TOV 黎明の残月 宵闇の盈月   作:桐錠

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 pixivでアップしているテイルズオブヴェスペリアの二次創作小説の2作品の統合版となっております。
 ゲーム開始の25年前から始まる、「記憶持ちの時間逆行」と「ゲーム知識持ちの転生者」を含む、4人(オリ主、デューク、レイヴン、ユーリ)視点で繰り広げられるifストーリーです。
 ゲーム本編、小説(主に奥田氏版)、劇場版の内容も含んでありますので、ネタバレ等ご注意ください。また本編等で本名やファミリーネーム、家族構成が明らかになっていないキャラクターの設定などを保管する形で、オリジナル設定多々含まれております。
 ヴェスペリアの世界のパラレルワールド的な扱いにして頂けると幸いです。



新しい未来

 

 スパイラルドラコはヴェスペリアと共に光の精霊へと転化した。

 事態終息への有用な情報提供に協力したミムラ・キュモールは、功労者の1人に挙げられ恩赦の対象となった。しかしミムラが希望したのは、弟であるアレクサンダーの減罪であった。協議のもと、死罪がほぼ確定していたアレクサンダーは終身刑に減罪となった。そしてミムラは責任を取ってアレクサンダーの収監先の地を赴任先として、就役することとなった。

 収監先はミョルゾである。

 とは言いつつも、ミョルゾは空から海上へと場所を移していた。ザウデがあった場所にミョルゾを下ろし、クローネスは何処かへ姿を消したからである。ミョルゾは帝国とギルドの共同管理下となり、アスピオの研究者や遺構の門(ルーインズゲート)が遺跡の調査を行うようになった。

 一方で、ザウデの地下に居た満月の子の生き残りは、ミョルゾに身を寄せていた。当然のことながら彼らはエアルを直接操ることができ、将来的に世界のエアルを乱す危険視があった。

 そこでソフィアは提案した。彼らに個々に光の小精霊をつけて、満月の子の力を制御させた上で、現状不足している治癒術師にしてはどうかと。

 ヴェスペリアであった光の精霊「アスカ」を介して小精霊の守護は問題ないが、人社会に関する教育が必要であった。そこで事情を知っているミムラに白羽の矢が立ったわけである。

 そしてアレクサンダーは、言わば治癒術師候補生の雑用係となった。彼の誇る血筋とやらも、言わば皇族の直系である満月の子らの足元に及ぶ訳もなく、彼の味方は誰もいない環境下。比較的早い段階で心が折れ、今では大人しく真面目に仕事に従事していると言う話であった。

 

「そろそろ時間だ」

 記録を記していたソフィアは、自身に話しかけてきた者へ視線を向ける。

 そこには、レイヴンとキャナリを連れたアレクセイが居た。

「まだ式典の時間まで間があると思いましたが…」

「折角だからと、キャナリがアンタを着飾らせたいんだと」

 そう言い式典用の騎士服を纏ったダミュロンの隣には、キャナリだけではなく、帝都の屋敷に居るはずの長年ソフィアに仕える侍女の姿もあった。

「着飾るって…私は裏方ですよ」

 ギルドユニオンとの盟約に従って、ソフィアは、凛々の明星(ブレイブ・ヴェスペリア)付きで、ギルドや帝国の各種調整の手助けに勤しんでいる。オーマの子育てもあるので、ソフィアにとっては丁度良い環境での仕事であったが、表には出ずに裏方に徹することが殆どであった。

「その仕事も、これから行われる騎士団とギルドの混成部隊の成立1年を祝う祭典で、一区切りなんでしょう? だったら、今日は貴女も精一杯楽しむこと!」

「でもキャナリ……」

「だいじょーぶ。この事は凛々の明星(ブレイブ・ヴェスペリア)も全員が賛成しているから」

 畳み掛けるようにそう言うダミュロンの声に押され、ソフィアは執務室から更衣室へと、半ば強引にキャナリに連れ出されてしまった。

 

 騎士団とギルドの混成部隊の成立1年を祝う祭典が、オルニオンで執り行われた。

 そこで混成部隊にはギルドユニオンだけでは無く、戦士の殿堂(パレストラーレ)も加わり、海精(セイレーン)の牙との共同で海軍を作る構想も発表され、ナッツやアイフリードも式典に参加する運びとなった。

 

「姿が見えぬと思ったが、ここに居たのか?」

 一時的に会場から離れ、オーマの面倒を見ていたソフィアに話しかけてきたのは、式典に合わせたのか、正装に近い服をデュークは纏っていた。

「お互い、このような姿で会うのは久し振りですね。式典だからですか?」

「それもあるが……少し相談をしたい事がある」

「いいですけど…改まってどうしましたか?」

 抱いていたオーマを侍女に預け、ソフィアは近くの椅子に座り、デュークを正面の椅子に座るように促す。

 デュークが話し始めたのは、皇帝のヨーデルからミョルゾ…と言うよりザウデの執政官を打診されていると言う話であった。

「しがらみとは無縁な生活を長く送ってきた。権力を持てばそれに酔いしれ手放せなくなる。権力を維持するためには財力が必要となり、それが腐敗の元となる。そうやって転落していった者を、私は多く見てきた」

「…受けるかどうか迷っているのですか?」

「権力が必要な目的が無ければ、権力で得られる快楽に呑まれ、一瞬で自身を見失うであろう。故に…私は権力を持つべき人物ではない。君とは違って」

「…執政官の座を私に譲りたいのですか?」

「表向きは私であっても、君が実権を握るのは可能であろう?」

 紅玉の輝きを持つ瞳が、ソフィアの柘榴石の瞳を見つめる。その視線を逸らす事なく、ソフィアは静かに口を開いた。

「貴方の生きる目的は何ですか?」

「生きる目的?」

「以前、『生きとし生ける者、心あるものの安寧』と聞きました。それはエルシフル…今はオリジンでしたか。彼の望みですよね? それと同じだから、私に協力してくれたのですか? そうだとしたら…全くの誤りです」

「……誤り?」

「私は生きとし生ける者が直面する苦難や困難を、取り除くために行動してきたのではありません。それらを乗り越える為の布石を置いたに過ぎません。安寧を齎すなど、この星で生きるたった一個体で、どうにかなるものではありませんから…」

 別の可能性の世界で、人間の裏切りでエルシフルを喪ったデュークが、エルシフルの願いを履き違えて暴走したのは、それが原因だとソフィアは考えていた。

「まあ、みんな死んでしまえば何も感じなくなりますから、ある意味安寧と言えます。でも、貴方が望むのはそうではないでしょう?」

 この世界のデュークは、そうは思ってはいない。ソフィアはそう確信していた。

 

「君は……相変わらず容赦がない…」

 深い溜息の後、デュークは呟くようにそう言った。

「だが……君が一番容赦がないのは、君自身に対してだ。だから私は……」

 意を決したように、デュークは懐から取り出してものを、テーブルの上に置く。

 それは婚約の証の懐中時計であった。

「君を幸せにしたい。それが私の望みだ」

「……………は⁈」

 予想外の言葉が出てきて、ソフィアは思わず呆けた声が出てしまった。

「ザウデなら…オーマや君が持つ前世の記憶について理解を持つ者が居る。安心して過ごせるのではないか?」

「……もしかして、ザウデが私の安住の地になると考えて、それで執政官の話を…」

 統治などと言う権力を振り翳さ無ければできない事など、デュークは最も嫌っているはずであった。それをやろうと決心したと言うのだ。ソフィアに安住の地を提供できると信じて。前振りでソフィアの助力が必要と匂わせ、引き込もうとした節があるのもタチが悪い。本当に伝えたい事は声に出していないが、ソフィアは理解する事ができた。

 

 共に生きないか?

 不器用なデュークのプロポーズであると…

 

「……ユウマンジュ」

「ん⁈」

「色々と終わったら…オーマを連れてユウマンジュへ旅行をしませんか? そこで、膝を交えて話しましょう。それまで、ザウデの執政官の話は保留です」

「ソフィア?」

「一人で考えて突っ走って、その結果多くの人を悲しませました。人の命が失われた事実を、私は忘れていません。貴方に同じ轍を踏ませたくない。だから…」

 そう言いソフィアは懐中時計を受け取る。

「ちゃんと話し合いましょう。共にどうやって生きていくのか」

 

 眠りについたオーマを侍女に後を任せて、ソフィアはデュークと共に外へ出た。

 祭典は祝宴と移り変わり、賑やかに音楽が奏でられる中で、中央の広場では楽しげに皆が騒いでいた。

 ユーリはフレンと、ゲアモンはクリントと腕相撲に興じている。それを鑑賞しているヒスームやティソンはヤジを飛ばし、ソムラスやソディアとウィチルは応援している。

 ユルギスとエルヴィンの飲み比べに巻き込まれ撃沈したルブランを、マリー・カウフマンが珍しくも甲斐甲斐しく介抱している。その様子を見つつ、ヨーデルはハリーやナッツと談笑していた。

 ヘルメスと踊り終えたジュディスの手をレイヴン(ダミュロン)が掴み、軽やかにクルリと回す。エステルは楽しそうにリタとステップを踏み、カロルは頬を赤らめつつも初々しくナンと踊る。

 アイフリードとサイファーが豪快に踊る隣で、ナイレンは妻子と共に輪になって回る。キャナリとイエガー(ステル)が艶やかに踊り、近くで2人の子供達と一緒にゴーシュとドロワットが手拍子をしていた。

 

「お前達は踊らないのか?」

 いつの間にか隣にいたアレクセイが、穏やかな笑みを向けつつソフィアに尋ねた。

「そうですね。2曲目はお相手をお願いしますね、兄様」

 次のパートナー役を取り付け、ソフィアはデュークと共にダンス会場と化した広場へ進んでいく。

 

 紅玉(ルビー)柘榴石(ガーネット)

 白金(プラチナ)白銀(シルバー)

 

 新たに加わったその色を、眩しそうに眺めるアレクセイ。

「いい眺めじゃねえか」

 そう言い歩み寄ってきたドンは、菓子袋をアレクセイに見せる。ダングレストで評判の店の刻印が印字されている手提げ袋から、アレクセイはマドレーヌを一つ取り、帝都で殿堂入りしている店のフィナンシェを一つ代わりに袋に入れた。

 

「悪くねえな」

「まあまあですね」

 

 ほぼ同時で、ほぼ同じ内容の感想を口にして、アレクセイとドンは互いを見合って、声を上げて笑った。

 

  §

 

 ザウデ不落宮跡地。

 海に浮かぶ街ミョルゾへの港として整備され、港に接岸した騎士団の船から、ダミュロンを連れたアレクセイが降り立った。

 ミョルゾは光の小精霊と契約を結ぶ、治癒術師を育成する街へと変わった。ザウデの地下に封印されていた満月の子の末裔達は、ここで一定の教育を受ける。その後、帝国やギルドへと派遣され、現地の医師達と協力して各地の医療水準の向上に貢献していた。

 このミョルゾを治める執政官には、公爵に返り咲いたデューク・バンタレイが就任していた。そして身元引受人となった凛々の明星(ブレイブ・ヴェスペリア)から派遣される形で、ソフィア・ディノイアが執政補佐官となっていた。

 

 教育施設や研究施設、治癒術師候補生の居住区が立ち並ぶ最奥、ミョルゾの長が過去に住んでいた家を貰い受けて改装と増築した執政官の屋敷の門を、アレクセイとダミュロンは潜り抜けた。その時…

「ん?」

 バサリと封筒が落ちてきた。

「あそこから落ちてきたみたいですね」

 ダミュロンが指差した先、屋敷の2階の窓が開いていることに気づく。それを一瞥したのち、アレクセイは封筒を拾う。その際、開いていた封から、中の入っていた書類が数枚地面に落ちた。

 それを拾って表面を見たアレクセイ表情はピキリと固まる。

「閣下?」

 様子のおかしいアレクセイを見て、ダミュロンも写真を覗き込もうとするが、弾かれたようにアレクセイは屋敷の中へと駆け込んでいった。

 

 間違える事なく封筒が落ちてきた部屋を的確に当て、そのままノックもせずにドアを開け放つアレクセイ。

 彼らしからぬ行為に驚きつつも、部屋にドアの前で突っ立ったままの様子のアレクセイを見て、何が起きているのかとダミュロンはアレクセイの前へと入り込む。

「こりゃ……また……」

 部屋に床に散らばっているのは、無数の写真であった。画像の質が良いことから、魔導器が使えた時に撮影されたものと推定される。

 何より被写体が……

「……騎士の写真? って言うか…10年くらい前の俺様や大将、デュークにステル(イエガー)の写真か…」

 床に散らばっているのは、騎士服や騎士鎧姿のアレクセイ、 ダミュロン、デューク、ステルの写真。しかもカメラ目線でないことから、明らかに自身らが気づいていない時に撮影されたものと気づき、その枚数の多さも含めて、 ダミュロンは思わず顔が引き攣った。

 写真に埋もれながらも大盛り上がりしているのは、ワンダー記者とこの部屋の主であるミムラであった。

 まだこちらの存在に気づいていない2人へ、アレクセイは大股へ歩み寄った。

「あ……アレクセイ閣下⁈」

 気づいたワンダー記者が慌てた様子を見せるが、ミムラは平常運転の応対をする。

「お久しぶりですぅ閣下。ああ、ワンダー記者は私が呼んだんです。オーマ君が騎士に興味があるって聞いて、写真集を作って贈ろうかと思いまして」

「オタクの趣味を兼ねてってことでしょうが。一番多いのはステルの写真だし…」

 次点で自身の写真が多いことにはスルーして、ダミュロンがため息混じりでそう言う。

「イエガー様…じゃなかったステル様の騎士鎧姿、素敵ですぅ……あ、シュヴァーン…じゃなかった、ダミュロン隊長首席の式典用のフル装備も最高に萌えますっ‼︎」

「そりゃまたどうも…」

「ワンダー記者がいる理由と、この部屋の惨状の理由は分かった。私が抗議したいことはコレだ!」

 頭が痛いと言わんばかりに額を手で押さえつる、アレクセイは拾った封筒を突き出した。

「あれぇ、これをどうされましたか?」 

 封筒を受け取りつつ、ミムラが尋ねる。

「……目の前に降ってきた」

「え……ああ、風でカーテンが舞って落ちちゃったみたい。ありがとうございますぅ」

「礼はともかく、中身の写真は何なのだ⁈」

「え? 私は見てないので、知らないのですが…」

 ミムラの言葉を聞き、逃げ出そうとしたワンダー記者に腕を、ダミュロンは素早く掴んだ。

「はいはい。ちゃあんと事情を話してね」

「いや……その……依頼を受けただけで…」

「私の私生活が映り込んでいるが、どうやって手に入れたのだ⁈」

「私生活って……オタクは大将のパパラッチ写真撮ったわけ?」

 アレクセイに続いてダミュロンにも追及されて、慌てた様子で首を左右に振る。

「とんでもない! 違いますっ‼︎ ただ現像を頼まれただけで…」

「誰に?」

「ソフィアさんです」

「「ソフィア⁈」」

「兄様、こちらに居ると聞いて……」

 タイミングよく部屋に入ってきたソフィアに、アレクセイとダミュロンの視線が刺さる。

「何か?」

「……コレは何だ?」

 アレクセイに突きつけられた封筒の中身を改めるソフィア。

「際どい写真が多いですね」

「言いたいことはそれだけか?」

「コレはどこで?」

「こっちが訊きたい! ワンダー記者がお前から現像を頼まれたと自供したぞっ‼︎」

「ああ。私の侍女への贈り物ですね。兄様の写真が欲しいって言われて、手持ちの画像データから選ばせて、そのままワンダー記者に渡したんですよ」

「何故その時に中身を改めなかった?」

「それは侍女に悪いと思いまして…」

「その配慮は私に対して無いのか⁈」

「まさかここまで素の姿の写真を欲しがるとは、想像していなかったので…あれ?」

 そう会話する兄妹の手元にあったはずの写真が、いつの間にか無い事に気づく。

 振り向くと背後にソフィア付きの侍女が居り、彼女の手元に例の封筒があった。

「待て!」

 アレクセイが制止する声を聞くや否や、脱兎の如く侍女は走り出し、アレクセイはその後を追って部屋を出て行った。

「それはそうと、あれって大将の寝室の写真よね。どうやって撮ったの?」

「昔、監視撮影装置の試運転で撮ったもの。消し忘れていたものが紛れていたみたい。悪いことをしたな」

「……それ以前に、大将のプライバシーも尊重してあげてちょうだい!」

「兄様に気づかれなければ上出来と思って…不備があっては困るから、それなりの回数実験するとなると、身近な方が良くってね。実際、役に立ってるでしょう?」

 ダミュロンの仕事の関係上、要所で取り付けられている監視撮影装置の存在は非常に役に立っているのは事実であった。その裏で知らないうちに犠牲になっていたアレクセイに、ダミュロンは心の中で合掌した。

「結局のところ隠し撮りなのは事実。その……申し訳ない」

「何が?」

「貴方は……騎士になりたいと思っていたから。私が原因で就いた今の仕事は、それとはかけ離れた任務。それが申し訳なく…」

「確かに別の世界の俺は騎士を目指していたな…だが、それも雛鳥の刷り込みに近かったんじゃ無いかな」

「ダミュロン?」

「自分らしく生きられないって諦めて、自暴自棄になっていた時に見出した道だっただけのこと。俺はただ…誰かの役に立ちたかっただけなんだと思う」

 その「誰か」と言うのは大切な仲間。

 別の世界では喪った仲間と、別の世界とこの世界で共通している仲間、そしてこの世界で得た新たな仲間と共に、未来へ進めることが、その一助になっていることが、ダミュロンにとって大きな歓びとなっていた。

「今の道を歩める切っ掛けを貰って、むしろ感謝している。強みを活かして、大事なものを守るために俺は戦える」

「奥様の受け売り?」

「わかる?」

「と言うより、貴方とジュディスちゃんで辿り着いた結論と言ったところかな?」

 ソフィアの言葉を肯定するように、ダミュロンは柔らかな笑みを浮かべた。

 

 自身を探すアレクセイの声を無視して、ソフィア付きの侍女は手に入れたばかりのお宝を堪能する。

 30年近くディノイア家に仕える彼女は、元は貴族子女ながら、暗殺ギルドとの伝手を欲しがった家の関係で半ば売り飛ばされ、貴族や商家相手に侍女として潜入する内偵要員でもあり、ソフィアに過剰防衛とも言える護身術を教え込んだ本人である。その経緯で身につけた技量故に、そうそう見つかることはないため、半ば涎を垂らす勢いで、アレクセイの着替え写真を食い入るように見ていた。

「漆黒の翼の繋がりの腐れ縁で、ジリに味方してマリーちゃんを幸福の市場(ギルド・ド・マルシェ)の後継ぎに押し込んだのがバレて、組織に殺されかけたけど……それで坊っちゃまに助けられたのだから、悪くない人生だわ〜」

 彼女の忠誠はアレクセイのみに向けられている。そんな彼女がソフィア付きの侍女になったのは、アレクセイの両親が巻き込まれた難破事故の背景を知っていたためであった。

 独自の情報網で知った難破事件の背景。それは、カクターフ派に組みしたアレクセイの親戚筋による、ディノイア家乗っ取り計画が絡んでいた。詳細は不明だが、難破事件では乗っ取りを目論んでいた親族も諸共亡くなっていることから、前ディノイア侯が自身を犠牲にしてまで阻止したと考えられた。

 親族が考えた計画は、アレクセイを亡き者にして、ソフィアへ身内を婿入りさせるという話で、故に生き残ったソフィアを警戒したのだ。

「ふふふ…それにしても、お嬢様は素晴らしい人ね」

 そう言い古びた写真を眺める。そこには、アレクセイとソフィア、そしてデュークとダミュロンの姿が映っていた。

 アレクセイは、おそらくこの写真でしか映っていないような穏やかな表情をしていた。このような表情を見せる相手であるソフィア。ソフィアが失踪する前に浮上した成りすましによるすり替え疑惑の時、他の使用人と違って一度たりとも侍女がソフィアを疑わない理由として充分であった。

 事あるごとにアレクセイの写真を贈られたからでは、決してない!

 その時、ソフィアが侍女の名を呼ぶ声が聞こえてきた。

「そろそろ、旦那様たちが帰られる頃ね」

 己が仕事を全うするため、侍女はお宝を隠し戸の奥に入れて、屋根裏を後にした。

 

 デュークがオーマと共に屋敷に帰還する。

 それを出迎えたのはソフィアであった。

 赤子だったオーマを育ててから、7年ほど経過していた。やんちゃ盛りの少年に成長して、デュークとの剣の稽古でお腹を空かせた事を訴え、侍女に手を引かれつつ屋敷へと入って行った。

「兄様とダミュロン隊長首席がお見えです」

「そうか……」

 軽く返してくるデュークを一瞥し、ソフィアは笑みを深める。

「どうした?」

「いいえ……こう言う受け答えは、家族みたいだと思いまして」

「……そうか」

 そっけなく見えるが、少し照れているのだとソフィアは分かっていた。

「どうですか? ここまで進んだ未来を見て」

「そうだな……見知らぬことが多い。だが、それが普通なんだな」

「そうですね。もう時間の分岐を精霊の力で生み出すことはできない。できる限りこの世界の未来を続けていく為、常に最善を尽くす必要がある」

 そう言うソフィアの頭に、デュークは軽く手を乗せる。

「なんでも背負い込むな…と言いたいが、それがお前らしさなのであろう」

「でもそれは少しは改めないといけません」

「そうだな。要求をぶつけ合い、互いの妥協点を探るのが人社会を運営する上で大事だが、全てにおいて自身が妥協すれば良いという話ではないのだからな」

 そう言いデュークは、真紅の瞳を少し細める。

「お前も私も人だ。人である以上、大事なものとそうでないものに対して、優先順位をつけるのは当然それを奪われる要求に対しては、毅然と跳ね除けなければならない」

「そう……ですね」

「それに対しても罪悪感を覚え、抱え込んでいることは知っている。ならば…私はお前の傍に居よう」

「……貴方が解決するとか、代わりに肩代わりする訳ではないのですね?」

「できぬ事を豪語するなど私には出来ぬし、私が抱え込む事で傷つくのはお前だ。ならば他の者へと負担を分散するしかない。私にできることは、精々お前が無茶する兆候を掴むくらいだ」

「随分と信頼がないことで…まあ、あれだけのことをやらかしたから、当然でしょうけど」

 そう言いソフィアは、少し肩をすくめて苦笑した。

「まあ…当面は特に急ぎの仕事はないかな。オーマが健やかに成長するために手助けするか、治癒術師の配分をどうするかとか…」

「相変わらず他者が自分らしく生きれる世界を目指しているようだが…私たちもソフィアがソフィアらしく生きられる世界を、共に創りたいと願っている」

 

 貴方自身の幸せ、一度は真剣に考えな。

 昔、ジリに言われた言葉がソフィアの脳裏に浮かぶ。

 

「そろそろ真剣に考えてみますね。私の幸せについて」

 そう言ってソフィアは心からの笑みを溢すのであった。

 

 

【 完 】

 





これで完結とさせていただきます。
コメントや感想があれば、泣くほど嬉しいです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

できるだけ多くの救済を目指した本作で、特に救済して良かったと思うキャラクターは?

  • アレクセイ・ディノイア
  • イエガー
  • ドン・ホワイトホース
  • ヘルメス
  • キャナリ
  • それ以外のキャナリ小隊のメンバー
  • ナイレン・フェドロックとその家族
  • サイファーを含む海精の牙のメンバー
  • エルシフル(精霊化という形)
  • 上記全部
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