そして世に(銀髪薄幸美少女傭兵との)純愛のあらんことを 作:アリマリア
基本的に、LCやAC、そしてMT含め、この時代に使われる機械にはACSが備えられている。
ACS……その正式名称を、動的防弾制御システム。
銃撃などの強い衝撃を受けた際、機体を自動的に計算された最適な角度に傾けることによって、衝撃を受け流して大幅に軽減する、というもの。
避弾経始の行き着く先、誰が言ったか生きる傾斜装甲だ。
これは主に戦闘、特にLCやAC、戦術級兵器間での戦いに用いられ、相手から受けるダメージを大幅に軽減することにより、戦闘時間の延長に一役買っている。
特に、遠方から放たれ空気摩擦で速度が遅くなった弾丸に対してこれは非常に有用で、一発一発の威力を重視しない類の兵装は、相手から300メートル程離れた時点で豆鉄砲も同然となる程。
ミサイルなどの接触した後爆発する類の兵器や、そもそもこれを貫通できる程の巨大な質量を持つ主砲、空気抵抗をほぼほぼ無視できるレールガンであれば話も別になるが……。
少なくとも、LCやACの武装では、基本的にこれを貫くことはできない。
故に現代機動戦において、遠距離戦は回避されることが多く、中から近距離での戦闘が多くなる傾向にある。
特に、「scav617MG」が両手に握っている短距離用ハンドガンなどは、ACSから影響を受けやすい。
100メートルも離れれば威力が減衰し始め、200メートル離れれば完全に弾かれてしまう。
人間の尺度に置き換えて言うと、おおよそ17m程度離れれば武器が通用しなくなる、と。
こう言えば、ACSの驚異性と現代の機動戦の特殊性がよくわかるだろう。
そして、それを理解しているからこそ。
敵を前にした617がまず行ったのは、接近だった。
着弾までに時間のかかる垂直ミサイルを放った後。
ENを消費することでブースターの出力を最大まで上げるアサルトブーストで物陰から飛び出し、そのまま上空に向かって飛翔。
『…………』
ぐん、と。
時速400キロメートルを越える、おおよそ人間には耐えられない程の加速度が、彼女の体を貫く。
ACによる管制、強化人間手術によってACと直結したことによる負荷軽減が合わさってもなお衝撃を与えて来るそれに、けれど617は表情一つ変えない。
その青い目が見据えるメインカメラでは、敵たる大型武装ヘリが急激に迫り、残り100メートル。
射程距離に入ってから、AC「scav617MG」は、その両手に持つハンドガンを連射していく。
ヘリは咄嗟にその図体を滑らせ、ミサイルを放つことで牽制してくるが……。
「scav617MG」は勢いそのまま横にブースターを噴かせ、バヒュウという轟音のみを残して攻撃を回避、鈍重な動きで逃げようとするヘリに喰らいつく。
敵よりもやや上に設定した進路は過たず成果を出し、その残存ENが7割飛んだ頃、「scav617MG」は大型武装ヘリの正面、窓の上に着地した。
封鎖機構の大型武装ヘリは、一機で盤面のMTを制圧することを企図して作られた、戦術兵器。
逆関節や二脚のMT、あるいは下手なAC程度なら鎧袖一触に蹴散らせる程の武装を具えている。
……が。それらの火器は上空から撃ち下ろすことを想定し、ヘリの下部や側面にばかり配置されている。
地上を走っていては蜂の巣にされてしまうそれらも、完全な上部は死角だ。
この位置ならば、低威力な追尾ミサイルの数本程度しか、ヘリからの有効打が存在しない。
【完璧だ、上手いぞ617!】
ナインの言葉を聞きながら、617はここまで飛んだ分のENを補給しつつ、けれど細かく動いて照準をズラすことも忘れずに、前部の操縦席に向けてハンドガンで射撃。
余程強固なガラスを用いているのか貫通こそしないものの、それでもパキンパキンと小さなヒビを広げつつ、武装ヘリに搭載されているACSに着実に負荷を与えていく。
【移動だ、617。……右方にターンしつつ400メートル】
ENを十分に補給し終えた「scav617MG」がオペレーターの言葉を受けて飛び立つと同時、武装ヘリがACを振り払うように急激にブーストを噴かし、大きく旋回。
……しかし、それは617のオペレーターが先んじて読んでいた未来。
周りこんで617の背後を取ろうとするヘリに、先んじて放った垂直ミサイルが降り注ぐ。
更に617は即座にアサルトブーストを起動、ナインの言葉通りに右に進路を取ってヘリから離れず追従しつつ、リロードを挟んだハンドガンを撃ち……。
再び追いつくと同時、アサルトブーストの勢いそのまま、大きく脚を回して機体を蹴りつける。
機体の感覚と軽度に同期している617の足に、確かに芯を捉えた、心地の良い反動が返ってくる。
あまり強い勢いでもなかったはずのそれで、しかしヘリは大きく吹き飛ばされた。
先程から執拗なハンドガンの射撃を受け、更に垂直ミサイルで押し込まれ、トドメにAC『scav617MG』のブーストキックによる衝撃が加わり。
ついに、ヘリのACSの処理が限界を迎えた。
俗にいう、
ACSはシステムであり、計算機器。
衝撃を受け流すべく機体の姿勢や傾斜の最適解を計算し続ければ、当然ながら処理が重くなっていき熱も籠って、いつかは限界を迎え、ショートする。
そうなれば、システムが再起動するまでの間、現代機動戦では搭載が当然となっているACSがない状態……全ての攻撃が直撃する状態で、戦闘を行わねばならない。
……このスタッガーと呼ばれる時間こそが、現代機動戦におけるミソだ。
相手をスタッガーに押し込み、攻撃を直撃させて沈める。
この流れを作ることこそが、戦いを有利に進めるのだと、617は……そしてナインは、熟知していた。
【今だ617、叩き込め!】
ナインの言葉に、かつて受けていたウォルターのオペレートを思い出しながら、617はここまで温存してきた
着弾の衝撃も爆風も受け流すことができないヘリに、続けてリロードの終わったミサイルを飛ばしつつハンドガンで射撃、至近距離から再びアサルトブースト、勢いを活かしてキックを叩き込む。
叩き込み続けられる、そして一切逸らすことのできない衝撃と爆風。
更にスタッガーが終わった瞬間、かろうじて持ち直したヘリに、12発のミサイルが集中し……。
遂に、ヘリの耐久力が限界を迎える。
弾丸か弾頭の破片が燃料タンクにでも食い込んだか、内から爆風が巻き起こった。
617は咄嗟に、ブースターを瞬間的に噴かすクイックブーストで跳び下がり、爆心地から離れ……。
そんな彼女を前に、大型武装ヘリは墜落し、本格的に爆散。
再起動どころか修理も叶わないだろう、完全な撃破であった。
* * *
【撃破確認、残存敵性反応なし!
お疲れ様、617。今回のミッションはこれで終了だな】
メインシステム 通常モード起動。
ナインの言葉に続き、COMによるシステムボイスが617の耳に入る。
617にはどうなっているのかはわからないけれど、今の「scav617MG」は彼女の手を介さずとも、ナインによってコントロールできるようになっているらしかった。
基地に入った辺りからは、殆ど癖になっているとはいえ意識的に負担だった定期的なスキャンの管理さえ、ナインが代替していたくらいだ。
普通ならば、どうなっているのかと不審に思うところだったかもしれないが……。
617は自身があまり物を知らないことを理解している。
なので、「そういうこともあるのかもしれない」と、割と雑に流していた。
どちらかと言えば、ナインの方が「本当になんで俺機体コントロールとかできるの!?」と内心動揺していた。
『……ナイン、定期スキャンの続行をお願いします』
戦闘は終了したが、617は未だ緊張を解かない。
ハウンズとして、拠点に帰り着くそのその瞬間まで警戒を解かないよう、ウォルターに教育されているからだ。
一方でナインは、やはりそういった環境への不慣れからか、あるいは拡張された感覚により周囲に敵性反応がないとわかっているからか、割と警戒を解いてしまっていた。
【了解。……改めて、良い動きだったよ、617。
特にヘリ戦での引っ付きは良かった。初見の相手にあそこまで突っ込めるのは素直にすごいな、俺でもできないぞ多分】
ナインは楽し気にそう評する。
617のAC捌きや咄嗟のからは、長い時間をかけて培ったのだろう慣れと練度、一種芸術的なまでの技術の昇華が感じられた。
まだ相手の思考を読み、その動きを管理するレベルには至ってこそいないが……自分の機体に振り回されることはなく、むしろそれを振り回すことを可能としている。
元々使っていた武装が一つも残っていないからか、武器の取り回しにはやや不安が見られたが……。
それもLC機体と戦う中、ある程度改善したし、ヘリが基地に到着した頃にはほぼ自分の体の延長として使いこなしていた。
恐怖という感情も大きく削がれているため、敵に接近することや必要な被弾を躊躇わないのも評価できる。
周到に事を進める慎重さと同時、617は大胆不敵に突撃する胆力も持ち合わせている。
まさしく戦士の素質。その点に関してはナインに欠けている部分であるため、彼は少しだけ羨むような気持ちになってしまう。
総じて言って、C4-617という少女は、強い。
……あるいは、彼女には才能があるのかもしれない。
アーマード・コアという、人殺しの機械を使いこなす才能が。
『ナインの指示に従った結果です。
基地内部の案内、LC機体相手の立ち回りと合わせ、驚異的な程に適切なオペレートでした。
……改めて、617はナインに深く感謝します。ナインがいなくては、617はこの作戦を達成することはできなかったと推察します』
一方で617の方は、こちらもこちらで自分のサポーターを賞賛した。
と言うより、本心から賞賛する他なかった。
【ドローンとMTは性能が高くない。遮蔽に隠れて気付かれないように、垂直ミサイルで最優先で片付けよう。
もしバレたら
【次はLCか。盾にスナの構成なら対面に弱い、
【ヘリはかなり面倒だ、逃げてもいいけど……わかった、やろうか。
それなら、とにかくヘリの上を取ろう。エリアリミットもなければ弾かれる当たり判定もないんだ、アイツの上部を足場にするくらいの気持ちで、とにかく上を取ってスタッガーを狙って。
装甲は相当硬い、100メートル以内に入るまではハンドガンはなし。撃ち尽くした時に来るよう垂直ミサイル発射タイミングはこっちで調整するよ】
……ナインから与えられた、オペレートの数々。
それを、617は「ありえない」とまで思った。
ウォルターによる作戦指揮でさえ、ここまで精密な戦い方は提示されなかった。
というより、できるわけがないのだ。
量産されるMTならともかく、封鎖機構のLCや大型武装ヘリなど、そう戦う機会がない。
どこからどう攻撃をしてくるか、どこが死角になっているか、どう立ち回れば有利に事を運べるか。
そういった情報を、知識を、持ち得るはずがない。
それなのに、ナインは……まるで何十何百回と戦ってきたとでも言うように、適切な対処法を助言してきた。
そして……実際、それらは凄まじい結果を生んだ。
あれだけの数、ACを上回る機体、そしてついには戦術兵器と相対し、その尽くを打ち倒して……。
それなのに、「scav617MG」は未だ、4割のAPを残していた。
圧倒的に、戦いやすかった。
敵は簡単にこちらを見失い、ENを消費することもない旋回だけで攻撃を受ける機会は激減。
ヘリとの戦闘など、いくつかミサイルや機銃を受けはしたものの、それでもAPは1000減ったかどうか。
初見の封鎖兵器相手に圧勝と言っていい結果を残したのだ。
前回の結果が……ハウンズの惨敗が、嘘のような結果だった。
617の薄くなった情緒に、ほんの一滴、感情が落ちた。
それは……後悔と呼ばれるものに近いが、少し違う。
残酷な、思い通りにならなかった過去へ改めて感じる、喪失感だ。
もしも10日前、ハウンズでの作戦実行の時。
617の傍に、ナインがいてくれれば……。
いいや、あの独立傭兵に襲撃を受けた時から。
あるいは、もっと前から、わたしの傍にいてくれたら。
618に619、620も。
皆、死ななくて良かったのではないか、と。
けれど、617は……そのいつ折れてもおかしくない程細い首を傾げ、自らの思考を疑問に思う。
これは、考えても意味のないことだ。実際にはその時、ナインはいなかったのだから。
なのに、まだ緊張を解くべきでない今、何故自分は、余計なことに思考を割いているのか、と。
それが彼女の感情の、悲しみの発露であることには気付かず。
617は、過去への感情を封殺し、未来のために首輪型デバイスを起動した。
『……ナイン。617は申請します』
【ん、何だ?】
『617がウォルターの元に帰還した後にも、617たちハウンズのオペレーターを務めてください。
617たちハウンズが作戦を遂行するためには、ナインの助力が必要であると考えます。
……報酬は、617にできることならば、あらゆるものを支払います』
彼女にしては珍しい、個人的な願望であった。
617たちハウンズにとって、装備や状況はもたらされるものだった。
与えられた条件、限られた物資、そこにある戦況の中で、自身の持つ力の全てを振るって戦う。
それこそが、ハウンズの仕事。
だからこそ617は、これまでウォルターに装備をねだったりすることも、不平不満の一つも漏らしたこともなかった。
けれど、そんな彼女が今、ナインに正式にオペレーターになることを要請している。
それはナインの異次元のオペレート能力が故か、ほんの欠片程度戻った感情によるものか。
あるいは、もう二度とあのようなことを起こしたくないという、彼女の無意識下の願いからか。
しかし、そんな617の言葉を聞いて……。
【…………】
ナインは、普段から快活な彼にしては珍しく、即答しなかった。
何故かと言えば、それは簡単で。
……彼は知っているのだ。
ハウンズを従える、ハンドラー・ウォルター。
彼の本当の望みは、危険な汚染物質であるコーラルを、完全に滅ぼし切ることであり……。
そのためには、どうしたってルビコン星系ごと焼き払わざるを得ないことを。
星系だ。
つまりは、彼らがいるルビコン星系第一惑星ルビコン1も、勿論現在鉄火場となっているルビコン3も。
そこに暮らす何百何千万、あるいは何億かもしれない人々も、立っている建築物も、築かれた文明も、他に生きとし生ける生き物たちも。
ハンドラー・ウォルターは、その尽くを、殺し尽くそうとしているのだ。
ナインの個人的な感情で言えば、ハンドラー・ウォルターという人物には好感を覚える。
この世界ではパーツとして使い捨てられるような旧世代型強化人間にも命と尊厳があると考える、人間味に溢れた心優しい男性だ。
かつてはナインも彼に尻尾を振り、忠実な犬として……全てを焼き払った。
……けれど、今になって考えれば。
彼の目的を、特にその手段に目をやった上で全肯定できるかと言われると、難しい部分がある。
それは余りに性急で、けれど確かに人間世界の続行には必要になるかもしれないもの。
言わば、痛みを伴う革新、人類のための殺人だ。
別に、そうでない選択……つまりはルビコンの開放、甘い現状維持が必ずしも正解だと言う気はない。
いいや、むしろそれは間違いに寄っているだろう。
かつて、分裂した男は語った。惰弱な発想こそが人類を壊死させるのだと。
実際それはその通りで、コーラル潮位が既に危険域に達している以上、ナインとしてもあの最終段階から破綻を抑制する方法が見つかるとは思えない。
痛みを避け続けては人は人足り得ず、社会はあるべき健全性を失い……やがては滅びを招くのかもしれない。
ある意味においてそれは、人類種全体にとって最悪の結末と言っていい。
けれど……。
それを理解してなお、ナインが火を点けることを躊躇うのは、何故か。
単純に、途轍もない数の人を殺すことを厭うのか?
……いいや、違う。
既にナインの中から、人間的な同調と感性は喪われつつある。
封鎖機構の基地襲撃の際、人が死んでいく様を見て大きくは動揺していなかったのが、その証拠だろう。
勿論、元人類として、基本的に人類に対しては友好的だが……本能的部分ではやはり、もはや別種なのだろう。
まぁ……けれど、あるいは、それが答えなのかもしれない。
コーラルリリースによって発生した新たなるヒトの形。もはや人類種とは呼べない、性質的にはむしろコーラルにこそ近似する、新たなる生物種と言えるモノ。
彼にとっては、人が死ぬことを恐れる以上に……。
「
……あるいは。
その、更に先。
自らの同族を増やし得る、その選択肢をこそ……。
人間世界の悲惨をこそ、彼は、無意識に望んでいるのかもしれないが。
* * *
『……ナイン?』
617は不意に黙り込み、考え込むように静かな球体となった光を見て、何かあったのかと声をかけ……。
しかし、直後。
その赤い光は急に、刺々しく輝いた。
【っ、マズい!】
メインシステム、戦闘モード起動。
ナインの言葉に続き、再び「scav617MG」の戦闘モードが起動。
簡素化していた617の網膜上のインターフェースに、半分近くなくなった弾倉や残り4割のAPの数値が映る。
『ナイン?』
【すまん、俺の見落としだ! ……クソ、封鎖機構め、一切隙間のない完全密閉型の格納庫だと!? こんなものを基地の真下に造って喜ぶか、変態どもが!
617、備えろ! ミッションはまだ終わっていない! 最後にデカブツが残っていやがった!】
地響きがした。
何か、大きく重いものが、617と同じ地面に降り立ったような。
続いて、ACによって拡張された617の聴覚が、ギャリギャリと地面の舗装を引き剥がしながら爆走する、キャタピラらしい音を捉える。
……その音に、死神の羽音に、617は聞き覚えがあった。
【特務機体カタフラクト、来るぞ!!】
そこにあった固定砲台の残骸を蹴散らして。
619と620を、ハウンズたちを殺した、兵器が。
あの日、617が命懸けで討ち取ったはずの、兵器が。
彼女の前に、姿を現した。
カタフラクト
(封鎖機構が鉄壁の機体にわざわざ弱点となるMTを取り付けたという逸話から)加える必要のないもの。あるいはそれを加えてしまうこと。
類語:蛇足、無用の長物