蹄音、高く   作:上條つかさ

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特別回:作者からのお手紙


 特別回:作者からのお手紙

 

 いつもお読みいただきありがとうございます。作者の上條つかさでございます。

 

蹄音(あしおと)、高く』という作品を、ここまで読んでしまったという方がいらっしゃるのであれば──

 まずは、お疲れさまでした。

 そして、ありがとうございます。あるいは、ご愁傷さまです。

 

 さて、どうしてわざわざこのような回を設けたのかというと、最近、ありがたいことにDMなどでご感想をいただくことが増えてきたことがきっかけです。

 内容は実にさまざまで、「ウマ娘が居ること以外、全部オリジナルじゃないか」とか、「レースやらんのかい」とか、「何食ったらこんな話を思いつくんだ」などなど。特に「何某ちゃんが可愛い」とか「何某のセリフに考えさせられた」といったコメントはとても栄養価が高く、大変ありがたく拝読しています。

 

 それから色々と回答を考えてみたのですが、例えばそれを『設定資料集』のような形でお見せしても、なかなか本質は伝わらないような気がしたのです。

 なので、どうしても語りたい「熱」みたいな部分を、私の言葉で書き記しておくことにしました。

 

 私がとりわけ語っておきたい点は、『どうして拙作がこのような物語になったのか?』と言うところです。もちろん、知らなくてもストーリーには一切影響しません。けれど、もしかしたらこれから先を読むのが楽しくなるかもしれないので、よかったら最後までお付き合いください。

 

 ◆発端は、軽率な妄想

 

 実は、きっかけは「艦これをウマ娘でやれないかな」というところだったのです。

 軍艦の名前を持ち、日本、ひいては世界の命運を背負って戦う少女がいる。皆さんご存知のお話ですね。

 

 ならば、競走馬を元にしたウマ娘にも、似たようなことができるんじゃないか? ──と、軽い発想からスタートした企画でした。

 

 ◆気づいてしまったこと

 

 そしてプロットが大きく変わったのは、『ある一点』に気づいた瞬間からでした。

 

 馬とは、言葉を持たない生き物です。

 つまり、我々人間と意思を交わすことはできません。

 辛いとか、嫌だとか、走りたくないとか、そういった「主観」を伝える術を持ちません。

 

 でも、ウマ娘は違う。

 

 彼女たちは言葉を持っている。感情がある。

 つまり、彼女たちは私たちにわかる形で、意思を表明できるのです。

「怖い」「悔しい」「嬉しい」「それでも走りたい」──そのすべてを、彼女たちは語れる。

 だから、私たちは彼女達の本物の心を、『正しく』知ることができる。

 

 そのことに気づいたとき、自分の中で、何かが決定的に変わったんです。

 ああ、この子たちなら、昭和という時代に立たせても、ちゃんと“生きてくれる”と。

 

 それは、衝動にも近いものでした。

 この設定で、この構造で、この時代で。

 この世界の中で生きてしまったウマ娘たちが、何を信じ、何に抗い、どんな夢を見て、何に絶望するのか──見たくて仕方がなくなったんです。

 

 ◆『昭和』という幻想

 

 昭和という時代には、制度、思想、格差、憧れ、挫折……ありとあらゆるものが詰まっていました。

 裏を返せば、どこまでもやりたいようにやれた。

 それは誰もが、自分の能力の許す限り、自由に選び、試し尽くすことができた時代でもある、ということなのです。

 そこに、走ることで選ばれる存在──つまり「走ることから逃れられない少女たち」を置いたらどうなるか。

 そんな構想から、この作品はどんどんと広がっていきました。

 

 ◆史実にどう向き合うか

 

 ご存知の方も多いと思いますが、日本の競馬とは、もともと軍馬育成の名目で発展してきた歴史があります。

 そして、戦地へと旅立った名馬たちの行く末は──推して知るべし、です。

 

 だからこそ、執筆にあたっては、史実の昭和をそのまま持ち込むわけにはいきませんでした。

 私たちの世界は、知れば知るほどに複雑で、時に深く暗い側面を持っています。

 向き合わなければならない歴史ではありますが、それは彼女たちが背負うべき「現実」ではない。私は、そう判断しました。

 

 そこで構想されたのが、本作の制度であり、社会構造であり、彼女たちが挑むべき『壁』です。

 見方を変えれば、それは現代に生きる私たち一人ひとりがぶつかる壁を、もう少し具体的に、寓話的に表現したものかもしれません。

 このあたりの捉え方は、読者の皆さんの経験に委ねたいと思います。

 

 こうして、「できること」と「やっていいこと」の整合性をどこまで取るか──その問いと私なりの答えが、この世界として書き起こされたのです。

 

 ……とはいえ、運営という神と、ガイドラインという聖典には、どんな二次創作も太刀打ちできません。

 これは、古事記にも書かれている古の掟なのです。

 

 閑話休題。

 

 ◆先駆者の批判に学ぶ

 

 物語を読んでくださった方の中には、こう感じた方もいるかもしれません。

「これはウマ娘でやる必要がある話なのか?」と。

 実際、私も何度も自問しました。でもそのたびに、こう思い直します。

 

 これがウマ娘じゃなかったら、彼女たちは何も言えなかった。

 ウマ娘だからこそ、語れる世界がある、と。

 

 それはたとえば、『劇場版パトレイバー2』が受けた問いとよく似ていて──「これはパトレイバーでやるべきだったのか?」というやつですね。

 

 私も何度も立ち止まりました。

 でも、だからこそ、この時代に生きたなら、彼女たちは何を思い、何を目指すのか? ──その問いには、彼女たち自身が答えてくれる。

 これはウマ娘だからこそ描ける物語だ、と私は信じています。

 

 ◆文字にしかできない「信念」の描き方

 

 実は、初期設定の名残りとして、一部のキャラクター名には、旧帝国海軍の駆逐艦から名前を借りているものがあります。

 気づかれないといいなと思いつつ、気づいてくれると嬉しい──そんな遊びも混ぜてます。

 でもそれは枝葉であって、中心にあるのは、彼女たちが「何を考えて、何を選び、どう生きるか」です。

 

 キャラクターたちには、それぞれに思想があります。ストーリーの中での役割も、宿命もあります。

 彼女たちの言動は、性格だけで決まっているのではなく、「彼女たちが何を信じているか」で決まっています。

 

「私が何かを与えなくても、この子ならきっとこう決断する」そんな確信を持って筆を取ったシーンが、そこかしこに溢れています。

 それは、たとえ読み手にとって不親切に見える部分があっても、どうしても譲れなかった。

 私が描きたいのは、キャラクターが「自分で考えて動いた物語」です。

 

 一人のキャラクターには視点があり、その視点に重なるだけの心情があり、それを支える信念があり、その裏に人生がある。

 周囲にいる者たちにもまた、それぞれの視野と思想がある。

 それが連鎖していく様こそが「物語」なのだと、私は思っています。

 

 ◆ここまで読んだ奇特な方へ

 

 この物語は、「ウマ娘っぽさ」からはだいぶ遠いかもしれません。

 でもその分だけ、彼女たちが抱えるものの『重さ』だけは、真剣に描こうと思いました。

 甘くもなければ、逃げ場もない。でも、だからこそ意味がある。

 そう思っています。

 

 更新ペースはゆっくりかもしれませんが、プロットはたっぷりと控えています。

 名前を明かされていないキャラ、明かされていない制度、そして三女神。この世界は、まだまだ謎だらけです。

 そうしたストーリーも、全部頭の中で順番待ちをしています。

 

 たくさんのキャラクター達も、少しずつデザインが進んでいます。そのうち場面に沿って差し込んで、「彼女が見ている景色はこういう世界です」とお伝えできればいいなとも思っています。

 

 まあ、日本には1億の人間がいるわけですから、三人ぐらい「続き、待ってます」と言ってくださる方がいれば、私が筆を止めることはないでしょう。

 

 そして、あなたがもし、この架空の昭和を生きる彼女達のように、「どうしても走らなくてはいけない理由」を持っているならば、そのレースを最後まで応援させてください。

 

 さて、アマチュアの分際ではありますが、ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。

 次回更新まで日が空きますが、どうか気長にお待ちくださいませ。

 

 これからも、『蹄音、高く』をどうぞよろしくお願いいたします。

 

 令和七年八月一日 上條つかさ

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