そして世に(銀髪薄幸美少女傭兵との)純愛のあらんことを 作:アリマリア
△様子
◎頭
AC「フォーアンサー」を駆り、グリッド012を降下していく617。
そんな彼女に対して、エアの言葉通りに張り巡らされた防衛網は、容赦なく牙を剥く。
猛スピードで突っ込んで来る複数の自爆ドローンをクイックブーストで躱す「フォーアンサー」。
その隙を狙って、交戦中の「MB-0202」……「Toy Box」と名付けられた風変りな重MTが、胴体に取り付けられた多連ショットガンを一斉にぶっ放してくる。
「っ!」
弾幕の雨に打たれ、スタッガーこそしないものの大きく減少したAPに、617は顔をしかめる。
しかし彼女はすぐに平静を取り戻して、「Toy Box」に向けてアサルトブーストを噴かした。
彼我の距離が凄まじい勢いで詰まって行く中、両者が選んだのは、退避ではなく攻撃。
「Toy Box」の両腕のガトリングと、「フォーアンサー」の両腕のマシンガン。
それぞれの弾丸が嵐のように両者へと敵に襲い掛かり……。
先に根を上げたのは、果たして「Toy Box」だった。
「フォーアンサー」のACSには、既にある程度の負荷が蓄積していたが……。
一方の「Toy Box」は、設計者の「殺しの兵器だからこそ、一つ笑える必要がある」という思想を強く反映されており、防御性能を削りに削ることで攻撃性能に特化している。
所詮は重MTということもあって、そのACS性能は、ACに搭載されたものには到底及ばないのだ。
敵がスタッガーしたのを見て、617はすぐさま左腕武装を入れ替えた。
手慣れた動作、手慣れた起動。
アサルトブーストの慣性を乗せたまま、彼女は左腕の近接武装を起動し……。
「ふんッ!!」
渾身のチャージパイルが直撃、敵の胴を穿ち貫き。
凄まじい轟音を上げながら、「Toy Box」は勢いそのまま、彼方へと吹っ飛んでいった。
通算二機目の「Toy Box」……自身が設計したはずの機体の撃破。
それを見て、カーラは忌々し気に舌打ちをする。
『ちっ……奴ら、当然のようにRaDの機体を使っていやがる。気に入らないね。
その上、封鎖機構に尻尾を振って得たんだろう、自爆ドローンの雨霰ときた。
気を付けな、ストレンジャー。耐久力はともかく、どっちも火力は一級品だよ』
平静を保とうとするカーラの声に、更に今回のミッションにおけるオペレーター、エアの声が続く。
【加えて、この下層には多重のレーザーセンサーが確認できます。
どうやら中型MTから射出されているようで、この起動制御と紐づいていますね。
ご注意ください。触れてしまえば、四方八方から高密度の多重ロックオンミ──】
『お待ちしていますよ……ご友人♡
私はあなたと上手に踊れるでしょうか?
心配だ……けれどそれより、ずっと楽しみです♡♡♡』
『ああもう、うるさい! です!』
617は、表情の変化に乏しい彼女には珍しく、きゅっと眉を寄せた。
普段余り感情の含まれない合成音声にも、苛立ちが覗いている。
広域放送で垂れ流される、毒電波が如き意味不明の文言。
それは617やカーラが言葉を投げ返そうが投げ返すまいが問答無用に続き、彼女の脳と心をぐちゃぐちゃにかき乱しつつあった。
ナインたちの監督下ですくすく成長している617は、最近、会話や意見交換の楽しさを知った。
人と言葉を交わすこと。感情を交えること。
特に仲間たちから色々な話を聞き、その人生や考え方を知ることは、闘争の他に何も知らなかった彼女にとって温かな日常の象徴にすらなりつつあった。
……が、しかし。
今回のミッションの排除対象は、なんかもう、言葉を交わすとか情報を絞るとか意見交換するとか、そういう次元ではなかった。
垂れ流される言葉は意味不明で理解不能、ただただひたすらに不愉快なだけ。
しかし、会話というものに意味を見出してしまった今の617は、かつてのように他人の言葉をぼんやり聞き流すようなことはできない。
緊迫感のある命懸けの戦闘中に、脳を侵される気色の悪い狂人の戯言を聞くことは、617にこれまでにない不快感を与えていた。
【……様子のおかしい人です。
広域放送をカットしてしまいたいところですが、情報が得られる可能性を考えれば、それは難しい。
こちらの方で聞き取り、情報の取捨選択をすることにしましょうか?】
『ふー……いえ、すみません、オペレーター。お気遣いありがとうございます。
おにいさまは、常に色々な情報を得て、考え続けろと言ってくれました。この程度のストレスと集中力の欠如は、私が自分で乗り越えるべき問だ──』
『スロー♡ スロー♡ クイッククイックスロー♡
スロー♡ スロー♡ クイッククイックスロー♡
待ち遠しいですね……ミルクトゥース♡♡♡』
『うううう……ッ!!』
【リンクスがこれまでにない程の動揺を! まさかここまでの難敵だったとは……!】
『コイツの戯言は無視して構わないよ、ストレンジャー。
通信にノイズが走っているようなものだ。何の意味もないし、聞き取る必要もない』
『これはノイズ……ただのノイズ……くいっくくいっくのいず……』
【汚染されています、リンクス!】
617は自分に言い聞かせるようにぶつぶつ呟きながら、グリッド012を降下していった。
* * *
パルスプロテクションを展開していた「Toy Box」を撃破し、617は狭い通路から屋内部へと入って行く。
「……ふう」
これまでは開けた状態で、どこから特攻ドローンが飛んでくるかわからなかった。
それに比べれば、息の詰まるような閉所はむしろ、617に安堵をもたらしてくれる。
思わず潰れた喉から吐息を漏らす617に、カーラは苦笑いを返した。
『ストレンジャー、だいぶ堪えたようだね。
奴の声もそうだが、今日のあんたはちょっと余裕がなさそうだ』
『……そうですね。いつもは支えてくれるおにいさまが、今回は不在なので』
【すみません、リンクス……世間知らずな私では、ナイン程にあなたを補佐しきれず……】
思わず呟いた617の言葉に、役に立てていないとへこむエア。
彼女自身、ナインに比べて、自分のオペレーターとしての腕が劣っている自覚はあった。
ナインはまるで、かつて彼自身が傭兵稼業に身を置いていたことがあるのではないかと思える程、精度の高いオペレートをこなしているが……。
一般コーラル変異波形でしかなく、どうしても人間という他種族への理解に乏しいエアは、微妙にオペレートの間が抜けているのである。
617はそんな気配を悟り、気配りが足りなかったことを悟って眉尻を落とす。
『あ、いえ、そんなことは……オペレーター、すみません。助かっています』
そんな彼女の気遣わし気な言葉を聞いて、通信にカーラは興味深げに吐息が乗った。
『へぇ、短い間にずいぶんと人間的な情緒を身に着けたもんだ。一肌脱いだ甲斐もあったってものだね。
しかし……赤い方が不在、ね。あいつはあんたに対して過保護なくらいだし、そうやすやすとミッション中に放り出したりはしないと思っていたんだが』
どこか探るような言葉に対し、けれど既にカーラを「身内」認定している617は疑問を抱くこともなく、そのまま答えてしまう。
『おにいさまは最近、何か取り組んでいることがある、と言っていまして。恐らくはその気疲れもあるのでしょう、調子が悪そうだったのです。
少しお休みいただくため、今回の作戦オペレートは、エア……ええと、知り合いに任せています』
『知り合い……ね。まあ、問題なくこなしてくれるならいいんだが』
以前より格段に成長したとはいえ、未だ情緒がいささか幼い617。
そんな彼女は……カーラの声音が、僅かに冷たさを帯びたことを、悟ることはできなかった。
一方でエアは、体を持たないために彼女の口を塞ぐことこそできなかったが、今の発言の問題に気付いていた。
【……あの、617。私の存在は他者に口外しない、というのがナインの立てた方針だったはずですが】
『…………!!!』
【ま、まあ、ミッションの中で巡り合った、一般的なルビコニアンということで……意思を持つコーラルである、という点さえ言わなければ問題はないはずです。
ああ、そんな不安げな顔を……! 問題はありません、ありませんよリンクス、大丈夫です!!】
* * *
どこか間の抜けた会話を交わしながらも、617は屋内を滑り降りて行く。
エアの語っていた通り、ここグリッド012には、無数の特攻ドローンによる破壊的な防衛網が敷かれている。
封鎖機構に尻尾を振ることで特別に与えられたそれらは、AC規格のハンドガンですら撃ち落とせるような耐久性しか持ってはいないが……とにかく速度が出る。
故に、特攻に使えば容易には避けられず、その自爆による衝撃はACをスタッガーさせ得るものとなるのだ。
そんな兵器がゴロゴロ転がっている以上、グリッド012の外側を進もうとするのはかなり危険だ。
故に、彼女たちの目的地である下層を目指す場合、こうして特攻ドローンの脅威の届かない屋内を通るのは妥当な選択であり……。
当然ながら、相手もそれに対策をしてくる。
縦に吹き抜けになった巨大な建築物の中、配置された多くのMTがレーザーセンサーを照射し、中を通り抜けようとする者を返り討ちにしようと待ち伏せしている。
下手にセンサーに触れてしまえば、瞬く間に多数のミサイルが降り注ぐ、という趣向だ。
……しかし、それが通じるのは、所詮は普通の傭兵だけ。
「フォーアンサー」は、レーザーセンサーの隙間を縫うように、器用にすり抜けて行く。
ナインブレイカーの落下回避訓練……「ネペンテス」とも呼ばれるそれで、試行錯誤すること8回、優に最大評価を獲得した617。
彼女にとって、明確に目に見える危険性など、もはや落下速度を緩める要因にもなりはしないのだ。
そして普段であれば、そんな617を、彼女の「おにいさま」が褒めてくれただろう。
前世から他人を褒めて伸ばす──それも、初見のプレイヤーがモチベを切らさないよう、ちょっと過剰なくらいに──スタイルであった彼は、基本617に対して甘い。
原作主人公であり、かつての自分の現身でもあった621に対しては、「これくらいはやってくれるだろう」という期待もあり、評価が厳しくなりがちだが……。
カタフラクトにボコボコにされていた時期から見守って来た617は、ナインにとって自らの教え子であり後進であると同時、成長期の子供のようにも映る。
故にその評価はゲロ甘になってしまい、賞賛の言葉が増えるのだ。
ちょっと上手く戦えば褒めてくれるし、なんなら下手な手を打っても、良かった部分を探して褒めてくれる。
無論、ナインを「おにいさま」として認識している617にとって、その賞賛は凄まじく嬉しいもの。
下手すればコーラルよりも強い依存性を持つ、禁断の肯定だ。
……最近になって、それが本音100%とは限らないことを理解したことで、「やっぱりおにいさまから見れば、わたしなんてよわよわのざこざこなのかもしれない……」と落ち込んだりもしたが、それはともかく。
そんなナインに対して、エアはあまり617を褒めてはくれない。
いや、褒めてはくれるのだが、その頻度はナイン程に多くはない、と言うべきか。
というのも、これには明確な理由がある。
なにせ、エアが初めて知った独立傭兵は、621ことレイヴン。
おおよそ人類の頂点と言うべき力を持った例外的存在だったのだ。
一般常識や風評を知る内、621が例外的強さを持っていることは理解できたが……。
やはり刷り込みというものは恐ろしく、どうしても戦力の基準を彼女に置いてしまい、617の力を正しく評価し辛いのである。
更に言えば、あまり頻度が高いというわけでこそないが、ナインブレイクの際にはナインの操縦技術も直視するはめになるのである。
彼女の戦力観は既に、めっためたに破壊され尽くしている。
本来は戦術級の働きをするはずの、封鎖機構の特務機体。
一般的に見れば超越的実力者であるはずの、企業専属AC乗り。
そんな敵ですら、彼女は「ハウンズの2人が当たり前のように勝てる存在」としか認識できない。
そういった認識の歪みこそが、彼女の憂慮する「常識のなさ」を招いているのだが……。
残念ながらエアは、その点について微妙に無自覚であった。
というか、彼女たちとそのオペレーターこそを絶対の基準としているので、それが歪であるという認識すらあやふやである。
そんなエアに加え、今回のミッションの案内人であるカーラも、適度にこそ褒めてはくれるものの、そこまで頻度が高いわけでもない。
特にこのミッションでは、排除対象への彼女自身の感情が多いに氾濫しているため、617を十分に気遣うだけの余裕が失われている。
そのため、今回のミッションでは、617を褒めてくれる人材が圧倒的に不足しており……。
ぶっちゃけて言えば、617はちょっと寂しさを感じてしまっていた。
ナインはここ最近忙しくしていて、日常生活の中でもどことなく疲労を窺わせることが増えた。
珍しく弱っているらしい彼の様子に、617はどこか落ち着かない思い。
少しでも元気を取り戻してもらおうと、休んでもらうこと自体に否やはないのだが……。
『スロー♡ スロー♡ クイッククイックスロー♡♡
ああ、素敵なステップです、ご友人♡♡♡』
『おにいさまぁ……』
こんな変態をぶち殺すミッションに限って、いつも心を支えてくれた彼が不在。
非業の運命を、617は呪った。
深刻なナインニウム不足。
ナインはコーラルだし、やっぱり依存性がある……ってコト!?