そして世に(銀髪薄幸美少女傭兵との)純愛のあらんことを 作:アリマリア
最後まで残させてくれ
「そうか……617が、自らパーツを購入したか」
中央氷原東方、セーフハウス。
銀髪薄幸美少女傭兵部隊ハウンズを従える飼い主、ハンドラー・ウォルターは、感慨深げにそう呟いた。
つい先程合流した、ハウンズの二人……独立傭兵リンクスことC4-617と、独立傭兵レイヴンことC4-621。
ウォルターの猟犬である彼女たちは、アーレア海を越えるために使った「とある手段」による疲労を癒すため、既に眠りに就いている。
彼は二人のために用意していた寝室で、彼女たちが寝息を立て始めるまで慈しみを持って見守り……。
二人分の寝息が聞こえてきた辺りで、自らの私室であるここに戻って来た。
よく言えば綺麗に整頓された、悪く言えば生活感のない、がらんとした空間。
この部屋にいるのは、現在ウォルターただ一人。
であれば、彼が独り言のように口に出したそれは、虚空に消えるはずだったが……。
果たして、それに応える言葉が、モニターの上に並んだ。
『ああ。「PB-033M ASHMEAD」……ベイラムの作った瞬間火力に特化した近接武装、パイルバンカー。
通常使用ならともかく、チャージ使用の際には大きな隙を晒してしまうが、当てさえすればACSの上からでも容赦なくAPを削り取れる一品だ。
どうも617は、至近距離でのパワーファイトを好む傾向がある。中距離を基本とする621とは、当然ではあるが指向の違いがあるな。
最近のトレーニングには、これを使いこなす訓練も追加した。……FCSとCOMの補正を抜くマニュアル状態で有人機に命中させるのは正直至難の業だが、本人は楽しんで訓練しているようだ』
オフライン状態であるはずのPCに干渉して文字列を表示させているのは、ハウンズのオペレーター、ナイン。
いつかどこかで解き放たれたコーラルの潮流に呑まれ、これによって拡張された新人類だ。
コーラルネットワークを通してウォルターのPCを掌握した彼は、文字列を以てウォルターへの報告を続ける。
『好みの武器を自ら強請って購入したことも含めて、最近の617は、だいぶ情緒豊かになってきたよ。
RaDでメンテナンス屋や門番なんかと話した経験が良かったのだろう。最後の方は、自分からRaDの宴会への参加を申し出てきたくらいだ。
つい先程あなたに会った時も、これまでにないくらい強く反応していたしな』
ハウンズがウォルターと再会した際、617はウォルターに駆け寄り、頭を撫でられれば微かにその口端に笑みを浮かべていた。
これまでウォルター相手にさえ感情を出すことの少なかった彼女にしては、かなりしっかりとした感情表現だったと言っていいだろう。
それは偶発的に起こったというわけではなく、積み上げてきた人間的な日々により、多少なりとも彼女の情緒が戻ったからだったらしい。
「中央氷原へ渡るためにカーゴランチャーを使うと、最初にそう聞いた際は、どうなることかと思っていたが……617にとって、良い経験になったか」
『まあ、あなたの料理を食べられないことは不満に思っていたようだがな。
RaDの食糧事情にも問題があったとはいえ、あの子、二日に一度は「ウォルターのごはんが食べたい」と呟いていたぞ』
「…………そうか」
基本的に仏頂面で表情を崩すことのないウォルターは、しかしそれを聞いて、僅かに相好を崩した。
ハンドラー・ウォルター。
彼が己の猟犬、617と621へ向ける想いには、複雑なものがあった。
彼には、確かな目的と意志がある。
亡き友人たちの跡を継ぎ、人類の世界に破滅をもたらし得るコーラルを、今度こそ残らず焼き払うことだ。
幼少の頃に大いなる破滅を目にしたウォルターにとって、それからこの目的のために多くの友人を喪ったウォルターにとって……。
そして、破綻のきっかけを作った全ての元凶を父に持つ、ウォルターにとって。
コーラルの焼却は、決して譲れない目的だ。
可能性に憑かれた父の妄言は呪いとなり、戦いによって流れた友人たちの血は錆付いて、今や彼の意志を頑迷に固めきってしまっている。
……しかし、同時。
そんな呪縛を負いながらも、彼の根底にあった善性が喪われたかと言えば、それは否だ。
冷たく残酷な世界にありながら、しかしウォルターは人間性と呼べるものを維持している。
そしてそれは、ACのパーツの一つとして「強化」「調整」されてこそいるが、元は確かに人間であった少女たちに対し、慈愛を持たせるには十分なものだった。
彼の購入した強化人間、第四世代のナンバー600番台前半は、感情や情緒、人格を対価としてAC操作適性を向上させる趣旨のもの。
621は比較的穏当に強化手術が完了したためか、最初からある程度の情緒を維持していたが……。
617、618、619、620の四人、彼が買った三世代目のハウンズは、人格を大きく損なってしまっていた。
その中でも617は、他より高いAC操縦適性の対価とでも言わんばかりに、多くのものを喪った。
記憶喪失と人格の退化以外にも、下半身不随と発話機能の制限まで。
少女一人が背負うには余りにも重い心身の障害を患い、けれどそれが不幸であるとすら、目覚めた彼女には理解できなかったのである。
ウォルターの下で傭兵となった後も、少しずつ人間らしい情緒を取り戻す他のハウンズたちを他所に、617のそれはどこか機械的で淡々としたままで。
だからこそウォルターは、彼女に対して特に気を配っていたのだが……。
『良く鍛錬し、仲間と話し、戦場に出て、人と知り合い、飯を食べて、ベッドで眠る。
子供がやるには少々苛烈だが、しかし独立傭兵としては充実した日々だっただろう。ただの部品ではなく戦士らしい、つまりは人間らしい行動が、彼女の精神を引き戻しているのかもしれない』
「そうか」
『カーラも良くアシストしてくれていた。RaDのメンバーに敵対しないよう言ってくれたり、メンテナンス工との仲を取り持ってくれたりだな。色々と都合もあったとはいえ、仕事も回してくれたし。
俺からも感謝は伝えたが、あなたからも一言言っておくのが礼儀かもしれないな』
「構わんが……礼儀、か。なんとも旧時代的な考えだな」
『嫌いか?』
「いいや……悪くはない」
モニターに表示される文字列とコミュニケーションを取るウォルターの姿は、外目からは異様に見えたかもしれない。
ウォルター本人からしても、これ以外にナインと接触ができない現状には、些か以上の不足を感じている。
……しかし、それでも。
彼はもう、ナインが機械や617の合成音声越しにしか会話できないというのなら、それを受け入れようと判断していた。
勿論、オーバーシアーとして、ナインの行動を拒むことができないという理由もある。
ナインのハッキング技術は、常軌を逸している。
技術屋であるカーラですら止められないとなれば、ナインに情報戦や電子戦で勝利することは実質的に不可能であり、彼らの行動や情報は筒抜けになっていると言っていい。
それならば、外に逃がすより内に抱え込んだ方が、まだ監視できる分リスクが少ない。
幸いにしてナインはハウンズ、そしてウォルターに好意的だ。ならばその好意に付け込み、自陣営として運用するのが合理的というもので。
……しかし、そういった実利以外にも。
ウォルターが内心で、ナインに信用を置き始めているという都合も、確かにあった。
ハウンズから離れ、中央氷原に拠点を築くにあたり、ウォルターはナインに彼女たちを託した。
果たして、その結果……。
手元には定期的にハウンズの近況に対するレポートが届き、それらはカーラからの連絡と相違なく。
彼が命を救った617は、その情緒を少しずつ取り戻しつつある。
そして何より、617が「パーツ」ではなく「人間」としての在り方を取り戻すことを肯定する、この時代の人間としては珍しい強化人間への向き合い方。
それらを以て、ウォルターはナインを信用することを決断したのだ。
それは無条件の信頼ではない。
その能力と指向性を信じて用いる、信用。
信頼関係の第一歩を、彼らは構築し始めている。
……しかし、それは、彼らの意志が完全に統一されていることを意味しない。
机の上に置いていたカップを傾けるウォルターに対して、モニター上に再び文字が並ぶ。
『……それから一つ、あなたに相談というか、提案があるんだが』
「聞こう」
『先に断っておくが、少々センシティブな内容もあるので、一度最後まで話を聞いてから判断してほしい』
彼はそう前置きし……。
確かに、ウォルターからすれば過激に思える言葉を並べた。
『617と621を急激に戦いから引き離すのは、やめた方がいいかと思う』
ウォルターはその眉をひそめ、しかし言われた通りに最後まで話を聞こうと、背もたれに体を預ける。
その視線が少しばかり鋭くなるのは避けられなかったが、彼にしてはかなり穏当な反応だったと言えるだろう。
対するナインは、猟犬へ向けられた溺愛と言っていい想いに内心で苦笑しながらも、誤解なく伝えられるように言葉を並べ始める。
『気遣いに感謝する。今しばし聞いてくれ。
俺がしばらくあの2人と過ごした所感だが……。
621はともかくとして、617は今のところ、自己肯定の手段を闘争に依存していると思う』
モニター上に、いくつかの映像や記録が並んだ。
ウォルターがハウンズから離れて数週間、617と621が行ったシミュレーターでのトレーニング記録、それをスケジュールの上に起こしたもの。
それらは……殆ど隙間もなく、彼女たちの余暇の大半を埋めてしまっている。
『あなたが休めと言って離れて、しかしハウンズは戦闘訓練に集中していた。
それは真面目だとか前向きだとか、そういうことではなく……。
特に617が、「家族の代わりに戦う」ということでしか、自分に価値を認めていないのだと思う』
「…………」
その言葉に、ウォルターの唇が結ばれた。
彼とて、薄々察してはいた。
617が、闘争に依存していること。
自らが放った「生きる意味を与えてやる」という言葉が、彼女を闘争の日々に縛り付けていることを。
彼は全てが終わった後、ハウンズが普通の人生を送ることを望んでいた。
自分の下から離れることで戦いの日々から解放され、穏やかな暮らしを営むことを。
……けれど、同時。
その蟠りを察しつつも、すぐに解きほぐすことなく、彼女たちを戦場へ駆り出しているのも確かな事実だ。
その方が都合が良かったのだ。
ルビコンで戦う上で、彼女たちが闘争に集中していた方が、彼にとっては……オーバーシアーのウォルターにとって、都合が良かった。
戦いを恐れるようでは、とても企業戦略や封鎖機構を跳ね除けられないから。
その唾棄すべき利己を前に、ウォルターは内心で自虐する。
強化人間をパーツではなく一人の人間と認める、などと……結局彼は、その純心を利用し、自らの目的のために使い捨てようとしているというのに。
間違いなく本心から、617と621のことを想っておきながら……。
けれどそれでもなお、自らの目的のために、彼女たちを「消費」しようという矛盾。
結局ウォルターは、自らの目的と彼女たちの平穏を天秤にかけ、前者を選んでいるのだ。
その愚かしさと下劣さに、良識ある彼は、自分を卑下せざるを得なかった。
しかし、その反面。
モニターの上には、むしろ彼を肯定するような言葉が並んだ。
『勘違いしないでほしいんだが、あなたを責める気はないんだ。
あなたが背負ったもの、あなたのこれまでを思えば、それは致し方なく、そして当然のことだと思う。
手段がこれしかなかった。そして購入した強化人間が、偶然彼女たちだった。
畢竟、巡り合わせが悪かっただけだ』
まるで内心も見透かすような言葉に、ウォルターは自らの頬を触れた。
いつも貼り付けていた鉄面皮が剥がれてしまっていないか、確認するように。
『そして、この状況が間違っているとも、俺には思えない。
過去の全てを喪った彼女たちには……あなたが与えた人生の意味、戦うことしか残ってはいない。
逆に言えば、彼女たちにとってそれだけは、この世界で確かに価値を持っているとも言える。
彼女たちは、あなたのために戦っている、あるいはそのために備えている時間だけは、絶対に間違いでないと確信できるんだろう。
だから、今の彼女たちから急に闘争を奪うことは……その存在価値を奪うことに等しくなる』
並ぶ言葉は淡々と、けれど彼の心を刺すようで。
しかしウォルターは、目を逸らすことなく、モニターを直視し続けた。
目的、大義のために犯したと言えど、彼が罪を為したことは事実だ。
617たちを、621を、自分の目的のためにそう誘導した。洗脳した。
生まれて間もないような状態の彼女たちに、それこそが生きる道なのだと強制した。
彼はそれを決して否定せず、ただ自らの罪と認め、裁きを受けるような気持ちでその言葉を見続け……。
けれど、ナインの次に綴った文章に、異なる意味で胸を穿たれた。
『俺は、あなたがハウンズを救ったのだと思う』
『ハウンズは元より、廃棄されるはずだった者たち。人として生きられなかった存在だ。
仮にそれがどのような形であろうとも、たとえ一時的なものに過ぎないとしても、あなたがあの子たちに命を与えたことには確かな意味があったはず』
『だからこそあの子たちは、あなたを慕っている。
父として。自分に命を与えた、この世に産み落としてくれた人として、この上ない親愛を向けている』
『どうかそれを忘れないでくれ。
あなたが救ったものを、一時の感情で再び殺す。そのようなことのないように』
『……まあ、それに、だ。
あなたは厭うかもしれないが、なにせこのご時世だ、闘争の道もそう悪いものではないさ。
勿論リスクは高いが……いざという時に、何かを選択できるだけの強さも得られる。そこに関しては、普通の人生では到底辿り着けないものだろう』
『だから、どうか卑下しないでくれ、ハンドラー・ウォルター。
この地獄のような世界の中でしかし、ハウンズは、あなたの下に付いて間違いなく幸福だった。
……いや、すまない、言い間違えたな。幸福だろう、が正しいな。
刷り込みでも義務感でもなく……自らの選択によって、あなたの託したものに殉じてもいいと、そう思うくらいにはね』
「…………」
それは。
とてもではないが、第三者の立場から出る言葉ではなかった。
ウォッチポイントで矛を交えた独立傭兵スッラは、ハウンズを使い捨てるウォルターを嘲笑った。
それは、道具のように使い捨てられるハウンズの現状が悲惨なものであり、ウォルターの為すことが外道のそれであると認識しているが故のものだった。
ウォルターに立ち位置の近いカーラでさえ、ハウンズを幸せなどとは言わなかった。「あの子たちも運がないことだ」とぼやいてさえいた。
もっと他に、生きる道もあっただろう。……あるいは、自分たちに付き合わせて申し訳ない、と。
事情を知る第三者から見て、それが一般的な反応であるはずだ。
そのはず、なのだが。
目の前に文字列を並べる者は……まるで……。
「ナイン、お前は……」
何事かを言おうとしたハンドラー・ウォルターに対して。
まるでその疑問を遮るように、ナインは再び文字を綴る。
『ああでも、彼女たちに他の生き方を示すな、というわけではないよ。
彼女たちが戦いから帰って来た時、あなたには彼女たちを迎えてほしい。その際には強制しない程度にそれとなく、他の道を教えてやるといい。
彼女たちがそれを選ぶならそれでいいし、逆にそれでも闘争を選ぶというのなら、それもまたいいだろう』
『戦場の重力に魂を引かれる人種は、実在する。
そんな人間はきっと、一度離れたとしても、いずれ自分の魂の場所に戻ってしまうだろう。ここたまってヤツだ』
『まあ、彼女たちがどうかは……未だ、わからないがね。
もしもそうであれば、無理に引き離さず、その本懐を叶えさせてやるのもいいさ。
それがきっと、本人にとって最も納得のいく終わりになるだろうからな』
戦場で育った子供が急激に戦場から離されるというのも無情な話。
いくらエアに提案されたとはいえ、Chapter2で休めと言われて休まない辺り、ハウンズはまさしくそういう存在なのかなーと思います。