そして世に(銀髪薄幸美少女傭兵との)純愛のあらんことを 作:アリマリア
617が、カーラやチャティから、盛大なおもてなしを受け始めたタイミングで。
ザイレム左舷では、621もまた万難を排し、目的地へと辿り着いていた。
彼女がこれまで通って来た道には、数多のドローンや軽MT、そしてLCの残骸が転がり、ここに至るまでの道の熾烈さを表している。
それらのただ一つにさえ意識を惹かれず、ただ一方的に蹂躙してきた621は……。
しかしここに来て、ACのブースターを停止させた。
左舷ブロック、天蓋部。ザイレムの推進力の中心たる、巨大なラムジェットエンジン。
その上から、一機のACが、「Loader 4」を見下ろしている。
『621……こちらに来たのは、お前だったか』
ACがその場から跳び、「Loader 4」と同じ天蓋部へ降り立つ。
そうして距離が縮むことで、621はようやく、敵機の細かい形状を捉えることができた。
そして、彼女はそれを、既に知っていた。
コーラルを使ったC兵器のラストナンバーであり、異例の有人機。
全ての武装が、通常の装甲による防御が通用し辛い、コーラルによるものであり。
高い追尾力と破壊力を併せ持つミサイルや、広大な範囲を薙ぎ払えるライフルと発振器により、対多数の戦闘において非常に優位になる、重量機用アセンブル。
シリアルナンバー、「IB-C03:HAL 826」。
……改め。
ウォルターが使うその乗機の名を、「チャードリメインズ」。
その機体から通信を介し、男の声が届いた。
『俺は……621、お前を消さなければならない』
「…………」
その言葉に、僅かに621の眉尻が下がる。
かつて、その言葉を聞いたことがあった。
企業の手によって狂わされたウォルターが、621の前に立ち塞がった時の言葉だ。
遥か彼方、消えてしまったイフの未来を思い出し、一瞬だけ彼女の胸に冷たい思いが通り抜けた。
……だが。
その時と今は、何もかもが違う。
彼方に見えるのは宇宙の星々ではなく、コーラルに灼けたルビコンの空で。
ウォルターの駆る機体には、「チャードリメインズ」という名が付いて。
敵機は僅かにもその身を揺らすことなく、「Loader 4」を見据えてきている。
そして、何よりも。
『だから……お前も、全力で来い』
彼女の飼い主は、企業の尖兵でも、壊された狂人でもなく……。
一人の戦士として、目の前に立っていること。
それは、これまでにたったの一度さえ、621が為せなかったことだ。
ウォルターはいつも、621には手の出せないところで、終わりを迎えていた。
時に企業の手で壊され、時にルビコンの大気圏の中へと消え、時にオールマインドによって排除され。
結局621は、その終わりを目にすることすらも叶わなかった。
だが……今。
ウォルターは、確かな正気を保って、621の前に立っている。
たとえこの瞬間に敵対していようと……。
互いの心は、今もなお繋がっていると、621には理解できた。
「……うん。行くよ、ウォルター」
その上で、621は、全力で立ち向かうと決めた。
だって、ウォルターは、それを望んでくれているし。
……621も、「流石に1発くらいは、強めに張り倒しても許されるんじゃないかな」と思えて来たのだから。
『さあ……仕事の時間だ、621』
「この……死にたがりのわからずや!!」
そうして、ようやく。
彼女の長く願った、親子喧嘩が始まった。
* * *
交戦開始から、3分。
コーラルの赤色に灼けた空の下。
「Loader 4」と「チャードリメインズ」は天蓋を駆け、それぞれの武装を互いに向け合っていた。
趨勢は……やはりと言うか、621有利。
彼女がペースを握ってことを進めている。
だが同時、「Loader 4」の機体にも、少なからぬ傷ができていることも事実。
擦り減ったAPと消費されたリペアキットが、覚悟を決めたウォルターとの戦いは決して簡単なものではないと示していた。
だが、それでもなお。
「……ふっ」
621の口端に浮かんだ微笑みは、絶えない。
なにせこれは、彼女がずっと望んできた瞬間なのだから。
「チャードリメインズ」の右肩から放たれたコーラルミサイルが、非常にゆっくりと、しかし高い誘導性を持って敵機に迫り。
しかし「Loader 4」は、十分にそれを引き付けた後に跳び、クイックブーストで一気に切り返すことで誘導を振り切った。
「む」
『ふっ……!』
しかし、クイックブーストを切らせるこそこそ、ウォルターの狙いだったのか。
続けて、「チャードリメインズ」はその右腕の発振器にコーラルをチャージ。
極大のコーラル奔流を横薙ぎに、ENを消耗した「Loader 4」を狙ったが……。
「さすがウォルター、いい狙い。
でも、それじゃあまだまだ!」
対する「Loader 4」はロックを外したアサルトブーストによって、滞空する「チャードリメインズ」の足元にまで滑り込み。
体勢上真下にまではその奔流を向けられない「チャードリメインズ」に対して、バズーカを見舞った。
「チャードリメインズ」は咄嗟に展開したコーラルシールドによって被害を軽減するが……。
それでも、完全に衝撃を逃がすことはできない。
『くっ』
「そんなに隙のある攻撃、よっぽど遠くにいるか、スタッガーしてないと、ただの的だよ」
『なるほどな……お前から、教えられることになるとは』
戦いの中、彼らは広域放送で幾度となく言葉を交わす。
いつもなら、621は相手の話を盗み聞くことはあっても、あまり言葉を投げ返さないのだが……。
今日に限って、彼女は多弁だった。
そして、話題は何も、戦闘だけに限らない。
「ウォルターは、そんなにコーラルを焼きたいの?」
『……それが、旧い友人たちの望みであり、俺の望みだ』
「そう言って、自分をごまかそうとしてない?
あなたはあの時も、私に友だちができたからって、銃口を下げてくれたのに」
『…………? 何を言っている? 俺はこれまで、お前に銃口を向けたことなど……』
「そうだね。もう、私とせんせい以外、誰もおぼえてない。
それでも、私は知ってるんだ。
企業につかまっておかしくなっても、私がザイレムを落としても、それでも……私の未来を想ってくれた、優しすぎるあなたのことを」
『…………』
互いにその武装を向け、容赦なく撃ち合いながらも。
優れた操作技術によって互いに軽傷に抑えながら、意思を交感する。
『お前は……621、お前は何を望んでいる』
真摯な問いかけに、621は即座に言葉を投げ返す。
「人とコーラルの共生……ちがうか。
ずっと私に寄り添ってくれた人と、一緒に戦い続けてくれた友だちと、新しくできたかわいい妹と、私を助けてくれたせんせいと。
みんなが共に生きられる世界がほしいんだ。今までの3つの答えじゃない、4つ目の答えが」
ウォルターは、その言葉の全てを理解はできなかったが……。
それでも、彼女が自分に向ける、強烈な正の感情だけは、正しく受け取った。
受け取った上で、唇を結んだ。
苦し気に。……自分には、それを受け取る資格がない、とでも言わんばかりに。
『…………お前たちは、生きればいい。
俺は、俺の意志で以て道を定めている。これ以上、緩やかに生きようとは思わない』
それは彼の背負った呪いであり、同時彼女たちに向けた祈りでもあった。
既に戻れないところに来てしまった自分のようにはなるなと、後進に語り掛ける言葉。
しかし、621はそれに、むしろ苛立ったように叫ぶ。
「知らない! ウォルターの意志とか、もうどうでもいい!
お互いがお互いのわがままを力で押し通す、今はそういう時間。
私はただ『生きてほしい』っていう、私たちの望みを叶える!!」
『…………』
その言葉に、ウォルターは改めて、痛感する。
もう621は、守るべき子供ではない。
確かな願いと目的を持ち、そのために戦う、一人の戦士なのだと。
それを寂しく、そしてそれ以上に嬉しく思い……。
彼もまた、裂帛の気合を込め、言葉を発した。
『いいだろう。俺も……旧い願いを押し通す!』
瞬間、ウォルターは、アサルトアーマーを解き放つ。
ACを中心にパルスの奔流を解き放つこれは、至近距離で直撃すれば、大きなダメージになる。
発動までに僅かながら時間がかかる以上、621はこれを躱すことができるだろう。
故に、本命は直撃させることではない。
これをけん制とすることで、執拗に張り付いていた「Loader 4」を無理やりに引き剥がそうとしたが……。
「AAは、後出し有利っ!!」
『くっ……』
次の瞬間、「Loader 4」までもアサルトアーマーを放とうとしたことで、彼の狙いは外れた。
「Loader 4」はパルスを充填し纏っていたことで、敵機のアサルトアーマーを中和し、ギリギリでスタッガーになることなく耐え。
対して「チャードリメインズ」はカウンターのように放たれたパルスの嵐に呑み込まれ、ただでさえ削られていたACS負荷を超過して、スタッガーに陥った。
「IB-C03:HAL 826」こと「チャードリメインズ」は、中距離から遠距離戦を主体とするACだ。
発振器をブレードとして運用することで、近距離での応戦も不可能ではないが……。
高い誘導性を持つミサイルによって牽制して距離を離し、飛んでくる攻撃は全方面に展開するコーラルシールドによって遮断、ライフルと発振器によるレーザーで薙ぎ払うことをコンセプトにしている。
カーラの「フルコース」やチャティの「サーカス」も、それに近い。
大量のミサイルを積み込んだそれらは、ある程度の距離を保ちながら攻撃する、いわゆる引き撃ちに長けた機体だ。
相手のリーチで戦おうとすれば、相応以上に負担を強いられるだろう。
だから、621は大きくアセンブルを変えた。
617はこれが1周目ということもあって、購入したパーツは多くなかったが……。
621はこれで4周目、めぼしいパーツはショップで買い揃えている。
ナインの教導によって、アセンブルの多様性を見つめ直した彼女は、ただ己の慣れ親しんだ中距離戦だけに主眼を置くのではなく……。
あらゆる距離での戦いを習熟することを決めていた。
勿論、その中には……617の本分たる、近距離戦も含まれている。
ガコンと音を立て、左肩の武装が左腕に換装される。
バズーカの代わりに握られたのは、「Vvc-774LS」……彼女の戦友たるラスティの愛用する、レーザースライサー。
外した際の隙が非常に大きい代わりに、スタッガーした相手には強力無比な連撃を叩き込める近接武装。
「ウォルター!!」
短く叫び、621はそれを起動させ、「チャードリメインズ」へと迫った。
Vvc-774LS本体から、エネルギーを凝固させたブレードが展開。
回転機構によってそれを急速に回転させ、敵機へと押し付ける。
ギャリリリリリリッ!!
ACSが機能していない今、刃は「チャードリメインズ」の胴体に吸い込まれるように走り、直撃して。
残り少ないAPを、一瞬にして削り取って行く。
そうして……。
「生きてよ、私たちの隣でッッ!!」
621の咆哮と共に振り抜かれた最後の一閃が、「チャードリメインズ」のAPを削り取った。
* * *
「……お前の勝ちだ、621」
APを削り切られたACは、内部のエネルギー循環機構を維持できなくなり、誘爆・炎上する。
勿論そうなれば、内部のパイロットは、生き残ることなど到底できない。
故にこそ、ACには必ず、脱出用のポットが備え付けられている。
C兵器のラストナンバーたる「チャードリメインズ」でさえ、例には漏れない。
……だが。
ウォルターの手は、脱出装置の起動スイッチの上に手を乗せたところで、止まった。
もう、いいか、と。
そう思ってしまった。
これだけ有利な状況で負けたのだから、もはやウォルターに勝ち目はなかったのだろう。
だから……亡き友たちの遺した、祈りと呪縛にも、言い訳は立つ。
半世紀前から続く、血とコーラルによる、赤い呪い。
それに囚われてしまったウォルターにとって、生きている時間の大半は、苦痛でしかなかった。
これまではただ一つの目的を叶えるために、その苦痛を呑み込んで来たのだ。
だが……。
この敗北は、ある種、言い訳になる。
諦め、膝を突き……自分を終えることへの言い訳に。
そして、何より……。
こんな自分でも、彼女たちをここまで支えることができた。
聡く真面目な617も、強く真っ直ぐな621も、これからはきっと自分の道を歩めるだろう。
そう思えば……彼の苦痛にも、意味があったような気がしたのだ。
「これで終わるなら、悪くはない。
すまん、皆。オーバーシアーはここまでだ。ここからは、こいつらの時代が来るのだろう。
……そして、すまん、621。俺では……コーラルとの共存を見る、お前とは……」
一つ吐いた息は、失意か、疲労か、それとも安堵か、期待か。
爆炎で急速に熱され変形していくコックピットの中で。
彼は、微かに口端を吊り上げ、自身の最期を待ち……。
【まあ、そんなことは俺が許さないけど】
瞬間。
ぱっと、赤い光がウォルターの眼前に広がった。
「……何、だ……?」
耳をつんざく凄まじい爆音も、目を焼く眩い光も、その赤い光に遮られて……。
いいや、それどころか、吹き付ける爆風と肌も焦がすような熱まで、赤い光は遮断せしめる。
その赤色に、ウォルターは見覚えがあった。
いいや、見覚えがあるどころか……それは、彼の網膜に焼き付いた色だ。
かつて、穏やかだった彼の世界を壊したもの。
人が求め、争い、勝ち取らんとするもの。
そして、尽くを焼却し、この世界から消し去るべきだったもの。
それは、どう見ても……コーラルの潮流。
その表面で、赤色の光が揺らぎ、動き。
ウォルターの眼前に、文字列を形作った。
『死にたがりは良くないな。617と621の教育に悪い』
『あなたたちには、敗者として、彼女たちの意に従って生きてもらう』
『生きて、彼女たちと共に、4つ目の答えを見つけてもらう』
「…………お前、は」
『ああ、こうして挨拶するのは初めてだったな』
『俺は、コーラルの潮流の上に保存された意志。
Cパルス
『名を、ナインと名乗っている』
──この日。
ウォルターは、己の娘の如き存在たる617を救い、621と共に育てていた存在が何者なのかを、初めて知ることとなった。