ひたすらグチる後輩と、聞き上手の先輩の会話劇。
利用規約に引っ掛かるのか?
自分なりに踏み込んでみることにしました。
どこかにある大学の、そこそこ広いキャンパスの一角に立ち並ぶ部室棟。
その一室に拠点を構える、ここは『シナリオ研究会』。
サークル名が書かれた小さな看板と共に、太字(黒)で手書きされた「冬期シナリオ研究会
議!」のコピー用紙が表に貼り出された部屋の中では、掘りごたつに向かい合って腰かける、
ひと組の男女がいた。
簀(す)の子を積み上げ段差を作り、即席で拵(こしら)えた、こたつテーブルの真ん中に
置かれたおやつをつまみながら、これまた山と積まれた漫画の単行本を思い思いにつまんでは、
互いに言葉を交わすことなく熱心に…読みふけっていたのは片方だけで、もう片方はテーブル
に突っ伏したまま顔を横に向け、おやつをくわえて所在なげにページをパラパラめくっていた。
「お茶くれる?」
「……………」
熱心に読みふける目線と顔は開いた本のページを捉えたまま微動だにせず、自分のところに
あった魔法瓶のポットを右手で手繰り寄せると、無言でそれをテーブルの上に置いた。
「…自分でやれってことね。ハイハイ」
後輩の無愛想は今に始まったことではない。テーブルに突っ伏していた体を起こし、おやつ
皿のすぐ傍にあったコーヒーカップを2つ手に取り、ポットの紅茶を注ぎ始めた。
「…飲む?」
「…置いといてください」
どこかのフランチャイズ喫茶で飲んだときのものを捨てずに洗って使い回してる、フタ付き
のコーヒーカップを差し出す愛想のいい笑顔に目もくれず、後輩は無愛想にポツリと呟いた。
「やっぱルマンドはこのサクサク感がいいんだよねぇ~」
「……………」
「そっちはハッピーターンだっけ?」
「……………」
「…なんか言ってよコッチはもう読み終わっちゃったんだからさぁ」
「……………」
「……愛想は良くないけどおやつ選びのセンスはいいよねぇ~」
「…………………」
後輩は相も変わらず無言だったが反応は正直だった。紙面を追う目の動きがほんの一瞬だけ
止まったのを目ざとく見つけた先輩は、さらに畳みかけることにした。
「いやホントにそう思うよ?レンタルコミックが汚れないように個別包装の、しかも全部出さ
なくても食べられるようなのをチョイスするさり気ない気遣いもそうだけどさ、甘いのとしょ
っぱいので緩急?つけてるって言うのかなぁ…飽きがこないようにバランス取ってるのもその
辺キッチリ考えられてるよなぁ~って」
「……………」
「これで700円以内だっけ?値上がり前だったらワンコインだったのが惜しかったけどね、
満足度を考えればこれでもコスパは充分だと思うよ?単に値段の張るものや行列のできる限定
スイーツなんかを買ってくればいいってもんじゃないの、よく分かってるじゃん」
「……………」
いつの間にやらページをめくる手は止まり、見下ろしてくる先輩からはうつむきがちに目を
逸らし、さんざんにヨイショされた無愛想な後輩の体は微かに震えていたが、読書を邪魔され
て怒っている…というわけでもなさそうなのは、容易に見て取れた。
「…もうそろそろいいんじゃない?3周も読み込んでるんだからさ」
「…分かりましたよ」
「じゃあそろそろ会議はじめよっか」
一応は「会議」であるから、キャラ表を貼り出したり色々書き込んだホワイトボードを用意
していたりもしたのだが、2人とも席を立とうとはしなかった。暖房もストーブも焚いてない
から部屋の中はメチャクチャ寒いのだ。
「今回は『冒険王ビィト』…だっけ?同じ作者つながりでついでに『ダイの大冒険』も借りて
きたみたいだけどさ、何がテーマなんだか知らないけど…まぁグチりたいんだよね。どうぞ」
「この話の続きなんですけど…どうなるっていうか、どうするのかなって」
「…そんなの作者じゃないからわかんないよ」
「いやそういう意味じゃなくて、作者の手に負えなくなってるんじゃないかなって」
「…先の展開が読めないから言ってるわけじゃないんだよね?」
「もちろんですよ。ていうか13巻以降の展開なんて予想通りじゃないですか、むしろ1年に
4回しか出来ない季刊誌連載でヒスタリオとの決着を3年以上も引き延ばされてイラついてた
くらいですよ。ビーム砲がついたバランスボールみたいなどう見ても取り回しの悪そうな才牙
なんて完全に一発芸じゃないですか。それならそれで乗り込んで動かす巨大ロボくらいやって
ほしかったですよ。それにバーチャル空間みたいなトコで模擬戦やって、あの展開いります?」
「そりゃまぁ確かに半年もかけてやるようなネタだったとは思えないけど、一応あれはゲット
した新しい才牙を使いこなすためっていう…さ」
「2ついっぺんに出して同時に使えないとか言ったって、そもそもそんな使い方したのなんか
1回ぐらいしかないじゃないですかグリニデ戦で、それもほんの数ページくらいで。あんなん
じゃソフトウェアアップデートで一部の機能が使えなくなったことにムカついてストアサイト
のレビューに低評価ボム投げてる人の言い分の方がよっぽど筋が通ってますよ」
「それひと息に言うの大変じゃね?」
「だいたい10年も待たされて予想つかなかったと思います?この不死身どうやって倒すのか
って。もう“倒せるようにしてある”か“永遠に閉じ込める”か、この2つしかないじゃない
ですか、不死身の倒し方なんて」
「まぁ考える時間はたっぷりあったよね、12巻だっけ?月刊ジャンプでその辺を連載してた
タイミングで休載に入っちゃったんだよね。作画担当の人が爪が割れたとか言って」
「その前に1回休んでたりしてたから、それ自体はあながちウソじゃないと思いますけどね。
それでも10年もサボってたらさすがに無理がありますよ、だから白血病とか言われるんじゃ
ないですか。さすがに今は検索でも“病気”とか控え目な表現になってますけど、とにかく!
とにかくですよ?9巻から始まったオンラインゲームのイベントみたいな賞レースは前哨戦の
グリニデを含めると17巻で4人目やっつけたことになりますけど、このまま何のテコ入れも
番狂わせもナシに5人目に突入したって盛り上がるわけないじゃないですか」
「5人目って、ベルトーゼ…だよね。だから魔人博士が乱入する流れにしたんじゃないの?」
「登場済みのキャラなんか使ったって盛り上がりませんよ。やるんだったら『ダイの大冒険』
のハドラー親衛騎団みたいに新キャラとかじゃないと。アレだって六大軍団長の4人目を倒し
てから少し後のタイミングで追加されたんですよ?」
「同じ作者の別の作品の成功例持ち出すあたりが容赦ないよね。でもなんかああやって最初に
何人衆とか言ってバーン!って出して1人ずつやっつけてくのってさぁ…大体途中からダレて
くるのって、どうしてなんだろうね?」
「そんなのバトルものにありがちな強さのインフレとユニットメンバーの同格設定が噛み合わ
なくなるからですよ。それに普通に考えれば相手だって大人しくやられっぱなしでいるわけが
ないですもん、番狂わせが起きない方が不自然なんですよ。ただそれでも魔人博士は絶対他で
出番を用意してたと思いますけどね。“世界の真実”とか“賞レースの真の目的”とか、本当
なら戦わせるつもりなんか無かったんじゃないですか?」
「インテリにぴったりな役どころだよね。でも“賞レースの真の目的”は何となく分かるけど、
“世界の真実”ってどういうこと?」
「『ダイの大冒険』のベースになったあの国民的RPGみたいに最初から“ああいうのがいる”
世界じゃないから、こじつけが必要なんですよ」
「あぁ~今ので分かった!ここ10何年の間にそのテの話ネットで見た見た!な~んか“考察”
とか“深読み合戦”とかいって!結局どれも似たような展開になっちゃうヤツだよね」
「10年サボってる間にもう手垢まみれですよ、おまけに帳尻も合わなくなってるし」
「帳尻って、何の?」
「実は生きてたゼノン戦士団ですよ。5人のうち3人が出て来て、残り2人どうやって出すん
だって話ですよ。なんか敵の本拠地みたいなトコに乗り込んじゃって、そんなタイミングで再
登場させたって、今さら何の役にも立たないじゃないですか」
「何かしらショッキングなネタでも用意してるんじゃない?2人目は敵に操られてたし、ホラ
たとえばさぁ…モンスターか魔人(ヴァンデル)に作り替えられてるとか」
「そっからどうやってリカバリーするのかが問題ですね。だから本来はヒスタリオ戦までの間
かその直後くらいで追加メンバー入れて、そいつらとの戦いの途中で再登場させるつもりだっ
たんですよ。自分ならそうしてます」
「でも実際はそうならなかったわけでしょ?それってやっぱり…」
「季刊連載でそんなことやったら何十年どころか、生きてるうちに終われるかどうかも怪しい
じゃないですか。ただでさえ漫画家なんて早死にしやすいのに」
「まぁ早死にはともかく作画担当の人はもう60歳だもんね。年齢的にウッカリ何があっても
全然おかしくないし、『ダイの大冒険』だって親衛騎団の加入から完結まで20巻だもんね。
それじゃあこのままありモノでどうにかやりくりするとしてさ、どういう展開になると思う?
なんとなくだけど魔賓館が空を飛ぶか、地中を移動するようになるんじゃないかな?」
「なんとなくじゃなくて確信犯だと思うんですけど、それって『ダイの大冒険』のバーンパレ
スじゃないですか?そりゃこのまま魔賓館に乗り込んで壊滅させましたハイ終わりなんてこと
にはならないと思いますけど…それ以前にベルトーゼとの戦いをどうやって盛り上げるのかが
問題ですよ。博士が乱入して“世界の真実”とかやってもそれはそれで向こうは戦闘狂だから
戦わせるのは簡単ですけど、『ダイの大冒険』の頃みたいな舞空術もかめはめ波も出てこない、
あくまで生身の人間のチーム戦というか連携プレーで頑張ってきた今までのやり方なんかじゃ
もうそろそろ限界だと思いません?」
「それなら超人バトルを解禁すればいいんじゃないかな?なんか“あの力”とか次のステップ
に進めるためのどーのこーのって伏線張ってたし」
「超人バトルでチーム戦の連携プレーなんか絶対無理ですよ、鳥山明だって描けなかったのに。
1対1で殴り合ってるの以外で見たことないですよ、作画の手間を省く目的もあったかもしれ
ないですけど、仮に超人チームバトルがやれたとしても今度は読者の方がそれについていけま
せんよ、状況が複雑になり過ぎて」
「あぁ~言われてみればそんな気がする」
「その辺が人間の処理能力の限界なんだと思います。はっきり言ってもう破綻しちゃってるん
ですよ何もかも。10年連載が止まってる間に“世界の真実”ネタは手垢まみれ、テコ入れと
引き延ばしがやれるだけの時間も体力も残ってない、せいぜい小手先で細かいトコを誤魔化し
てるのが精一杯のストーリーは10年待たされた読者の予想通りで、盛り上がれる要素なんか
ひとつも無いじゃないですか。掲載雑誌のサイトで先行配信されてる冒頭部分だけ読んでても
余裕で補完出来ますよ、予想通り過ぎて」
「そういえばつい最近も最新号の先行配信あったよね?魔人博士の能力が明らかになったけど、
時間を止められるのかと思ってたら違ってたね」
「11巻でヒスタリオが超スピードじゃないとか言ってたからそう思っただけですけど、敵の
能力なんて作者の特権で後出しジャンケン出来る最たるものじゃないですか、当たっても外れ
ても何も驚きませんよ。ていうか超光速で空間つなげたり戻したりする勢いに乗っかって相手
を攻撃するなんて、動いてるのが自分かそれ以外かの違いであってアレも結局超スピードじゃ
ないですか!それともなんですか?残念でした超スピードじゃなくて超・超スピードでした~
とかなんとか言ってる屁理屈オバケのガキンチョですか!?大体そんなワープ移動が出来るん
だったらなんで12巻では普通に走って逃げたんですか!生命力が吸い取られそうだってのに」
「やっぱ納得してないじゃん。それじゃあどんなのだったらサプライズになると思う?読者の
立場で原稿料も貰えないのにアイデア出しなんかしてやる義理も義務も無いだろうけど」
「いっそページのコマをまたいで移動したり、枠線ぶち抜いて向こうのコマから物を取ったり
攻撃したり、それくらいやってほしかったですよ」
「ギャグだよ、それは!」
「…その流れで『逆シャア』のセリフやっても誰も気付かないと思います」
「うん知ってる。だからこんなことするのは2人きりのときだけだよ?」
「……とにかく、どう足掻いたって10年分の遅れを取り戻すなんてできっこないんですよ。
週刊連載なら50巻、月刊連載なら20巻以上、それだけの分量があればキャラの掘り下げは
もちろん、作品世界に厚みを持たせることも、当時やってた読者コーナーからオリキャラ作っ
て本編に登場させるお遊びだって、他にも色々なツッコミどころにこじつけてやることだって
出来たはずなのに、それを全部フイにしちゃったんですからね」
「まぁ結局どの問題も根っこを探っていけばそこに行き着くんだろうけど、でも休んじゃった
ものはしょうがないじゃん?時間が戻せるわけじゃないんだし」
「そんなことは分かってるんですよ!」
「!」
「どう考えたって今さら挽回不可能なのに、向こうが言ってきたんですよ!?13巻の折り返
しで、『どっか~ん!と展開していく』って!!10年間サボったことにダンマリ決め込んで、
できもしないような調子のいいこと言って勝手にはね上げたハードルの下をトロトロ歩いてた
ら文句の一つも言いたくなりますよ!!吐いた唾は吞めないんです!!」
「分かったからテーブルそんなにバンバン叩かないで、掘りごたつ崩れちゃうからさ。…即席
だから意外とヤワなんだよ?」
「10年間のことを正直に話して、期待に応えることは難しいかもしれないけどそれでも応援
してくれるなら最後まで描き切る所存ですくらいのことを言ってくれれば、こっちだって不満
を全部呑み込んでやることも出来たんです!ウソついて誤魔化していられるような段階はもう
とっくに過ぎてるんですよ!!…それなのに…!!」
「………………」
「………………」
テーブルの上のものをバンバン跳ね上げ、まくし立てるように不満をぶちまける…後輩の激
情を真っすぐに見つめながら、先輩は表情ひとつ変えずに黙ってそれを受け止めた。
「…正直に…言ってほしかったんだよね。10年間の休載のこと」
「…はい。どんな誉められないような話でもよかったんです」
「そうだよね。実は白血病じゃなくて冨樫病でした、でもね。『どっか~ん!と展開していく』
なんて、言うべきじゃなかったよね。1回や2回程度の休みじゃないし、個人サイトやブログ
なんかで無料で配信してるような道楽ならともかく、商業作品がこんな不誠実な対応取ってさ、
敵対的な期待値上げるのなんて良くないよね、今どき作者取材が嘘っぱちなのもバレバレなの
に…ファンダムでこんなことを言ってたら頭のおかしいのに攻撃されそうだけどね」
「…先輩…」
「だからさ、この話はここだけの…2人だけの秘密にしようね」
「…はい」
小さな部室、男と女。
…何かが起きるわけでなく、ひたすらグチる後輩と、聞き上手の先輩と。
どこかにある大学の、そこそこ広いキャンパスの一角に立ち並ぶ部室棟。
その一室に拠点を構える、ここは2人だけの『シナリオ研究会』。
〈終わり〉