魔人ブウを倒してから、一年後――――。

 善ブウ打倒に向けて激しい修行を続けていた悟空に対し、ついにチチの怒りが噴火した。
 『仕事を見つけられなければ、今日は飯抜き』と……。

 焦った悟空は、ブルマに仕事を紹介してもらうために西の都へと向かう。

 しかしその途中で、悟空はとある地球人の男性と少年に出会う……。

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ドラゴンボール原作とドラゴンボール超の間を繋ぐ二次創作です。


悟空と地球人

 

 

 

 ――――ミスターサタンが魔人ブウを倒した、一年後……。

 

 

 

 世界最強の大英雄、ミスターサタンが住むサタンシティから千キロ以上離れた場所。

 パオズ山にある小さな村の中、小川が傍に流れるのどかな昼の家……。

 

 

 ……だが今日は、家の中で火山が大きく噴火していたようだ。

 

 家の中から怒声が響き、近隣の木から小鳥が一斉に飛び立っていく。

 外に干してある洗濯物が空気の振動で大きく揺れ、バタバタと音を鳴らす。

 

 

 そして怒声が響いた直後、たまらずと言った様子で家から飛び出す人影が一つ。

 地球育ちのサイヤ人、()()()

 

 それに続くように、金属製のお玉を持って飛び出してきたのは妻である()()

 お玉の持ち手をひしゃげるほどの力で握りしめつつ、悟空に向かって声を荒げる。

 

「悟空さ~!! いい加減働いてけろ~~ッ!!!」

「は、ハハ……そう怒るなよチチ……」

「もう我慢の限界だ~~っ!! 魔人ブウを倒した日から、毎日毎日朝から夜まで修行ばっかり!! 偶に悟飯ちゃんや悟天ちゃんを連れ出して修行してるのもオラ知ってるだよ!!!」

 

 チチの言葉に、悟空が『いいっ?!』と隠し事がバレたような表情を浮かべる。

 

 

 現在、悟飯は学者になる夢を叶えるために誠心誠意勉強中である。

 修行を殆どしないため、段々と弱体化はしてしまっているが……一時は潜在能力を限界まで引き出されて最強に至った身だ。悟空の組手相手にこれ以上に適した者はいなかった。

 悟飯の方も弟である悟天に簡単に負けたくないからか、父親に誘われたときは出来るだけ修行に付き合うようにしている。

 

 そして悟天は、まだまだ父親に甘えたい盛りな年ごろである。

 勉強好きな悟飯とは違い、勉強嫌いでわんぱくな気質なのも悟空と合ったのだろう。たびたびチチから与えられた通信教育の宿題を投げ出し、父親との修行というコミュニケーションにふけっていた。

 

 

 チチに詰められ冷や汗を流す悟空。

 そのチチの背後から悟飯と悟天がひょっこりと顔を出し、母の怒りをなだめるような言葉を言う。

 

「母さん、そう怒らなくても……。僕は父さんと修行するの、勉強の息抜きになって楽しいですよ」

「そうだよお母さん! ぼく、お父さんと修行するのすごく楽しいよ!」

「そったら風に甘やかしちゃダメだ~っ!!」

 

 息子二人の言葉でもチチの怒りはまったく鎮火しなかった。

 とうにひん曲がったお玉を振り回し、チチは息子二人と悟空に言い放つ。

 

「悟空さが帰ってきてくれたのは嬉しいが、それはそれ、これはこれだ!! 悟空さには悟飯ちゃんと悟天ちゃんのために『()()()()()』をしてもらわなきゃ困るだ!!」

「お父さんはぼくの自慢のお父さんだよ? なんたってすごく強いし!」

「た、多分母さんが言ってるのはそういう意味じゃないぞ、悟天……」

 

 悟飯が弟に対して耳打ちするが、悟天は意味が分からないと言った風に小首を傾げた。

 そんな息子二人の言葉から目を逸らし、チチは再び悟空に目を向ける。

 

「とにかく、悟空さ! オラも今日一日で職を見つけてこいだなんて言わねえ! だけど、働き口のきっかけくらいは見つけてくるだ!!」

「そんなこと言われたって……オラ働いたことねえからわかんねえぞ?」

「街の方に行くでも、ブルマさんの所に行くでも、なんでもいいだ!! とにかく見つけてこないと今日はご飯抜きだ!」

「いい~っ?! 飯抜きぃ!? チチ、それだけは勘弁してくれよぉ!!」

「だったらさっさと探しに行くだっ!!」

 

 チチに追われるように、悟空は一気にその場から飛び上がる。

 『職を探せ』と言われても一切アテがない彼にとって、チチからの課題は魔人ブウよりも強い敵かもしれなかった。

 

 悟飯は苦笑いしつつ、悟天は無邪気に手を振りながら飛び立つ悟空の姿を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

「――――つっても、『働く』ってことがそもそもどんなことなのかオラわかんねえぞ……」

 

 悟空はパオズ山から離れた小高い岩山の上で、あぐらをかいて座りながら首を傾げた。

 幼少期から今に至るまで、修行と戦いに明け暮れていた悟空には『働く』ということのイメージが上手くできなかった。

 

 頭の中を行き場のない思考がぐるぐる回り続け……一つの結論に行き着く。

 

「そうだ! 実際に働いてる奴らを参考にすりゃいいんだ!」

 

 時たま行う、過去の強敵の動きや技をイメージして戦う修行と同じだ。

 相手のことを事細かに観察、想起、イメージして自分の糧とする。悟飯の好きな勉強で言う『復習』という奴だ。

 

「えーっと、オラの知り合いで働いてる奴と言ったら……」

 

 もやもやと頭の中で、働いている人物たちを思い出す。

 

 

 

 

 ――――人物A。

 

『私は社長令嬢だからね~。カプセルコーポレーションでは結構自由にやらせてもらってるわ。でも、私もパパも物を作るのが大好きな開発者タイプで、作った物がたまたま世の中でいっぱい売れてるってだけだから……世間一般的な社会人とはちょっと違うんじゃないかしら?』

 

 

 ――――人物B。

 

『地球の神様の役目は大変ですが、とてもやりがいがありますよ。地球に暮らす人々が幸せに過ごす姿を見ると私も嬉しくなります。みなさん、いつでも神殿に遊びに来てくださいね。悟空さんも、困ったことがあれば全力で力になりますよ』

 

 

 ――――人物C。

 

『わ、ワシも一応働いていると言えば働いておるが……参考にはならんと思うぞ? そもそも界王は人間の仕事と比較して考えるようなものではないわ! 界王ってのは本来ちょ~~偉いんじゃからな? お前さんは界王神様なんて超超ちょ~~~偉い人と関わってるから忘れておるかもしれんが……ワシは偉いんじゃぞ~~っ!!』

 

 

 ――――人物D。

 

『か、界王神の仕事ですか? 昔は私以外に三人界王神がいて、それぞれ宇宙を分割して管理していたんですが……他の界王神はブウに殺されてしまったので、今は私がこの宇宙の全てを管理しています。やりがいはとてもありますよ。でも……界王神の仕事が、人間の仕事の参考になるでしょうか……?』

 

 

 

 

 

「……うーん、あんまし参考になんねぇなぁ」

 

 悟空はポリポリと頭を掻きながらそう呟いた。

 人選の半分以上が人間ではない気もするが、そもそも組織に所属して真面目に働いている知り合いが少ないのだ。

 

「ベジータの奴は働いてねえし、クリリンはまだ亀仙人のじっちゃんとこで暮らしてるし……他の奴らも、うーん……」

 

 実際はクリリンは武闘家を半ば引退し、今警察官になるために熱心に勉強しているのだが……。

 魔人ブウ戦以降に彼と会っていない悟空には知らぬことであった。

 

 

 見慣れた平原の景色を見下ろしながらしばらく悩んでいた悟空だったが。

 考えすぎて煙がボン!と出た頭をぶんぶんと振り、ゆっくりと立ち上がった。

 

「……んー……こう悩んでても仕方ねえか。チチも『困ったらブルマんとこに行け!』って言ってたしな」

 

 困ったときのブルマだより。

 実際、悟空が取れる手段の中で『ブルマに頼る』というのは最上の手であった。

 ブルマはミスターサタンに次ぐレベルで社会的地位の高い人物である。仕事の一つや二つくらい楽に作れるだろう。

 

 もっとも、純血のサイヤ人が務められるような仕事を作れるかは分からないが……。

 

「それに……へへ、もしかすっとベジータと修行できるかもしんねぇしな」

 

 にやけながら立ち上がり、ふわっと浮き上がる悟空。

 そのまま気を体に纏い、ブルマ一家の暮らす西の都まで一直線に飛び始めた。

 

 

 

 地球を楽に何週もできる悟空のスピードなら、全力で飛ばなくてもすぐに西の都に着く。

 悟空も半ば脱力状態で空を飛んでいたのだが……突然、急ブレーキを掛けてその場に止まった。

 

「んん? あのおっちゃん、何やってんだ?」

 

 薄い雲の中を飛ぶ悟空の眼下。

 

 50メートルほどの高さがある激しく切り立った岩山を、40代くらいの白い道着を着た男性が必死に登ろうとしていたのだ。

 しかし、男は三分の一くらいまで登ったところで地面に落ちてしまう。

 そして再び登ろうとするのを繰り返している。

 

 

 悟空は不思議に思い、舞空術を解いて一気に地面に降りた。

 そして再び山に登っている男の近くに着地する。

 

 手がボロボロになりながらも登ろうとしていた男は、空から降りてきた悟空を見て目を見開いた。

 

「そ、空から人が……!?」

「おっちゃん、さっきから何やってんだ?」

「まさかあなたは……うわっ!!」

 

 突然、男の掴んでいた岩が崩れる。

 そのまま背中から地面に落下しそうになるが、悟空が咄嗟に気を応用した念動力で受け止めた。そのままゆっくりと地面に降ろし、悟空が男に近づく。

 

「あぶねぇぞ~、おっちゃん」

「と、突然申し訳ございません! あ、あなた様が今使っていたのは、鶴仙人様の『()()()』ではないでしょうか!?」

「お? 鶴仙人?」

 

 両ひざを突く男を前に、悟空が首をかしげる。

 たしかに昔、天津飯の師匠である鶴仙人という人物がいたはずだが……今の今まで忘れてしまっていた。

 実は舞空術も鶴仙人が開発したものなのだが、周囲の人間が普通に空を飛ぶようになったため、悟空は舞空術の開発者をすっかり忘れてしまっていたのだ。

 

 悟空はたははと笑いながら、冷や汗を流す男に声を放つ。

 

「いやいや、オラは亀仙人のじっちゃんの弟子なんだ」

「か、亀仙人様の……!? し、失礼しましたぁッ!!」

「ちょ、ちょっとちょっと! いきなり謝んねえでくれよ、別に怒ってねえからさ!!」

 

 頭を地面にこすりつけて土下座する男を見て焦る悟空。

 しかしなおも男は地面に頭を付けながら、懇願するように悟空に言葉を吐く。

 

「亀仙人様のお弟子様に大変失礼だとは思うのですが……どうか、私のお願いを聞いていただけないでしょうか?!」

「わ、分かった分かった! お願い聞くからさ、頭下げるのやめてくれよ!」

「ありがとうございます……! ありがとうございます!」

 

 恭しく、そして恐れ多いと言った風に男は顔を上げる。

 

 悟空よりも頭一つ大きく、よく鍛えられた体格の男。

 頭はスポーツ刈りにしており鼻下に整えられた髭を生やしている。

 見た目は40代くらいで、目元のしわが少し目立つ。そして身に纏う白い道着を泥と血で汚していた。

 

 

 男は悟空の目を見据え、自己紹介を始める。

 

「私の名は『()()()()』と申します。西の都の外れで道場を営んでいる者です」

「道場……ってことは、おっちゃん武闘家か?」

「いえいえ……亀仙人様の足元にも及ばない若輩者です。そして……」

 

 パパイヤと名乗った男は、先ほどまで自分が登ろうとしていた山を見上げた。

 

「この険しい山の上に私の弟子が登ってしまったのです」

「弟子?」

「はい……。とても武の才能がある子なのですが……強すぎて、師範の私でも組手の相手をできないのです。お恥ずかしながら、あの子が手加減した一撃でも簡単に気絶してしまいまして……」

 

 彼はとても申し訳なさそうに、そして悲しそうにそう語った。

 ……悟空から見て、パパイヤは決して鍛えていないという訳ではない。Z戦士とは比べ物にならないほど弱いが、硬くなった手と練り上げられた筋肉が彼の不断の努力をよく示している。

 

 パパイヤは再び、悟空に頭を下げながら言う。

 

「私ではあの子を……『()()()』の相手をしてあげることができないのです。強すぎて孤独なあの子に、武闘家の先達としての姿すら見せてあげることもできない……!」

「…………」

「どうかお願いです、亀仙人様のお弟子様! どうかカシスに、孤独なあの子に……自分よりも強い人がいることを教えてあげてください! そうすればあの子もきっと、寂しくは……!!」

 

 言葉を言い終わる前に、悟空はパパイヤの肩をポンと叩いた。

 そして舞空術で数センチほど浮き上がり、涙を流す彼に向かって言葉を投げかける。

 

「オラの名前は『孫悟空』って言うんだ。……要は、おっちゃんの弟子と組手すりゃいいんだろ?」

「い、いいんですか?」

「へへ、実は少し気になるんだ。おっちゃんがそんなに強いっていう弟子が、どれくらい強いのか……。オラワクワクすっぞ」

「……ありがとうございますッ!!」

 

 パパイヤは涙ぐみながら、感謝の言葉を述べた。

 

 

 

 

 

 

 悟空が50メートルほどの切り立った山を容易に飛び越え、すぐに頂上に降りる。

 

 山の上は円形の平たい草地が広がっていた。

 広さは大体天下一武道会のリングくらいだろうか。くるぶしの下あたりで伸び揃った草は、格闘において何ら支障を及ぼさないだろう。

 

 まるで天然のリングのような場所の中心で。

 一人の少年があぐらをかいて座り、広大な自然の景色を眺めていた。

 

 悟空は背中を向ける少年に対し、歩み寄りながら声をかける。

 

「おーい。おめぇがおっちゃんの言ってた『カシス』って奴か?」

「…………」

 

 無言のまま振り返らない少年に対し、悟空はさらに近づく。

 

「下でおっちゃんに言われてさ、おめぇと組手しに来たんだ。おめぇ、滅茶苦茶強いんだって?」

「……全部聞こえてたよ。山の下でデカい声で話してたからな……」

 

 未だに背中を向けてあぐらをかく少年に対し、悟空は前に回る。

 そして少年の顔の前でしゃがみこんだあと、ニカッと笑みを浮かべた。

 

「オラ、実はワクワクしてんだ。強い奴と戦えるって聞くと、体がむずむずしてくるんだよ」

「……俺は、戦うのは嫌いなんだ。みんな化け物を見るみたいな目を向けてくるからよ……」

「ええ?」

「あのパパイヤ師範だって、いずれそういう目を向けてくる。だから嫌なんだ。これ以上は……」

 

 恐らく悟飯よりも年下……。

 12、13歳くらいの少年であるカシスは、絶望した目を浮かべながらそう言った。

 

 そんなカシスに対し、悟空はなおも笑いながら言う。

 

「へへ、大丈夫だって! オラだっていっぱい修行して、めちゃんこ強いんだからさ! 今なら魔人ブウと戦ってもそこそこ行けるくらいには強くなったんだからよ!」

「魔人、ブウ……?」

「あっ……ハハハ、なんでもねえ」

 

 カシスが知らない人物の名前を聞いて小首を傾げる。

 それを見て、悟空は誤魔化すように苦笑いを浮かべた。

 

(そうだそうだ、ブウの記憶はドラゴンボールでオラたち以外の地球人全員から消したんだった……)

 

 少年は不思議なことを言う悟空に対し、怪訝な目を向ける。

 しかし悟空の明るいオーラに当てられたのか、『ふっ』と笑いながら立ち上がった。

 

「……本当に強いんだろうな?」

「おう! 全力で来てくれてもいいぞ!」

「そうか、確かにあんたはパパイヤ師範よりも強そうだ。なんたってあの亀仙人様の弟子だからな……」

 

 

 カシスは勢いよく後ろに飛び下がり、拳を構えた。

 体は少年だが、構えた姿からは一流の武闘家のオーラを漂わせている。それを見て悟空は更にワクワク度を高め、自身も足を広げて拳を構えた。

 

 悟空は指をくいくいと動かし、カシスを挑発する。

 

「よっしゃ、まずは一発打ってこい!」

「……先に打ってもいいのか?」

「ああ、全力でだぞ!!」

「――――後悔するなよッ!!」

 

 歯を食いしばったカシスは地面が割れるほど強く踏み込みをする。

 そして一瞬で悟空の懐に入ったあと、その無防備なみぞおちに向かって全力で拳を放った。

 あまりの風圧に悟空の道着がはためき、一瞬だけ彼の体が宙に浮く。

 

 しかし、悟空は余裕しゃくしゃくと言った風にニカッと笑みを浮かべた。

 

「へっへー、あんまり効いてないもんね!」

「……嘘だろ……全力だったのに……!」

「でも、おめぇの強さはオラの想像以上だ……! 今度はこっちから行くぞ!!」

 

 悟空はカシスの腕を両手で掴み、リングの端まで放り投げた。

 宙に投げ出されたカシスはすぐに両足で着地し、向かってくる悟空に向かって拳を構え直す。

 

「――――だりゃりゃりゃりゃッ!!」

「う、うおわああッ?!」

 

 高速で繰り出される悟空の攻撃に対し、カシスは全力で防御に徹した。

 息を吐くほどの暇もない連撃。

 一発一発がパパイヤ師範とは比べ物にならない威力。

 時折混ぜられるフェイントも絶妙だ。

 

 

 錆びついていた脳が全力で回転する感覚に、カシスは驚嘆しながらも笑みを浮かべる。

 

(攻撃が速すぎる上に、とても重い……!! これが、亀仙人様の弟子の強さか……!!)

 

「考え事してる場合かッ!!」

「ぐぅ!?」

 

 悟空が側頭部に放った蹴りを腕で受け止めるが、体重差で吹き飛ばされるカシス。

 地面をゴロゴロと転がりながらも体勢を立て直し、今度は逆に自分から悟空へと向かっていく。

 

「舐めるなよッ!!」

「そうだ、ドンドンかかってこいッ!!」

 

 カシスは小さな体格を生かしたスピード重視の軽いパンチの連打を放つ。

 それを悟空は両手で器用に捌き、カウンターのストレートをカシスの顔面へと打った。

 

 悟空の拳はカシスの顔面に当たる直前――――突然、空を切る。

 

「なにッ!」

「悪いな、実は足技の方が得意なんだよ!!」

 

 カシスは自身の軽い体重を生かし、悟空の拳を跳び箱のように飛び越えたのだ。

 そのまま悟空の頭上から、彼の脳天に向かって強力なかかと落としを放った。

 

 少年のかかとが直撃する直前、悟空は左腕を頭の上に動かして受け止めた。

 その瞬間、バァンッ!と空気が破裂したような音が響き、悟空の足元の地面が大きくひび割れる。

 

 しかし、悟空は左腕を構えたまま、にやりと笑みを浮かべた。

 

「……へへ、受け止めちゃったもんね!」

「う、嘘だろ?! か、亀仙人様の弟子はこんなにも……!?」

「おどれぇてる暇はねぇぞ!! まだまだオラにぶつけてみろ!!」

「く……そぉッ!!」

 

 左腕を振り払う悟空。

 再び体重差で吹き飛ばされたカシスだが、着地した瞬間すぐに悟空に向かっていく。

 全力を心意気なくぶつけられる相手が嬉しかったのか、その顔は喜色に染まっていた。

 

 

 

 

 ――――5時間後。

 

 

 

 二人の勝負はさらに苛烈さを極めていた。

 リングとなっていた山の上はひび割れていない所の方が少なく、もはや山自体が崩れそうになっている。

 

 そんな不安定な足場の上で、カシスは悟空に殴りかかる。

 その速度は稽古をし始めた当初の数倍以上にも速いものになっていた。

 この稽古を通し、カシスは更に強くなっていたのだ。

 

 

(こりゃ、おでれぇたな……! ホントにつええや!! こんなつええ奴がまだ地球にいたなんてよ!)

 

 悟空は内心で驚きながら、彼の攻撃を捌く。

 魔人ブウとの戦いを経た悟空と少年の戦闘力には天と地以上の差がある。少年がどんな奇策を使っても悟空に勝つ方法はない。

 

 しかし、少年の強さと才能は純粋な地球人にとっては破格すぎるものだ。

 それこそ悟空が心の底から目を見張るほどに。

 

(今はもう……初めて地球に来た時のベジータと同じくれぇじゃねえか?! 稽古を続ければ続けるほど強くなる……オラ、こいつがどれくらい強くなるのか知りてぇ!)

 

 悟空が動きのボルテージを段々と高めていく。

 大気を震わせるような拳の衝突が続き、山全体がビリビリと震える。

 

 しかし地面が崩れることも厭わず、汗だくのカシスは悟空の顔面に殴りかかった。

 

「でぇりゃあぁああああッ!!」

「遅いッ!!」

 

 疲労で精細さを欠いたその拳に合わせ、悟空はカウンターを放つ。

 その一撃で軽いカシスは勢いよく吹き飛ばされ、山のリングの外へと飛び出してしまった。

 

 

「うっ……」

「あ、やべっ!!」

 

 悟空はすぐに舞空術を使い、空中に飛び出したカシスの手を掴む。

 そして楽しさで笑みが隠しきれないといった表情を浮かべながら、手を顔の前に出して謝った。

 

「そっか~、おめぇ空飛べねぇんだもんな。わりぃわりぃ」

「……あ、あんた、強すぎるだろ……。これが、亀仙人様のお弟子様か……」

「いやいや、おめぇも滅茶苦茶強かったぞ! オラおどれぇちまった!」

 

 全力を出し切ったという風に脱力するカシス。

 それを見た悟空は笑みを浮かべながらも、ゆっくりと彼を地面に降ろす。

 

 疲労で地面に這いつくばるカシスを見ていると、山のふもとの方からパパイヤ師範が大慌てで走ってきた。

 

「そ、孫悟空様! カシスは……!」

「おう! オラ、ホントに強くておどれぇちまったぞ! こりゃあおっちゃんが手を焼くわけだ」

「そうですか……。でもその様子を見ると、カシスはあなたに敵わなかったようですね」

 

 地面に倒れるカシスの傍にひざを突くパパイヤ師範。

 彼はもぞもぞと動くカシスの体を背中におぶさり、優しい声をかけた。

 

「カシス。世の中にはお前よりも、とても強い人がいるんだ」

「……うん……」

「武道とは強さだけじゃなく、『心』も大事なんだ。自分の弱さと向き合って、立ち向かう『心』が。それはもしかすると、単純な強さよりも大事なことかもしれない」

「うん……」

 

 パパイヤ師範は少年に真面目な表情で優しい声をかけたあと、にっと笑った。

 そして疲れて眠気が出始めたカシスを、赤子のように揺すりながら言う。

 

「本当は、私がお前に強い姿を見せられれば良かったんだが……。私もまだまだ、偉そうに言えるほど強い人間じゃない。……明日から、二人でまた修行しなおそうな、カシス」

「……分かった……」

 

 小さな声で最後の返事をし終わったあと、すうすうと寝息を立てて眠り始めるカシス。

 それを優しい顔で見つめるパパイヤ。

 

 

 ……その様子を見ながら、悟空は過去のことを思い出していた。

 

(オラも……亀仙人のじっちゃんとこで修行して強くなった時、敵がいなくなったように感じたことも少しだけあったっけ)

 

 武闘家にとっては神様に等しい……しかし、実際は気さくな人物である亀仙人。

 彼の元で修行した悟空は、今までとは比べ物にならない力を手に入れた。

 

 そんなときに出場した天下一武道会では、悟空は子供ながらも自分より大きい相手に勇ましく立ち向かった。

 そして……最後の決勝戦で、『ジャッキー・チュン』と名乗る老人の武闘家に敗北した。

 

(もしあそこであのじいちゃんに負けてなかったら……オラも、もしかしたら腐ってたかもなぁ)

 

 カシスは自分より強い相手がおらず、自身の才能を腐らせていた。

 自分より強い相手はいないと、世界を勝手に狭めてしまっていたのだ。

 

 あの時に天下一武道会で優勝してしまっていたら、自分もそうなっていたかもしれない。

 そう考えた悟空は、カシスを見ながら幼少の記憶という郷愁に駆られる。

 

(オラ、今なら胸張って『あそこで負けてよかった』って言える……。だって、ここまで強くなれたからな)

 

 口角をわずかに上げる悟空。

 そして、腐っていたカシスに今度は自分が『もっと上の相手』を見せてあげられたことに、胸が温かくなるような嬉しさを覚えた。

 

(ジャッキー・チュンのじっちゃん、元気にしてっかな。亀仙人のじっちゃんが知り合いだって言ってたし、今度会ってもう一回勝負してみっかな?)

 

 ……実は『ジャッキー・チュン』の正体が『亀仙人』本人だとは、未だに悟空は知らないのであった。

 

 

 

 

 パパイヤ師範はカシスを背負ったまま、悟空に頭を下げる。

 

「孫悟空様、本当にありがとうございました」

「おう、オラも楽しかったし全然かまわねえぞ!」

「ところで……もう日も暮れてきましたし、私の道場で食事でもどうでしょう? 腕に寄りを持って作らせていただきますよ」

 

 実は料理に自信があるパパイヤ師範は、恩人に感謝の意を込めて料理を振るうつもりだった。

 しかし、悟空はそれを笑いながら手を振って断る。

 

「いや、オラは家でチチが飯作ってくれてるんだ」

「チチ? ああ、奥方様ですか! それは失礼いたしました」

「へへっ、また今度カシスに稽古しに来たときに食べ…………う、わぁあーっ?!」

 

 そこで悟空は重要なことを思い出し、頭を抱えた。

 それを見たパパイヤ師範は驚き、慌てふためきながら悟空に問う。

 

「ど、どうかいたしましたか?! どこか怪我でも……」

「そうだ、忘れてた……! オラ、ブルマんとこに仕事探しに行くはずだったんだ……! このまま仕事を見つけられなきゃ、チチから飯抜きだって言われてたんだーっ!!」

「そうだったんですか……」

 

 パパイヤ師範は顎に手を当て、少し考えこむ。

 『どうしよう』と頭を抱えて悩む悟空を見つつ、パパイヤ師範はぽんと手を叩いた。

 

「孫悟空様。……お住まいはどちらですか?」

「え? えーっと、パオズ山の村だけど」

「そうですか。あのあたりの土地なら、行けるかも……」

 

 ぶつぶつと何かを呟きながら再び何かを考えこむパパイヤ師範。

 小首を傾げながら師範を見つめる悟空。

 

 そして30秒ほど経ったところで、パパイヤ師範は合点がいったようにこくりと頷いた。

 

「もしかするとですが、お仕事の当て……作れるかもしれません」

「え……ほ、ホントかぁ?!」

「一度、私の道場に来ていただけますか? ご説明いたします」

「わかった!」

 

 悟空は躊躇なくパパイヤ師範の体を掴み、空に飛びあがる。

 少しだけ焦る師範だったが、この空中浮遊が舞空術によるものだと知ってるのでそこまで驚きはしない。一度深呼吸して気持ちを落ち着かせた後、自身の道場がある方向へと案内した。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 悟空含む三人組はパパイヤ師範の道場の前に降り立った。

 木造の平屋だが、綺麗に掃除された立派な道場だ。門には『パパイヤ道場』という看板が厳かに飾られている。

 

 しかし、パパイヤ師範は悟空を道場の中ではなく裏手に案内した。

 そして道場よりは小さいものの、悟空の家くらいに大きい倉庫の前で立ち止まる。

 

「実は私は、道場経営だけで暮らしているわけではないんです。まあ師範の私が弱くて、門下生があまり集まらないというのもあるんですが……」

「へえ~。ほかに何の仕事してんだ?」

「実は……私は『農家』もやってるんです」

 

 パパイヤ師範は倉庫の扉を開き、悟空と共に中に入る。

 倉庫の中には収穫物が保管されているときに発生する独特の匂いが充満していた。鼻の良い悟空はすんすんと数度嗅いだだけで何を育てているかまで詳細にわかる。

 

「おっちゃん、いろいろ育ててんだな~。オラここの匂いだけで腹減ってきたぞ」

「さ、流石に調理してないので、食べてもおいしくないと思いますが……」

「そっか~。じゃあしょうがねえな」

 

 悟空が諦めたようにそう言う。

 そのすぐあと、パパイヤ師範は倉庫にある金庫の中から小ぶりなケースを取り出してきた。

 その中には、カプセルコーポレーション製のホイポイカプセルが幾つか入っている。

 

「実は私、ついこの間に農業用の機械をすべて一新したんです。最新式の機械が値下がりしていたので、ちょうどいいかと」

「へ~。じゃあ、このカプセルの中身はなんなんだ?」

 

 悟空はパパイヤ師範が渡してきたケースからカプセルを取り出す。

 その質問に対し、師範はにっと笑いながら答える。

 

「私が前まで使っていた古い農業用機械の一式です。でもまだまだ使えますよ。多分これ一式を揃えようとすると、1000万ゼニ―は下らないかと……」

「いいっ!? い、1000万ゼニ―?!」

 

 あまりの金額に悟空は目を見開き、カプセルをケースごと師範に返そうとする。

 しかし師範は逆にケースを悟空に渡し返した。

 

「こ、こんなん受け取れねえよ! オラ金持ってねぇし!」

「いいんです。これは、カシスへ私の代わりに強さを示してくれたお礼です。どうか受け取ってください」

「で、でも……」

 

 

 ためらう悟空に対し、パパイヤ師範は畳みかけるように言葉を放つ。

 

「それに……農業というのは、武闘家にピッタリな仕事だと思うんです」

「え?」

「農業は力仕事で体も鍛えられますし、休憩時間の合間に時間を取れば修行もできる……。孫悟空様ほどの武闘家なら、修行時間はめいいっぱい作りたいでしょう?」

「お、おう! で、でもな~……」

 

 それでもまだ、受け取るのを躊躇う悟空。

 流石に金額が金額だ。そう簡単に受け取るわけにはいかないと思っているのだろう。

 

 パパイヤ師範は人柄のいい悟空に対して更に笑みを強くする。

 そのあと、背中に負ぶったままのカシスに顔を向けながら言葉を放った。

 

「なら、時々カシスに稽古をつけてやってください。その稽古費用の前払いということでどうでしょうか、孫悟空様?」

「…………うーん……わ、わかった! そこまで言うなら、ありがたくもらっとく!」

 

 カプセルの入ったケースを恭しく受け取り、丁寧に懐にしまう悟空。

 そして師範の後ろにいるカシスを見て、好戦的な笑みを浮かべた。

 

「でも、貰ったからにはビシバシ稽古すっからな? カシスが起きたら伝えてやってくれ!」

「分かりました。きっとカシスも喜びます。……今日は本当にありがとうございました、孫悟空様!」

 

 

 パパイヤ師範と悟空は再び笑みを向け合い、共に倉庫から出る。

 そして悟空は、師範と眠ったままのカシスに手を振りながら、薄暗くなり始めた空に向かって勢いよく飛び上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パオズ山のふもとの村。

 そこにある我が家の前に降り立ち、悟空は扉の前に立って声を出した。

 

「お~いチチ! 今帰ったぞ~!!」

「お……悟空さ! おかえんなさいだ! どこか働けそうな場所は見つかっただか?」

 

 チチは料理中だったのだろう。

 鍋にかけていた火を止め、パタパタと足音を鳴らしながら玄関を開いて悟空を出迎える。

 

 そしてチチの質問に対し、悟空は笑みを浮かべながら懐のケースを取り出した。

 

「いや……実はオラ、『農業』をしようと思うんだ!」

「え? の、農業?」

「おう! さっき、パパイヤ師範っちゅー人に農業用機械の一式を譲ってもらってさ! これで農業の仕事が始められっぞ!」

 

 自慢するようにケースを見せる悟空に対し、チチは驚いたような表情を見せたあと。

 唇をわなわな震わせながら涙ぐみ、その場にうずくまってわっと泣き始めた。

 

「わ、わ、チチ!? なんで泣き始めんだ?!」

「ご……悟空さが真面目に仕事を探してきただ~! お、オラ嬉しくって……うえ~~ん!!」

「な、泣き止んでくれよ~チチぃ~!」

 

 悟空がわたわたと慌てながらチチを宥めようとするが、彼女の感情は止まらない。

 そして家の中で泣き始めるものだから、その声を聞きつけた悟飯と悟天がひょっこりと自室から顔を出してきた。 

 

「どうしたんです、母さん!?」

「どうして泣いてるの、お母さん?」

「ご、悟空さが仕事を見つけてきただよ~!!」 

 

 その言葉を聞いた悟天は、仕事を見つける大変さが分からずきょとんとした顔を浮かべる。

 しかし悟飯はその意味を十分理解しているからか、ぎょっと驚いた顔を見せた。

 

「えっ!? と、父さんが本当に仕事を見つけてきたんですか?!」

「なんだよその言い方~? まるでオラが仕事を見つけてこれない奴みたいじゃねえか」

「い、いや……アハハ……」

 

 悟空のなじるような声に、たじたじと苦笑いで誤魔化す悟飯。

 実際はカシスと稽古した後、偶然仕事を見つけられただけなのだが……。これも悟空の人格が成せる技なのだろう。

 

 

 やっと泣き止んだチチを優しく立ち上がらせたあと、悟空は腹を大きく鳴らす。

 そして少年のような朗らかな笑顔を浮かべ、明るい声を出した。

 

「それよりチチ、オラ腹が減っちまった!」

「わ、分かっただ! 今日はいくらでもお代わりしてくれていいからな、悟空さ!」

「ホントか!? やったぁ~! それ聞いてますます腹減っちまったぞ!」

 

 悟空は家の中に入り、チチがいきり立ってご飯の用意をするのを眺める。

 そして息子二人と食卓に着き、食前の会話を始めた。

 

「お父さん、それでどんな仕事を見つけてきたんです?」

「おう! オラ、農業をするんだ!」

「へぇ~! 確かに、お父さんにはぴったりかもしれませんね!」

 

「農業って、何育てるの?」

「それはまだ決めてねえんだ。悟天、何の野菜が好きなんだ?」

「うーん……わかんない。ぼく野菜苦手だもん……」

「ハハハ。ならオラが作った野菜で苦手を克服しような!」

「うん!」

 

「コラ悟天。父さんの作った野菜じゃなくても、ちゃんと食べなきゃだめだぞ?」

「……は~い……」

「ま、頑張って克服していけばいいさ。世の中にはいっぱいおいしい野菜があるんだからな!」

「……うん!」

 

 

 

 

 ――――そうして、孫家の夜は更けていく――――。

 

 

 

 

 明日も、明後日も、孫悟空の物語は続いていく。

 

 

 

 

 

 でも今日の孫悟空の物語は……ここでおしまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

        ――完――


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