そして世に(銀髪薄幸美少女傭兵との)純愛のあらんことを 作:アリマリア
待ちに待った例のミッション、その前哨戦。
どんどんシリアスになっていくお話の清涼剤とでも言わんばかりに現れる例のアイツ、そろそろ出番ですね……ご友人♡
「っ、ぐ……!」
ナインにより高度に改竄され、殆ど現実と変わらない臨場感を持たされた、疑似戦闘シミュレーション。
その中でリンクス──617は、荒く、早く息を吐きながら「フォーアンサー」を操っていた。
彼女のAC操縦技術は、もはやナインと出会った頃の比ではない。
その感覚を同調させた人型兵器であるAC「フォーアンサー」は、617自身の体よりもなお素早く、繊細に、そして力強く動いてくれる。
何をどう操作すれば、愛機がどう動くか。
617はもはやそれを、思考を介さず直感的に理解していた。
人が息をする時、物を持つ時、食べる時、歩く時。
それらの行動を取るために操らねばならない筋肉の動きは複雑怪奇で、けれど人は普通、その冗長な動作全てを意識することはない。
頻繁に取る行動はプリセット化し、脳から発される命令と結び付けて記憶する。
そうするからこそ、殆ど反射的に行動を取ることができるのだ。
旧文明の産物を例に挙げれば、車等の乗り物の動作が筆頭だろう。
最初の頃は上手く操れずとも、慣れて行けば自然と「こうすれば思うままに動かせる」「これだけハンドルを切ればこれだけ曲がる」と感覚的に理解できる。
その内、「右に曲がろう」とすれば、自然と手がハンドルを切るようにさえなっている。
今の617のAC操作技術は、それらと同等。
その左腕を伸ばしてドライフルーツを掴み、口に運んで咀嚼し、呑み込むのも。
その左腕のマシンガンを乱射した後、左肩武装に切り替えて、チャージパイルをぶっぱするのも。
感覚としてそうは変わらない。「そうしよう」と思えば、すぐにできる。
もはや彼女にとって、ナインの協力なくては下半身を動かせない生身より、自由に動かせる「フォーアンサー」の方が肉体としての意識が強くなりつつある程だ。
……しかし。
そんな彼女をしてもなお、この戦場は過酷なものだった。
「っ!」
土煙の向こうから、敵ACがアサルトブーストで迫って来る。
両腕のマシンガンを連射するが……豆粒のような弾幕は、重量機である敵ACを止めるには至らない。
距離が詰まる毎に、617の心拍数が増していく。
近距離は、彼女の射程。自分の方が有利だと、そう理解しているというのに……。
『くっ……!』
敵ACから放たれる圧は、彼女の理性でなく本能に訴えかけ、その判断を捻じ切った。
敵ACの右腕武装である、ハンドガンの連射。
これを、「フォーアンサー」は後退しながら蛇行し、そして跳ねることによって回避した。
ACの照準補正を司るFCSは、自身の持つ武装の着弾までの時間と直前の敵の動きから計算し、「敵がこのまま進み続ければ命中するであろう射線」を割り出すシステム。
当然ながら、射撃から着弾までの間に敵の軌道が変われば、命中することはなくなる。
とはいえ、それが容易かと言えば否。むしろ真逆だ。
各種武装の弾丸が発射されてから着弾までの間には、ほんの刹那の間しかない。敵との距離と武器種によっては0.1秒足らずになることもある。
その間に、既に自機にかかっている、時速何百キロという慣性を殺して軌道を変えなければならない。
それも、FCSの即時の計算を振り切れる程急激に、だ。
当然、これは通常のブースト移動では成し得ない。
その点で言えば、瞬時に慣性を殺して切り返すことができるクイックブーストは極めて優秀だ。適切なタイミングで切れば、どのような攻撃も躱すことができるだろう。
……だが、クイックブーストはその分、ENを大きく消費してしまう。
コンデンサに貯蔵されるENは、現代機動戦における生命線だ。そう易々と使う訳にもいかない。
その代替手段として使えるのが、地を蹴って跳ぶジャンプだ。
二次元的な慣性は殺さないまま、上下の移動を加えることでFCSの照準補正を振り切る。
それによって、地上から離れるためにENの補充速度こそ落ちるが、貯蔵されたENを使うことなく、確実に敵から受ける被害を軽減することができるのだ。
……ただし、これだけを聞けば、ジャンプは最善手のように聞こえるが。
当然ながら、この選択も常に正解になるわけではない。
617のジャンプは、確かに敵機の照準補正を逸らした。
ハンドガンの連射自体は、躱すことはできたのだが……。
それから1秒と経たない間に、落下した「フォーアンサー」は滞空状態から着地に入り。
『そこ!』
「っ!」
その瞬間を、チャージされたレールガンに撃ち抜かれた。
ACが地面に着地する瞬間、姿勢制御システムたるACSは、自動的に着地姿勢を整える。
ブーストをかけてさえいれば、極端に隙を晒すことはないが……。
それでもこの一瞬、クイックブーストでも使わなければ、切り返しも再ジャンプも不可能な刹那の隙が生まれてしまう。
そして今回、617はクイックブーストという選択肢を取れなかった。
ひとえに……思考の余裕の欠如と、注意力の散漫によって。
『やられた……!』
敵機の持つレールガンは、重量や負荷が重い代わり、非常に弾速の速い武装だ。
特にチャージした場合、その速度と威力、そして衝撃力は凄まじいものとなる。
617も最初は、相手のレールガンを見て警戒していた。
しかしその注意は、肩に装備された巨大なレールキャノンがチャージを開始したことで、そちらに吸われてしまい……。
その上、敵の極めて積極的な攻めの姿勢を前にして余裕を失い、思わず防戦一方となっている内に注意を欠いてしまった。
結果として、レールガンのチャージショットが自機に直撃。
「フォーアンサー」は一瞬の隙にACSの許容限界を越え、スタッガーを迎えて……。
『これで終わりッッッ!!!』
敵が肩に背負った可変式レーザーキャノンの、直径5m以上にも及ぶチャージレーザーが着弾。
高い機動力の代償として耐久性と防御力を犠牲にしている「フォーアンサー」は、ただでさえ敵の怒涛の攻勢によって削られていたAPを、完全に枯らし切った。
『っシャァァァアアアアッツ!!』
撃破され、爆散するACを前に、対戦相手──621の、魂の咆哮が響き渡った。
* * *
模擬戦を終えた後。
「勝った! 勝った!! 私の勝ち!!!
だから次のミッションはコーラル輸送阻止! 私はコーラル輸送阻止いくから!!!」
621の興奮した声がセーフルームに響く。
617は思わず両耳を抑え、困惑したように言った。
『ええと……621はそんなにやりたくなかったのですか、もう片方の……』
「いやッ! いやッッッ!!」
【嫌がりすぎでしょう……ご友人♡】
「イヤーッ!!」
【キギョウスレイヤー=サン……】
先程のレイヴンとリンクスの戦い。
それは、普段から行われている模擬戦の一環だ。
基本的にハウンズの2人は、ナインが構築した戦闘教習プログラムたるナインブレイカーを軸に戦闘訓練を行っているが……。
必ずしも、これだけしかしていないというわけでもない。
アリーナのそれに比べればずっと洗練され、再現度の高いAIではあるが、ナイン自身が相手をするナインブレイクを除けば、ナインブレイカーで戦うのはあくまで再現機体だ。
適度に競り合える人間相手に、気ままに撃ち合える環境が欠けてしまっている。
それを埋めるのが、ハウンズ2人での模擬戦闘。
当初こそ実力差が大きく開いていた2人ではあるが、リンクスが地道に積み上げた訓練は着実に実を結び、その実力は徐々に伯仲と言える段階に持ち込まれつつある。
実戦等の経験の差もあって、未だ621有利な状況が続いているが……極稀とはいえ、リンクスが辛勝することもあるくらいに。
故に、実戦闘内での武装の有用性や使用感のチェックには、こちらが使われることが多い。
しかし……今日の模擬戦は、そのように対等な戦いにはならなかった。
621がこれまでのような「練習気分」ではなく、バチバチの殺意の籠った「本気」で殴りかかったからである。
『怒涛の攻勢は、なかなか恐ろしいですね。
思考の余裕も持てませんでしたし、結局ペースを握られたまま押し切られてしまいました』
そう、本日の621は、とんでもない攻めっ気だった。
悍ましい程の殺意と決意を持って迫り来るイレギュラーの乗騎「Loader 4」を前に、617は防戦一方な戦いを強いられてしまった。
『もう少し落ち付いて対処できれば、思考の幅も広がったと思うのですが』
ナインの下で力を付けて以来、ここまで一方的に叩き潰されたのは、初めての経験となる。
ショックを受けているというより、どこか唖然とした様子で617は自省していた。
そんな彼女に対し、脳内の変異波形たちは慰めつつも反省点を挙げる。
【相手にペースを握られると、強みを──今回の場合は火力だが。これを押し付けられる。
これに対応するには、もっとうまく防御を固め、カウンターを決めて精神的なリードを取り戻す必要がある。良い勉強になったな】
【人が操縦する以上、AC戦には心理戦の側面が含まれるのでしょう。
攻勢をしかけられても動じないだけの豪胆さを身に付けることも重要かもしれませんね】
617も、HC機体程度の圧であれば優にいなせる熟練の傭兵となったが……。
本気になったイレギュラーがぶち殺しに来るという初めての局面を前に、迷いが生じ、思考が低迷してしまった。
今回の敗因の多くはそこにあると言ってもいいだろう。
……そして、何故621がそこまで本気になったかと言えば、だ。
【約束通り、ミッション選択権はレイヴンに譲渡されることとなります。
それではどちらを──】
「さっきも言ったけどコーラル輸送阻止いく!! 617、変態は任せたから!!」
ひとえに、「そのミッション」を避けるためだ。
現在、ハウンズに寄せられている依頼は2件。
これまで通り、レイヴンとリンクスでこれらを分担して請け負うことになったのだが……。
今回はどちらのミッションにどちらが行っても支障はないとのことで。
ナインは617と621に、ミッションの選択を委ねた。
それを聞いて621が即座に提案したのが、選択権を賭けた模擬戦であり。
蓋を開けてみれば、621がこれまでにないくらいの圧と殺意を込めて襲い掛かって来た、というわけだ。
そして、その殺意の理由は、ただ一つ。
621が選ばなかった方のミッション……「オーネスト・ブルートゥ撃破」を避けるためだろう。
『そんなに嫌なのですか、この……「オーネスト・ブルートゥ撃破」が?』
「イヤッ! イヤーッ!」
【壊れちゃった、621……頼れる先輩の威厳はどこへ……?】
【まあ、カーラ曰く、酷く問題のあるドーザーとのことですから、忌避する気持ちは理解できますが……。
レイヴンはあまり、ドーザーに偏見を持っていなかったと認識していましたが?】
「うん、まあ……はい。ドーザーもルビコニアンも嫌いじゃない。
けど、アレは例外。無理。変態。気持ち悪い」
『酷い言い草』
イレギュラーたる最強の傭兵は、しかし弱々しく「うう」と呻き、頭を抱え込んでしまった。
いつもの621は、617がいる場では先輩風を吹かせ、自信ありげな空気を漂わせているのだが……。
今日の彼女は、どうにもキャラ崩壊激しく、幼児退行してしまっている。
それだけ、度重なるルビコンでの戦いによって、心に瑕ができてしまっているのだろう。
……より正確に言えば、特定の狂人へ、トラウマじみためちゃくちゃ強い嫌悪感を植え付けられた、と言うべきかもしれないが。
実に3度のループの中で、621は多くの人間と言葉を交わしてきた。
大切な人と、温かな言葉を交わし合ったこともある。
知らない人と、言葉と闘争を通して心を交わしたこともある。
ムカつく相手と、言葉では決して分かり合えないと悟ったこともある。
このクソ眼鏡ぶち殺すぞと思ったこともある。
そんな経験から、621は理解した。
人間と人間は、言葉を通して、想いを交え合うのだと。
それを知っているから、621は人と話をするのが好きだった。
自分がこう思っていると相手に伝えて、相手がどう思っているかを聞いて。
たとえ一部分でしかないとしても、相手と理解し合える部分を増やす。
それが621の見出した、闘争以外のコミュニケーション。
とても大切な、他者との繋がり。
それを得るたび、621は充実感のようなものを感じ、少しだけ心が温かくなるのだ。
ただし、変態を除く。
3度。実に3度だ。
621は3度、アレと対話を試みて、失敗した。
その感覚を戦いに例えるのなら、そう、弱点を塞いだスマートクリーナーとの戦いに等しい。
こちらが真っ当に射撃戦をしようとしているのに、撃った弾は全部カンカン言って弾かれ、クソデカい破砕アームでぶん殴られるわ上からは溶鉄が降って来るわ。
こんなもん戦いにならない……いいや、文字通りお話にならないのだ。
解放戦線の用心棒やってるニンジャの方が10倍マシだ。
彼は言葉の言い回しが難しいだけで、会話自体はできる。
襲い掛かられたのも、そもそも621が裏切ったのだから、怒られて当然の話だった。……まあ彼女はイレギュラーなので、責任追及は武力で跳ね除けるのだが。
対し、あの変態には、そういった機序とか筋道とか秩序とか、そう言われるものが皆無。
なんかいきなりご友人とか、嬉しいとか、スロースローとか言ってくるし。
友好的な言葉を投げかけておきながら、特攻兵器やらセンサーやらで凄まじい密度の罠を張っているし。
こちらが言葉を投げかけても、返事は本当に意味不明なものだし。
楽し気な言葉を吐きながら、憎悪を持ってこちらを殺しに来て。
悲しみを秘めた言葉を吐きながら、淡々と相手を害する。
その言葉の全てが、嘘。
受け取る価値のない、考える価値のない、交わす価値のない、ゴミのような情報。
……この変態と言葉を交わすことは無意味であると、621はそう判断せざるを得なかった。
ついでに言うと、生理的にも無理だった。
何言ってるかわからんし、妙にねっとりした言い方してるし、嘘ばっか吐くし、初周ではモロに騙し討ちを受けてチェーンソーフルヒットの窮地に立たされたし。
621は、なんというかもう、全てを以てあの変態が無理だった。
苦手意識は不快感へ繋がり、不快感は嫌悪へと進化した。
もはや2人の道が交わる道はないだろう。
残念ながら、ブルートゥとのご友人共闘ルートは潰えてしまったのだ。
まあそんなもんは最初からどこにもないのだが。
「というわけで617、ごめんけどあの変態はおねがい!」
『ええと……はい、構いません。
621にはいつも世話になっていますし、これが恩返しになるのなら、617は喜んで力になります。
……その。模擬戦などなくとも、617は621のために何かをすることに躊躇いはありませんので』
「ううう、617……ありがとう、617……! あなたがいてくれて本当に嬉しい……!!」
『そこまで?』
もはや泣き出し、617の体に抱き着く621。
細身ながらそこそこ身長のある617は、今までに見たことのない621の反応に困惑しつつも、その小さな体を受け止めて抱き締めるのだった。
【21×17、アリだな……】
【あの、ナイン。良いのでしょうか?
レイヴンが怯える程の相手にリンクスをぶつけるのは、彼女の戦力面・精神面に多大な影響があることと思われますが……】
【……まあ、世界には上もあれば下もある。自分が得た幸運を再確認するためにも、一度底の底を覗き込んでみるというのも悪い話じゃない。
これもまた、617の情緒育成の一助にはなるだろう。多分。……十中八九。
…………最悪の場合、エア、617のメンタルケアの手助けを頼む】
【は、はい……え、ナインも自信を無くす程!?】
変異波形2人組も、617がこれから挑むことになる苦難を前に、彼女の前途に幸いあれと祈っていた。
多分、無為に潰える祈りであるのだが。
Q.621はどれくらいブルートゥが苦手なの?
A.近距離EN武装だけで挑む武装採掘艦護衛くらい苦手