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いつもの283プロへ向かう道中(雑導入)。
「結華ー眠たそうだねー」
「ちょっとゲームのしすぎで……」
大あくびをする結華はSNSで有名になったロボットゲームのランクマに縋り付いていた。しかし今日はアンティーカの共同レッスンがあるため眠たい目をこすって事務所に向かっていた。
「ふふー、摩美々のいたずら相手が増えたようで困るねー」
「ちょっと! 眠気で注意力散漫になっているときに悪戯するつもり!?」
そんな軽口を叩きあいながら事務所への階段を昇っていたら。
「ふえ~!」
事務所の玄関から恋鐘が飛び出してきた。
「ど、どうしたのこがたん!?」
「さ、さくやがぁ……咲耶がぁ~……!」
と、よくわからないことを言い出す恋鐘に結華と摩美々は目を見合わせる。
「咲耶がどうしたのー?」
「咲耶が変な仮面被ってて、それで変なこと言っとると~!」
「……それいつもの咲耶じゃなくってー?」
あまりにもあんまりな摩美々の発言に「ちょっと……」と結華が呆れる。まぁ言わんとしていることは何となく分かるのだが。
「まぁ、とりあえずさくやんの様子を見てみようよ。本当になにかおかしいのかもしれないし」
「そーだねー。実際どんな風におかしいのか見てみたいしー」
そんなことを言ってわたわたと慌てる恋鐘を宥めながらも事務所に入って共有スペースに入ると――
「ようこそビジター!」
そこにはまるで溶接工のような無骨な黄金の面を被った咲耶がいた。
「え、ちょ……えぇー……」
そのような面を被っているものだから摩美々がドン引きしていた。しかしそんなことも気づかないのか、それともあえて無視しているのか咲耶は続ける。
「おや、恋鐘のご友人でしたか。ならば私にとっても友人です」
「いやいや……」
確かにおかしい。
いや普段も演劇のような話し方だが。
「なんか……更にひどくなってないー?」
その言葉に構わず「新しい友人が訪ねてくる……素敵だぁ……♡」と面を被った咲耶は言う。
「ね? おかしくなっとると。どういうことたい」
結華は咲耶の様子を見たことがあった。
というか、さっきまでそのゲームをプレイしていた。
「ブルートゥ……!」
その名前に摩美々と恋鐘はよく分からない顔をしたがWRECKER面をかぶった咲耶は嬉しそうに(仮面で表情は分からないが)言った。
「結華ぁ……♡あなたはいつも私のことをよく理解してくれる……素敵だぁ……♡」
その言葉に結華はすっごい嫌な顔をした。
*
「スロー……♡ スロー……♡ クイッククイック、スロー……♡」
共有スペースに普段より粘度9割増しになった咲耶の言葉が響きながらステップが刻まれる。一緒にダンスを(アンティーカのダンスである。社交ダンスではない)踊る霧子は「ふふっ……様子のおかしな……咲耶さん……」と言いながらも楽しそうに踊る。
「何、この……何……?」
困惑する摩美々と絶句する恋鐘に取り合えず結華は頭を下げる。
「ごめん、こがたん、まみみん。さくやんがこうなったのは多分……私が勧めたゲームのせいだ」
「「……ゲーム?」」
*
昨夜、咲耶の部屋。
「……これは」
彼女の前にあるのは1つのゲーム画面。そこに並ぶ選択画面に目がせわしなく動く。
1つは「企業勢力迎撃」もう1つは「シンダー・カーラ排除」。この文字列で分かる通り、いま咲耶がプレイしているゲームはアーマード・コアⅥである。
彼女は最大の決断をしようとしていた。
この選択はルート分岐である。普通の――ゲームにあまり感情移入しない人間であっても悩むような選択だ。
「企業勢力迎撃」に行けば、自分を救ってくれた恩人――父親ともいうべき人間の使命に従うことになるが代わりに友人を裏切ることになる。
そして「シンダー・カーラ排除」を選べば友人は守れるが、しかし恩人と使命を共にする者を手にかける。つまり、恩人の使命に反する。
父の使命か、友人の願いか――。
「えらべない」
恩もある。強化人間でありモノとして扱われた主人公に手を差し伸べたのはウォルターだ。でも彼の結論は極論であり、未来を否定することになる。
友情もある。主人公の頭に住み着いた声、そしてこの星に住む者たちの願い。しかしエアの語る未来には何の計画性も示されていない。
確実な未来のための大虐殺か、それとも不確定の未来のための共存か。
「……選べない」
どうする、どうする、どうする。
自分ならどうする?
アンティーカのみんなと進む未来か、それとも――亡くなった父の願いか。
瞼を閉じる。写真頼りでないとうまく思い出せなくなってしまった父の顔。彼なら――
「……ごめん、お父さん」
咲耶は震える指で友人を守るルートを選択した。
覚悟の上だった。自分は恩よりも友情を選ぶような親不孝者だ。どんな結末であっても受け入れるつもりだった。
それでも。
《……621。そこにいるのは……お前なのか……?》
自機を狙う赤黒いレーザー。しかしその声はひどく優しく、主人公をずっと気にかけていた声だ。
「あ、あ――」
《621……お前を……消さなければならない》
――それでも、自分の手で殺すことは考えていなかった。
*
結華が見せたチェインの画面には「ごめん、私には殺せない」という文面とゲームの直撮り写真が載っていた。
「………ゲーム、なんやろ?」
「まぁ、こがたんの言葉が一般意見なんだろうけどさ」
たかがゲーム、と言ってしまえばそれまでだが……ファンが10年待ってもなお恋焦がれていたゲームの続編でありそれに纏わるムーブメントをすべて観測していた結華からしてみれば咲耶の行動は予想通りではあった。
あまりにもあんまりな予測だが、白瀬咲耶があのキャラクターを斃せるわけないのだ。
……しかしまさか、現実……いや、ゲームに目をそらして狂人ごっこを始めるとは。
「で……どうするのー?」
「いやぁ……ゲームで発狂した人に対する対処療法なんて知らないよ……」
三峰の言葉に「だよねー……」と質問者である摩美々が応える。
「三峰としてもあそこまでさくやんが憔悴するとは思ってなかったけど」
しばらく目を伏せ考えたのちに、結華は分かり切った結論を出すしかなかった。
「……さくやんがハンドラー・ウォルターを斃すしか解決策はないと思う。私がやっても何の解決にもならないだろうし」
*
「ちょっとさくやん」
「おや……どうしましたか、結華」
ブルートゥのような話し方を未だに続けるのは無視して結華は言う。
「ウォルターを斃せないの?」
「………」
答えは沈黙だった。きっと咲耶ができるブルートゥエミュの範囲外であるため答えられなくなったのだろう。
「所詮はゲームだからって、忘れてしまっても構わないんじゃないかな」
「それは――」
「ブルートゥじゃなくってさくやんの言葉で言って」
「…………」
その言葉に咲耶はやや逡巡しながらもWRECKER仮面を外した。相変わらずの美貌だが目の下に若干の隈がある。
「それは……できない」
彼女は濁った眼で、しかしこちらをまっすぐ見て言った。
「それは……私に協力してくれたエアやラスティにとっても、私が殺したカーラやチャティにとっても不誠実だ。自分の……昔のことを思い出したからって、ゲームだからって逃げていい理由にはならない。……物語は終わらせないと」
「……私に何かできることはある?」
「――今夜、決着をつける。だから結華には見ていてほしい」
「分かった」
そんな簡単に寮に行くことを決めていいのか、と結華の頭には一瞬よぎったが無視した。
*
紅に染められたキャノピーがこちらを見る。その様子を真正面から見た。
《機体からコーラル反応……危険です!》
エアの言葉を無視して六連ミサイルを発射する。
《障害を……排除する……》
彼にとっては自分は敵なのだと――そう認識を歪まされたのだと、頭は理解しているが感情は追いつかない。
今は……彼を解放してやらなければならない。
ミサイルの一基がHALに炸裂したのを確認してアサルトブーストをかける。高速直線移動する軽量機にコーラルミサイルは追いつかない。
液体が連続で蒸発するような音が聞こえる。コーラルの大型ブレードを下から潜り抜けるように回避。射程内に入り、肩のチェーンガンと右手のハンドガンを連射。
《声が見える……621……お前の横にいるのは……》
HALが紅色の帯電をしたことでバックステップ。アサルトアーマーのコーラル爆発範囲から退避。
《そうか……見つけたぞ……火種を……》
「火種じゃない……エアは――!」
ハンドガンの弾丸がHALをスタッガーにする。左手のレーザーダガーで三連撃、間髪入れずローキックで吹き飛ばす。
《コーラルを焼けば……俺たちの仕事は終わる……》
死角からのコーラルミサイルにより視界が潰される。強引に機体を上昇。
それがいけなかった。極太のコーラル照射が機体を襲い、ACSを乱し、APを削る。
《お前が稼いだ金だ……。再手術をして……普通の人生を……》
《レイヴン! ウォルター! このままでは……!》
ミサイルを発射しながら接近、チャージしたレーザーダガーがHALを一瞬固めた瞬間を狙ってハンドガンとチェーンガンを撃つ。
HALの体勢が崩れた。今しかない。冷却を済ませたダガーでHALを穿つ。
レーザーダガーの三連撃を受けてなお、HALのAPは残っていた。コーラルブレードが光をまとう――その前に。
「――っ!」
機体から発せられた緑色のパルス爆発がHALを巻き込み、吹き飛ばした。
《使命を……友人たちの意思を……》
装甲が剝がれ、白煙をまとう状態であってもHALは――ウォルターはこちらを排除しようと銃を向けた。
「ウォルター……!」
バチバチと紅い火花が飛び散る――が、その光は不意に消えた。
《そうか……621……お前にも……友人ができた……》
その声は……どこか嬉しそうで――
「そうだよ。――そうだよ、お父さん。私……友達ができたんだ。私は……今、とても――とても幸せなんだ!」
HALが完全に沈黙する。落下していたザイレムは艦内のエネルギーを適切に処理しきれなくなり、爆発が立て続けに起きた。
《……行きましょう、レイヴン!》
うずくまるその紅い機体を助けたかった。でも、大気圏再突入によるタイムリミットが迫る中でそれは不可能だった。
背を向けて――未来に向けて、飛ぶ。
*
画面にタイトルロゴが表示され、スタッフロールが流れる。その様子を咲耶は涙を流しながら見ていた。
「さくやん……」
「結華」
涙を流しながら、咲耶は言った。
「ありがとう。これまでも――これからも」
袖で涙をぬぐう咲耶を見ながら結華は(二度とさくやんにゲーム薦めるのやめよう……)と心に誓った。
戸棚に飾られてある、咲耶の幼少期の家族写真はいつも通り笑顔であった。
そろそろ葛の恋のほうに戻ります。