「いっただっきまーす」
フロンティアラグーンの商業エリア。その中にあるイタリアンレストランで、俺達五人は一緒に昼食をとっていた。
隣に座る鈴がいつも以上に嬉しそうなのは気のせい――じゃないな、間違いなく。そりゃあ、こういうお店で好きなデザートを注文してもいいって言われたら誰だって喜ぶさ。
「しかし一夏、お前が泳ぎで鈴に負けるとはどういうことだ。やはり日頃の鍛錬を怠った影響が出ているのではないか?」
「どっちかというと鈴の体力が予想以上にあったって感じだけどな」
箒に答えながら、俺は先ほどのレースのことを思い返した。
飛び込んでから折り返し地点までの二十五メートルはずっと俺が優勢のままだった。そこまでは予想していた通りだったし、このまま逃げ切って勝てると確信も抱いていたのだ。
しかし、そこから先の追い上げが予想以上だった。俺が逃げ切るつもりで最初から飛ばしていたのもあるのだが、水底に映る影がぐんぐん迫ってきたかと思うとそのまま抜き去られ、俺が必死に水を掻いて対岸に辿り着いた時には、既にゴールした鈴が隣のレーンで得意満面の笑みを浮かべていた。
火事場の馬鹿力ならぬ水場の馬鹿泳ぎというべきだろうか。もしかすると、スイーツが懸かっている時の女の子のスペックは当社比1.5倍くらい底上げされるのかもしれない。そう考えると女子力って結構すごいんだな。
『イチカ。この丸い刃の付いた器具はどうやって使うのでしょうか』
声のした方を見ると、ユキがピザカッターを手に取って首を傾げていた。確かに、初めて見る調理器具としては見た目が奇抜だからな……。
よし。
「ちょっと貸してくれないか。今やってみせるから」
俺は彼女からカッターを受け取ると、マルゲリータの載った大皿を自分の方に寄せた。
「これは切り分ける時に使うんだ。ほら、こうやって刃を押し当てて――」
力を入れ過ぎないよう注意しながら、刃のついた車輪を押しつけながら前後に動かす。何度か往復したところで、円形のピザが二つの半円に分かれた。
一方の半円を適当に四分割したところで、俺はユキに器具を返した。
「せっかくだしやってみるか。失敗しても大丈夫だから、とりあえずチャレンジしてみようぜ」
『はい。試行します』
皿を寄せると、彼女は少し慣れない手つきでカッターの刃先を生地の上に這わせた。さすがに初めてとあって真っ直ぐな切れ目はつかないが、力加減はかなり上手な方だ。
「なかなか上手いじゃない。後は今切った奴をそれぞれ半分にすればオーケーよ」
「ちゃんと均等に切れている。筋は良いな」
『はい……ありがとうございます』
横合いから二人分の声援がかかる中、ユキは俺の倍の時間をかけてピザを切り分け終えた。カッターを置くなり、彼女は感想を求めるように俺を見つめ返す。
『どうでしょうか』
「初めてやったにしては十分よく出来てる。さすが、刃物の扱いには慣れてるな」
『それは褒め言葉のつもりでしょうか……』
――まあ、一応は。
ちょっとしたジョークのつもりで言ったんだが、彼女には上手く伝わらなかったようだ。
『ですが、喜んで頂けて何よりです』
困惑しながらも、ユキは嬉しそうな笑顔を浮かべた。
刃物の使い方は束さんが知識として吹き込んでいるだろうし、戦いの中で剣を手にしたことは幾度となくあった。けれど、日常の中で料理の為に刃物を使うという経験はこれが初めてと言ってもいい。だからこそ、とても新鮮味を覚えているに違いない。
これからは料理の手伝いをしてもらうのも良さそうだ。そう思いつつ、俺は八等分したうちの一片を早速自分の皿に取った。
「――で、なんで八分割なのよ。五人いるんだから、普通は十分割するべきじゃないの?」
「やったことない人にそんな高等技術を求めるのかお前は」
「そんなもの、気合で大体何とかなるわよ」
何とかなるようなバランス感覚があるのはお前くらいだぞ、鈴。
「賑やかなのは結構ですけれど、あまり騒ぐと迷惑になりますから注意してください」
「はーい」
セシリアからにこやかに注意を促され、鈴と俺は二人して会話のトーンを落とした。
――あれ、よく見たらパスタが一皿丸ごと空になってないか? それもセシリアが頼んでた、クリームソース仕立てのすごくカロリー重そうな奴。しかも二人前。
そんなまさかと思いながら、俺はテーブルを恐る恐る見回した。
箒は和風スパゲッティーとかいうのを量少なめにして頼んでいたし、ペペロンチーノもユキと鈴の二人で分けている。俺は一人でミートソースのパスタを食べているけど、あの大盛りパスタだけは来てから誰一人として手を付けていなかったような……。
「なあ、ひとつ訊いていいか?」
「ええ、構いませんわ。どうかしましたの?」
「まさかとは思うが、このクリームパスタを食べてたのってセシリアだけか……?」
空になった大皿を指さして尋ねる。頼む、目の前のお嬢様然とした子が二人前を軽く平らげる大食漢だなんてこと、俺の単なる早とちりか誤解であってくれ。
「ええ。それなら今しがた食べ終わったところですけれど」
セシリアは涼しい顔をして答えた。
――『どうしてそんな決まりきったことを訊くのか?』と言わんばかりの口調で言われただけに、ショックは相当に大きかった。
というか、よく思い返してみたらプールでも間食摂ってたな。確か、三個大玉が乗っかったアイスクリームだったか。いや、まさかエンゲル係数が跳ね上がりそうなタイプの女の子だったなんて考えもしなかったぞ。それでいてこの完璧な体型か。
……うーん。人体の不思議を垣間見てしまった気がする。
「そんなに食べるとふと……体型に響くわよ?」
思わず『太る』と言いかけつつも忠告する鈴に、彼女は笑顔のまま答える。
「いえ、問題はありませんわ。むしろ食べないと痩せてしまうくらいにカロリーを消耗しているので、普段から摂取量には気を遣っていますの」
気を遣うって、普通は制限する方向での気遣いだよな。より食べる方向で気を遣うなんて、斬新にも程がある。
「何よそれ、羨ましい!」
「そう喜べることではないと思いますわ。どうしても質より量を採らざるを得なくなりますし、一度に食べられる量にも限度がありますから、進んで頻繁な摂取を心掛けなければいけませんから。鈴さんのように、少ない量を味わって食べられる方がよほど幸せですわ」
確かに、彼女の言うことには一理ある。いくら食べても太らない体質だからといって、その分だけ味覚を楽しめるとは限らない。食事量が多ければその分食費も増えることになるのだから。
まあ、鈴の場合は小食というよりも、後に控えるデザート盛り合わせの為にあえて少な目で留めてるだけなんだが。
「織斑さん、そこのマルゲリータを取っていただけますか? 二切れほどお願いしますわ」
「お、おう」
とはいえ、ちょっと食い過ぎだよなぁ……。
「その体質は生まれつきというわけでもないようだな。そのような病気にでも罹っているのか?」
少し心配そうな表情で箒が尋ねる。そういう難病も世の中にはあるだろうから、そう不安がるのも無理はない。
しかし、セシリアは首を横に振った。
「しいて言うなら『副作用』でしょうか。担当の医師からは『
「つまり、ずっと頭が冴えてるみたいな状態ってことなのか」
「ええ。第三世代型の搭乗者にはよくあることですわ。医療用ナノマシンのおかげで健康に支障を来たさないレベルには抑えられていますけれど、いつでも展開できるように覚醒レベルは一定のまま保たれ続けています。ですから、必然的にカロリーの消耗が常人よりも多くなるのですわ」
なるほどなぁ。さすがに寝る時だけは別なんだろうが、かなり苦労をしそうな体質だ。それだけ大変な思いをしてまで俺達の護衛を担当していると思うと、何だか申し訳ないという気持ちが心の奥から溢れてくる。
「――セシリア、好きなデザートを頼んでくれ。今日は俺が奢るよ」
「よろしいのですか?」
感極まってつい口走ってしまった俺を彼女が見つめる。
一瞬早まったなと考えたものの、言い出した手前撤回するわけにはいかない。なあに、値が張ってもたかだか千円くらいは大丈夫だ。
「どうせ四人分はまとめて俺が支払うからな。セシリアのデザート分くらいはどうってことない」
「ではご厚意に甘えさせていただきますわ」
セシリアは嬉しそうに微笑むと、手元の呼び鈴を鳴らした。
「はい、ご注文を伺います」
混雑しているにもかかわらずすぐやって来た店員さんに、彼女はメニューを開きながら注文する。それも一つではなく、次から次へと――。
「このリンゴのタルトとベリークリームシフォン、それからこちらの――」
「……セシリア、とりあえず三つまでな」
「え? はい、わかりましたわ」
――やっぱり、勢いだけで良いことを言うもんじゃないな。
■ ■ ■
『ビショップよりナイトへ、状況報告を願います』
「こちらナイト。ブロックC-2の探索を完了したが、回収対象は見当たらない。続いてC-3の確認に入る」
チェルシーに現状を伝えながら、クラリッサはコンテナの積み上げられた一帯を歩き回っていた。手元の端末には彼女の『眼』によって捉えられた赤外線透過画像が映し出され、同時にネットワークを介してチェルシー側にも情報が送られている。機械の眼とISという超高速演算装置の存在が揃うことで初めて成り立つ業。それを惜しげもなく使いながら、彼女達は淡々と荷物の捜索を進めていた。
『それにしても便利な眼ですね』
唐突なパートナーの評価に、クラリッサは微妙な面持ちを浮かべる。
確かに使い勝手は優れているし、ISを扱う上でも生身以上に無茶な扱いが利くという利点はある。実際、この眼を得たことで第三世代型ISを十全に乗りこなせる状況が整ったと言っても過言ではない。
だが、どれほどの機能を備えていようと『生身』の代替品であることに変わりはない。そう、
(三年前……あの事件で瀕死の重傷を負うことさえなければ、こんな義眼に視覚を頼ることもなかった)
そんな思いを抱きながら、彼女は答えた。
「あくまで軍の医療研究プロジェクトの被験者として都合が良かったというだけの話だ。その目を抜いてまで義眼に替えたいと考えているのなら私は奨めんぞ」
『わかっています。どの道、私は荒事向きではありませんから無用です』
「フン。冗談は程々に控えておくべきだ、ビショップ」
そう言いながらも、彼女はその便利さを自身でも少なからず認めていることに嫌悪を覚えた。
数多くの戦友があの事件で命を落としたにもかかわらず、自分だけは片目とマイクロチップで補える範囲の神経組織を失った程度。おまけにその傷さえも機械で補って、こうしてのうのうと生き長らえている。その事実を認識する度、未だに生き恥を晒し続けている自身と、その状況を甘受しつつある自身の心に、どうしようもなく腹が立つのだ。
「ブロックC-3にも対象を発見できず。引き続いてC-4を――」
苛立つ気持ちを抑え込み、彼女は再び現状を報告した。
――直後、背後に何者かの気配を感じて振り返る。当然誰も立ってはいなかったがこの状況下だ。錯覚と済ませるには少々危険が過ぎる。
「ビショップ。誰かに後をつけられている可能性がある。しばらくの間会話を控えるぞ」
『はい。データの方は引き続きこちらへ送ってください』
勿論、IS側から暗号通信を介しての無発声通話でやり取りする方法もないわけではない。が、いずれ襲撃を掛けてくる可能性がある以上、出来る限り戦闘以外での消耗は避けておきたい。
(敵に回収される恐れも出てきたか。これは少々急がなければならんな)
消えた気配に警戒心を覚えたクラリッサは、わずかに探索の速度を早めた。
■ ■ ■
昼食を終えた俺達は、エリア間を繋ぐ巨大なアーケードを悠々とした足取りで進んでいた。
「ご馳走様でした。織斑さん、本当にわたくしが払わなくてもよろしかったのですか」
「ま、まあ問題ないぞ。言い出した以上、約束は守らないといけないしな」
鈴のデザート盛り合わせとセシリアのケーキ三つ分でだいぶ軽くなった財布を気にしつつも、俺は笑顔で答えた。
まあ、同居人達の食費は後で清算するから損失自体は大した額じゃないんだが、問題は軽い気持ちでデザート代を出してしまったことだ。
「私は何ひとつ奢られていないのだが……」
『同感です。ホウキと私にも同等の甘味を要求します』
揃って不満そうな顔をしている箒とユキ。鈴一人ならまだ納得もしてもらえただろうが、堰を自ら崩してしまった以上、そう簡単には引き下がってくれない。
「いや、鈴のは勝負した結果であってだな――」
『では私も勝負を挑みます。鈴との間で成立した協定であれば、私達とも成り立つ筈です』
「そうだ、それがいい。私達が勝てばちゃんと奢ってくれるのだろう?」
必死に宥めようとする俺の言葉も虚しく響くだけだった。
というか、『俺に勝ったら奢る』ってルールが当たり前のように成り立っているんだ。あくまで賭けだぞ、賭け。俺が勝ったらお前らが奢ることになるってことをちっとも理解していない気がする。
「鈴も何とか言ってくれよ」
「ん、なに? もう一つおまけしてくれるの?」
いやそっちじゃない。箒達を止めてくれって言ってるんだ。
「それは良いのですけれど、篠ノ之さん達はどうやって勝敗を決するつもりですの?」
「あっ――」
はっとしたように足を止める箒。どうやらそこまで考えが至っていなかったらしい。
というかお前、言い出しておいて何も決めてなかったのかよ。
「そうね、あんまり難しいもので競っても負けるだろうし……エアホッケー辺りが手軽でいいんじゃない?」
腕を組んで考え込む彼女に、鈴が助け船を出した。確かに、変に凝ったことで競うよりは単純で勝敗もわかりやすい。
『リン、より詳細な説明を求めます』
「円盤を打ち合って相手のゴールに入れる遊びよ。ま、やってればわかるくらいには簡単だから、箒とダブルス組んで一夏相手にやればちょうどいいんじゃない?」
その仕様、俺がかなり不利になると思うんだがいいのか。そりゃあ、一人が初心者ならそこまで差は出ないだろうけど。
「いいだろう。午後のおやつは私とユキとで頂きだ」
「そうはさせるか。俺が勝ったら箒の奢りだから覚悟しとけよ」
俺と箒はお互いに不敵な笑みを浮かべる。
箒には悪いが、このまま負けっぱなしってわけにもいかないからな。最初から本気で行かせてもらうぞ。
「じゃあ、ゲームセンターのあるアミューズメントエリアに――」
鈴が案内図を片手に言いかけたその時、爆発音とともに館内が揺れた。
「きゃっ!? なに、今の?」
「中からではなさそうだが、随分と近かったな」
冷静な表情で箒が判断をつける。さすがに何度も襲撃を受けただけあって動じていないが、他の客達はそういうわけにもいかなかった。
周囲の人達が恐怖と混乱に包まれた通路を我先にと駆け出す中、セシリアは端末を操作してブランケットさんを呼び出した。
「こちらクイーン。一体何が起こりましたの?」
呼びかけた彼女に呼応して、ブランケットさんの顔が画面に映し出される。ちょうど他の作業も並行させているのだろう、彼女の両手はキーボードの上をせわしなく動き回っていた。
『ちょうど報告しようとしていたところです、お嬢様。今すぐその場を離れてください』
彼女が緊迫した表情で言ったその時、地面を黒い影が過ぎ去った。鳥にしては巨大で速度が乗り過ぎたそれは、長く開いた天窓に沿ってその影を走らせる。
ゴーレム。俺達を襲撃したのと同じ無人のISは、付近のどこかへと向かって飛んでいるようだった。
「まさか――」
『はい、敵襲です』
――その瞬間、見上げた窓の端に炎が煌めいた。
<第14話 了>