木漏れ日が柔らかく森を照らしていた。
メレは手のひらにカタツムリを乗せて、じっと見つめていた。カタツムリはゆっくりと手のひらを這った。
殻の模様が光に透けて、薄く輝いた。
「メレのカタツムリ……」
目を細めて、ぽつりと呟いた。
角の先が、陽光に白く光った。
エーリッヒは近くの木の根元に腰を下ろして、呆れた顔でメレを見ていた。
「変なもんに喜ぶな、お前」
そう言いながら、口元が緩んでいた。
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しばらく二人で黙っていた。
風が草を揺らした。遠くで鳥が鳴いた。
メレはカタツムリを胸に大事そうに抱いて、ふと顔を上げた。
「エーリッヒ」
「ん?」
「森の奥、案内する?」
ぽつぽつと、ゆっくりと言った。
「メレ、昔、住んでた」
エーリッヒは少し驚いた顔をした。ヤークトさんに拾われる前か、と聞くと、メレは頷いた。
「行ってみようぜ」
メレはカタツムリをポケットにそっと入れて、エーリッヒの手を引いて歩き始めた。
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森の奥へ進んだ。
木々が密になるにつれて、陽光が届かなくなった。
地面が湿って、苔の匂いがした。
枝が頭上を覆い、空が見えなくなった。
エーリッヒはメレの手を握ったまま、足元を確かめながら歩いた。
岩が見えてきた。
大きな岩が重なり合って、その隙間にぽっかりと口が開いていた。洞窟だった。
「ここ」
メレは小さな指で入り口を指した。
エーリッヒは中を覗いた。湿った空気が来た。
苔の匂いが濃くなった。地面は凸凹していて、奥は暗くて見えなかった。
最低限の雨風はしのげるかもしれなかったが、住む場所には見えなかった。どう見ても見えなかった。
「……お前、ここで暮らしてたのか」
声が少し変わっていた。
メレは頷いた。
「うん。寒くなくて、雨も入ってこなくて……いいところ」
エーリッヒはしゃがみ込んだ。
それからメレをそっと抱き寄せた。
「バカ……こんなとこで、ひとりぼっちで……」
メレはエーリッヒの胸に顔を埋めた。
ぺったりとくっついた。安心したような重さだった。
しばらくそうしていた。
それからメレが言った。
「奥に、クマがいる」
エーリッヒの体が固まった。
「……は?」
「クマ。奥の方に住んでる。メレ、行かないから、大丈夫」
エーリッヒはゆっくりとメレを離した。
洞窟の奥を見た。
暗かった。何も見えなかった。
でも、かすかに何か低い、息づかいのような音が聞こえた気がした。
「お前……なんでそんな大事なこと今言うんだよ!」
メレの手を握った。そっと後ずさりした。
「静かに。静かに出るぞ」
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洞窟から十分離れたところで、エーリッヒは立ち止まって大きく息を吐いた。
「よくあんなとこで住んでたな……」
メレはきょとんとしていた。
「雨や風がなくて、寒くなくていい」
「いや、熊と同居するなよ!」
エーリッヒは頭を抱えた。
「腹空かせた熊に食べられるかもとか、考えなかったの?」
メレは一瞬、目を丸くした。
それから小さな口がぽかんと開いた。
今まで一度も考えたことがなかった、という顔だった。エーリッヒは呆れてメレを見下ろした。
「こいつ……」
メレは慌ててポケットからカタツムリを取り出して、胸に抱きしめた。
「カタツムリ……守る……」
エーリッヒはため息をついて、メレの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「もう森の奥には行くなよ。危ないし、ヤークトさんに怒られるぞ」
メレはこくりと頷いた。
でも、目がまだ少し遠いところを見ていた。
「熊……おなかすいてるかな……」
エーリッヒはもう一度、大きくため息をついた。
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二人は並んで森を歩いて帰った。
エーリッヒはメレの手を握ったまま離さなかった。
メレはカタツムリをポケットに入れたまま、時々そっと確かめるように触った。
森の奥から、かすかに風が吹いてきた。
洞窟の入り口は、木々の影に消えていった。