやくかかったオペレーターの言葉に、彼女はこれ幸いと即座に応じた。
これまで前のめりな姿勢から一転、クイックターンからアサルトブーストを始動。
イグアスのことを無視するかのように、どこかへと飛び去って行く。
『ッ、てめぇ、逃げる気かッ!!』
たとえ認め難くとも、内心では戦況の不利を悟っていたイグアスは、しかしだからこそ、「フォーアンサー」が退いたのを見て何か不都合なことがあったのだと当たりを付ける。
このまま戦えば優勢に事を運べるはずなのにそれを放棄したのだから、イグアスの視点からはそれ以上に考えられることなどなかった。
しかし何はともあれ、敵の方から距離を離してくれるのは好都合。
相手が退却したというなら、追撃しない意味はない。
イグアスは即座に判断を下し、「ヘッドブリンガー」を駆る。
リニアライフルをチャージしながら、敵の背に向けてミサイルを発射。
続けてアサルトブーストを起動して、逃げ去ろうとする敵機を追う。
二機のACを迎えるように開けられたドアから屋内に入り、何度か角を曲がって……。
そうして、その先で。
予想だにしない相手と、対面することとなった。
『な……は……?』
その機体を見て、思わずアサルトブーストを停止させ、足を止めてしまった「ヘッドブリンガー」に対して。
使っている通信機が企業製ではないのだろう、荒いノイズを含んだ通信が届く。
けれど、ノイズ程度で聞き間違えるわけもない。
それは、イグアスのよく知る声だった。
『よぉ、イグアス。元気そうで何よりだぜ』
「ヘッドブリンガー」の前に立ち塞がったのは、一機のACだ。
一部外装は変わりながらも、しかしかつての悪友の機体の影を残す、タンク脚。
その名は「テッポウオヤブン」。
ふざけたような名前でこそあるが、ガチガチに固めた重武装とタンク脚による高機動力を兼ね備えたそれは、高い制圧・突破力を有しており……。
独立傭兵でありながらそのアセンを組み上げていることは、乗り手の戦闘への高い理解度を示している。
現に、その中にいるパイロットは、たった数か月前に現れた新参でありながら、既にアリーナのランク入りを果たす程の実力者。
アリーナランク29/F、所属は独立傭兵……。
ヤクザ・オブ・ザ・ガチタンゴッド。
かつては「G4ヴォルタ」というコールサインを持っていた傭兵は、隠し切れず苦笑しながら、唖然とするACに対して言葉を投げかけた。
『さて……いきなりでわりぃんだが、投降した方がいいぜ。俺とアイツに囲んでぶん殴られたくなきゃあな』
ここでヴォルタが撃破されていると、イグアスとの関係性が致命的に悪化してしまいます。
だからヴォルタを生かす必要があったんですね(4周目走者並感)。