Re:IS   作:葉巻

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第15話

 一夏達が来襲するゴーレムを目の当たりにした、その数分前。

 試作ISを積み込んだコンテナを探して歩き回っていたクラリッサは、ある一角に差し掛かったところで不意に立ち止まった。理由は単純、視界の端に捉えたうちのひとつ――積み上げられた貨物の最上段に強烈な違和感を覚えたからだった。

(ISコアとリンクして精密スキャンを……)

 彼女は顔を上げ、対象を視野の中央に合わせた。同時に、義眼に仕込まれた高性能センサーが作動し、擬装の金属板を透過して内部を正確に写しとる。

 瞬時に解析されて端末に送られた画像を見るなり、彼女は自らの見立て通りだったという確証を得た。

「こちらナイト。ようやく探し物が見つかった」

『はい、こちらでも確認しました。早速回収の段取りを――』

「少し待て。その前に片付けておくべき物がある」

 淡々と手順を進めようとするチェルシーを制し、クラリッサは背後を振り返った。

「――よう、随分と早い再会だったな」

 視線を向けた先に、何日か前に見たばかりの女性が口角を歪めながら立っている。その姿を確認した彼女は、相手から銀色に輝く拳銃を突き付けられながらも冷静に尋ねた。

「やはり貴様か、オータム。私のことを長々と追跡していたようだが何が狙いだ」

「とぼけるなよクソ女。これだけ厳重な警戒網を敷いておいて、今さら『知らねェ』なんざ言わせねェぞ」

 引き金に指をかけた状態で笑うオータムを、クラリッサは静かに見据える。

(やはり狙いはISか。だが、織斑一夏には気付いていないようだな)

 様子から一瞬で相手の状況を察すると、彼女は待機状態のISが収まったブレスレットに意識を集中させた。

「おっと。この状況でISを展開しようったって無駄だぜ。この距離なら起動させたISがシールド張るより、銃弾が脳天ぶち抜く方がはえェからな」

「確かに、今になって呼び出すのは遅過ぎるな。だが――」

 そう言って、彼女はISと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 撃つべき場所の指示は、義眼と機銃側の照準装置を同期させての交差座標指定。その視線がオータムの心臓の位置を捉えると同時に、機銃が彼女の意思のままに軸を合わせる。相手の急所が交差点上に来た瞬間、彼女の口許は静寂の中で笑みを浮かべた。

「――ISあっての『魔術師』と侮るなよ」

「っ!? テメェッ――――!!」

 何か仕掛けてくると気付いたのか、オータムが後ろへ飛び退く。次の瞬間、機を逸した弾丸が傍にあったコンテナの側面を蜂の巣のように穿った。

「ふざけた真似しやがって! 絶対(ぜってェ)ブッ殺す!!」

 怒りをあらわに拳銃を乱射する彼女。しかし、回避に費やしたほんの一秒ほどの隙は、クラリッサがISを展開するに十分過ぎる時間でもあった。

「さっさと撃っていればいいものを。それとも、脅して位置を聞き出す算段でも付けていたか?」

 シールドが弾丸を受け止め弾く中、クラリッサは冷静な口調で相手を嘲笑った。

 オータムは仕掛けるまでは慎重だが、一度頭に血が上れば勢いのままに行動するきらいがあることを彼女は知っていた。無論、拳銃が利かないとなれば自らのISを呼び出すに違いない。

 そう考えつつ静観していると、相手は予想通りに弾の尽きた銃を投げ捨て、八本の機械腕を持つ異形をその場に展開した。

「殺す殺す殺す殺すッ! ベルリンとこの前の屈辱、まとめてテメェに投げ返してやるッ――――!!!!」

「どこまでも短慮な輩だ」

 剣を抜いて飛びかかってきたオータムを機体の急上昇でいなし、彼女は両肩から複数の刃を射出した。放射状に飛んだワイヤーブレードが空中に突き刺さり、振り向いた相手ごとその場に縫い付ける。

「ゆえに罠にも嵌めやすい」

「クソが、またそれかよッ!!」

 毒づくオータムを見下ろす冷徹な眼差し。わずか一瞬で勝敗を決した彼女は愛機を労わるように、宙に張り付いた『魔法の枝』と繋がるワイヤーに軽く指先を沿わせた。

 強制停止結界(AIC)。本来は機動の補助として働く慣性制御機構(イナーシャル・キャンセラー)を攻撃に転用した特殊兵装が、発生装置を兼ねたブレードの周囲の空間ごと、展開された球形状の強力場によって固定し拘束したのだ。

 不可視の檻によって行動を封じられた敵を目の前に捉えたまま、クラリッサはチェルシー宛の暗号通信回線を開いた。

『ビショップ。ファントム・タスクの工作員を発見し確保した。速やかに近隣で待機中の部隊を寄越すよう伝えてくれ』

『了解しました。ですが、捕縛したといっても、まだ何らかの手札を持っている可能性があります。くれぐれも注意を――』

 チェルシーが言いかけたその時だった。

 突如、クラリッサの思考内――疑似視覚情報として投影されているステータスウインドウ内部に警告が表示された。それは埠頭近辺に張り巡らせていた探知機が、ISコアの反応を検知したことで自動的に送信されたもの。

 ――すなわち、新たな機体がこちらへ近づいていることを示すものだった。

(未確認のIS……。この複数の反応から考えると、連中の無人機(ゴーレム)か)

 おそらくはISコアを介しての操作で機体を出撃させたのだろう。体が動かせない状況でも、思考制御装置(イメージ・インターフェース)があればネットワーク経由で簡易的な命令は出せる。その中にゴーレムの起動と発進を行わせるものを設定しているなら、自分のいる場所まで誘導するくらいのことは容易い。

『やはりそう来ましたか』

 感知した機体が十を超えてもなお、チェルシーは冷静さを欠いていなかった。クラリッサもまた、その場に留まったまま対処への思案を意識に挟み込む。

(強制停止結界を起動した状態では回避機動すら碌に取れん。だが、今拘束を解くとなれば、奴までも敵に回さざるを得なくなる――)

 いずれかを選択したとしても不利になることに違いはない。だとすれば、採るべき策はただひとつ。

 彼女の手の中に大口径のアサルトライフルが呼び出された。対IS戦闘を前提として作られた、最新鋭の対物火器。そのマガジンには、全周囲に張り巡らされたシールドをも貫徹できる特殊な弾頭が装填されている。身動きの取れない相手に撃ち込めば、その命など容易く刈り取れるだろう。

 オータムの頭部に狙いを絞り、彼女は宣言した。

『こちらナイト。緊急事態における特例事項に基づき捕縛中の対象を射殺する』

 引き金に掛けた指が握り込まれ、装填された弾丸の底をハンマーが打つ。炸裂の衝撃は弾頭を長い銃身(バレル)へと押し込み、側面に旋条の痕跡を刻みつけて――。

 

「――――ッ!?」

 

 ――横合いからの着弾に大きく跳ね上げられ、狙いの逸れた銃口から弾丸を吐き出させた。

「索敵範囲外からの狙撃、だとっ――?」

 予想外の一撃に驚きながらも、クラリッサは破壊されたライフルを投げ捨てる。おそらくは敵からの妨害だろうが、こちらが一方的に捕捉できるほど高性能なセンサー類を備えているとなると厄介だ。

 彼女は強制停止結界を解除してブレードを巻き取ると、続けて飛来した弾丸を全速の回避機動によって危なげなくかわした。

『状況の報告を。一体何が起こったのですか』

『新手だ。こちらの射程外から狙撃できるISが付近に潜んでいる模様』

 チェルシーに答える間にも、複数の銃弾が予測軌道上を的確に穿ってくる。彼女は回避と防御を繰り返しながら、コンテナの壁を急場しのぎの盾にして身を隠した。

(完全に裏をかかれたな。おまけに、一対二どころかゴーレムの救援まで駆けつけてくるとは……。私もなかなか、運に恵まれない性質と見える)

 そう自嘲しつつも、戦意は未だ失っていない。彼女はISの量子格納領域(バススロット)から新たにグレネードランチャー付きの小銃を呼び出すと、両手で抱え込むようにして構えた。

「――ったく、頼んでもいねェのに援護する奴がいるたァ素直に喜べねェな」

 一方、力場が消失したことで身体の自由を取り戻したオータムは不満げな声を上げる。その口振りはまるで何も知らされていなかったかのようなニュアンスを含んでいた。

「だが悪くはねェな。あたしを有利にしてくれるんならむしろ願ったり叶ったりだ。――さあ、出てきやがれ『魔術師』! ビビッて隠れてもテメェに逃げ場所はねェぞ!」

「やはり貴様はどこまでも短絡的だ」

 一転して強気を見せる彼女に、クラリッサはひとつため息を吐いた。よくそんな気性で工作員が務まるものだとも言いたくなったが、そんな台詞をぶつけたところで挑発にしかならないのは目に見えている。

 敵の援軍が来るまでごくわずか。味方の支援はそれよりもはるかに時間を要するだろう。ならば、一人でこの場を持ち堪えるしかない。

「いいだろう。少しばかりの間、貴様の相手になってやる」

 そう言って、彼女はグレネード弾を打ち上げた。その炸裂によって一気に広がった煙幕に遠方からの視界が閉ざされる中、空へと身を躍らせる。

 ――これで、しばらくの間は邪魔が入らずに済む。

「さあ、来い!」

 ブレードのひとつを手甲に装着した彼女は、勢いよく切りかかるオータムに向け、その刃を力強く振りかざした。

 

    ■ ■ ■

 

 すぐ近くに爆発の炎が見えたことで、リゾート内の喧騒はそれまで以上に大きくなっていた。日常離れした光景にぼんやりとした顔で見入っていた悠長な人達も、今は我先にと非常口の方へ走っている。

 未だに動けずにいるのは俺達を除けばほんの数人。その残った最後の客達ですら、出てきたスタッフ達の誘導で徐々にその場を離れつつあった。

「織斑さん。今すぐここから逃げましょう」

 セシリアに真剣な顔で促され、俺は黙って頷き返した。今この場に俺達がいると知られたら、相手は何を仕出かしてくるかわからない。被害を大きくしないためにも、避難してどこかに身を隠した方がいいだろう。

「箒、ユキ。お前らもついて――」

 そう言いかけて、付近に鈴の姿が見当たらないことに気が付いた。

 あれ、確かついさっきまで俺達と歩いてた筈だよな。

「箒、鈴はどこ行ったんだ?」

「何? ……私達が目を離している間に移動してはぐれたようだな。まったくもって困った奴だ」

 呆れる箒の様子から察するに、彼女も今になってその事実に気付いたらしい。しかし、誰一人として鈴の動向を見ていなかったのは痛いな。一足先に逃げたのならいいんだが、いくらあいつでもそういう行動は採ったりしないだろうし。

 腕を組んで悩んでいると、不意にユキが口を開いた。

『イチカ。彼女のことは私に任せて頂けませんか』

「任せてって……駄目に決まってるだろ! こんな状況で、たった一人で探しに出歩くのがどれだけ危険なことか――」

『それはリンも同様です。それに、ISの通信機能を使ってセシリアに連絡できるのは私だけしかいません』

 確かに、端末を使えない状況下で連絡を取る術が俺や箒にはない。だからといって、このままユキを一人にするわけにもいかないのもまた事実だ。

「ひとまず凰さんの携帯端末に通話してみるべきでは? まだ近くに居る可能性もありますし、連絡が付けば合流もしやすくなる筈です」

「そうだな。とにかく一度掛けてみよう」

 セシリアの提案に同意した俺は、すぐに自分の携帯端末を取り出して鈴に通話した。待機を告げるコールが普段より妙に長く感じられるのは焦っているからだろうか。三十秒ほどの間を置いてようやく通話状態に切り替わった端末を耳元に寄せながら、鈴に呼びかける。

「もしもし、もしもし! 鈴、聞こえてるのなら返事してくれ!」

「……いち、か? 一夏、一体どこにいるの?」

 置かれた状況に混乱しているのか、彼女の声はどことなく頼りない響きだ。

 それに、絶えず聞こえてくる遠方からの銃声と爆発音は明らかにリゾート内で聞いているものとは違う。もっと近く、反響の少ない場所で音を拾っているような聞こえ方だった。

「――まさか、外にいるのか!?」

「よくわからないの。記憶が何だか曖昧で、気がついたら大きなコンテナだらけの場所にいて……」

 なんとなくだが、嫌な予感がした。

 彼女は避難の波に飲み込まれて動くうちに、間違って現場近くの出口から外へと出てしまったんじゃないか。もしそうだとしたら非常に危険な状況だ。一刻も早く、その場から離れるよう伝えないと――。

「鈴、そこから建物までの道はあるか?」

「そんなこと言われても地図には載ってな――きゃあっ!?」

 最後まで言い終わることなく、悲鳴とともに通話が途切れる。慌てて掛け直したものの、『お掛けになった番号は、端末の電源が入っていないか、特定ダイヤルからの通話を拒否する設定になっています』という音声だけが帰ってきて再び切れてしまった。

 まさか、あの場で戦闘に巻き込まれでもしたんじゃないよな……?

「一夏! 鈴は一体どうなったのだ?」

「わからないけど、コンテナのある場所に迷い込んだって。くそっ、このままじゃ鈴が――!」

 何度呼び出しても通話に切り替わらない端末を握り締める。他の端末でやったとしても、おそらくは同様に繋がらないだろう。

 こうなったら直接探しに行くしかない。でも、そうすれば行った俺達までも危険に曝される。そうなれば鈴の心配ばかりなどしていられなくなるだろう。

『イチカ。彼女を連れ戻しに私を行かせるか、このまま私達だけで避難するか決めてください。このままでは私達も危険な状況に陥る恐れがあります』

「鈴を置いて逃げるなんてできるかよ」

 彼女は大事な幼なじみで、俺や箒にとっては長年の付き合いがある無二の友人だ。連絡が途絶えたからといって、そう簡単に諦めるわけにはいかない。

 けれども、ユキ一人を行かせることにも賛同はできない。今の彼女はISを使えないひとりの女の子だ。もし敵に遭遇すれば対抗する術は俺達同様に持ち合わせていない。かといって、セシリアを動かせば俺達が避難した先で襲撃を受けた場合に対応できなくなってしまう。

 ――時間にして一分足らず。悩みに悩み抜いた末に、俺は結論を出した。

「セシリア、箒を頼めるか」

「一夏さん!? あなた、一体何を考えていますの?」

「俺とユキとで鈴を探してくる。ユキだけじゃ鈴を連れて動くには時間がかかるからな。こういう時は男手があった方が上手くいく」

 勿論、それが危険であることには変わりない。それでも俺は鈴も、ユキのことも放ってはおけない。

「一夏。本気で助けに行くつもりなのか?」

「ああ」

 心配そうな箒にはっきりと答える。

 様子をじっと見守っていたセシリアも、考えが定まったのか静かに口を開いた。

「本来なら意地でもわたくしが止めるべきでしょうけれど……わかりましたわ。チェルシーにはわたくしから連絡しておきます」

「ありがとう、セシリア」

「ですが、絶対に戦おうなどと考えてはいけません。危険を感じたら、鈴さんを保護したかどうかにかかわらず、その場から離れてください。それだけはよろしくて?」

 彼女の忠告に、俺は素直に頷く。当然ながら、そのことだけは重々承知している。

「さあ箒さん、わたくし達は一足先に避難しましょう」

「待て、早まるな一夏!」

 手を取ったセシリアに引きずられながら、箒が声を上げる。

 悪いな箒、お前を危険には曝せない。万が一何かあったりしたら束さんに顔向けできないからな。

『本当に、わたしに随行するつもりですか』

「そう決めたんだ、当然だろう」

 確かめるように尋ねるユキに答え、俺は携帯端末上に港湾地区のマップを呼び出した。

 鈴の話ではコンテナが沢山あるということだった。ここからそう離れていない場所に大型貨物船の利用するコンテナ埠頭があるから、おそらくその場所のどこかにいる筈だ。

「急ぐぞ、ユキ!」

『はい』

 ユキに呼びかけ、俺はリゾートの外へと繋がる通路へと足を進めた。

 

<第15話 了>

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