Re:IS   作:葉巻

13 / 18
第13話

「しかしなんだ、夏場でもないのに泳ぐのって変な感じだな」

「いいじゃない、気温も水温も快適なんだし。大体、競泳選手とスイミングスクールの生徒は年中泳いでるわけだけど?」

「そういう人達は泳ぐのが日課だろ。季節感っていうか、とにかくだな――」

 ガラス張りの天井越しに陽光が差し込むプールサイド。その輪郭に沿って並べられたベンチに腰掛け、俺と鈴は二人してよくわからない問答に興じていた。

 この施設は本格的に泳ぐためのエリアと遊びがメインのエリアに区切られているらしい。しかも、両者をつなぐ通路にはそれなりの規模のフードコートも併設されている。小腹が空いても大丈夫な作りになっているというのはなかなか嬉しい環境だ。

「それにしても、人が多いな」

 オープンしてから日が経っていないのと、連休を間近に控えていることもあってか、どちらのエリアもだいぶ賑やかな印象を受ける。実際、エリア間の往来は一瞬たりとも途切れる気配を見せないから、相応の人数は滞在しているのだろう。

 鈴のスケジュールを見た時には、季節外れの水遊びなんて誰も興が乗らないと思っていたんだが、案外そんなことはないのかもしれない。

「一夏」

「ん、どうした?」

 急に呼びかけられ、何気なく鈴の方へと振り向く。あれ、妙にそわそわしているような気がする。

「い、今さらこんな風に自慢するっていうのもアレだけど……どう?」

 立ち上がり羽織っていた上着を脱いだ彼女は、少し頬を染めながら両手を背中へと回してポーズを取ってみせる。要するに見てくれってことらしい。

 快活な彼女のイメージにピッタリな、暖色をストライプにあしらったタンクトップ・ビキニ。機能性を優先していながら、アクセントとしてかわいらしいリボンを配置しているのが特徴的だった。これまた随分と高そうなもんを買ったなお前。

 でも、去年弾達と一緒に海水浴に行った時は別の水着だったような。体格的にはまだ着れそうな感じがしたんだが、買い換えなきゃいけないほど成長していたってことなのかね。あれもなかなか似合っていただけに勿体ない。

「……ねぇ。何か感想は?」

「そうだな、鈴らしくてかわいいと思うぞ」

 俺はお世辞でも何でもなく、事実を素直に伝えた。

「そ、そう? ……って、ありきたりな感想じゃない。せっかく着たんだから、もうちょっと気の利いたこと言いなさいよ」

 一瞬喜んだと思ったら、途端に不満げな表情へと転じる鈴。

 そんなこと要求したって、異性のファッションセンスに大して詳しくない俺には大雑把な評価しかできないんだが。

「はぁ。朴念仁なアンタにちょっとばかり期待した私がバカだったわ」

「歯の浮いた台詞ひとつ言えないような男で悪かったな」

 額を押さえて呆れる彼女に、俺はムスッとしつつ応える。

 とはいえ、鈴がそういうロマンチックなものを期待しているのは多少なりともわかる気がする。何しろ同い年の異性と一つ屋根の下で生活しているのだ。一度くらいは同居人との胸高鳴る一瞬というものを味わいたいと思ってもおかしくはない。

 問題は、その対象である俺に、ロマンス感漂うイケメンを演じきるようなスキルがこれっぽっちも備わっていないという点だ。

 まあ鈴のことだし、理解した上であえて俺にネタを振っているんだろう。

「でもまあ? この格好は嫌いってわけじゃないのよね?」

「当たり前だ。いくらなんでもお世辞や嘘は言わないぞ」

 でもほんの少しだけ欲を言うなら、年上で背もすらりと高いお姉さんの方が――――。

 そんな俺の考えを見透かしたように、鈴はムスッとした表情をこちらに向けてきた。

「悪かったわねチビッ子で。これでも牛乳は毎日欠かさず飲んでるのよ」

「知ってる。そもそも買いに行ってるのは俺なんだが」

 もう一つ言うなら、成長しないのは多分夜更かしが多いせいだと思うぞ。似たような生活リズムで大して背も高くない俺が言うってのもアレだけど。

「一体何を話しているのだ?」

 ほら、健康優良児が来たぞ鈴。不摂生な生活を一切せずに適度に運動していればこれくらいには……いや、さすがに無理か。この立派な体格は束さん同様、血筋絡みの産物だろうし。

「別に? 私ののろますぎる成長期について語らってただけよ」

 一層不機嫌な顔になりながら鈴は言った。

「ほう、確かに深刻だ」

 煽り立てるわけでもなく、素直に頷く箒。まあ彼女からしてみれば、一向に背が伸びる気配のない鈴は心配になるだろうさ。

 女子のクラスメートを背の高さ順で並べるなら、彼女はだいぶ後ろの方にくる。一方の鈴は学年全体で見たとしてもかなり小柄な方だ。

 中学時代も同じくらいの背丈だった子達にどんどん追い越されていった経験がある分、鈴が自身の成長を気にかけるのは無理もない話だ。とはいえ、結局は早く寝ればいいだけの話なんだが、一度培われた習慣というものはそう易々と変えられないわけで。

「でも、急に成長すると困ることって多いと思うぞ。成長痛とか酷いだろうし、服のサイズもすぐに合わなくなるしで」

「私と大差ない緩慢さで、何一つ不自由してなさそうなアンタに言われてもピンと来ないわよ」

「そうは言うけどな、鈴。こう見えて俺だって年に何センチかは伸びてるんだぞ。ミリ単位の変動しかない誰かさんと違って」

「ぐぬぬぬ……」

 悔しがる鈴を前に、俺はため息をついた。

 とはいえ、成長痛とも衣類の都合とも無縁ということに変わりはないからな。ここはひとつ、一番発育の良い箒にその秘訣を伝授してもらうべきかもしれない。効果があるかどうかは別としてだが。

 ――それにしても、高校生になって余計に大人っぽくなったな。そう思いつつ、俺は箒の全身を今一度眺めた。確かに『笑顔を振り撒いてたら街角で男に言い寄られてもおかしくない』って弾が言うだけのことはある。

 惜しむべきは同い年ということと、滅多なことではその引き締まった表情を緩めたまま歩き回ったりしないってことか。

 うむ……。

『ホウキ。イチカの視線が不自然な位置に向けられています』

「なっ!? は、破廉恥な……」

 半目になったユキの指摘で、顔を真っ赤にしながら胸元を隠す箒。何か誤解されているような気がしなくもないが、見惚れていたのは確かだ。

 綺麗な子に視線を奪われるのは男の(さが)だって箒の親父さんも言ってた。

「あれ、セシリアは?」

 周囲を見回していた鈴が尋ねる。確かに、ここへ戻ってきたのは箒とユキだけだ。付近にはブロンド髪の女の子なんて歩いてないし……。

「そういえば、少し甘い物が食べたくなったと言っていたな。おそらくフードコートにいるのではないか?」

「ん、そっか」

 箒の言葉に、彼女は納得したように頷いた。

 ここからならそう離れてはいるわけでもないし、心配なら俺達も行けばいいだけの話だ。

「じゃあ俺達も泳いでくるかな。とりあえずこのベンチは使っていいぞ」

「わかった。ありがたく使わせてもらおう」

 立ち上がった俺に、箒は何やら嬉しそうな顔で答えた。

 ちなみに大半の荷物はロッカーに預けてあるが、体を拭くタオルや羽織るための服なんかはまとめて持ってきている。今しがた泳いできた彼女達は、荷物番の交替ついでに休憩というわけだ。

『それにしても、二人ともやけに気合が入っているように見受けられますが』

「まあ、これからちょっとした勝負だからな」

「勝ったらデザート一つ奢るって決めたの」

 こういう場所だからということもないのだが、外に遊びに出た時の俺達二人は、何かにつけて競い合おうとするところがある。ただ勝敗を決めるだけというのも面白くないので、食事を奢ったりお土産を代わりに買ったりと、あまり値の張らない範囲で賭けごとを愉しんでいるわけだ。

 といっても隙のないこいつのことだから、勝った暁には一番高い奴を注文する気でいるだろう。わかっている以上は、俺の財布の為にも絶対に負けられない。

「距離は五十メートル、先にターンして戻ってきた方が勝ちで合ってるよな?」

「そうよ。でもって泳ぎ方は自由。ま、速さ的にはクロール一択よね」

 お互いに条件を確認しつつ体を軽くほぐす。久しぶりに泳ぐのもあってあまり自信はないが、状況自体は鈴も同じ。条件がイーブンなら、有利なのは俺の方だろう。

「じゃあ行ってくる。ついでにセシリアの様子も見てくるよ」

「ああ、任せたぞ」

 箒とタオルを被ったユキに見送られながら、俺達は通路の方へと歩いて行った。

 

    ■ ■ ■

 

 一方その頃、コンテナ埠頭には通路を歩き回るオータムの姿があった。

「クソが、どのコンテナも似たり寄ったりで違いが全くわからねェぞ」

 そう毒づいて手元の端末を操作する。画面いっぱいに映し出された『対象』の外観と並べられた無数のコンテナとを見比べるものの、視界に映るそれらに類似する特徴は見受けられなかった。

 そもそも擬装を施しているのなら目視での区別は不可能だ。いっそISを展開して複合高感度センサーの力で一気にスキャンしてしまうのも手だったが、ここに潜入する時点で無理だと判明してしまった。

(厳重なセキュリティを敷かれてる以上は下手を打てねェ。アイツらとやり合うにしても、ここは人目に付き過ぎる)

 このエリアを囲むように設置されていた対IS用の探知機は、コアの作動を察知して管理者に異常を知らせる仕組みになっている。待機状態の今は気付かれなくても、展開すれば即座に位置がばれてしまうだろう。

 埠頭内の監視カメラはゴーレムを介してのクラッキングで沈黙させられたが、探知機の方は独立した電源を持ち、構築されたネットワークも外部からの介入が不可能な独自のものだ。無理に捻じ込むにしても、ユニットが一つ欠けるにしろ増えるにしろ、変化があった時点ですぐに気付かれるのでは妨害の意味がない。

 したがって、相手の警戒を強めずに探索する最良の方法は、こうして地道に探し回ることだった。

(しっかしなんだ。これだけ警戒心を剥き出しにしてるってことは、連中もブツを探しに来てるってことか?)

 もしそうだとしたら、捕縛して上手いこと脅せば目的の物まで辿り着けるかもしれない。問題は居場所をISで探知できないことだが、適当に歩いていればその内遭遇するだろう。そう、物音が聞こえるほど近くまで寄れば――。

「ん?」

 足音と話し声に気付き、彼女はコンテナの壁に沿うようにして身を隠した。通路を一つ挟んで通り過ぎる音を静かに追いかけながら、時折聞こえてくる会話に耳を傾ける。

 トーンから考えると女性、それも若い人間のそれだろう。口振りから察するに別の誰かと話しているようだが、足音は一人分だけだ。おそらくは音声通信を介して誰かと確認を取っているのだろう。会話の内容が気になったが、それ以上に聞き覚えのある声音が彼女の神経を逆撫でた。

(この声、間違いねェ。あの『魔術師(クソオンナ)』が来てやがる)

 五日前の戦闘で水を差しておきながら、あろうことか敵である自分を見逃すという暴挙に出たIS操縦者。しばらくは顔を合わせることもないと思っていただけに、驚きと同時に封じかけていた筈の殺意がふつふつと湧き上がってきた。

 とはいえ、この状況でいきなり仕掛けに行くのはあまりにも分が悪い。彼女が独りで動いていることは確かでも、付近には別の操縦者が同じように歩いている可能性も考えられる。すぐにゴーレムを呼び出せない以上、単純な性能差で劣る彼女が敗北することは明らかだった。

(とりあえず出撃準備だけは整えておくか? ――いや待て、この警戒の中発進させたら母艦も特定される可能性があるな)

 端末を操作しようとして、その手がふと止まる。

 自分は単独で作戦に従事している。当然、ゴーレムを格納している潜水艦も無人の状態だ。したがって、もし位置が特定されて艦内に踏み込まれた場合、こちら側の機密情報が簡単に奪われてしまう可能性がある。

 最悪自爆させるという手もあるにはあるが、あの規模の艦が吹き飛べば大騒ぎになるだろう。他のエージェント達も国内で動いている手前、目立って一切の身動きが取れなくなるのは不味い。

(仕方ねェ、今は泳がせて様子を見るか)

 因縁の相手とはいえ、単なる私怨で下手を打って組織の危機を招くなど論外だ。荒れ狂う心を無理矢理落ち着けると、彼女は去っていく音を追って移動を始めた。

 

<第13話 了>

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。