そして世に(銀髪薄幸美少女傭兵との)純愛のあらんことを   作:アリマリア

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「レイヴン」「リンクス」とは意志の表象。相応しいのは、選び戦う者だけです。

 

 

 

 アーキバス、ルビコン3より撤退。

 

 1年前の各勢力がその知らせを聞けば、何を思っただろうか。

 

 惑星封鎖機構は、いつも通り無事に自分たちが封鎖を実行したのだと、ただ認めていたかもしれない。

 ベイラムは、やはり自分たちこそがコーラル獲得競争に勝利したのだと、自慢げに頷いただろう。

 アーキバスは、そのようなことは在り得ないと、四角張った眼鏡を吊り上げていたか。

 ルビコン解放戦線は……戦いの流れに敏いミドル・フラットウェルだ。何故そうなったのかと疑問を抱いていたに違いない。

 

 傭兵部隊ハウンズとしては。

 617は、当時はまだ、そういったことまでは考えられない状態だった。

 621は、いつもとは全く違う流れに、大いに興奮していたか。

 そして、ハンドラー・ウォルターは……果たしてこれからどうするかと、頭を捻っていただろう。

 

 とにかく、ルビコンでのコーラル獲得競争における最大勢力が一つ欠けるというのは、それだけで全陣営の人々が盤面の動きを意識せざるを得ないもので……。

 

 

 

 今、それは現実のものとなった。

 

 

 

 本社の意向を無視してコーラル調査を進めようとしたV.Ⅱスネイルが居を構えていたリチャード前哨基地は、封鎖機構率いるベイラム・解放戦線・独立傭兵の連合軍によって襲撃を受け。

 そこでスネイルの他に、V.Ⅰフロイト、V.Ⅵメーテルリンク、V.Ⅷペイターが戦死することなった。

 

 ヴェスパーの本隊は、アーキバスからしても非常に大きな戦力だ。

 それを一度に4人も……それもV.ⅠとV.Ⅱを同時に喪うなどということは、たとえどのような状況であれ発生してはならないインシデントである。

 

 それが決定打となり、いよいよこれ以上の損耗を受け入れられない上層部は、早急なルビコン3からの撤退を命令したのだ。

 

 

 

 ベイラムとアーキバス間での競り合い。

 封鎖機構による二企業への圧力。

 解放戦線による妨害。

 独立傭兵による不特定の勢力への助力。

 

 それらの複雑な構造を以て、辛うじて保たれていた均衡は、完全に崩れ去った。

 

 アーキバスの撤退により、ベイラムを押し留めていた抑止力の片割れは失われ。

 封鎖機構は、ハスラー・ワンという絶対的戦力を担保とし、戦場の流れを手中に収めた。

 解放戦線は、この急展開の中でどう立ち回るべきか必死に考え、機を逃さぬよう備えていたし。

 独立傭兵たちの中には、もはやこの惑星での稼ぎ時は終わったと言わんばかりに、身を引く者が増えつつあった。

 

 もはやこの流れは、止まることはないだろう。

 コーラルを巡る戦いは、最後の停滞を終え、最終局面に辿り着いたのである。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ルビコン3での、戦いの終わり。

 それを前にして、ハンドラー・ウォルターはセーフルームにて、瞑目して過去に想いを馳せていた。

 

 ここに至るまで、本当に長かった。

 

 あの赤い破滅の光を前にしてから、実に半世紀。

 ウォルターはただ、コーラルの完全な根絶という目的だけを秘め、ありとあらゆる手段で戦い続けてきた。

 

 孤独な戦いではなかった。

 今ではアイビスの火と呼ばれるそれを体験した者の多くが、コーラルの危険性と存在を疎み、彼の同志……友となってくれた。

 いつしか「オーバーシアー」、コーラルの監視者の名を冠することとなった彼らは、如何なる外圧にも耐え、戦い続けた。

 

 ……だが。

 そんな彼らも、半世紀という時間によって削り取られ、僅かとなった。

 

 結成当初のメンバーは、もはやウォルターとカーラのみとなり、手勢もカーラが作ったAIと、RaDに偽装した工作員たちくらいのもの。

 

 意思決定権を持つのは、もはや己とカーラのみ。

 そういう意味では……ウォルターは、孤独な戦いを続けてきたとも言えるだろう。

 

 その孤独は彼の心を折ることなく、むしろ冷たくその決意を固め、確かなものとした。

 

 何を犠牲にしてもコーラルを焼き払う。

 それは彼にとっての、唯一無二の生きる目的となっていた。

 

 

 

 そう。

 なって「いた」のだ。

 

 

 

 それが崩れたのは、いつのことだったか。

 

 彼らオーバーシアーだけでは、どうしても戦力が不足するようになり……。

 自分の身分を隠し、ハンドラー・ウォルターとして、傭兵部隊ハウンズを創設し。

 犬として、手駒として、処分予定だった強化人間を買い始めた、あの頃か。

 

 彼ら強化人間は、多種多様な性質を持っていた。

 感情の希薄な者もいれば、逆に情緒豊かな者もいた。

 素直で従順な者もいたし、跳ねっ返りの強い者もいた。

 ACの操作の才のない者も、逆にC4-621のように抜群の才を持つ者もいた。

 

 ウォルターは彼らを忠実な手駒と、そして十分な戦力とすべく、徹底的に育て上げた。

 

 企業や傭兵の悪意に騙されぬよう、ある程度の損得勘定や常識を教え込み。

 ACの操作を学ばせるため、多くのシミュレーションを経験させ、実戦に駆り出した。

 

 その結果として、ハウンズは少数の傭兵部隊でありながら、封鎖機構の駐屯基地を壊滅させられる程の高い練度を誇っていたのだ。

 

 

 

 しかし、それと同時。

 孤独の中に心を凍り付かせたウォルターは、しかし、根底にあった人情を捨てられずにいた。

 

 コーラル代替強化技術が開発されて久しい今、コーラルによる強化人間は旧世代型。

 半世紀前のコーラルを巡る戦いで実験・量産・改良を繰り返された結果、第3~第4世代は需要を大幅に越えて増加し、そして廃棄され……。

 十把一絡げ、下手なヘッドパーツよりも安価で取引される「ACのパーツ」に成り果てた。

 

 万一にも身元が割れたり下手に反抗されないよう、ウォルターが買うのは、決まってそういった「在庫処分品」だったのだが……。

 

 

 

 彼ら彼女らは皆一様に、コーラルによって人生を狂わされていた。

 

 ルビコンに生まれ、コーラルを巡る戦いに巻き込まれた者もいた。

 企業による圧力を受けた結果、身売りせざるをえなくなった者もいた。

 乱戦の結果親とはぐれ、人攫いにあって不法に強化手術を受けた者もいた。

 コーラルにより脳を焼かれ切り、過去を喪った者も、数えきれないくらいにいた。

 

 

 

 そんな猟犬たちを見て、ウォルターは……。

 

 同情、してしまった。

 

 

 

 それまで当然のように続くと思っていた毎日が、ゆっくりと、ゆっくりと、その当時は意識できない程に緩慢に、赤く染まっていって……。

 それが臨界点に至った瞬間、全てが爆ぜて、消し飛ぶ。

 

 コーラルにより人生を焼き焦がされたという意味で、その境遇は余りにも、彼や友のそれに近かった。

 彼らは皆、ウォルターと同じ苦痛を体験していたのだ。

 

 中には記憶を失い、その痛みすらもわからない者たちもいたが……。

 その無垢で無感情な在り方は、むしろウォルターからすれば、より悲惨にすら思えた。

 ……コーラルによる汚染の後遺症で、自身を自身とすら理解できなくなった友を、彼はたくさん持っていたから。

 

 

 

 だから、本来、考えるべきでないことまで考えてしまった。

 

 コーラルの焼却……それを為した、後。

 彼ら彼女らがもしも生き残れたのなら、自分なき世界で、幸福に生きてほしい。

 

 ただ目的だけを見据えていたウォルターの思考に、しかしここに至って、ノイズが生じてしまった。

 

 それはただの甘さであると、不必要であると、誰より彼自身が理解しているのだが……。

 それでも、心の底にある熱を、彼はついぞ裏切ることができず。

 

 ……その果てに、今がある。

 

 

 

「617……621……」

 

 二人の名を呼んだ。

 彼の許に残った、たった2人の猟犬を。

 

 多くの猟犬が、ウォルターの命令により死んでいった。

 コーラル獲得競争に勝利するために必要な犠牲であり……。

 同時に、ウォルターのエゴイズムに付き合わせて死んでいった犠牲者たち。

 

 その中で、最終局面まで生き残ったのは、ただ2人。

 

 余りものを考えず突っ込んでしまう悪癖があり、しかし同時、どこか全てを悟っているような物言いも目立つ、不思議な少女。

 買い取ったその時からずば抜けたAC操作適性を示し、ろくに訓練も積むことなく実戦の舞台に立ち、あっという間に最強の座を確立した天才、C4-621。

 

 ナインの教えによって戦場では極めて思慮深くなり、けれど一度戦場から離れれば、仲間に誰より温かな感情を向ける、普通の少女。

 621のような不可思議な程の才はなくとも、生まれ持ったセンスを十二分に伸ばし続け、ついには621に次ぐ準最強の立場を確固とした秀才、C4-617。

 

 彼女たちは、ついにこの最終局面まで戦い抜いた。

 

 

 

 ……いいや、それどころか。

 617がこれまでに紡いできた不可思議な縁が、極めて困難であったはずのルビコンの戦局を、非常に単純明快なものにした。

 

 ナイン。

 ハウンズのオペレーターを務める彼が、結局如何なる存在かは、ハッキリしなかったが……。

 彼はあろうことか、封鎖機構のシステムを完全に掌握し、銀河系にも広がるこの勢力を実質的な支配下に置いたのだ。

 

 本来はコーラルを抑圧する封鎖機構をこの星系から叩き出し、コーラル獲得を狙う二つの企業を出し抜いて、コーラル集積地点を特定しなければならかった。

 そして、彼らの目的を知れば間違いなく妨害してくるだろうルビコン解放戦線の反抗を越えて……集積地点に、火種を落とす必要があったのだ。

 

 それが今や、封鎖機構が味方に付いて、アーキバスは星系から撤退、ベイラムも既にこちらと協調路線を取ることを殆ど決定しており、解放戦線とも交渉の余地が生まれている。

 

 ……たとえ、ナインが協力しているのが「オーバーシアー」でなく、「傭兵部隊ハウンズ」であろうと。

 それでも、「ハスラー・ワンがルビコン3での趨勢を掌握した」と認識されている今、各陣営の間に、一片の隙が生まれているのは事実。

 

 ウォルターが目的を果たす為の障壁は、これまでにない程に小さくなったと言っていい。

 

 今この瞬間こそが……きっと二度とは訪れない、最初で最後のチャンスだ。

 

 

 

『ウォルター』

「分かっている」

 

 インカムから届いた警告の声に、まぶたを下ろしたまま、こくりと頷く。

 

 彼女の、カーラの懸念は、理解している。

 ウォルターが一時の感情に思考を占められ、その本義を忘れないかと、そう警戒しているのだろう。

 

 コーラルの焼却は、もはや彼と彼女だけの抱く大義だ。

 故に、ウォルターがそれを見失った時は、カーラが思い出させるし。

 逆にカーラが忘れれば、ウォルターが思い出させる。

 それが彼と彼女にとっての普通だった。

 

 半世紀の間続いた、随分と長い付き合いだ。

 鉄面皮の下のウォルターが、情に厚い善性の男であることを、カーラは知悉している。

 故にこそ……手塩にかけて育てたハウンズへの情が、彼を苦しめていることを、よく理解できた。

 

 ……そして同時。

 

 彼が、その痛みすら飲み干して、立ち上がれる男であるとも。

 

 

 

 ナインが取ったのは、融和策だ。

 封鎖機構、解放戦線、ベイラム、そして傭兵部隊ハウンズ。

 彼という武力によって保証される、この4者が納得の上で共存できる未来を目指している。

 

 それ自体は、傭兵部隊ハウンズからすれば、この上ない益になるだろう。

 

 誰より速くコーラルを確保して企業に情報ごと売り払い、莫大な利益を得る……彼女たちに語っていたその未来は失せてしまっただろうが。

 実質的に封鎖機構を手中に収めた今では、封鎖機構のお抱え傭兵団になることも、ルビコンの秩序維持組織になることも、そして再手術して戦場から離れることも、如何様にでもなる。

 

 彼女たちに語り聞かせていた表向きの名目である、再手術による人生の買い戻しは、もはや夢でもなんでもなく、望めば即座に実現できるレベルの未来となっている。

 ……無論、それらはあくまで、彼女たちが望めば、という前提ではあるのだが。

 

 

 

 だが……。

 それが成し遂げられた未来の新秩序は、オーバーシアーの望むところではない。

 

 ナインの指揮下に入った封鎖機構によるコーラルの管理は、武力の面でも情報の面でも、これまでとは比べ物にならない程厳重になるだろう。

 それこそ、少数精鋭のオーバーシアーでは、手出しができなくなってしまう程に。

 

 そうなる前に、全てを決着させる他ない。

 

 全陣営が弛緩している今こそが、彼らがその本懐を果たせる可能性の最も高い瞬間であり。

 新たな秩序が築かれる前の準備期間だけが、彼らがそれを為し得る唯一の瞬間でもあった。

 

 故に。

 

 

 

「既に、メッセージは残している。

 617と621のことは、あいつら自身の選択と、ナインに任せる。

 

 ……俺はこれより、ハンドラーを離れ、オーバーシアーとなして為すべきことを為す。

 

 これが、この局面における最適解だ」

 

 

 

 617や621たちは、既に自我を確立させた。

 元よりしっかりと自らの目的を持っているようだった621は勿論、617もナインの導きで自分の戦う理由を掴みかけているようだった。

 

 であれば……もはや、彼女たちを無理に巻き込む必要はない。

 

 無論、彼女たちが自分の意志で最後まで寄り添ってくれるのならば、それもまた良いだろうが……。

 彼女たちの人生は、彼女たちで選ぶべきだろうと、ウォルターはそう思う。

 

 かつては不安に思っていた、自分がいなくなった後の彼女たちの保護者も、今はナインに任せられる。

 彼ならば、焼け焦げるルビコン星系から彼女たちを逃がすことも容易だろうと、彼はそう判断していた。

 

 そして、集積地点が特定され、ウォッチポイント・アルファの情報を得た今、過度な戦力は必要ない。

 

 ……なにせ、彼らは帰り道のことも考えなくていいのだから。

 

 もう、ハウンズに無理を強いる必要はないのだ。

 

 

 

 故に、ハンドラー・ウォルターは……。

 

 いいや、オーバーシアーのウォルターは、椅子から立ち上がった。

 

 

 

「時間がない。早急にザイレムを抑え、コーラルを焼く」

『……ああ、そうだね。行こうか』

 

 その底に温かさを残しつつも、冷たく凍える冷酷さも併せ持つ、ウォルターの声。

 それにカーラもまた、同意を投げ返して……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『────まさか、この会話を俺が聞いてない、なんて思ってるわけじゃないよな?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一人の、カーラのものでない声が、秘匿回線の上に乗った。

 

 合成音声による、どちらかと言えば男性に寄った声音。

 それはウォルターたちからすれば聞き慣れた、しかし今は聞きたくなかった……そして、聞こえるだろうと予測もしていたものだ。

 

「……ナイン」

 

 ハウンズのオペレーターであり、不可思議な程のハッキング能力を持ち……。

 そして何より、617と621を庇護する者。

 

 彼が、この会話を聞き逃すはずがなかった。

 

 

 

 そして、カーラは当然、これを予期していた。

 

『ああ、あんたは聞いてるだろうね。

 なにせオーバーシアーの秘匿回線を暴いたんだ。これに気付かないわけもない』

 

 思わず口をつぐんだウォルターの代わりに、カーラは疑問を投げかける。

 

『だが、知ってどうする? 私たちを止めるか?』

『…………』

『あんたのことだ、コーラルの危険性は理解してるだろうね。

 もはや臨界点まで、そう猶予もない。あんたの作る冗長な秩序がコーラルの問題を解決するよりも早く、この星系の外にまで汚染は広がるだろうよ。

 それとも、広域の銀河系が汚染され尽くして、全員不幸になることをお望みかい?』

 

 挑発的な言葉回しで、彼の欠陥を煽る。

 

 それで少しでも感情的になってくれれば儲けものだ。

 

 ここから先は、ナインと敵対することを避けられない。

 故に、少しでも相手の平静を崩そうと、カーラは相手を揺さぶろうとして……。

 

 

 

 

『ハウンズから、伝言がある』

 

 それを全て無視して、ナインは言葉を紡いだ。

 

 ナインでも、ハスラー・ワンでもなく……。

 

 彼女たちから伝えられた意志(メッセージ)を。

 

 

 

 

 

 

『勝負です、ウォルター。

 あなたたちの理想と、私たちの答え。

 どちらが正しいか、戦場で決めましょう』

 

『……以上だ』

 

 

 







 対オーバーシアー編、始まります。
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