そして世に(銀髪薄幸美少女傭兵との)純愛のあらんことを 作:アリマリア
『始まったね』
通信の向こうで、621が……いいや、独立傭兵レイヴンが呟く。
彼女たちが崖の上から見下ろす、アーキバスの拠点、リチャード前哨基地。
そこでは今まさに、動乱が起こり始めていた。
基地正面、東方の地平の彼方から迫る、封鎖機構の有する最強のAC。
北方からは、ベイラムのG2ナイルとG5イグアス。
南方からは、解放戦線のミドル・フラットウェルとラスティ。
天敵、仇敵、そして裏切り者。
それらに完璧に包囲されたこの状況は……端的に言えば、死地と言っていいだろう。
基地に詰めていた者たちもそれに気付き、急ぎ防備を整えている。
まさしく今、リチャード前哨基地は混乱の最中にあった。
つまり、ハウンズからすれば、今は絶好の好機と言えた。
『じゃあ私、騒ぎに乗じてくそ眼鏡ぶっ殺してくるから。
あの戦闘狂がきたら、よろしく』
リチャード前哨基地、西方。
そびえ立つ管制棟が背後に構える崖の上から、AC「Loarder 4」は飛び降りた。
『承知しました。……レイヴン、頑張ってください』
『うん!』
管制棟屋上へと降り立ち、エレベーターをハッキングして降下していく「Loader 4」の姿を、リンクスは崖の上に佇んだまま見送った。
ハウンズは既に、役割分担を終えている。
621は本人の強い願いにより、V.Ⅱスネイルの強襲・撃破に。
そして617は、増援……特に、V.Ⅰフロイトの警戒と撃退に付いた。
そのため、617は戦場へと積極的に突入することなく、この崖上からの警戒を行う予定だ。
【それじゃあ改めて、エア、621のオペレートと、索敵のために熱源探知を頼む】
【ナインも、どうかご武運を。……リンクス、あなたのオペレートもお任せください】
『はい、今回も宜しくお願いします、エア』
脳内に響く赤い声に、頷く。
彼女は常に、その思考の上で変異波形たちと繋がっている。
本来は孤独な戦場の中でしかし、不安を感じることはなかった。
……だが、それでも。
今回は、少しばかりの緊張を感じることはあったが。
【ヴェスパー第一隊長、フロイト……企業勢力の最強。
ナインやレイヴンは何事もないかのように語ってはいましたが、彼のアリーナランクはレイヴンに次ぐ2/S。ハウンズに続く、このルビコンにおける最強の一角と言ってもいいでしょう。
アリーナの再現機体との戦闘では勝ち越していますが、過去の記録を見ても、彼の動きはどうにも読み切れない部分があります。
どうかお気を付けて、リンクス】
そう。
今回来るかもしれない相手は、621に次ぐ、ルビコン3における最強だ。
617は未だ、僅かながら、621に劣っている。
模擬戦をした時の勝率は最近ようやく3割に乗ったくらいで、どうしても安定しないし。
至近距離での戦闘ならまだしも、中から遠距離に離されてしまうと、まともに抗う事すら困難になる。
今回の敵は、それに次ぐ相手だというのだから、彼女が緊張するのもむべなるかな。
……ただし、幸いというべきか。
彼女は、萎縮まではしていなかった。
なにせ617は、ハスラー・ワンを……ルビコン3の災厄とすら言っていい、最悪のイレギュラーを相手取ったこともあるのだ。
地獄のような戦況の中、彼女の感性はインフレーションの波を受け、完全に破壊されかけていた。
如何なる強者を相手取ったところで、命の危機に手が震えるようなことは、もはや在り得ない。
……むしろ、その逆。
戦闘狂の気がある彼女としては、効率的に技術を錬磨できるかもしれない可能性に、心を滾らせていたくらいだった。
無論、ミッションの中でフロイトが来るかは不明だ。
近傍拠点に詰めているらしいフロイトが、スネイル暗殺が完了するまでの間に、果たしてここに駆け付けるかどうか。
ナインが情報統制を行うこともあって、617としては来ない可能性の方が遥かに高いと思えたし、エアも同じように予測していたが……。
ミッション前に、621は言っていた。
『あのくそ眼鏡、頭だけはいいから、こっちのしたいことは分かってそう。
だとしたら……フロイトは、近くに来させてるかもね。
油断はしないようにね、617。あいつ、チャティを瞬殺できるくらいには、つよいから』
スネイルは誰よりフロイトの強さを信じ、あるいは信奉しているらしい。
だからこそ、緊急時には即座に駆け付けられる位置に置いているかも、と。
誰より勘が良く、不可思議な程に未来を言い当てる621が、そう語っていたのだ。
仲間へ向ける信頼故にこそ、617は気を抜かない。
崖上から、戦場となった基地内を俯瞰しつつ、上空への警戒も怠ることなく……。
基地の各地から、爆炎と悲鳴、金属が激しくぶつかる音がこだまし始めて、5分。
果たして……621の危惧は、見事に的中することとなった。
【……上空に、リチャード前哨基地に高速で迫る熱源反応あり!
方角南南西、距離3,000! 識別……AC「ロックスミス」! V.Ⅰフロイトです!】
『了解しました。リンクス、出ます』
操縦桿を繰り、自らの体にも等しいACを、敵の迫る方角へと向ける617。
その瞳に、微かな喜悦の感情が宿っていたことを……この場にいる、二人の変異波形だけが見て取った。
* * *
一方、リチャード前哨基地、管制棟と思われるビルの内部を進むAC「Loader 4」。
そのコックピットの中にいる621もまた、奇しくも617と似た、しかしそれより遥かに濃い喜悦の感情を瞳に浮かべていた。
「ころす」
口にする言葉は鋭利に尖り、操縦桿を握る手にはギリリと力が籠る。
これまで、基本的には作業のように淡々と、時にどこか楽し気な様子でミッションをこなしてきた621。
しかし今この時、彼女はこれまでにないモチベーションと殺意を持って、このミッションに臨んでいた。
ただ……彼女のこれまで辿って来た旅路を思えば、それも当然のことと言えたかもしれない。
これまでの3周において、スネイルは常に621の前に立ち塞がって来た。
時には、うるさくてうざったい依頼主として。
時には、こちらを利用しようとハメてくるクズとして。
時には、自分を企業だと思い込んでいる精神異常者として。
時には、自分たちの飼い主を嘲る敵として。
時には……実質的にウォルターを殺した、仇として。
3度のループ、なんだかんだで協力したり休戦したりすることも多かったルビコン3のパイロットたちの中で、スネイルは常に621にとっての天敵であり続けた。
故にこそ……彼女のせんせいの導きによって、最後のループになるかもしれないここで。
あのスネイルを、自らの手で彼を殺せるかもしれないと知って。
621は、心の底から歓喜していたのだ。
そうして感情を昂らせながらも、けれど同時、彼女の手繰るACの動きは極めて精緻だった。
管制棟内部を高速で突き進む「Loader 4」。
その進路を阻もうと、アーキバスの手勢が立ち塞がり……。
けれどそれらは、ほんの一瞬の足止めにもならない。
「ふぅ──」
細かくスキャンを走らせることで、敵の見落としを避け。
時に遮蔽に隠れて敵の目を遮り、武装をリロードして。
ハンドガンで滞空したドローンを的確に射抜いていき。
四脚で滞空しながら、上からバズーカを撃ち下して、小型MT群を破壊していく。
以前は脳死でショットガンとワーム砲をブチ当てて、圧倒的な「暴」で全てを解決していた621だが……。
様々なアセンブルを試したことで、相変わらずの中量・中距離を主眼としたバトルスタイルでありながらも、その戦い様はより自由度を増した。
戦況に応じた武装と戦法、地形の把握と活用、武装の残弾とリロード管理。
「脳死で勝てない敵」という困難を前にした彼女は、生まれて初めて得た戦場以外の「せんせい」による教えを、スポンジのように吸収していったのだ。
そして、敷かれた警備網を無理やりに食い破って進むレイヴンの前に。
開いた隔壁の向こうから跳び出した、一機のACが立ち塞がる。
『くっ、独立傭兵レイヴン……このような時に噛み付いてくるとは!』
特徴的な形状からシルエットこそ大きく見えるが、全体的に軽量に纏められた、アーキバス製の逆関節。
パルスガンにパルスブレード、パルスキャノン、パルスバックラーと、見事にパルス武装で統一されたその機体の名は……。
【AC「デュアルネイチャー」……識別名、V.Ⅷペイターですね
ランクはC/16、レイヴン、あなたであれば問題のない相手でしょう】
『第二隊長閣下直々のご命令だ、このV.Ⅶペイターが貴様を排除する!!』
【……失礼しました、V.Ⅶのようです。ラスティの出奔に合わせて、再編成があったようですね】
最近共にしてきた戦場が、悉く難易度の高いものだったからだろう。
相手の正体を分析するエアの声は、どこか弛緩していた。
実際、621としてもこれまで二度、AC機体相手で一度、特務機体相手で一度、戦ったことのある相手だ。
操縦練度も戦略性も、殊更に驚異になる相手ではない。
だが……だからこそ。
621の関心事は、他にあった。
『さいこぱすの人、また昇進してる……!!』
【さ、さい……?】
『なっ……私を愚弄するかっ!』
エアは困惑の声を上げ、ペイターはお顔も真っ赤にブチ切れた。
621としては、別に愚弄するつもりはなかったのだ。
単に少し前、ナインとヴェスパー部隊について話をしていた際、ペイターのような変な人間を何と呼ぶのか尋ねた時の答えが、印象に残っていただけ。
【え? ……まあ……正確な定義じゃないけど、伝わりやすく言うならサイコパス、か……?】
さいこぱす。
とても面白い語感で、621は一発でそれを気に入ってしまった。
なので、621の中でペイターは、さいこぱすの人なのだ。
もはや不動のサイコパスなのだ。
そしてこのさいこぱす、他の傭兵や企業専属AC部隊員には見られない特徴があった。
それも、このルビコン3の戦いをループしている621でしか知ることのできないことが。
人の生き死にの切り替えが速いこと……では、ない。
異様に昇進するのである。
基本的に、企業専属AC部隊の人員は、昇格しない。
少なくとも621が戦ってきた3度のループにおいて、それは──降格であれば、スウィンバーンが再教育センター送りになっていたが──他に在り得なかった。
だというのに、このさいこぱすは、すごいのだ。
V.Ⅴになったり、V.Ⅲになったり、V.Ⅱになったり。
見る度会う度に身分が違っている。
なんなら、機体がACからLCに変わったりまでした。
そこから、621はジンクスを見出した。
このサイコパスは、自分と出会う度に昇進するのではないか──、と。
そしてそれは、今、目の前で実証(?)された。
621は自らの説が正しかったことに、「むふー」と満足気な息を吐く。
『さいこぱすの人。感謝していいよ、私と会えたこううんに。
いつも通り、昇進させてあげたんだから』
『!?』
【!?】
1人と1波形は、レイヴンの意図が全く読めずに困惑した。
エアは「れ、レイヴンはアーキバスと繋がっていた……!?」と深読みして戸惑っていたし、ペイターは意味がわからなすぎて頭が白紙になった。
『でも、ごめんね。今からころすから、もう昇進できないね』
『!?』
【!?】
1人と1波形は、レイヴンの突飛な思考に、もはや完全に置き去りにされてしまった。
エアは「レイヴンってひょっとして人の心とかないんでしょうか?」と戦々恐々としていたし、ペイターは本当に意味がわからなすぎていっそ震えていた。
ペイターくんの評価
・V.Ⅱ:最高の響き
・V.Ⅴ:悪くない響き
・V.Ⅶ:まあ若干マシな響き