Re:IS   作:葉巻

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第10話

 一般に、設計段階における兵器は『個性』とは無縁の存在である。いかなる種類、いかなる効果範囲を持つものでも、その傾向は等しく在る。

 コンセプト通りの機能を満たし、定められた性能を忠実に発揮する。それこそが武器に求められる要件であり、不特定多数の為の道具として分配される物全てに備わっているべき特性。

 ゆえに製造時に生じるわずかな誤差や運用による多少の変化は許されても、設計段階で一つ一つに明確な違いが生じることを確約するような仕様は認められない。

 信用のおけない不安定なものを生み出せば、必要な機能を満たすどころか、使用者を危害に曝すことにも繋がりかねない。殺傷能力のある兵器ともなれば、尚のこと慎重を期する必要がある。

 それは均一な品質を保証するとともに、安全を保障するためのリミッター。制御不能な怪物を生み出さないための、あらゆる可能性を封じる枷である。

 

 ――だが、そのやり方では彼らに勝てなかった。

 

 『個性』の否定を前提に成り立つ以上、その枠を自ら食い破ることはできない。定められた強さをはみ出すことができない物同士がぶつかれば、総合的に戦力を上回った側が必ず勝利する。

 たとえ一機で性能を上回ろうと、どれだけの技量を一人の遣い手が持ちえようと、絶対数でそれらを上回るモノには決して敵わない。どれだけ改良し限界を押し上げたとしても、数さえ揃うなら一で押し切れない多がいずれ上回り蹂躙する。

 必ずしも理論値を引き出せない有人機に対し、敵は無人機。

 『無個性』の極致であるがゆえに、単体での実力は変動がなく、その練度も紛い物の人格ではたかが知れている。だが整った凡庸な爪牙は、その群勢を一度聡明な指揮官に率いられれば、いかなる英雄をも打倒しうる無敵の怪物へと変貌する。

 

 ――ならば、いかにしてその優位を打ち破る?

 

 度重なる問答と思索の果てに、当代の識者達が探り当てたのは二つの方策だった。

 一方は、どのような遣い手でも理想値を引き出せる高性能な量産型。性能の発揮を機体が担い、操縦者は半ば委ねる形を採ることで、いついかなる場合においても最大のパフォーマンスを生み出すという考え方だ。

 そしてもう一方は、これまで当たり前のように封じてきた『個性』への枷を取り去ること。枠を外れてでも既定の性能、完成された形を越えるような進化を求めるという、あまりにも常識を外れたコンセプトだった。

 

 やがて前者は第二世代型の改修という形で実を結び、後者は新たな世代を担う機体としてこの世に送り出される。

 その記念すべき初の第三世代型IS。

 それこそが、イギリスが己の威信を賭けて製作した試作攻撃機であった。

 

    ■ ■ ■

 

「――第三世代型の最大の特徴は、当時研究段階にあった思考制御装置(イメージ・インターフェース)の導入と、ISコアとの同期を前提とする単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)システムの搭載だ。この機構の搭載には、それまでの身体動作と神経信号のハイブリット方式よりも追従性を高める、という狙いもあった。だが本来の目的は、ISコアの人工知能に操縦者の思考を学習させ、互いの特徴を理解し、最も必要とする機能を新たに生み出すことにある」

 説明を続けるハルフォーフさん。

 知らない俺達の為にみっちり講義してくれているのはありがたいのだが、俺の脳味噌では正直もうついていけそうにない。

 そもそも横文字が多過ぎる上に、普段は一切聞かないような単語だらけなのだ。頑張ってイメージを浮かべようにも、キーワードの一つ一つが理解できないのでは何がどうなってるのかなんてさっぱりだ。

 頭の上に特大の疑問符が乗っかっているのでも見えたのか、話が途切れたのを見計らってセシリアが口を開いた。

「簡単に言えば、わたくしの思考を読み取らせた上で、ISの中に『もう一人のわたくし』を構築するといった感じでしょうか。わたくしをサポートするのがわたくし自身なら、得手不得手をすべて理解した上で一番適切な解答を引き出せる。そのような理論の下に装置を組み入れて作られたのが、この『ブルー・ティアーズ』なのですわ」

「自分の分身を作る、ねぇ」

「決して困難な話ではありませんわ。ISコアは高性能な量子演算装置、一般的な計算機とは前提理論も性能も大きく異なります。その性能をもってすれば、物真似程度の知能なら簡単に再現可能でしてよ」

 相変わらず理解は追いつかないが、それがとんでもない技術だということは何となく想像がついた。

 ――それにしても、だ。

 こうして話を聞かされていると、ISって本当にとんでもない代物なんだな、と改めて実感させられる。人工知能なんて乗っかっていたのかという驚きもあるが、それを更に学習させて育てるだなんて、正直突拍子の無さ過ぎる話だ。それを現にやってのけるというのだから、科学の力というのは凄いもんだとつくづく思う。

「とはいえ、戦闘に用いるとなれば桁違いの完成度が求められる。コアがあらかた学習を終える為の操縦時間も当然馬鹿にはならん。それもあってか、第三世代型ISは開発した各国とも、未だ単一仕様能力の発現に至っていない状況だ。最も先を行く『テンペスタ(デュオ)』でさえ、持ちうる最大の性能を発揮した上での限定的な発動に留まっている」

 えーっと……。つまり、どういうことなんだ。

「第三世代型の機体はいずれもまだ未完成ということですわ。もちろん、『進化するIS』というコンセプト通りではありますけど、まだ量産を始められる段階にはありませんの」

 相変わらずわかりやすい説明をどうも。

「元々理論実証機としての役割が大きい上に、操縦者側は思考制御装置への高い適性が必要となるからな。まだ扱える操縦者がごく少数というのも影響してか、現時点で配備されているものは全て一体限りの専用機(ワンオフ)と言ってもいい状況だ」

「それって、兵器としては欠陥品もいいところじゃないですか。そんな機体を運用する意味なんてあるんですか?」

「しいて言うなら現行の量産機へのフィードバックか。第三世代型機を駆る我々が最適解を見つけ出し、それらが他の多数にとっても適当であれば模倣する。一から開発するよりは効率的に強化できるから都合が良い、といったところだな。量産機にない突出した性能が、我々エージェントがこなす単独や少数での作戦行動に向いている、というのも長所の一つと言える」

 ついきつく問いただす形になった俺の方を見つつ、ハルフォーフさんは淡々とした口調で答えた。

 というか、『欠陥機をどうして使ってるんですか?』なんて質問を操縦者本人へ投げるなんて、衝動的だったとしても失礼極まりないよな。見つめられた時は本気で怒られるんじゃないかとビクビクしてたが、意外にもそんなことはなくてちょっと安心した。

 ――まあ、それでも失礼だったことに変わりはないし、一応後で謝っておこう。

「ところで、そんな秘密を私達にペラペラ喋って問題ないの? まさかとは思うけど、後で口封じしようだなんて考えてないでしょうね?」

「この程度は機密でも何でもない。今こうして語っているのは、興味のある者が調べればすぐに出てくる情報ばかりだ。滅多に見られない物といったらせいぜいそこの立体映像くらいなものだろう」

「どうかしらね」

 怪訝な表情で睨む鈴。

 警戒心を失わないのは大切だが、そうやって一方的に疑うのは良くないと思うぞ。

「私がここまで話したのはあくまで前提としての知識だ。肝心な部分だけを話しても良かったのだが、君達に話したところで理解が追いつかないのは目に見えているからな。助けになる程度には補足を加えておいた」

 ハルフォーフさんは得意げにそう言った。

 その目論見はある意味的を得ているんだろうが――なんだろう、すでについて行けなくなってるのは気のせいだろうか。箒に至ってはあまりの難解さに考えること自体放棄して寝てるし。

 

「先ほど話した通り、第三世代型ISは画期的ではあったが数を揃えての運用には向いていない。限られた操縦者にのみ扱えるとなれば尚更だ。前提としての高いハードルは優越主義を生む土壌となり、個人に強大な戦力を委ねることは新たな脅威を生むきっかけとなりうる。ゆえに、研究者達が次に求めたのは、その敷居を下げる方法だった」

「でも、性能を落としたら第三世代である意味がなくなるんじゃ――」

「その通りだ。劣化を許せば準第三世代で事足りてしまうが、性能の維持に固執すれば運用の難易度は下げられない。そこで考案されたのが生体連動型というコンセプトだ」

 立体映像が再び切り替わる。今度はISではなく、人間の体を模した半透明の模型だった。

「思考制御を通して繋がれるといっても、操縦者とISはあくまで別個の存在だ。思考のトレースと学習には展開を必要とするため、どれだけ訓練の機会を設けようと常時繋がっていられるわけではない。それゆえに、まともな機体として運用するまでには長い準備期間が必要となる。では、その制限を取り払うことに成功したらどうなるのか」

 透けた胴体の内部――ちょうど心臓の辺りに赤い光が点く。

「人体とISコアの結合。ほんの一秒たりとも離れず命を共有する理想の状態に置けば、その学習速度は思考制御装置を持たずとも飛躍的に高まる。半ば倫理を外れた発想だが、効率のみを考えればこれ以上に素晴らしいものはない。実際、戦闘で負傷した操縦者の同意を前提として何例かの臨床実験が行われ、その効果を実証することに成功している。そのプロジェクトに関わっていた一人が篠ノ之束博士――そこで寝息を立てている篠ノ之箒の姉だ」

「束さんが?」

 驚いて訊き返す俺に、ハルフォーフさんは頷いて肯定する。

「博士が担当したのは、移植したコアに調整を施し、被験者との同調率を高めるプロセスだった。生体連動型のISを安定して運用するには欠かせない技術だ。ファントム・タスクが博士を狙ったのは、システムの完成度を左右する彼女を消せばプロジェクトそのものが停滞、最悪の場合瓦解すると踏んだからだろう」

 その上で、万が一の保険として何らかの技術情報を託しているかもしれない身内にも襲撃を仕掛けたってわけか。といっても、束さんは箒の親父さんや叔母さんとそりが合わなかったから、その対象は俺達にのみ絞られる。

 なるほど、ピンポイントで俺と箒を襲ってきた理由がおぼろげだけど見えてきたぞ。

「生体連動型は一応の成功を見た。だが、優秀な操縦者を対象とすることや手術の必要があることなどから、依然として標準の兵器とすることは難しかった。第三世代型と生体連動型は先進技術発掘のベースとして、思考制御に依存しない準第三世代型を主力とするのが望ましいと結論付けた研究者は数多くいた。だが、一部はその域に留まることを良しとせず、より狂気的な研究に手を染めた」

「もしかして、それって――」

「そう、それが自立稼働型IS。『操縦者すら人為的に作り上げる』という発想のもとに手掛けられた異端の結晶だ。もっとも、目論見通りの完成を見た研究者は一人として存在していないのだがな」

 彼女の説明を聞きながら、俺は自然とユキのことを思い浮かべていた。

 自ら自立稼働型だと名乗ったあの子も、実際は不完全な形でISを展開して無理矢理戦っていた。本来あるべき形になれない理由、それはきっと、人工的に生み出された彼女から『何か』が欠如しているからだろう。

 でも、一体何が抜けているんだ。

 俺達と一体何が違っているというんだろうか……。

「博士の安否が掴めない今、ファントム・タスクにとって君達は優先すべき攻撃対象として挙げられている筈だ。今後も機を見て襲撃を掛ける可能性は十分にある。ここに二機の第三世代型がいるとわかった状況でこれまでのように襲ってくることはないだろうが、君達から迂闊な行動をとるような真似はしないでほしい」

「わかりました。それで、ユキの方は?」

「説明した通り、ISの展開ができないよう一時凍結処置を施すつもりだ。彼女には沈静化まで君達同様に保護対象として生活してもらう」

 そう言ってから、ハルフォーフさんの表情がわずかに曇った。

「――あのような(なり)とはいえ、篠ノ之博士の置き土産だ。いずれは然るべき研究機関で身柄を預かることになる。それだけは前もって理解をしておいてほしい」

「でもっ――」

 反射的に言い返そうとしたものの、すぐに口をつぐむ。

 俺達にとっては妹や友達のような感覚でも、束さんの遺した貴重な検体(サンプル)であることに変わりはない。このままあの人が帰ってこなければ、ユキの存在は研究を進める上で唯一の手がかりになるだろう。

 納得できなくても俺達に大人の決めごとを覆す方法はない。悔しいがそれが事実だ。

「彼女の処遇については、我々からも十分に配慮するよう要請しておく。それに、いつになるかもわからん話だ。彼女とは今まで通りに接するといい」

 黙って拳を握り締める俺に、ハルフォーフさんは優しく声をかけた。

「私からは以上だ。セシリア、お前から何か言っておくことはあるか?」

「ありません。わたくしはこれまで通り、織斑さんとみなさんを護衛するだけですわ」

「ブランケット。お前はどうだ?」

「貴方が話した以上のことは特に。念のためユキさんについては一晩お預かりしますので、それだけはお二方ともご理解頂けますか」

 メイドさんに尋ねられ、俺と鈴はほぼ同時に頷いた。

 俺達が連れ帰ったところで、万が一何か起きたとしても彼女に何ひとつしてやれない。他人に任せるのは不安だが、この三人なら少なくとも危害を及ぼすような真似はしない筈だ。

「ユキをよろしくお願いします」

 席を立った俺は、そう言って彼女に深々と頭を下げた。

 

    ■ ■ ■

 

 その頃、ISを解除したオータムは海の上にいた。

 正確には海面に浮かぶ潜水艦――退役した攻撃型原子力潜水艦を改造し、VLSからの無人機射出を可能とした潜航輸送艦――の甲板上。時折波しぶきの散る湾内に光はなく、その異質な艦形は闇の中に隠匿されていた。

「クソが、二度もあたしの邪魔をしやがって! ぜってェただじャおかねェぞあの小娘」

 悪態を吐きながら艦橋に登った彼女は、ハッチを開く寸前で『連絡』に気付いた。

『こちらオータム、最悪な気分だから手短に済ませ――』

『あら、随分とご機嫌斜めね。寂しい独りの任務を押しつけて御免なさい』

 繋いだ暗号通信越しに甘い声が響く。その途端、彼女の刺々しい態度は一気に軟化した。

『あ、いや。そういうつもりじゃないんだ。その、ちょっとばかし状況が良くないからつい苛立っただけで……』

 顔を赤らめながら答える彼女は、普段とは似つかない少女のような反応だった。緊張と恥ずかしさに声を上ずらせるオータムに対し、通信相手はいたずらっぽく笑った。

『ええ、こちらでも確認しているわ。あなた一人では荷が重過ぎるわよね』

『そ、そんなことはない!』

『無理はダメよ、オータム。あなたは私の大事な恋人なんだから』

 恋人という単語を聞くなり肩がびくんと跳ねる。数週間前、今では遥か昔のことにさえ思える夜の逢瀬を思い出し、彼女は真っ赤な両頬をさらに火照らせた。

『そういうわけだから、今の任務はひとまず休んで頂戴。その間別の仕事を任せるわ』

『あ、ああ。――で、別の仕事ってのは?』

『ある『届け物』の確認と回収よ。本当はもうひとつ前で止めるつもりだったのだけど、レイス(あちら)にも随分と勘のいい子がいたようでね。五日後に近くの埠頭まで運び込まれる筈だから、あなたの方で見つけ出してもらえないかしら』

 直後、待機状態のISが情報を受け取る。オータムは届いたばかりのそれを携帯端末に転送し、詳細を確認した。

 指定された場所は総合リゾート施設と隣接する民間のコンテナ埠頭。だが、肝心の『荷物』の場所はそこに示されていなかった。

『ちょっと待ってくれ。その『届け物』はどの区画に届くんだよ?』

『船が到着しないことには指示のしようがないわ。ただ、外見は随分と変わってるからすぐ見分けがつく筈よ。同封した画像を見て』

 添付画像を開くと、一般的な貨物コンテナとは異なる灰色の箱が映っていた。縁を鋼板で補強し、意図的な衝撃でも容易く打ち破られないよう内部が複合装甲板の二重構造で構成された、軍用の特殊輸送ユニットだ。

 当然その中に収められるものは兵器。それも、箱を破壊しての奪取を恐れるような重要な代物と限定される。

『へぇ。中身は言わずもがなってわけか』

『私達にとっては貴重な補給物資よ。無事に手に入ったらたっぷりお礼してあげる。お金も、あなたの欲しいモノもね』

『そいつはいい、最高だ』

 オータムはそう言ってほくそ笑む。

 ISの補修にかかる時間を考えればギリギリの日程だが、戦力が整うまでの暇潰しにはちょうどいい。連中は要人警護がメインだろうから、こちらから手を出さない限りは邪魔もしてこないだろう。

『回収は必ず成功させる。楽しみに待っててくれよ』

『ええ。頑張ってね、オータム』

 自信満々で答える彼女に、通信相手の女性はいたずらっぽい声音を響かせた。

 

<第10話 了>




※説明がくどい、-10点。
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