航海の先に僕はある場所に出ました。そこは「田んぼ」と呼ばれる場所で、僕はその田んぼの管理者である農家さんの手伝いをすることになりました。その農家さんはある願いを一つ抱えていて……
次回、星の王子さま「おむすび恐竜」。お楽しみに!


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第1話

 

 

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この物語りを

世界中の子供達に

また自分が子供だった頃を

忘れがちな大人達に

そして

うわべだけでなく

物事の ほんとうの美しさを

見つめる勇気を持った

すべての人々に

心からの友情を込めて

 贈ります。

     サン・テクジュペリ

 

 

 夏はもう終わったというのに暑さはまだ残っています。そんな天気の中、一人の少年が山を下っていました。

 彼は星の王子さま。地球の科学者がB-612と呼ぶとてもとても小さな星からやってきた王子さまなのです。

 彼は「友達」を見つけるために地球までやって来て、そしていろんな人たちと「友達」になりました。

 少し前まで乗り合わせた全自動潜水艦が壊れ無人島生活をしていた王子さまでしたが、救助してくれた船に乗ってこの土地にやって来たのです。

 

「いやしかし、ここは僕がこれまでいた場所に比べて緑が多いなぁ……。それに空気も湿っぽいし水も豊富にある。……地球って本当に広いんだなぁ」

 

 王子さまは木に上ってあたりの景色を見てみました。すると見慣れない景色が広がっていたのです。

 

「なんだあれ……畑なのに水に浸かってしまっている。あれじゃあせっかくの作物がダメになるじゃないか」

 

 王子さまはアフリカの砂漠やヨーロッパの街並みを廻ったことはありましたが、アジアの農家を見るのは初めてだったのです。だから王子さまは田んぼもお米も知りませんでした。

 何も知らない王子さまは慌てて木から降りて山を下っていきました。

 

「こうしちゃあいられない!きっとあの畑は洪水にあったんだ……だから早く知らせないと!」

 

 王子さまは走って山を下り、そして田んぼにたどり着きました。田んぼの近くで弁当を食べていた男の人に話しかけます。

 

「大変だ!ほら、畑が水浸しになってるじゃないか。はやく畑の水を抜かないと……!」

「え?君、何か勘違いしていないかい?これは畑ではなく田んぼって言うんだ」

「田んぼ?」

「あぁ」

 

 男の人は物珍しそうに、しかしきちんと答えました。

 

「田んぼって言ってね、米という作物を作るんだ」

「米?麦とは違うものなの?僕、麦畑なら見たことあるんだけど」

「そりゃあ麦とは違うさ。……坊や、もしかして君かなり遠くの場所から来たのかい?ここらへんじゃあまり見ない服装だけど」

「うん!」

 

 そういって王子さまは男の人の隣に座って青空を指さしました。

 

「僕はね、とてもとても小さい星から地球に来たんだ。地球からは赤い星に隠れて1年に少ししか見えないみたいなんだけどね。地球にやってきたときは砂漠にいたんだけど、そこからいろんな町や山に行ってつい最近は無人島にいたんだ」

「星……砂漠……無人島?なんだかいろんな場所に行ったんだな」

「おじさんは……農家?ここで米というものを作っているんだよね」

「そうだよ。……本当は田んぼ以外にも畑もあるんだけど」

 

 男の人が指さす方向には確かに野菜を育てている畑がありましたが、やはり王子さまが見慣れた作物ではないので首を傾げました。

 

「あ、俺は竜司って言うんだ。坊や、もし今夜泊まる場所がないというのならうちに泊まってもいいぞ」

「え、いいのおじさん!ありがとう」

 

 おじさんと呼ばれた竜司は26歳でしたがそんなことは気にせずに、しかし少し困ったように立ち上がりました。

 

「いや、でももう少し作業しないといけないんだ。だからここで待っててくれないか?」

「いや、おじさん。僕も手伝うよ!」

「えっ……良いのか?」

 

 王子さまはうなずくと竜司に尋ねました。

 

「僕はおじさんに何ができるのかな?」

 

 

 おじさんが連れて行ったのは狭い広場でした。雑草が生い茂っており、「少ししか経っていないのに……」と竜司が呟いたのを王子さまは聞きました。

 

「おじさん、僕はここで何をすればいいのかな?」

「坊やには鍬を貸すから、ここら一帯の整地を手伝ってほしいんだ。使い方は……わかるか?」

「うん!」

 

 そう言うと王子さまはしゃがんで足元の雑草に語り掛けました。

 

「ごめんね、雑草さん。どうやら竜司がこの場所を農地として使うみたいなんだ。ごめんよ」

 

 そう言って王子さまは鍬を振り下ろし、雑草を根っこから抉り出しました。

 

「あぁ、そこにあるレモンの苗木あたりはつつかないでくれ。最近植えたばかりなんだ」

「はぁい」

 

 竜司の言葉に王子さまは素直に頷いて鍬を振り下ろし、広場の整地をしていきました。

 

「うんっしょ、よいしょ、よいしょ……うん?」

 

 作業中にふと王子さまは辺りになにやら音楽が流れていることに気づいて耳を澄ましました。どうやら竜司の腰にある音楽プレイヤーから聞こえてくるようです。

 

「竜司、この音楽は一体何なんだい?」

「えっ……あぁ!ごめん、つい癖で曲をかけた。ごめん」

「僕は気にしないんだけど、その曲良いなって思って。僕も聴いていいかい?」

「えっ……あぁ、構わないよ」

 

 竜司は少し悩んでプレイヤーの音量を上げて広場の真ん中にあった岩の上に置きました。あたりに優しい旋律が流れ始めます。

 

「――いい曲だね。この曲、何て言うんだい?」

「『アルストロメリア』って言うんだ。――さぁ、仕事仕事」

 

 竜司はまるで意識を切り替えるように鍬で辺りの雑草を掘り返す仕事に戻っていきました。

 

 

 太陽が傾き始め、空を少しずつ紅くなるころにはもう広場の雑草の殆どは刈り取られていました。

 

「よし、それじゃあ今日の仕事はおしまい。家に帰ろう」

「やった、わぁい!」

 

 喜ぶ王子さまと2人分の鍬を担いだ竜司は家まで歩きます。道は田んぼに挟まれて、辺りはアキアカネが縦横無尽に飛んでいきます。

 

「うわぁ!君は……赤とんぼっていうんだね」

「ヨーロッパにはトンボは飛んでいないのか?」

「赤いトンボはいたけど、こんなにもたくさんいるのは初めて見るなぁ……。あはは、おーい!待ってくれよ!」

「あっ、こんな場所で走ると――!」

 

 竜司が止めようとしましたがすでに遅く、王子さまは田んぼの溝に突っ込みそうになり慌てて止まります。

 

「うわぁっ!………おっとととと。はぁ、危なかった」

「だ、大丈夫か?」

「うん、平気!」

 

 王子さまは怪我が無いことを示すように両腕を広げると、竜司に「こんなところで前を見ずに走っちゃいけないよ」としかられます。

 

「溝にはまったら危ないからな」

「ごめんなさい」

「分かれば良いんだ」

 

 竜司は王子さまの肩を軽く叩き慰めると、再び歩き始めました。

 

「ここだ」

 

 竜司が指さした場所には木造の家がありました。王子さまがこれまで見てきた丸太を多用したログハウスではなく、日本式の木造住宅です。

 

「ここが竜司の家なんだね!石造りの家や丸太の家とはまるで違うなぁ」

「あぁ、ちょっと待ってちょっと待って……」

 

 そのまま土足で入ろうとする王子さまを竜司は抑えます。

 

「ここでは玄関で靴を脱がないといけない、分かったか?」

「ここでは家を入るためには靴を脱がなくちゃいけない……そんな習慣までこの地球にはあるんだ。場所が変われば人の生き方もまるで違うんだね」

 

 王子さまは靴を脱いで家に上がりました。板張りの床の冷たさが靴下越しに王子さまの足に伝わります。

 

「ちょっと待っててくれ。すぐにご飯を用意する」

「うん、ありがとう!」

 

 しばらく食卓で待っていますと炊かれたご飯とみそ汁、漬物が並びました。

 

「竜司、これはなぁに?」

「ん……これは白飯だ。さっきの田んぼで育った物を蒸したものだな。そっちはみそ汁。大まかにいうとスープだ。……そっちの黄色いのがたくあんで白いのは白菜の漬物」

 

 いただきます、と言って食べ始めた王子さまに竜司は少し頭を傾げました。

 

「竜司、これすごくおいしいよ」

「そうかそうか」

 

 不格好に箸を持って食べる王子さまをみて竜司は微笑みました。

 

 

「竜司。この人たちは誰?」

 

 リビングに通された王子さまはふと壁にかかったポスターが気になりました。ポスターには3人の少女が描かれています。

 

「これ……?この娘達は、アルストロメリアっていうアイドルさ」

「アイドル……?」

「アイドルっていうのは――まぁ、歌手グループみたいなものだよ。農作業中に流していた曲もアルストロメリアが歌っていたんだ」

「竜司はアルストロメリアのこと、好きなの?」

「アルストっていうよりも、桑山千雪が好きかな。ほら、真ん中のあの人。もちろん甜花ちゃんや甘奈ちゃんも好きだけど、やっぱり俺は千雪が一番だな」

 

 うっとりとした目で語る竜司の話を王子さまは聞きます。

 

「千雪はさ、普段のトークやラジオではおっとりとした話し方をするんだけどドラマの演技となると一気に予想できないような役を演じることができるんだ。モデルとなるとロリータ調の服も着こなせるから凄いんだよ。でも露出が激しいものもプロポーションが良いから似合うんだよな。歌も基本的にはユニットコンセプトに合わせた甘い歌い方が多いんだけど、ソロになると溌溂とした元気な女性の声にもなるし、あっ最近の『Give me some more…』なんかではすっごく蠱惑的な――あっ」

 

 一通り話しきる前に竜司は我に返ったように王子さまの姿を見る。

 

「ごめん、なんか喋りすぎちゃった」

「ううん、誤ることはないさ。竜司がその『千雪』っていう人のことがとても好きなんだということがよく分かったよ」

「好き、好きねぇ……」

 

 竜司はため息をつくと胡坐をかいて頬杖をつきました。

 

「何か悩み事かい?」

「……ファンレターをね、千雪に送りたいと思っているんだ」

「ファンレター?」

「それは……えぇと」

 

 答えられずまごつく竜司に王子さまはかつての体験をもとに答えを出しました。

 

「竜司はその人とお友達になりたいんだね」

「えっ!まぁ、そういう言い方が一番妥当……なのかな」

 

 ウンウンと唸って頭を悩ませる彼に王子さまは不思議そうに聞きます。

 

「どうしてオペラ歌手やアイドルが相手だとどうしてみんなお友達になることを恐れるんだい?」

「そりゃあ、俺はただの一般人。相手は雲の上の人だからさぁ……。俺みたいなただの農家が簡単にファンレターなんてなぁ……」

「どうしてだい?みんな同じ人間じゃないか」

「いざ書くってなると、どう書けばいいのか分かんなくなるんだよ」

 

 なるほど、ファンレターを書くというのは緊張することなのか。そういえばトムがスミレの花を贈るときもとても緊張していたっけ。

 こうなると本当に緊張して何も書けなくなるのを王子さまは知っていたから黙ることしかできませんでした。

 

 

 翌日。

 前日と同じように雑草を掘り返す作業を王子さまは繰り返していました。

 

「んしょ、うんしょ……」

「よし、そこまでだ」

 

 音楽プレイヤーを止めた竜司は王子さまに静止を呼びかけました。

 

「ここら一体の整地は済んだと判断してもいいだろう」

「やったぁ!」

 

 喜ぶ王子さまを尻目に竜司は道具を片付けます。

 

「竜司、そういえばどうして君は千雪さんのところに行かないのかい?」

 

 王子さまはずっと気になっていたことを質問すると竜司は答えにくそうに唸りながら答えました。

 

「あー……忙しいんだよ。あと少しすれば米の収穫が始まる。冬になっても今度はイノシシやシカを狩りに行かなくちゃなんねぇ。春は田植えに畑、夏は野菜の収穫と行く暇がなくってさぁ。お袋は……今は入院中だ。ライブに行く暇があったら面談しに行きてぇ」

 

 今の地球にはいまだラジオしかなく、テレビは持っている者が少なくインターネットはそもそも普及していないのです。ですので私たちのようにライブ配信もライブビューイングも使えません。

 王子さまはその言葉を聞いて励ますように竜司に声をかけました。

 

「竜司、ファンレターを書こうよ。だって君と千雪さんを結びつけることができるのは君が手紙を出すことしかないんだよ?君が勇気を出す以外にどうやって友達になるんだい?」

「でも……そんなぁ、そりゃ俺も千雪と知り合えたらって思えるけど……手紙でなんて」

「できるよ」

 

 王子さまは当然という感じに竜司に話しかけました。

 

「昨日の夜、千雪さんについて説明してくれたのは君じゃないか。それができるのにどうして本人に思いを伝えられないんだい?」

「それは……だって、俺文章書くの下手だし……。自分の感情ばかりで――」

「でも、それをしたためるのが手紙なんじゃないのかな?」

「………」

「それに千雪さんだって1人で頑張れるはずがないよ」

 

 竜司はその言葉が正しいことを理解していました。しかし自分の文才が低いことが推しへのファンレターを書かない理由にはなれない。

自分の感情をさらけ出しながら応援していくのがファンの務めではないのだろうか。黙って己の感情を隠しながら、というのは一種の自己満足にも思える。

 

「わかった。じゃあ、がんばってみようか」

「本当?」

「あぁ、家にはハガキもあるし今日のうちに書いてみよう。……採用されるかは分からないけど」

 

 竜司は伸びをすると王子さまから農具を取り上げて意気揚々に声を上げました。

 

「よし、このままじゃいられない。早く家に帰ってハガキを書くぞ!」

 

 その様子を見て王子さまは安心したように呟きました。

 

「良かった、竜司は応援できるお友達ができたんだね……」

 

 

 夜も更けて外には虫の声が溢れています。

 

「出来た!」

 

 竜司は数時間ハガキと格闘した結果なんとか一枚のファンレターを完成させました。

 

「本当かい、見せて見せて!」

「あぁ……少し恥ずかしいけど、いいぞ」

 

 照れながら竜司は完成したハガキを見せました。そこには彼なりに色鮮やかに彩られたハガキがありました。

 

「……おや、竜司の名前が書かれていないよ」

「ファンレターでは基本的に自分の本名は書かないんだ。今回はラジオ番組に投稿するから、ラジオネームという偽名を使うんだ」

「へぇ……でもそのラジオネームもないよ?」

「そうなんだよ、どんな物にしようか考えていて」

 

 うーん、と悩む竜司をみて王子さまもアイデアを考えます。

 

「そのラジオネームっていうのはどのようなものがあるんだい?」

「う~ん、たとえば本名をもじったり職業を使ったり……」

「じゃあ、竜司は農家さんなんだからお米をモチーフにすればいいんじゃないかな」

「……じゃあ」

 

 竜司は悩んで一つの名前を決めました。

 

「――おむすび恐竜にしよう」

「おむすびって、今日の昼にくれたもの?確かにいいアイデアだと思うよ」

 

 王子さまの賛同の声を聞くと、竜司は「おむすび恐竜」と名前を書きました。

 

「よし、じゃあこれを明日ポストに入れれば終了だ。王子さま、本当にありがとう。君のおかげでファンレターを出す勇気が出たよ」

「そんな、僕は――」

 

 言葉を紡ぐ前にぐぅ、と二人のおなかが鳴り二人は目を見合わせました。

 

「僕、お腹が空いたよ。竜司もかい?」

「あぁ……簡単に何か作ろう」

 

 

 翌日、二人は投かんしたポストの前で別れます。

 

「もう行くのか?」

「うん、僕はこの星のいろんな人と友達になりたいんだ。だから、色んな所に行くんだ」

「そうか」

 

 竜司は手を振ります。

 

「それじゃあ、またな!」

「うん、またね!」

 

 2人はポストの前で別れました。

 

 王子さまは願いました。竜司の思いが千雪さんに届いてくれればいいな――。

 




昔の私はいったいなぜこんな作品を書いたんだ?

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