次の日から、俺達はユキを連れていろんな場所を見せて回った。
篠ノ之神社の道場で箒が親父さんと稽古する姿を見学したり、鈴の安全確保を兼ねてバイト先のファミレスで何時間も粘ったり、弾の実家の食堂で夕ご飯をご馳走になったり。
たとえ限られた範囲の中での経験でも、俺達の日常を彼女に知ってもらえば少しは考えるヒントになるかもしれない。そう考えた上での行動だった。
――まあ、珍しく顔を出したからって無理矢理稽古に付き合わされたのは予想外だったし、長居し過ぎて店員さんから渋い顔を向けられたりもしたんだが、それでも、少し表情の柔らかくなったユキを見る限りは決して無駄でなかったと思う。
そんなこんなで三日が経ち、休みを翌日に控えた真夜中。
夕食の片付けを済ませた俺が独りリビングで一息ついていると、セシリアからの着信コールが急に鳴り響いた。
『何かあった時に連絡を入れるから』とだいぶ前に番号を交換していたのだが、こうして直接掛かってくるのは初めてだ。何か不味いことでも起きたんだろうか。
俺は緊張気味に携帯端末を開くと、彼女に呼びかけた。
「もしもし、織斑ですけど」
『わたくしです、織斑さん。こんな夜分遅くに申し訳ないのですが、ちょっとお話ししてもよろしくて?』
声に緊迫感が一切ないだけに、俺は逆に首を傾げてしまった。なんだろう、何か用事でも思い出したんだろうか。
あ、もしや宿題を写した時に間違えてセシリアのノートを持っていっちゃったとかじゃないよな? まあ、お向かいに住んでるからすぐ持って行けるんだけど。
「別に構わないけど、どうかしたのか?」
『大したことではないのですけど、ひとつ確認しておきたいことが』
確認? どうしようか、ご飯の後でみんなそれぞれで行動してるし……。
「えーっと……みんなを呼ばなくても大丈夫か? 大事なことなら全員に伝えた方が――」
『いいえ、織斑さんが聞いていらしているのであればそれで結構ですわ』
「ん、そうか」
彼女にそう言われて、俺は少し安堵した。
ちょうど箒がユキと入浴してる時間帯だし、呼びに行って慌てて上がらせるのは気が引けるからな。最悪脱衣所で着替える前の彼女達とエンカウントする可能性もあるし、家の空気を気まずくするようなトラブルを前もって避けられたのは本当に良いことだ。
――といっても、俺自身は女性の裸なんて千冬姉と暮らしていた時点でとっくに見慣れている。だから、今さら見たところでなんとも思わなかったりする。だから万が一の状況に遭遇しても平然と扉を閉めて終わりなんだが、肝心の見られた側はそうもいかないわけで。
昔、赤面した鈴の掌底を食らって昏倒した経験があるだけに、その手のトラブルに関しては日頃から警戒しているのだ。そう、入浴時間を決めたら徹底的に守るよう、しつこく言い聞かせるくらいには。
『実は明日、臨海地区のリゾート施設で織斑さん達と遊んでくるよう、上から直接の指示を頂きまして』
「リゾート施設……っていうと、あの最近できたばかりの所か」
フロンティアラグーン。ショッピングモールにアミューズメントパークや温水プール、ホテルなどが併設された、総合商業施設だ。
確か国内最大級の規模って触れ込みで、テレビでも頻繁にCMを流している。
「でもあそこって完全予約制だろ? もう明日分の予約は締め切ってるんじゃないのか?」
『その点は問題ありませんわ。既にこちらで人数分の予約は済ませてあります。ですから、あとは織斑さん達の都合次第ですわ』
「明日ねぇ……。俺も箒もこれといって用事はなかった筈だし、鈴もバイトのシフトが入ってなければ大丈夫だと思うけど」
ただ、鈴の予定は俺も把握し切れていない部分がある。ひょっとすると駄目かもわからんね。
「ちょっと鈴に訊いてみるから待ってくれないか」
『ええ、どうぞ』
ウフフフッと上品な笑い声が受話器越しに響く。俺は端末をテーブルに置くと、廊下に出てすぐ隣の部屋をノックした。
「鈴、ちょっといいか」
「んー?」
ガチャリと扉が開き、シャープペンを手に鈴が現れる。
「え、あっ……。別に何でもないわ! 何か用?」
珍しく手書きで紙切れに何か書いていたらしい彼女は、後ろ手にそれを隠しつつ訊き返してきた。一瞬しか見えなかったのでよくわからなかったが、誰かへの手紙だろうか。あまり詮索するのも野暮だろうからわざわざ問いただす気はなかったものの、なんとなく意識してしまう。
「えっと、明日は暇……だよな?」
とりあえず用件だけさっさと訊いてしまおう。
そう思いつつ投げかけた質問に、鈴はちょっと考えてから答えた。
「ま、一応はそうね。ホントはバイトが入る筈だったんだけど、店長から『他の子とシフトを代わってくれ』って頼まれて休みになったの。それがどうかした?」
「セシリアから明日遊びに行かないかって誘われた。ほら、最近よく宣伝してるリゾート施設あるだろ?」
時々ドラマやニュースを見ている彼女にはすぐ理解できたのだろう。あるいは予約が埋まるくらい人気だって噂を耳にしていたのかもしれない。
知った経緯はさておき、彼女は俺が説明した途端に目を輝かせながら飛びついてきた。まるで『遊園地に行こうか』と母親から誘われた子供みたい――っていっても俺自身に経験がないから合ってるのかわからんが。とにかく好奇心と幸福度のゲージがMAXになっているのは間違いなさそうだった。
「ホント? あそこに一夏と一緒に行けるの?」
「えっと……みんな一緒だから当然そうなるな」
思わずドン引きそうになるくらいテンションが高い。そもそも俺以外――特にこの手のイベントでは必ずケンカになる箒――も必然的について来ることになるんだが、その辺りわかってるんだろうか。
まあ、今の鈴に何を言っても通じないだろうしな……。
「やったぁ! じゃあ、あっちでのスケジュールは私の方で決めるからってセシリアに言っといてくれない? 後でデータにして送るからって」
「わかった。そう伝えとく」
上機嫌の彼女にそう答え、俺は再びリビングへと戻った。
ひとまず了解は取り付けたし、箒も鈴が行くと聞けば張り合ってついて来るだろう。ユキにとっても、遊んだり買い物を楽しむという経験には持ってこいの条件だ。
まあ、スケジュールの方はセシリア側で既に色々決めている可能性もあるけど、そこはうまく調整すればいいか。
「――もしもし、セシリア? 明日はみんな大丈夫だから行けそうだ」
『それは良かったですわ。ところで、当日のスケジュールはわたくし達がお決めしてもよろしくて?』
「鈴が決めたいって言ってたぞ。出来上がったらそっちにも送るらしいし、そいつを参考にしてくれないか」
その後、俺達は集合時刻と最低限準備するものなど必要な確認をお互いに取ってから通話を切った。しかし、こうして打ち合わせしていると小学校の遠足を思い出すな。配られた予定表を眺めながら夜遅くまで起きてて千冬姉に怒られたっけ。
「よし、全員に伝えとくか」
打ち合わせのメモ内容をまとめた俺は、箒達の端末にメールを一斉送信した。
■ ■ ■
午前十時、休日の開場を迎えたフロンティアラグーンの正面ゲート前。雲一つない快晴の空の下で、俺達はハルフォーフさんからリゾート内での注意事項について長々と説明を受けていた。といっても、大半は中の看板にも書いてありそうなことだったが。
「四月の下旬でまだ暑くはないが、陽射しの差す場所は数多くある。くれぐれも熱中症には気を付けるように。ああ、それと途中ではぐれるようなことがあれば、携帯端末で連絡を入れるように。居場所がわからなければサービスステーションで迷子アナウンスを頼んでもいい。多少恥ずかしくても安全のためだ、我慢して利用しろ。それから――」
「ハルフォーフ。そこまで詳細に言い聞かせる必要はありません。お嬢様を何歳だと思っているのですか」
「別にセシリアだけに注意しているわけではない。それに、万が一の用心に越したことはないだろう」
ムスッとした表情のハルフォーフさん。いつも堂々とした態度だけど、ああ見えて心配性なところがあるんだろうな。
対するブランケットさんはある程度割り切ってるのか、一定の信頼を置いているというのか……。セシリアの話じゃ小さい頃から専属の使用人として彼女に仕えていたらしいけど、その要素がもはやメイド服にしか残ってないんじゃないかと思うくらい淡白だ。
「……とにかく、だ。私達二人が離れている間は迂闊な行動を控えるように。異常があればすぐに連絡しろ」
「ええ。そちらもどうかお気を付けて」
朗らかな笑みを浮かべてセシリアが応える。
彼女曰く、俺たちが遊んでいる間に片付けなければならない『別件』があるらしい。諜報組織のエージェントって、その道のエリートだけあってやっぱり多忙なのかね。
「では行きましょうか」
「そうね。せっかく開場に合わせて来たから時間を無駄にしたくないし」
いつになく上機嫌な鈴。まあ昨晩話題を振っただけであの喜びようだったしなぁ。さすがに興奮し過ぎて眠れなかったなんてことはなさそうだが。
「じゃあアンタ達、私について来なさい! まずは温水プールよ!」
テンションが上限突破な鈴に引っ張られつつ、俺達はリゾートの改札口へと向かった。
■ ■ ■
「――行きましたか」
ゲートの向こうへと歩いていく少年少女達を見送った後で、チェルシー・ブランケットは冷静に呟いた。
今日の観光は確かに上層部から指示を受けてのことだったが、それはもう一つの仕事を任せる間の時間潰しに過ぎない。
今回、任務中の彼らに与えられた指令はレイス日本支部直々の要請であり、本来であれば彼らが命じる必要もなかった非常事態への対処だった。
「それにしても、輸送予定の試作機をコンテナごと別の貨物船に紛れ込ませるとは。日本支部も厄介なことをしてくれる」
「ですが、間一髪で強奪を免れたのはその機転があってのことです。もし第三世代型が奪われれば現在の情勢は最悪な形に傾きかねませんから、あの場では最良の一手だったのでしょう」
不満を漏らすクラリッサに対し、彼女はそう言い聞かせる。
――きっかけは約一週間前。最新鋭のISを輸送する予定の軍用貨物機がファントム・タスクの襲撃を受けたことに端を発する。
搬送用の強化コンテナを積み込んで日本国内の基地へと輸送を行う予定だったその機材は、レーダー網を掻い潜って突如出現したゴーレムの攻撃を受け大破、全損。幸い死傷者は出なかったものの、積み込まれていた貨物は彼らにまんまと持ち去られてしまった。しかし、それは日本支部が奪取を見越して先に積み込ませたダミーだった。
本物のISが入ったコンテナは擬装が施された上で民間の貨物船に載せられ、今朝早くにこの港湾地区のコンテナ埠頭へと到着している。支部のエージェント曰く、ここが最終の荷揚げ先になっており、他のコンテナ全てと同様の形で集積場の一角に積み上げられているのだという。
ただ、相手の追跡を避けるために発信機の類を一切取り付けていないため、擬装かどうかをこちらで確認して人手で見つけ出さなければならない。しかしその在り処を敵に知られては困る手前、回収の為に多くの人員を動かすわけにもいかない。そこで、ちょうど付近で任務にあたっていた彼女達に白羽の矢が立ったというわけだった。
「とはいえ、現場近くにこれほど立派な物が建っているのは幸運というべきだ。護衛対象を連れての行動など自殺行為だからな」
「ええ。前もって配置しておいた探知機類と自動迎撃システムのおかげで、周囲の安全もある程度は保障されています。私達だけが動いて各個で襲撃を受ける可能性を考えれば、即救援に向かえるこの位置は非常に都合が良いと言えるでしょう」
クラリッサの言葉にチェルシーもまた同意した。
更に言えば、万が一の事態に備えやすい状況が整っているというのも、護衛対象のここでの遊楽を選んだ理由だった。港湾関係者には政府の人間を通して捜索中の現場退避を命じてある。リゾート施設側も、緊急時の避難が迅速に行えるよう人員を配置しているということだった。
これだけ周到に準備した上での任務だ。よほどの
「それでは早速取り掛かりましょう。貴方の『眼』と私の情報処理能力があれば、遅くとも日没までには見つけられる筈です」
「そう上手くいけば良いのだがな」
クラリッサは意味深げに呟く。ファントム・タスクは一度の失敗で食い下がるような組織ではない。こうして秘密裏に運び込んだといっても、一切目星を付けていないということがあるだろうか。
「万が一にも遭遇した場合の対応は心得ておかなくてはな」
「ええ。少なくとも、彼らがここに来ていると覚られないよう気を付けましょう」
互いに頷き合った二人は、色鮮やかな箱の積み重ねられた埠頭へとその行き先を定めた。
<第12話 了>