そして世に(銀髪薄幸美少女傭兵との)純愛のあらんことを 作:アリマリア
ルビコニアンデスワーム君、改めて振り返ると、AFじみたアホスペック。
これが大量のルビコニアン骸骨車輪を伴って無人自立稼働してたんだから、ルビコン3は地獄だぜ。
「617、621。今の状況を、お前たちに共有しておく」
ハウンズの用いるセーフハウスの一室。
そこで、617と621の前に立つウォルターは、険しい顔で語り始めた。
「封鎖機構が起動した、技研の手になる巨大兵器……『IA-02』、通称アイスワーム。
あれを前に、アーキバスとベイラムは手を結ぶ方向で動いているようだ」
その言葉と共に、彼の後ろにあるスクリーンに、いくつかの画像が表示された。
旧宇宙港を破壊して回る、ミミズのように細長い巨大兵器、アイスワーム。
そのあまりに巨大な図体は、人が暮らすための施設がおもちゃか何かに思える程に縮尺を狂わせる。
617と621、そしてラスティを狙ってきたその化け物は、基地を雑に破壊していった後、何か優先して処理すべき命令を受けたようで、地中へと潜ってどこかへ消えた。
彼女たちはそれを機に戦場を離脱し、こうしてセーフハウスに辿り着いたのだが……。
どうやら、状況は余り良いとは言えないらしい。
スクリーン上の画像が切り替わり、中央氷原のマップと、大量の赤いチェックマークが表示された。
「アレは、コーラルを守るために作られた抑止力。技研の開発した2つ目のC兵器だ。
本来は自立思考型ではあるが……どうやら今は、その制御を封鎖機構が握っているらしい。
起動後、アイスワームは周辺の企業の駐屯、補給基地を襲撃し、壊滅させ続けている」
どうやらマップ上の赤いチェックマークは、攻撃された企業の基地らしい。
聞き慣れた話にぼけーっとしている621の横で、617は手を挙げ、口を開いた。
『その攻撃は、無作為に行われているのでしょうか』
「良い質問だ、617」
続いて、マップ上のチェックマークが、線で結ばれた。
被害範囲の中で、最も離れたもの同士を繋いでいき……。
最終的にそれらは、大まかに円状の形を織り成す。
更に、一度チェックマークが暗くなった後、円の中心付近から順に赤色を取り戻していった。
「アイスワームによる破壊には、明確な優先順位が見られた。
バートラム旧宇宙港から100km程度離れた地点を始点として、時間経過と共に被害範囲が円状に広がっている。
621、これが意味することがわかるか」
突然問われた621は、咄嗟に答える。
「え? えーっと……ウォッチポイント・アルファがコーラル集積地点ってこと?」
「………………ますます鼻が利くようになったな。良い直感力だ」
まだウォルターが名前も出していないどころか、完全に絞り込めてすらいなかった地点、ウォッチポイント・アルファ。
そこが目的地だと看破した621に、ウォルターは瞠目した後、重々しく頷いて見せた。
明らかに直感とかそういうのでは説明が付かないレベルで情報を握っている621。
しかしウォルターは、彼女に何も訊くことはない。
なにせ、これはいつものことなのだ。
ウォルターが彼女を購入した当初から、621は不思議な少女だった。
無表情の鉄仮面を被っていたはずのウォルターに、不自然な程に懐き。
記憶などなくとも腕に染み付いていると言わんばかりに、最初からACを使いこなし。
ミッションの中では、敵の現れる場所を知っているかのように、待ち伏せをすることさえあった。
ウォルターはそんな彼女の特異性を、「嗅覚」という言葉で片付ける。
現実的な説明をそれ以外に思いつかなかった、というのもあるが……。
自分の都合で死地に送り出すというのに、笑顔でそれを受け入れ、どころか自分を慕ってくれる少女。
そんな621に応える術を、ウォルターは信頼の他に知らないのだ。
ウォルターは過度に追及できず、一方621は「あぶないあぶない、ぼーっとしてたのバレてないよね」などと安堵している、ツッコミ不足の微妙な雰囲気。
そこに現れた救世主は、思慮深さがすっかり板に付いてきている617だった。
『封鎖機構が優先的に敵を排除した、この円状の範囲の中心周辺に、封鎖機構にとっての最優先防衛対象……即ち、コーラル集積地点がある。
そして621の言う「ウォッチポイント・アルファ」がそれに当たる、ということでしょうか』
「ああ、恐らくそれは正しい。よく考えたな、617」
『えへへ』
今度は手放しの賞賛を送り、ウォルターは617の頭を撫でた。
621の一風変わった個性を否定はしないが、それはそれとして地道かつ論理的に思考を進めてくれる方が話しやすくはあるのだ。
「皮肉なことに、アイスワームのもたらした破壊により、コーラル集積地点の場所をある程度絞り込めた。
その内の有力地点の一つが、ウォッチポイント・アルファ。ルビコンに作られた最初のウォッチポイントだ。
真にここが集積地点かどうかは、未だ検討の余地があるが……これは、今お前たちが考えなくともいい。目の前の脅威を退けてからだ」
ウォルターの話は続く。
「この明け透けな動きからして、封鎖機構はその戦術を転換したらしい。
このままでは集積地点の情報はいつか企業に知れる。それならば敗色濃厚な情報戦は捨て去り、物理的に脅威を排除すべし、と。
つまるところ、621の言葉通り、アイスワームは封鎖機構の切り札。集積地点に至るまでの、最後の障害になるだろう。
……逆に言えば、アイスワームはそれ相応の戦略的価値を持っている、ということでもある。
現に、企業の前線基地は軒並み崩壊。専属AC部隊も駆り出された抵抗は、しかし敵に傷の一つも付けること叶わなかった」
次にスクリーンに映ったのは、企業からもたらされた映像。
その巨体と推進力を用いて基地を破壊するアイスワームに対し、ベイラム専属AC部隊レッドガン、G2ナイルを筆頭とする部隊が迎撃を試みているが……。
その強大な化け物は、実弾も、爆発物も、何一つとして意に介することない。
10分足らずでベイラムの基地を破壊し尽くし、次いでレッドガン部隊にも襲いかかった。
G2ナイルが早期離脱を決定したため、被害は致命的にこそならなかったが……。
ゴミのようにMTたちが轢き潰されていくそれは、もはや戦闘というより、蹂躙という表現の方が正しい。
「旧い友人曰く、アイスワームは常時、コーラルの指向性を利用したリアクティブシールドを展開している。
これを無効化しない限り、打倒は不可能と言っていいだろう。
そしてアイスワームを排除しない限り、コーラル調査は進まない」
621が旧宇宙港で言っていた通り、アイスワームはハウンズの前に立ち塞がる障害。敵となった。
そして、その脅威度は、非常に高い。
こちらの攻撃は殆ど通じず、相手の攻撃を喰らえば一撃で即死しかねないのだ。
617は映像を見ながら、「次の敵はてごわそう」と、緊張に胸を震わせた。
一方621は「まあワーム砲と戦友砲ぶちあてた後たこ殴りにすればかんたんに死ぬけど」とか思っていた。
「企業は今、対封鎖機構の不可侵条約を停戦協定に繰り上げ、共闘のために交渉を進めているらしい。アイスワームの特性を探り、これに抗することを第一とするようだ。
俺たちの当面の目標は、この流れに乗ってアイスワームを撃破、一早くコーラル集積地点を目指すこと。
……それに絡んで、お前たちが世話になったRaDの頭目から、一つ依頼が届いている。後程確認しろ」
そこでウォルターは一度2人の顔を見やり……。
最後に、617の青い瞳で視線を止めた。
『……? なんでしょうか、ウォルター』
「……ナインからは、何かないか」
617の脳内変異波形ことナインは、ウォルターからハウンズのオペレーターを任されている。
今までの作戦ブリーフィングでは、ウォルターの言葉足らずな部分を補填したり、情報を補足したり、時には新情報を伝えたりと、様々に口を挟んで来ていた。
しかし今回、彼はブリーフィングの中で一度も617の目を赤く染めることなく、口を挟むこともなかった。
617自身も、脳内で声をかけられることすらなかった。
その静けさに違和感を覚えたのは、何もウォルターだけではない。
617は心にざわつくものを感じ……その髪に付けられた、赤色の髪飾りに手を振れた。
ルビコン1で、彼女の最初の友人たるパッチにもらった、赤と青、一対の髪飾り。
青は617のために、赤はナインのために買ってくれたというそれは、彼女にとって初めての「自分のもの」であり、彼女自身の意志で勝ち取った報酬であり……。
何よりも、彼女の「おにいさま」との大切な繋がりの一つだ。
『おにいさま……?』
ナインがそこにいることを確かめるように呟いた、彼女の言葉に……。
『…………ん、すまない、反応が遅れたな。ちょっと他のことに集中していた』
数瞬の間を空けて、彼女の瞳が赤く染まり、どことなく疲れの見える声音で言葉が紡がれた。
これまでにない反応に、ウォルターは眉をひそめる。
「他のこと……何か、手を回しているのか」
『少し思うところがあって、色々とね。大丈夫、ハウンズに害になることじゃないから』
「そこは疑ってはいないが……」
『? ……ああ、心配してくれてるのか。ふふ、ありがとう、嬉しいよ。
大丈夫、ちょっと瞬間的にマルチタスクが必要で、そっちに思考のリソースを割いてるだけだから』
ウォルターといくつか言葉を交わした後。
617の体を借りたナインは、顎に手をやって首を傾げた。
『ええと、俺から言いたいこと、だったか。
そうだな……ウォルター、あなたの言葉を覆すようで申し訳ないが、ルビコニア……じゃないや、アイスワームを打倒しなければ先に進めない、と言い切るのはどうかと思うかな』
「ふむ……続けろ」
ウォルターは椅子に腰かけ、背もたれに体を預けて聞く姿勢を作る。
既にナインを信頼している彼は、その言葉に何らか意味があるものと察していた。
『そもそもなんでアイスワームがコーラル調査の障害になるかと言えば、その要因は二点。
近付いて攻撃されるという直接的な被害と、前線基地を築けないから補給ラインを断たれるという間接的な被害があるからだ』
ナインがぱっと片手を挙げれば、スクリーンに映った画像が改竄される。
先程映されていたマップの上に、各所から伸びる矢印と、それを半ばで折る……微妙な画力による細長い蛇のようなもの(描画担当:エア)が表示される。
『だが、後者の補給問題に関しては、俺たちにとって問題にならない。
補給ラインを保たねばならないのは、結局のところ集積地点の場所が絞り込めていないから。621の鼻が正しいのなら、ウォッチポイント・アルファなんだろうし、長期的な調査は必要ない。
617も621も、ACの中で暮らすことに慣れている。携帯食料を積み込みさえすれば、まあ半月程度であれば十分活動可能だろう。
……ウォルター。あなたの目的を考えても、集積地点の長期探査は必要になるとは思えない』
ウォルターは少し躊躇ったが、こくりと頷く。
彼の目的はあくまで、集積地点を確定させること。
企業たちと違って、そのコーラルを運び出すことも、研究する時間も必要ない。
集積地点の座標を割り出す。
火種を入れるに、ただそれだけが必要なのだ。
「だが、アイスワームによる攻撃はどうする。奴の警戒範囲は周囲200kmに及んでいる」
『え? ……あ、いや、避ければいいんじゃないかな。
普通にブースト移動で攻撃躱しながら200km横断すればよくない?』
ナインのどこかぼんやりした答えに、ウォルターは黙り込んだ。
そんなことは無理である。
少なくとも、彼の常識からすれば。
ハウンズの使うACや封鎖機構のLCのような量産品と違って、アイスワームは世界にたった一つのオーダーメイド。表舞台にその姿を現したのはこれが初めてだ。
スペックや攻撃方法については、監視者たるウォルターやカーラさえも完全には知らない。
そのため、一般兵器に対する定石も通じず、こうすれば回避が容易になるというハウツーもない。
更に言えば、IAシリーズの初期型は、環境開発と汎用性に重きを置いていた。
あくまで予測にはなるが、その攻撃は広範囲かつ回避が困難なものだろう。
あの長大な図体と馬鹿げた推進力だ、ただ突っ込んで来るだけでも避けることは難しく、簡単にACを破壊し得る脅威になる。
そして極めつけに、200kmという移動距離。
強襲速度でのアサルトブーストならばともかく、通常のブースト移動では、その距離を埋めるのに1時間以上の時間を要する。
それだけの間、アイスワームの攻撃を避け続けねばならない。それも、一度ミスしただけで撃破されかねないという緊張感の上で、だ。
「選ばれた」傭兵でもなければ、コーラルパチパチで脳みそ幸せなヤク中でもないウォルターからすれば、それは極めてリスクの高い……。
いいや、無理筋の作戦のようにしか思えなかった。
……実のところ、「ああその手があったか」みたいな顔で話を聞いている621なら、普通に可能なのだが。
「…………悪いが、ナイン。その作戦は、リスクが大きすぎる。受け入れられない」
熟慮の末にそう言ったウォルターに、赤い瞳の617は「???」と首を傾げ……。
はっとしたように少し目を見開いて、一度ぶんと首を振り、続いて申し訳なさそうに頭を下げた。
『ああ……いやごめん、そうだよな。
すまん、ちょっと本当に集中力が欠けてた。色々前提すっ飛ばしちゃったし、現状そうなるよな。
前言を撤回させてもらう。今はアイスワームを無視せず、ちゃんと対策を取るルートで問題ない』
ウォルターは内心で安堵の息を吐いた。
ナインのオペレートは、極めて正しい。少なくとも、これまでに一度たりとも誤りはなかった。
そんな彼が急にとんでもないことを言い出したことで、もしや本気でそのような無理を通さねばならないのかと、彼は内心冷や汗をかいていたのである。
自分が無理をするのなら何も問題はないが……ハウンズの2人に、極端な無理はさせたくはない。
二度と、ルビコン1でのことを繰り返したくはない。
そんな思いが、ウォルターの内心を占めていた。
……そんな安堵故に、彼は。
『ただ、まあ、そうだな。
これから何か状況の変化があって、アイスワームを撃破しなくてもいい状況になったら、やはりそちらの道を選びたいところだ。
無用な戦いなどする必要もないし……これからを考えても、その方が色々と都合が良いからね』
ナインが付け加えた言葉から、その真意までは見出せなかった。
実に珍しいナイン君へちょへちょモード。
働きすぎには気を付けよう!