時間は誰に対しても平等、なんて慣用句は科学の面でいうと正確には違うらしい。
相対性理論によると重力の小さいところや高速で動く物体の時間の流れは遅くなるらしい。耳を疑うような話だが、実際に航空機の時計がずれたという事や国際宇宙ステーションの時間が地上と比べて0.009秒だけ遅れるという雑学があるぐらいには信憑性のある話らしい。
案外人類が時間旅行をする日は想像よりも近いかもしれないが、少なくともこの数年では無理だろう、と三峰結華は考えていた。
社用車はいつもの様に座席のビニールと社長が染みつかせたであろう紫煙の匂いでツンとする匂いがする。東京の町はたとえ夜であっても明るく高速で流れる風景は光の線ばかりを映していた。
「ラジオ収録、お疲れ様。今日も評判よかったぞ」
「Pたんも送迎お疲れ様―。……いつも言っているけど別にわざわざ家まで送らなくてもいいんだよ?」
「そういうわけにもいかないさ」
赤信号。社用車が停止線の前で停止する。
「そりゃあ俺がすべてのアイドルの仕事に立ち会うのは――分身でもしない限り不可能だけどさ。それでも基本的にはすべて見届けようとは思っているんだ。それに、ミーティングもあったからね」
「ほとんどワンオペでしょ……。少しは私たちのこと信用しても良いんじゃないかなーって」
「いや、はづきさんも社長もいるから。だからワンオペってわけじゃないよ」
「仕事を分担しているから過労じゃないって、それもはやブラック企業の言い訳だよ」
「ははは……最近いろんな人に休めって言われるなぁ」
そりゃあ言いたくなるよ、という気持ちは交差する信号が赤になったから押し黙った。きっと大崎甘奈や桑山千雪あたりはかなり心配しているのだろう、かなり言い聞かせていたのだろうというのは事務所での様子を鑑みるに簡単に想像できた。
「……ある程度は目をつぶるけどさぁ。強引な方法も考えるよ?例えば……アンティーカ全員でプロデューサーを寛がせるとか」
「ははっ、それは……」
――アンティーカ全員が同時に事務所に集う瞬間はほとんどないかもしれない。それはそれでスケジュール調整でもっと大変な思いを味わせてしまうかもしれない。プロデューサーの心労が余計かかることになるかもしれないと思った。
「まぁ……考えてほしいなぁって。プロデューサーが私たちを気にかけてくれるように、アイドルもプロデューサーのことを気にしてるんだよ?」
その言葉に運転席に座るプロデューサーは「ごめんな、気を付けてみるよ」と、いつものようにかわされてしまった。
少しは私の気持ちを理解してもらいたいなぁって思って、やめる。
近づいたら近づいたで拒絶する自分の心がどうしようもなく嫌に思える。
ルームミラー越しに彼を見る。後部座席の三峰からはプロデューサーのことは見えるが、逆は案外見えない。自動車免許を取得した際に知ることができた知識を使って三峰はプロデューサーを盗み見る。
いつも通りだった。
たぶん、こっちがプロデューサーに送ってもらう前に色々と化粧などの身支度をしていることなんて気づいてないんじゃないかな……って思うぐらい。
――高速の物体に流れる時間は遅くなる。つまり車内の時間は外と比べてゆっくりだということだ。車の中の2人だけの時間は外と比べて短いということだ。
信号機が赤になる。車が停止する。時間が長くなる。
(ずっとこのまま赤でいて欲しいな……)
桑山千雪や大崎甘奈、そのほか色んなアイドルがプロデューサーのことを愛しているのは分かっていた。他にも彼のことを愛する人はたくさんいる。だから三峰はその恋心を隠すしかなかった。
それでもこの送迎の時間は2人きり。1メートルも離れていないプロデューサーへの恋心を隠さなくてもいい時間だ。
だから出来るだけ無いほうが良い。だって報われることのない恋情を感じたくなないから。
だから出来るだけ長くあってほしい。だっていつまでもあなたのことが好きな女の子でありたいから。
(だから、あまりこの時間が来てほしくない。でも来るのならもう少し遅く流れて)
信号が青になった。
彼女の心は未だ進む気配すらなかった。
タイトルの元ネタはマリオヨッシーランドの.exe改造品「MARIO」より。