そして世に(銀髪薄幸美少女傭兵との)純愛のあらんことを   作:アリマリア

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この戦いが終わったら、俺たちは……

 

 

 

 ルビコン3と宇宙空間を分かつ境界線、カーマンライン。

 そこから少し下の空域を、一隻の巨大な船が航行していた。

 

 恒星間入植船、ザイレム。

 

 かつてルビコン星系への開拓が始まった当時、このルビコン3へと版図を広げるべく多くの人を運んだ船であり……。

 その本懐を果たして以降、海上に浮かぶ拠点へとその姿を変え、物資の運輸や燃料補給を助ける中継地点として運用され。

 それすらも忘れ去られた後は、アーレア海上に浮かぶ一つの廃墟として放置されていたそれ。

 

 その本来の役割と機能を把握していた者は、極僅か。

 ルビコン3を長きにわたって調査して知悉し、ここにも封鎖を敷いていた封鎖機構。

 前世より引き継いだ知識と共に、目にも見えない微細コーラルによる触覚によって事実を掴んでいたナイン。

 そして……調査技研時代に得た知識の一環としてそれを知る、オーバーシアーの2人。

 

 であれば、現在この船を動かしているのも、その三者の内の誰かであり。

 他の二者にそれを行う理由がない以上、それが誰なのかは火を見るより明らかだった。

 

 

 

「……ウォルター。そろそろ15時だ、奴らが来る時間だよ」

 

 冷たく、しかし同時、どこか気づかわし気な声が管制室に響く。

 オーバーシアーの一人たるシンダー・カーラは、航路付近の索敵を行いながらも、相方であるウォルターに言葉を投げかけた。

 

「作戦通り、最高速度でウォッチポイント・アルファへ航行し、作戦区域を突っ切る。

 道中に立ち塞がる者は何であろうと撃墜する。……奴らであっても、だ」

「ああ」

「もしも船に取り付かれた場合、あっちはあたしたちを探すだろう。

 あの2人に連携なんてされちゃ、たまったもんじゃない。徹底的に分断して、各個撃破する。

 それで構わないね」

「既に了承したはずだ」

「まあ……それはそうだがね」

 

 腕を組むウォルターの後ろ姿に、カーラは緩く唇を結んだ。

 

 なにせ、彼にとっては愛娘に等しい子供たちと争うのだ。

 ウォルターからすれば、これは到底好意的に受け止められる展開ではないだろう。

 カーラはそう思っていたが……。

 

 

 

「あいつらは選択を下した。今や、俺たちにとっての最大の脅威だ。

 脅威が立ち塞がるのならば、排除する他に道はあるまい」

 

 そのウォルターの言葉には、存外負の感情は含まれていなかった。

 おや、とカーラは片眉を上げ、彼の隣へと歩み寄る。

 

「脅威、と言う割には……なんだい、穏やかな顔をしてるじゃないか。

 あんたがそんな顔を見せるのは久しぶりだね」

 

 

 

 言えば、ウォルターは言われて初めて気づいたというように、自分の頬に手を触れ。

 再び鉄面皮を被り直して、静かにまぶたを閉じた。

 

「……あいつらも、ナインの下で、自分の意志で選べるようになった。

 もはや俺の庇護などなくとも、自らの人生を思うままに歩めるだろう」

「あんた……」

 

 カーラはウォルターの瞳の底にある感情に気付き、眉を寄せたが……。

 ウォルターは緩く首を横に振った。 

 

「無論、負けるつもりはない。俺とて死力を尽くす。

 だが……」

 

 ゆっくりとまぶたを開くウォルター。

 その表情に常に張り付いていた曇りは、消えていた。

 

 

 

「だが、もし今、俺が死んだとて……損なわれるものはない」

 

 

 

 自分亡き後に617と621がどうなるかと、その危惧が胸を突いて離れなかった彼は……。

 「自分たちを止める」という目的を、ナインではなくハウンズが下したことによって、迷いの霧の中から抜け出した。

 

 ウォルターの言葉だけを聞き、ウォルターの判断だけを受け入れ、ウォルターのことだけを信じているのなら……。

 彼がいなくなった後、2人はまともに生きていくことができないだろう。

 それを厭っていたからこそ、彼は不器用ながらも2人に世界を教え、考えることを学ばせようとしたし。

 ナインのもたらす彼女たちへの教導も、快く受け入れていた。

 

 その結果、ハウンズたちは……ただ「ウォルターの言葉なら正しい」と受け入れるのではなく。

 「それでも受け入れられないものがある」と、ウォルターに反旗を翻したのだ。

 

 少しばかり遅くなった反抗期を、彼女たちの確かな自我の芽生えを、ウォルターは心より喜び。

 彼女たちを守るナインという保護者の存在も併せて、確信した。

 

 自分がいようがいまいが、617も621も、必ずや彼女たちの人生を取り戻すだろう、と。

 

 

 

 だからこそ。

 

「俺が勝っても負けても、あいつらがこの先、あいつら自身の人生を送れるのであれば。

 もはや、躊躇いはない。

 俺は俺として、オーバーシアーのウォルターとして、戦うだけだ」

 

 もはや、恐れることはない。

 彼はもはや独り立ちした独立傭兵たちに、オーバーシアーとして立ち向かうことを決めたのだ。

 

 

 

 ウォルターの中にあるのが躊躇ではなく、決意であると見て取り。

 

「……そうかい。

 良いね、死地に赴くに十分な、笑える理由だ」

 

 カーラは、いつものような勝気なものではなく、穏やかな微笑みを浮かべた。

 

 あの日から笑顔を忘れてしまった友人が、本当に久々に、安堵の笑みを浮かべているのだ。

 旧い友として、それが嬉しくないわけもなかった。

 

 

 

『……ボス。航路前方より、敵性反応が2つ接近している』

「早速かい、せっかちな子たちだ。

 ああ、いいだろう。……私たちらしく、盛大なパーティで以て迎えてやろうじゃないか!」

 

 

 

 * * *

 

 

 

【レイヴン、リンクス。作戦領域に入りました。

 これより、敵からの攻撃が予測されます。ご注意ください】

 

 アサルトブーストを噴かし上空を飛ぶ、二機のAC……「Loader 4」と「フォーアンサー」。

 そのパイロットたるレイヴンとリンクスの脳内に、赤い声が響いた。

 

『了解。緩やかな回避機動へと移行します』

『いや、思いっきりクイックブーストふかしていいよ。カーマンラインではEN消費がほとんどなくなるから、使いまくらないと損』

『……そうでした。積極的に回避していきます』

 

 カーマンライン上では微細コーラルによるエネルギー供給を受け、実質的にACのEN量が無尽蔵になる。

 だからこそ、クイックブーストもアサルトブーストも無尽蔵に噴かせるし、現に今も巡航速度ではなく強襲速度でアサルトブーストを思い切り噴かしていた。

 

 だが、617はそのことを忘れ、EN消耗を極力抑えようとしていたのだ。

 自分のミスに、彼女は色白の肌を紅潮させてしまった。

 

 

 

 普段はあまり頭を回すタイプではない621を、頭脳面でリードしがちな617。

 彼女が珍しく、作戦区域の特徴という重大事項を忘れてしまっていたのは……。

 やはり、今回のミッションの特殊性が故だろう。

 

 

 

 これまでは一貫して、ウォルターの猟犬たるハウンズとして戦い続けてきた彼女たちは、今日、彼を裏切ることを決めた。

 

 

 

 ウォルターの望みは、コーラルの焼却。

 その為に、彼は自身の命を捧げる気でいる。

 

 彼女たちはもう、ただ思考停止でウォルターに従うだけの猟犬ではない。

 自分で考え、より良い未来を選び取ろうと戦う、独立傭兵なのだ。

 

 故に……621も617も、それぞれの理由で、ウォルターの死を拒み。

 そのために、オーバーシアーの計画の阻止を決心した。

 

 621は過去の周回の中で、それを為したこともあったが……。

 生まれて初めて親代わりへの反逆を行う617からすれば心を揺らされるに十分なことなのだろう。

 

 

 

『リンクス……大丈夫? もし心が痛いなら、私が……』

『いえ、大丈夫です。私もこの道を選んだのですから、役目は果たします。

 ……むしろレイヴンこそ、大丈夫ですか。ウォルターたちと……ナインがいるからと言って』

『心配してくれてありがと。でも、私は大丈夫。前とは、違うから』

 

 レイヴンの凛とした声に、嘘はなかった。

 

 なにせ、617とは違って、621にとってそれは既知のものだった。

 

 彼女はかつて、主と矛を交えたことがあるのだ。

 それも……考え得る限り最悪の形で。

 

 

 

 あの日。

 

 ルビコンの地表へと墜落しようとするザイレム。

 その上で、621の前に、彼は降り立った。

 

 アーキバスに捕縛され、ファクトリーで「加工」されたと思しきウォルター。

 もはや意識すらもまともに保てず、半ば白昼夢の中で戦い続けていた彼を前に、621は最後まで引き金をしぼることを躊躇い続け、最後まで彼を救う手段を探して……。

 

 けれど、ウォルターの攻撃は熾烈で、状況は最悪で。

 

【……ッ、やらなければ、あなたがやられる……応戦を、レイヴン!】

『でも、エア!!』

【ルビコンの大気圏に突入します! もう、時間が……!!】

 

 ……結局。

 621は……いいや、レイヴンは、その手を下した。

 

 どうしようもない現実を前に、主であった人を、泣きながら撃ったのだ。

 

 

 

 ザイレムは墜落中で、ほんの10秒遅れただけで、自分もウォルターも死ぬ。

 

 既に脳を弄られたウォルターを救い出せる術はなく、彼に託された意志を裏切った自分がその道を選んでいいとも思えなかった。

 

 状況はどうしようもなく詰んでいると理解できていたはずなのに、ウォルターとの温かな思い出が、それを受け入れることを拒み続けて。

 

 必死に彼女の生を望んでくれたエアの声がなければ……。

 彼女はきっとそのまま、ウォルターと共に塵と消えていただろ。

 

 

 

 ……だが、その反面。

 

 今、この現在はどうか。

 

 あの絶望と焦燥に塗れていた瞬間と今では、状況が全く違う。

 

 あの1分足らずの戦闘と違って、1時間以上に及ぶ非常に長い作戦時間があり。

 ウォルターは健康体のままで、アーキバスは既に星系外に叩き出した。

 それに……ナインがいる。きっと彼は今回、むざむざウォルターが死ぬことを受け入れない。

 

 故に今の621には、焦りも躊躇いもなかった。

 

 奇しくもウォルターと同じように、このミッションに前向きに臨んでいたのだ。

 

 

 

 ……そして、その時。

 

【ザイレム艦首転回! 来ます!】

 

 恒星間入植艦ザイレムは、急速に接近しつつある彼女たちに、その主砲とミサイル射出口を向け。

 直後に、眩しい閃光と噴煙が立ち込め……彼女たちに向けて、無数の暴力が降り注ぎ始めた。

 

 凄まじい殺意でもあり、同時彼らの決意でもあるそれを前に。

 けれど彼女たちは、真正面から立ち向かう。

 

『突破するよ。おくれないでね、リンクス!』

『はい!』

 

 

 

 こうして、オーバーシアーとハウンズの……ルビコン3の趨勢を決める最後の戦いは、誰に知られることもない上空で幕を開けた。

 

 

 

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