そして世に(銀髪薄幸美少女傭兵との)純愛のあらんことを 作:アリマリア
A.依頼人、パッチやぞ
617の手が、赤く滲む。
いつもの彼女の肌は病的なものを感じる程に白かったが……。
今は、その痩身の力を振り絞らんばかりに、操縦桿を握る手に力が籠っていた。
……617たちハウンズは、感情が薄い。
第四世代型コーラル強化人間、そのロット番号600番台前半は丁度、感情機能を犠牲としACの操作適性を向上させることがメインテーマだったからだ。
けれど、それでも。
ウォルターの元で共に暮らす内に、ハウンズたちはある程度の情緒を取り戻し……。
そうして、確かな仲間意識と、絆を培った。
共にウォルターのご飯を食べて。
共に厳しい訓練を積み。
共に仕事を達成して。
共に生きた意味を明かす。
彼女たちは……ああ、そう。
ハウンズたちは、仲間というよりは、家族だった。
ウォルターを父とする、一つの家族だったのだ。
そんな、姉妹たちが。
目の前で殺された。
仕方のないことだ。
ウォルターからの指示。
みんなは生きる意味を証明した。
これが自分たちの人生の答え。
分かっている。
分かっている。
……分かっていた。
けれど、それでも。
いざ、それを為した機体を、目の前にしてしまえば。
「お、まぇ、ええええエあ、あああアァァアアッ!!!」
コックピットの中で、617はその喉に走る激痛すらも厭わず、叫んだ。
首輪型のデバイスは、機能しなかった。
混沌とした極大の感情を前に、単一の会話しか読み取れないシステムは無力だ。
何より617は、言葉を発しようと思ってそれを口にしたわけではない。
ただ、己の内より溢れ出るナニカを、久しく忘れていたナニカを、衝動のままに吼えた。
それは恐らく、怒り。
あるいは、憎悪と呼ばれるものだった。
……客観的に見れば。
それは、逆恨みでしかないのだろう。
617は傭兵だ。人を殺すことを鬻ぐ者だ。
当然ながら、殺すことがあれば、殺されることもある。
見方によっては、619も620も、然るべき因果応報の中にあっただけとも言えるだろう。
である以上、相手に恨みを持つ権利は、きっと彼女たちにはない。
なにせ617たちは、それと同じ憎しみを、これまでに何十何百何千と生み出してきたのだから。
更に言えば、今目の前にいるカタフラクトは、ハウンズを殺したモノとは別の機体だ。
10日前、2人を殺した機体を、617は完全に破壊した。決して蘇らぬように、どうしようもない鉄くずになるまで、徹底的に破壊したのだ。
故に、今617の前にいるのは、改修された機体でもなく、中にいる者も違う、ただの同型機なのだろう。
正当に持ち得る憎悪でなく。
それを持つべき相手でもない。
彼女が抱いているのはまさしく、ただの逆恨みでしかなかった。
けれど、ただ1つだけ間違いないのは。
それは確かに、617が取り戻した、強い感情だったということ。
【待て、617っ……】
「ッ、ぐ、あああッ!!」
ナインの制止も、今の617の耳には入らない。
彼女の手は、体は、亡くしたものへの想いは、自然と「scav617MG」を前に走らせていた。
『なっ、こいつは! そのヘッド、レッグフレーム……先日基地を襲撃した機体か!?
コード44、システムに照会を……!』
放たれるガトリングの嵐を、あの日のように神がかりな機体さばきで回避し、両手のハンドガンを乱射。
それが止むと同時にアサルトブーストで距離を詰め切り、ゼロ距離から二連装グレネードを正面に取り付けられたMTに接射。
『こいつ!?』
派手な爆発と共にスタッガー状態に陥るカタフラクトをブーストキックで思い切り蹴り飛ばし、更にダメージを与えていく。
……しかし、その一気呵成な攻めが裏目に出てしまったか。
衝撃を受け流すことのできないカタフラクトが、その衝撃を利用して数十メートル後退したことで、即座に追撃することのできない距離が空いてしまった。
『聞きしに勝る苛烈な攻撃……だが、戦闘データのラーニングは完了した。
侵入者よ、惑星封鎖機構はお前たちのような無法者を決して赦しはしない』
そう言うと同時、カタフラクトは踵を返すように後ろへとブースターを噴かし、基地の中を滑って建物の陰に消える。
「にが、さ、ない!」
617も迷う間もなく、機体を更に前へ。アサルトブーストを全開で噴かし、その後を追う。
彼女の前で刺々しく光り制止を叫ぶ赤色の声は、しかし幼い精神性で持つには大きすぎる憎しみに心を燃やす617にまでは届かず。
「scav617MG」はカタフラクトが消えた建物の向こう側へと、殆どENを枯らした状態で飛び出して……。
待ち構えていたカタフラクトが放った、グレネードの爆発に呑まれた。
「ッ!?」
617は咄嗟にクイックブーストを噴かすことで、爆風を回避しようと試みる。
なんとか爆心地から逃れることはできたが、爆風に煽られてACSには負荷が溜まり、APが1割程削られた。
更に、進路を急激に変えることまではできず、前に向かって飛び出してしまい……。
「scav617MG」のENは、そこで尽きた。
「……あ」
ACに搭載されるジェネレーター。
常時ENを供給するこれはしかし、使い過ぎれば焼け付いてしまい、暫く使い物にならなくなる。
そして、クイックブーストもホバリングもできないACは、完全に無防備な的となってしまう。
だからこそ、617たちハウンズは、ウォルターから徹底したEN管理を教えられていた。
特に敵が前にいる時には、決して完全にENを使い切らないようにと、可能であれば半分以上の状態を維持するようにと。
……そう、言われていたのに。
思考を冒していた熱が、急激に冷める感覚。
やってしまった。ウォルターの言いつけをやぶってしまった。
いいや、今はそれより、何よりも……。
今、「scav617MG」は。
カタフラクトの前で、残AP3割程度の状況で、ENを切らし、立ち止まることもできず前に滑っている。
熱が冷め……それどころか、凍り付く。
失敗した。
完全に自分のコントロールを失っていた。
何を間違えた?
スキャンを待たなかったこと? EN管理? 武器のリロード? あそこでブーストキックを選んだこと? 短絡的に戦いを終わらせようとしたこと?
……それとも。
目の前で何度も光り、自分を止めようとしてくれたサポーターを、無視したこと?
『排除、執行する』
カタフラクトの主兵装、そのレーザーキャノンが、いつの間にかチャージを開始していた。
ああ、あれだ、と。
617は、真っ白になる思考の中で、静かにそれを認めた。
あのレーザーキャノンこそが。
619のAC「scav619GL」の右半身を消し飛ばし。
620のAC「scav620RF」の両腕と下半身を切り飛ばし。
……617から、仲間たちを奪った、兵器。
そうして、それは今、617自身の命を奪おうとしていた。
死ぬことは、怖くない。
元より、617は強化手術を受けてから、生きていないようなものだった。
ウォルターが意味を、命を与えてくれたから、ようやく生きることができた。
だから、ウォルターに言われた通りに、戦った。殺した。奪った。壊した。
少しでも、ウォルターに……与えられた命に、報いるために。
それが617の生きる意味で、ただ1つの指針だったから。
けれど、今……。
……今は?
617は今、ウォルターのために戦えていない。
これはウォルターの元に戻るための戦いで。
ウォルターに再び指示を貰うための戦いで。
ウォルターにまた会うための、戦いで。
……そう。
617は、まだ、ウォルターに会えていない。
「…………まだ、」
会えていない。
会うべきだ。
……会いたい。
ウォルターに、もう一度、会いたい。
だから。
「しね、な、い」
瞬間。
光が、迸った。
【それなら、俺に守らせてくれ】
光が。
……赤い、光が。
617の視界に、そしてメインカメラに、赤い光が迸った。
「な、いん……?」
呆然と呟く617を前に、広がった赤い光がゆっくりと球状に縮み……声をかけてくる。
【617。今の俺は、君のサポーターだ。君と共に戦う者だ】
あれだけかけてくれた警告を無視して、その結果こうして危機に陥っているのに。
それでもナインの言葉には怒りなど欠片もなかった。
ただ優しく、寄り添うような声が、脳内に響く。
【君の背負うものを、俺も背負いたい。
君が怒るのならば敵を殺し、君が悲しむのなら誰かを助けたい。
君の強いところを更に伸ばしたいし、君に足りないところは俺が埋めたい】
赤色の光と、目が合った、ような気がした。
ナインに目なんてものはないのに、それでも……。
ウォルターと同じ、温かで穏やかな……。
命をくれる光が、そこにあった。
【だから、617】
【君の仲間として、パートナーとして】
【俺に、君を守らせてくれ】
「……うん」
「おね、がい。ないん」
* * *
突然、目の前の敵性ACから、赤い粒子のようなものが迸った。
放ったはずの拡散レーザーキャノンはその赤い粒子に触れると同時、その光を散らして消えてしまった。
カタフラクトを駆る惑星封鎖機構特務中尉は、それを見て警戒を深め、機体を後ろへと滑らせる。
「アサルトアーマー……システムの予測では、防御ではなく攻撃に使うと出ていたが」
しかしそれは、特務中尉にとって朗報と言っていいものだった。
本来は攻撃に使おうとしていた武装を、しかし防御に使ってしまったのだ。
それは、目の前の侵入者がいよいよ追い詰められていることを示しているはずだ。
……そう、そのはずだった。
AC「scav617MG」の拡張機能であるアサルトアーマーが、現在その機能を失い、使用不可の状態でなければ。
それを発したのが、機体ではなく、その中にいる2人の内の1人でなければ。
そのはずだったのだ。
カタフラクトがガトリングキャノンを構える。
レーザーキャノンはクールダウンに入った。グレネードとミサイルの使用は、閉所故に危険。
システムによる高度解析の結果、目の前の機体は既に死に体だとわかっているからこそ、特務中尉は焦ることなく、最も汎用性に優れた武装を向けた。
けれど……彼が睨む、その先で。
敵のACは、彼らのシステムですら解析できない、不明な異変を起こしていた。
滑る勢いを止めきれずに膝を突いた状態から、ゆっくりと立ち上がる「scav617MG」。
その体の周囲を、いつの間にか、赤い粒子のようなものが包んでいた。
パルスシールドに似た、けれど特務中尉の知るそれとは違うもの。
色は青ではなく赤で、まるでACを取り巻くように、薄く球状全方位に広がっている。
そして……それを展開している機構が、中尉には確認できない。
更に、不可思議な変化がもう1つ。
赤い粒子に包まれている、先程までは灰色に彩られていたはずの機体が、これもまた薄っすらと赤く染まって見えたことだ。
一瞬粒子によってそう見えているのではないかと思わされるが、違う。
粒子の間に空いた小さな穴の向こうにある装甲は、確かに以前より赤みを帯びていた。
現在ルビコン3で起こっている動乱、その根源たる資源の情報を知っていた特務中尉は、その赤色に強い胸騒ぎを覚えた。
「……コード31A。敵性ACの様子がおかしい、指示を……!?」
通信しようとして、彼は更に二つの異変に気付くことになった。
まず、惑星封鎖機構の本部と、連絡ができない。
まるでECMチャフでも撒かれているように、独自回線を含む一切の電波が通らない。
そして、もう1つが……。
「な、APが……装甲が、侵食されている……!?」
カタフラクトの
耐久指数を数値化したそれが、ジリジリと削られて行っていること。
秒間20前後の緩いスピードではあるが……着実に、カタフラクトの装甲が侵食されている。
長い軍人生活でも体験したことのない事態に、特務中尉は混乱する。
慌ててサブカメラで確認すれば……。
いつの間にかカタフラクトの装甲に、赤いナニカが絡みついていた。
──活性化したコーラルは、金属製の装甲を侵食する。
その情報を思い出した特務中尉は、メインカメラの外に拡がる光景とはさかしまに、その顔を青く染めた。
「コーラルが何故ルビコン1に!? 連絡を……いや、通らない、しかし、この状況、どうすれば……!?」
慌て、混乱を声に出す中尉。
けれど、彼の言葉に応えるシステムとは通信が繋がることなく……。
『さて、遅くなったが……』
回線を開いているわけでもないのに。
急に、声が、カタフラクトの機内に響く。
中性的な声だった。
淡々として、冷たく、怒っているようで、恐らくは冷静で、どこか申し訳なさそうで。
けれど、確かにその根底に……「喜び」を秘めている、声が……。
『……いや、言葉は不要か。悪いが死んでくれ』
ただ、そう告げた。
FINDER EYEの、そして全体のランプが、強く灯る。
まるで、血のような、赤色だった。
* * *
AC「scav617MG」は、APを3割程残した状態で帰路に付いた。
その機体が去った後に残されたのは、破壊され尽くした封鎖機構の拠点。
バラバラに散らばるドローンやMTの残骸、強い爆風を受けて破壊されたLCと墜落したヘリ。
そして、執念すら感じる程に破壊され尽くした、カタフラクトだったと思しき鉄くず。
赤いナニカの残滓などどこにもなく、またそれを記録したデータは一切残らず。
この基地で起こった異常事態は、誰に観測されることもなく、歴史の闇の中に葬られることとなった。
そして、そんな「scav617MG」内部。
コックピットの中では、赤い球体のような光がふわふわと浮き、何やら617の脳内でボソボソと呟いていた。
【うーん……コーラルプライマルアーマーと相手にスリップダメージ、何よりEN疑似無限かぁ。COMの各機能も拡張できるし、実質ネクストみたいなもんじゃん。ちょっと強すぎるなこれ。
正直この世界に来るんならチート無しでもいいっていうか、操作技術持ち込みこそチートだと思うんだけど……ていうかそもそもコーラルを操れるってどんなチート? なんでこの星にコーラルがあるんだ?
相変わらずよくわかんないな、どうなってるんだ俺本当に。
それに、自分の手で人を殺したっていうのに、なんでこんなに……俺って案外人でなしだったのか? サイコパス診断で毎回微妙な結果を出すことに定評のあった俺だぞ……? 通知表でもいつも「優しい良い子です」とか書かれてたタイプの俺だぞ……?】
本人は割と真剣に悩んでいるらしいが、つい先程特務機体を一方的に嬲り壊したとは思えない、どことなく気の抜けた言葉だった。
対して、既にその瞳から赤色が抜けきった617は……。
『…………』
こちらも、どこかぼんやりとACのブースターを噴かせている。
もしウォルターに見られれば眉をひそめられてしまうかもしれない、あまり真面目とは言えない態度だった。
……が、それは何も、死にかけたことによる恐怖や、未だ残った怒りから来るものではなく。
『ナイン。先程、助けていただいたことに、617は感謝します』
【ん? ああ、構わない。言ったろ? 俺は君のサポーターだ。当然のことだよ】
『……了解しました。それでは、617は、疑問を提起します』
【ん、どうした?】
つい先ほど見た、光。
それを思い出して……その胸に満ちる温かなものを、噛みしめていたからだった。
『ナインは、617の「おにいさま」なのでしょうか』
【うんちょっと待って、どうしてそうなった?】
本日の傭兵事情
・アセン
前回より変化なし
・収支
-347,319c
[封鎖基地殲滅]
+30,000c(基本報酬)
+62,400c(小型兵器28機、輸送ヘリ4機の撃破)
+32,000c(砲台8基の破壊)
+74,400c(軽MT31機の撃破)
+25,000c(LC機体1機の撃破)
+48,000c(大型武装ヘリ撃破)
+86,000c(特務機体カタフラクト撃破)
+60,000c(特別報酬加算)
[経費]
-4,022c(武装修理費)
-11,912c(外装修理費)
-981c(内装修理費)
-80,920c(弾薬費)
-5c(必需品購入)
───────────────────────
-27,359c
《ナイン追記》
617がめちゃくちゃ頑張ってくれたし、借金返済できたと思った。なんなら脳内でパチパチ試算出してた時は50,000cくらい利益出てた。……んだけど、弾薬費のこと考えてなかった……。
いっぱい倒すにはいっぱい撃つ必要があって、いっぱい撃てばいっぱい出ていく、これ常識。
結局ちょっと借金残っちゃったな。まぁパッチは「マジで全滅させたのか!? アレを!? 本気で!?」と鬼のようにビビリ散らかしてたので、返済を急かされるようなことはないはずだが。
密航のためにはやっぱりCOAMがたくさんいるだろうし、個人的に気になり過ぎるFCSとブースターの変更もしてあげたいので、早くこの借金も返し切りたい。
……あと、なんか617の様子がおかしい気がする。気のせい……じゃないよな。ACの修復中に話を聞いてみようか。
《617追記》
ナインは「おにいさま」だった。
つまり、617は「おひめさま」?
でも、記憶そうしつなのはナインの方。ふしぎ。