そして世に(銀髪薄幸美少女傭兵との)純愛のあらんことを 作:アリマリア
選ぶ奴とだけ、敵にも味方にもなれる。
ザイレムは恒星間入植船というだけあって、非常に広大な構造をしていた。
この半世紀ただの洋上都市だと誤解されていただけあって、その全長は優に10kmを越える。
当然この船には、敵性存在との交戦に備え、多くの武装が施されている。
数えきれない程の対艦ミサイル、優に音速を越えて敵を貫くレールガン、内部に格納された多数のドローンに、その存在を秘匿するステルス迷彩を持ったC兵器、そして何より超高濃度に圧縮したエネルギー砲を撃ち出す主砲。
それらは迫り来る敵を、あるいは侵入してきた敵を容赦なく撃ち落とす、恐るべき武装群だ。
生半可な艦隊程度であれば、接近すらさせずに撃ち落とし得る、強大な火力を持つものだが……。
『はは! あいかわらず、ここは楽しい!』
『……ENの消費を考えなくてもいいというのは、不思議な心地ですね』
今、ザイレムに向かって飛ぶ2機のACに、そんなものは通用しなかった。
桜吹雪のように舞い散るミサイル、その中を一閃突き抜けるレールガン。
しかしその暴威の中で、彼女たちは時に惜しみなくクイックブーストを噴かし、時に進行方向を大きく捻じって軸をズラし、時に敢えてブーストを切って高度を落とし、ひらりひらりと躱していく。
勿論、降り注ぐ弾幕の量は数多い。
時にそれらに掠ってしまい、APを減らすことはあったが……。
しかし、直撃することは一度もなく。
まるで細い網目に糸を通していくかの如く、彼女たちはそれぞれ弾幕の嵐を掻い潜った。
ハッキリ言えば、彼女たちにとって、この程度の弾幕は手慣れたものだった。
なにせ、ナインブレイカーにおける課目の一つに、アサルトブーストによる敵への強襲があるのだ。
交戦中に彼我の行動が噛み合って、意図せず距離を開けられてしまったり、開けた場所でこちらから襲撃をしかけようとする際。
近・中距離戦を主体とする2人は、即座にこれを詰め切らなければならない。
その点で最も適した手法は、無論アサルトブーストだが……。
一息で詰められる距離ならばまだしも、そこそこ離れていたり、引き撃ちを得意とする敵からすれば、速度が乗っているが故に機動を変え辛いアサルトブースト中のACは格好の的と言っていい。
故にこそ、最低限の動き、最低限のEN消費で、足を止めることなく距離を詰め続けることは、独立傭兵に必須のテクニック。
ナインがそれを教習課程に盛り込むことも、自然なことと言えただろうし……。
元より安定した実力を持っていた621、爆発的な成長を見せている617が、それで
となれば、この弾幕の嵐の中を軽傷のままに突っ切ることさえ、不可能な芸当とは言えなかっただろう。
そんな凄まじいアクロバット飛行を決めながらも、彼女たちはどこか弾んだ声で会話を交わす。
『これが終わったら、ウォルターを怒らなきゃ。
命は大事にしなきゃいけないっておしえてくれたのは、ウォルターなんだから!』
『同意します。並びに、カーラにも叱責が必要なものと思われます。
自分の命を賭して何かを為すなど、全く笑えません。ポリシーに反しています』
617の緊張を解そうとしてか、621は「終わった後」の話を持ちかけ。
617もそれに応え、少しふざけた、憤りに近い声を上げた。
『私たちを勝手にすくい上げて、一人だけ先に死ぬなんて、そんなのだめだよね』
『パッチも言っていました、借りは返すものだと。
ウォルターが死にそうになっているのなら、私たちはあの日の恩を返すべきでしょう』
『あと、私たちを信じずに、ぜんぜん相談してくれなかったの、むかつく』
『巻き込みたくはなかったのでしょうが……私たちは、ウォルターと同じものを抱えたかった』
『結局、こわくて言えなかっただけでしょ。
イグアスが言ってた、こういうのを「ちきんやろう」って言うんだって』
『ウォルターは過保護で臆病なところがあります。嬉しいとは思いますが、こういう時には厄介ですね』
口々に、楽しげに、親代わりへの不満を募らせ……。
『でも、私たちの
『
そう、言葉を結んだ。
自然と、彼女たちの口端が吊り上がった。
ウォルターを害する戦いだと思うから、辛くなるのだ。
これは、勝手に死にたがる彼を止める戦いだと……そう思ってしまえば、むしろ心が奮い立つ。
C4-617は、ようやく出来る、彼への小さな恩返しに。
C4-621は、ようやく手に入れた、彼の生存の未来に。
それぞれが望む未来に向け、凄まじい集中力を伴って操縦桿を握り込んだ。
そうして、しばらく進んだところで、エアが警告の声を上げた。
【……そろそろ、あちらのレンジです。
ここから先、主砲とレールガン、ミサイルの命中精度は跳ね上がるでしょう。
予定通り、ここからは分散を。レイヴンは左舷ブロック、リンクスは右舷ブロックに回ってください】
『うん!』
『了解しました』
オペレーターの声に、ハウンズはそれぞれ左右へと分かれ、攻撃を分散させる。
……そんな彼女たちに、エアは、静かに語りかけた。
【私は、ウォルターやカーラとは言葉も交わしたことはありませんし、彼らの望みに思うところがないと言えば、嘘になりますが……。
それでも、彼らが善良な人間である、ということはよく分かります。
あなたたちの恩人を、良き人類を、喪いたくはない。
……レイヴン、リンクス。どうか、ご武運を】
* * *
右舷ブロックに降り立った、617の乗機「フォーアンサー」。
ザイレムに取り付いたことで、側面に備えられた主砲やレールガンには襲われなくなったが……。
攻撃は休まることなく、むしろ増すばかり。
果たしてそれは、多くの自立駆動兵器によるものだった。
【これは、封鎖兵器……ナインが貸与した兵力でしょう。
封鎖機構は元より、ザイレム封鎖のため、多数の戦力を配備していました。
それを流用したもの……いえ、それに加えて、多数の追加戦力が用意されているようです】
自由自在に空を飛び、プラズマキャノンを撃ち下す「IA-24: KITE」。
ステルス迷彩によって、どこからかレーザーガンを射出する「IA-27: GHOST」。
それに加え、オーバーシアーが用意したのだろう多数のMT部隊に、多数のミサイルを備え抜群の火力を誇る「MB-0202 TOYBOX」。
多数の敵機の包囲攻撃を前に、さしもの「フォーアンサー」も、完全に攻撃を躱し切ることができず。
いくら破壊しても無尽蔵とすら思える程補充されていく敵を前に、617は眉をひそめる。
『……開けた場所での戦闘は、不利ですね。屋内への潜入ルートがあれば……』
【もう少し……ハッキング成功。リンクス、隔壁を開けます、内部に入ってください!】
『ありがとうございます、エア!』
アサルトブーストによって鈍重な敵の追跡を振り切り、彼女はエアがこじ開けた隔壁の中へと突っ込む。
直後、「フォーアンサー」の背後で、隔壁が勢いよく閉じられた。
ちらりと背後を振り返りながらも、彼女は機体を前へと走らせながら、独り言……ではなく、エアと会話を交わした。
『……想定より、ずっと敵の戦力が多いです』
【もしかしたら、右舷ブロックに敵機を集中させたのかもしれませんね。
リンクスであれば、あるいは強引に突破することもできたかもしれませんが……無為に消耗を重ねる必要はないでしょう。
これで、多少は楽になるでしょうか】
『はい、ありがとうございます、エア。助かりました。
でも、驚きました。エアはあまり、積極的にハッキングをしたりする印象がありませんでしたから』
【今日のようにナインが席を外した時のことを考えても、いつまでも彼に頼り切りではいられませんから。
私も少しずつ、そういったことを学んでいるのです。
お役に立てて何よりです、リンクス】
先程は、開けた場所で全方位から攻撃されていたが故にこそ苦戦していたが……。
こうして密閉空間に入ってしまえば、クロスファイアは避けられる。
ひとまず安堵の息を吐きながらも、両腕のバーストマシンガンとマルチロックしたプラズマミサイルで、道中の封鎖兵器を片付けていき。
彼女はその道を突き進んだ。
ACと同期した617の網膜上に表示されるマップ上には、マーカーが表示されている。
作戦前に、ナインから共有された情報。
それは、AC「フルコース」「サーカス」、そして「チャードリメインズ」の位置座標だった。
左舷ブロック天蓋部に、ウォルター乗機「チャードリメインズ」。
そして、右舷ブロック内部に、カーラ乗機「フルコース」と、チャティ乗機「サーカス」。
殆ど自動的に、左舷に向かった621はウォルターに、617はカーラとチャティに対処することとなった。
……それが、相手の誘導だと分かっても。
【綺麗に分断されていますね……。
やはり、レイヴンの方には、ここまでの戦力は差し向けられてはいないようです。
私たちは今、カーラたちによって、屋内へと誘導されている】
エアは苦し気に声を上げる。
現代機動戦において、対多数の戦闘は圧倒的に不利。
無論、617はもはや殻を破り空へ羽ばたいたイレギュラーだ。
そんな常識をひっくり返すことは容易だが……。
それは、被弾数をゼロにできるということまでは意味しない。
永遠に戦い続ければ、残弾も切れるしリペアキットも尽きてしまうだろう。
仮に尽きなかったとしても……そこからカーラとチャティに挟み撃ちにされれば、勝率は大幅に下がる。
そんな状態を避けるためには、閉所へと逃げ込むのが最善手。
……あの戦場は、そう思わせるように誘導されていた。
退路が断たれた今、もはや621の向かった左舷ブロックに向かい、2対1でウォルターを挟み撃ちにする、という選択肢は取れなくなる。
決して数的不利を取らず、むしろ自分たちの数的有利を押し付ける。
そのように戦況を整えるため、オーバーシアーは戦力を配置していた。
攻め入っているハウンズの側が、手玉に取られている。
オペレーターを務めるエアとしては、忸怩たる思いだったのかもしれないが……。
『あちらに情報のアドバンテージを握られている以上、仕方がありません』
617は、軽く肩をすくめて応えた。
『元より、おにいさまの導きもない中、ウォルターたちに策で勝てるとは思っていませんでした。
私たちはハウンズ。頭ではなく、脚と牙で以て敵を排除する戦力です。
621ではありませんが……頭で考えるよりも、今は力で事を為すべきでしょう』
【そ、そんな……リンクスにまで、レイヴンの影響が……!?】
「流石に失礼だよ」と突っ込むべき621もここにおらず、いつもなら「まあまあ」と取りなすだろうナインもここにいない今、2人の言葉を妨げる者はどこにもいなかった。
『それに、これは奇襲ではありません。
おにいさまを介して、襲撃の予告は為されている。であれば相手も備えるのは当然。
そういった条件においては、攻める側より守る側が有利になるのは、戦略上当然のことでしょう』
【おお……リンクス、そういった事情に詳しくなりましたね】
『おにいさまとウォルターにいくつか本も買ってもらったので』
【レイヴンやナインに追いつくためにと読んでいたアレですか】
『はい。おかげで戦いについての知見が深まりました。まだまだ、勉強中ではありますが』
617はエアと雑談を交わしながらも、道中の敵を排除していく。
アサルトブーストで急速に進みながら、軽量MTには遠方からミサイルを浴びせ、重量MTはマシンガンを放ちながらアサルトブーストの勢いを乗せた蹴りを浴びせた後、怯んだ隙にパイルをぶち込む。
それらはもはや流れ作業に他ならず、故にこそ彼女はエアとの会話にも思考のリソースを割くことができた。
ルビコンにおける621に続く最強、V.Ⅰフロイトすら何の支障もなく撃破せしめた617。
621と戦っても、互角とまでは言えないものの、十分に善戦、そして時には勝利できることからしてもわかる通り……。
もはや彼女は、イレギュラーとして成熟したと言っていい領域に至っている。
並大抵の軍勢では、もはや彼女のACの進みを止めることなどできない。
意識などろくに向けられることすらなく、ただ一方的に攻め立てられて、破壊される他に道などない。
そんな状態でもなお上を見上げ、己の実力を向上させようと努力し続ける辺りが、617という少女の恐ろしさなのだが。
『私は戦法レベルの話しか知りませんでしたから、戦術・戦略クラスの話は新鮮で興味深いです。
今回のミッションでしっかりと結果を残し、おにいさまに続巻の購入をお願いするつもりです』
……あるいはそれは、もっと単純に、ふんすと鼻を鳴らす617の、強い知的好奇心の表れだったかもしれないが。
* * *
そうして進むこと、間もなく。
リペアキットを1つ使った辺りで……彼女は、目標地点へ到達した。
暗闇に包まれた円柱状の部屋、その最下層から侵入した「フォーアンサー」に対して。
上段から、声が投げかけられる。
『待ってたよ、ストレンジャー』
『こうなってしまったことは残念でもあるが……同時、少し愉快でもあるんだ』
『あんたたちは自分で決断を下し、自分の道を選んだ。それ自体はとても良いことだ。
初めて会った時には、何も選べずナインに頼っていたあんたが、そこまで成長するとはね』
『……けど、その道を選んだ以上、あんたたちは私たちの敵だ』
瞬間、パッと灯る明かり。
その、決して広いとは言えない円柱状の部屋には……。
AC「フルコース」、「サーカス」に加え、「TOYBOX」6機が。
その数えきれない程のミサイルの弾頭を「フォーアンサー」に向けて来ていた。
『さぁ……文字通りのフルコースだ!
最後の大花火、楽しんでもらおうか!!』
EN無限なんだしこれくらいはね?