Re:IS   作:葉巻

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第17話

 薄い煙と燃焼した花火のような臭いが漂う通路。金属の打ち合う音が響く中、俺達は周囲を注意深く見回しながら歩いていた。

『――イチカ。正体不明のISの反応を検知しました』

 不意にユキが立ち止まる。

 正体不明というのが少し気になるが、この辺りにいることは間違いないだろう。『用心して進もう』と彼女に言いかけたその時、行く手の壁が勢いよく弾け飛んだ。

「うわっ!?」

『危ない!』

 通路の内側へと押し寄せるコンテナに思わず足が竦む。

 幸いにもユキの手に引き寄せられたおかげで瓦礫の下敷きにはならずに済んだものの、俺達は進路を塞がれてしまった。崩れたコンテナの山を乗り越えて進むにしても、今度は戻ってこれなくなる危険がある。

 くそっ、引き返すしかないのか……。

『無理は禁物です。戻って別のルートを探すべきかと』

「ああ。でもこんな調子じゃ時間が――」

 こうやって危険に曝されているのは鈴も同じだ。一刻も早く見つけ出さないといけないっていうのに、こんな場所で進めなくなるなんて。

『ですが、それ以外に進む方法は――!?』

 突然ユキの口が止まる。何かに気付いたらしい彼女は、先ほど崩落を起こした辺りに鋭い視線を向けた。

 ん、何か良い方法でも見つけたのか?

『気を付けてください。ISがこちらに接近してきます』

「接近? どうするんだよ、俺達じゃどうすることもできないぞ」

『退避は間に合いません。接敵まで約三秒』

 最悪だ。こんな状況で会敵なんてしたら鈴を探すどころの話じゃない。とにかく距離を――そう、出来る限り離れてほんの一瞬分でも時間を稼ごう。

 思考に従って体が動き、何歩か下がったところで轟く轟音。そうして、目の前の壁がまた雪崩れ落ちる。

 既に山を築いていた残骸の上に積み重なるような形でコンテナが落ち、激突の衝撃で大きくひしゃげる。同時に、聞き覚えのある声が上空から響き渡った。

「あちゃー。さすがにやり過ぎたわね」

 積み上がった歪な丘、その頂点に件のISが音もなく降り立つ。桜色の光に彩られる機械の鎧を身に着けた幼なじみは、俺達をキョトンとした表情で見下ろしていた。

「って、一夏!? なんでアンタまで来てるのよ?」

「訊きたいのはこっちの方だ。大体、なんでお前がISなんかに乗ってるんだよ」

「んー……成り行きって奴?」

 そう言って首を傾げる鈴。

 成り行きってお前、世の中ちょっとした偶然から超兵器とランデブーするなんてことはそう滅多に起こらないだろうが。

 それはいいとしても、一体どこで見つけたんだよ。ISって、その辺に適当に放ってあるような安っぽい代物じゃない筈だと思うんだが。

「まあ、細かいことはいいじゃない」

「全然良くない。――まあ、元気そうなのは何よりだ」

 笑って誤魔化す彼女に呆れながらも、俺はその姿を見たことで少し安堵した。一方ユキはといえば、相手が鈴とわかった今でも警戒心を露わに身構えている。確かにこいつがISに乗ってるのは変かもしれないが、それにしたって用心し過ぎているような……。

『リン。その機体は私を敵視しているようですが』

 ユキは鋭い目つきで鈴を――正しくは彼女のまとっているISを――睨みつける。対する鈴は、その様子に軽くため息を吐いてから答えた。

「ユキちゃんにはわかるんだ」

『ISコアを通して『彼女』の敵意が伝わってきます。今のところ、リンの意思には従っているようですが』

「当然! 散々説教したのに反抗するようなら、仏並みに慈悲深い私だって許さないわ。その辺はこいつもわかってくれてるから大丈夫よ」

 ――お前に限って仏の顔はないと思うぞ、鈴。

 とはいえ、彼女が言うほどに制御し切れているかどうかを確かめる術はない。今は、その言葉通りにISの手綱をしっかり握ってくれていると信じよう。

「ひとまずこの場を離れよう。鈴もこれ以上は戦わなくていい」

 俺は鈴に呼びかける。ISがあるといっても、セシリア達と違って素人だ。たとえ無人機が相手だとしても、慣れていない彼女には相当の負担になるだろう。その上無防備な俺達が傍にいるとなれば、思うように戦えなくなることは想像に難くない。

『イチカに同意します。敵の襲撃に警戒しつつ撤退しましょう』

「そうね。こうして立ち話してる間に追手が来るかも――」

 その鈴の言葉は、半ばで上空の爆発に遮られた。

 

 轟音に見上げた視界に映る漆黒の機体。

 両肩に巨大な箱状の武装を担いだゴーレムが手の先を向ける中、鈴は地面を蹴って相手に突進をかける。発射の直前、彼女の振るった拳に先端を押し潰され、砲と一体化した敵の腕は暴発を起こした。

「言ってる傍から襲い掛かってくるなんていい度胸ね」

 鈴は余裕の漂う声とともに、もう一撃を胴体へと打ち込んだ。武器もなしの近接格闘は損傷こそ与えられなかったものの、その衝撃に突き崩された相手は空中で大きくバランスを崩す。更に彼女は無防備となった敵機に追い打ちを掛け、強引に俺達から引き剥がした。

 一見優勢な状況にも思えるが、武装を持つゴーレムに対して鈴のISは丸腰。ほとんど勢いだけで押し切っている以上楽観はできない。

「ユキ、一旦どこかに隠れよう。それとセシリア達に何とかして連絡をつけてくれ」

『今やっています。『ブルー・ティアーズ』『甲龍(シェンロン)』とのローカルネットワークを構築。各種データ共有により甲龍の機能解除をサポート』

 ISコアの処理内容を呪文のように唱えるユキ。その瞳は『白式』のアクセントカラーと同じ青い輝きを宿している。

 そんな彼女の手を引いて、俺はまだ積み重なったコンテナの影に隠れた。

『イチカ、端末を使ってセシリアと交信してください。バックエンドの処理は私が引き受けます』

「えっと……わかった、任せろ」

 彼女に促され、俺は携帯端末を取り出した。すでに通話状態に切り替わっているそれを耳に押し当てながら、返答を待っているであろうセシリアに呼びかける。

「セシリア、聞いてるか?」

『はい、一夏さん。『ティアーズ』経由で声を受け取っていますわ』

 やけに明瞭な声がスピーカーから響く。口振りからすると、ISを使って直接話しかけてきているのか。

 いや、今はどうだっていい。まずは何とかして、俺達の置かれている状況を打開しないといけないのだ。

 そう心に決めて、俺は彼女に問いただす。

「鈴が今ISに乗ってる。多分だけど、セシリア達もそれは確認してるよな?」

『ええ、所属不明機の起動信号を新たに検知したことは、……今何と? 凰さんが乗っているっておっしゃいました?』

「そうだ、経緯はわからないけど乗ってる」

 結局鈴からは何の説明もなかったし、俺にはそうとしか答えられない。

「――とりあえず武器が必要だ、鈴のISが武装を展開できるように手助けしてやってくれないか?」

『そういうことでしたら、まずはデータリンクの為のネットワークを……あら。既に構築済みなら話は早いですわ』

「それなら早いとこ頼む。今ゴーレムと戦ってる最中なんだよ」

 答えつつ、落下してきた残骸から逃げるように場所を移す。直接拳を交えている鈴は勿論、こうして隠れ凌いでいる俺達もそう長くは持ちそうにない。

 そんな窮状を聞かされたセシリアは、ため息を吐きつつ言った。

『できれば戦闘は避けてくださいと伝えた筈ですけれど、遭遇した以上仕方ありませんわね。――量子格納領域(スロット)には近接武装が一セット、それ以外は輸送の為に外されています。とりあえずこちらを取り出せるよう操作制限の強制解除を試みていますわ。あとは、機体内蔵の特殊兵装ですか。こちらは鈴さんがすぐに扱えるものでもありませんから後回しにしておきましょう』

「詳しいことはわからんが、とにかく任せた」

 ISの知識はまったくと言っていいほどない俺だ。説明されたところで脳味噌が理解することを拒絶してしまう。こういうことは専門家に任せるに限る。

 セシリアのサポートを取り付けたところで、俺は何となくユキに視線を向けた。

『何でしょうか?』

 問いかける彼女は、どこか張り詰めたような面持ちを浮かべていた。本来なら守るべき対象の鈴に戦いを任せ、自分は物陰に隠れているという状況への不満。守られる側に回っている事への苛立ち。その気持ちは、何となくわからなくもない。

 その一方で、俺達を守るために戦う鈴の身を案じているのも確かだった。彼女はきっと大丈夫だと信じて、今の状態でも助けになれることを全力でやろうと足掻いている。

 だからこそ、俺は彼女に言葉をかける。

「大丈夫だ、ユキ。直接戦いには加われなくても、俺達にできることはある。鈴の助けになれることがきっとある」

『わかっています、イチカ。振るわれる力だけが誰かの守護になるわけではないと教えてくれたのは貴方です』

 ユキは頷く。たとえその心の半分は納得していないとしても、その行動が彼女の理解を反映してくれている。だからこそ、俺達の手助けはきっと実を結ぶ。

 緊張を解いた彼女に俺は笑いかけ――。

 

「――対象、確認」

 

 無機質な声のもとに、思考が現実へと引き戻された。 

 

    ■ ■ ■

 

「もう一機――――!? 一夏ぁ!」

 突如一夏の眼前に出現したゴーレムに、鈴は思わず悲鳴を上げた。

 上空の敵機に肉薄した分、甲龍は彼らから遠ざかっている。今引き返したとして、相手の攻撃を食い止められるかどうか――。

 それでも彼の前に割って入ろうと、彼女は機体を反転させた。

『後方ヨリレーダー照射』

「追加でシールド張って! 一夏が最優先よ!」

 隙を曝す形となった甲龍目掛け、ゴーレムが残った武装を向けた。赤く禍々しい光とともに両肩の箱が展開し、連装式の大型砲へとその姿を転じる。警告を促す甲龍のコアAIは、彼女の命令に従い後方のシールドの出力を引き上げた。

「そこを退きなさいッ!!!!」

 咆哮とともに、ゴーレムに向けて直下蹴りを繰り出す鈴。だが、その一撃は予測していたかのようにかわされた。目標を失った一撃は地面を砕き、着地の反動が慣性制御機構(イナーシャル・キャンセラー)の抑制限界を超えて彼女の動きを一時的に封じ込める。

『敵ノ射撃ヲ確認!』

「しまっ――」

 AIの警告に、硬直した彼女の目が見開かれた。

 あれは単なる奇襲ではなく、一夏達の防衛に回るであろう彼女を見越しての動きだったのだ。あわよくば一夏を討ち、阻止されたとしてももう一機の攻撃で彼女ごと倒す為の作戦。ISをまだ理解しておらず、見聞から無人機と侮っていた彼女に、ゴーレムの連携の脅威はわかる筈もない。

 仮にこの場に居たのがセシリア・オルコットやクラリッサ・ハルフォーフであれば、看破した上で覆す策を講じていただろう。が、今しがたISに乗り込んだばかりの凰鈴音には、気付くことも、ましてやその戦術に対抗することも叶わなかった。

「逃げて一夏――――っ!」

 鈴が足を竦ませた織斑一夏に叫ぶ中、上空のゴーレムは四門の火砲を斉射した。炸薬を充填した弾丸が、着弾とともに周囲を揺さぶるほどの大爆発を引き起こす。衝撃に煽られ、壁に勢いよく叩きつけられた彼女は意識を失った――。

 

    ■ ■ ■

 

『――ちか。……いちか』

 誰かに呼ばれている。確か、俺はゴーレムに襲われそうになって、鈴が飛び蹴りを食らわせようとして――。

『イチカ、起きてください。いつまで気を失っているつもりですか』

 その後、何か降ってきたと思ったら爆発して。

 もしかして、俺……。

『『死んだ』とは言わせませんよ』

「うわぁっ!?」

 恐る恐る目を開けたそこには、ユキの姿があった。その背後には燃え盛るコンテナの残骸とクレーターのように深く抉れた地面が見える。

 どうやらここはあのコンテナ埠頭で、俺達は辛うじて命拾いしたらしい。一体どうやってあの状況を乗り越えたんだ――。

「って、なんでお前『白式』を展開できてるんだよ」

 よく見ると、ユキがISを展開している。ついでに言えば、その両腕に俺を抱えた状態だった。どうりで、いつもよりも目線が微妙に高くなっているわけだ。

『緊急事態ということで、強制的に解除しました』

「いや勝手に外しちゃマズいだろ。おかげで助かったけどさ」

『それは何よりです』

 そう答えて、彼女は第二射を準備する頭上のゴーレムを睨みつけた。シールドに守られているとは言っても周囲にこれだけの被害が及ぶような砲撃だ。それに、もう一体がどこから襲ってくるかわからない。射撃は何とか防げたとしても、俺を抱えたままで近接攻撃を捌くのは不可能に近いだろう。

「ユキ。セシリアのサポートを受けて一次移行させるってことはできないのか?」

 俺が尋ねると、彼女は首を横に振った。

『駄目です。確かに演算の補助は可能ですが、形態移行の発動キー自体が『白式』にありません』

「発動キー?」

『製造者が自立稼働型ISをマスターの命令に従わせる為の枷として独自に設定したものと推測されます。解析した結果、外部に思考制御装置(イメージ・インターフェース)を形成する必要があるようですが』

 外部ということは、ISであるユキとは別にそれがもう一つ必要になるってことか。操縦者ではないけれど、ISを正しく動かすために繋がる必要がある……。いかにもあの人がやりそうなことではある。

「でも、どうやってそんなことを?」

『ナノマシンを体内に注入し、浸透させることで外部装置として機能させるようですが』

 ナノマシンを注入って、まさか――。

『すなわち、経口投与による所有者・IS間のデータリンク構築ということになります』

「待ってくれ。それってやっぱりキ――」

 言いかけたところで再び弾丸が降り注ぐ。俺達を狙っての四連射はシールドに直撃した。

 防御の中にいるといっても、爆発を目の前で受け止めているだけにかかる衝撃は想像を絶する規模だ。振り向けられる暴威に思わず目を瞑りながらも、俺はユキを問いただした。

「やっぱりその……キス、するのか?」

『そういうことになりますが……イチカはなぜ恥ずかしがるのですか』

「そりゃそうだろ! だって、男の子が女の子と唇を合わせるっていうのは、その――」

 その、なんというかだな……。

 あえて言葉にしようと思うと余計に恥ずかしくなってくる。ホラ、漫画やアニメでもキスシーンってここぞという時に入るものじゃないか。

『時間がありません。実行します』

「だから待てって! 急に顔を近づけられても――んむっ!?」

 抵抗する間もなくユキと口許が触れ合う。そういえば、こうして唇を奪われるのは二度目か。くそっ、ファーストどころかセカンドキスまで強引に持っていかれるなんて思いもしなかった。

 口を通して流れ込む液体が舌に広がり、喉へと染み込んでいく。広がる異物感で咽そうになっても彼女の頭が離れる気配はない。やばい、このままじゃ息が――。

『――投与を完了』

 おぼろげになった意識に彼女の声が響く。

 いや、これは耳から聞いているんだろうか。彼女の唇はまだ俺に触れているから喋ることはできない筈だ。じゃあ、この声は一体――。

『ナノマシンの浸透を確認。神経組織周辺に共鳴制御機構(ハウリング・インターフェース)を構築開始。ISコアとの同期まで残り五秒』

 脳が灼ける。内側から燃え上がったかのように熱い。目を開けている筈なのに視界が暗闇に閉ざされている。手足がびくともしない。まるで錘を括り付けられでもしたかのように挙動が重い。息ができない筈なのに、窒息の苦しさを少しも感じられない。

 体が、隅々までもが異常を訴えている筈なのに、それでいて嫌悪も恐怖も一切感じない。

 なんだこれは? 俺の体に、今何が起きているんだ?

 戸惑う俺の脳内に、再びユキの声が響く。

 

『三、二……同期開始』

 

 カウントが止まり、俺と『白式』とが繋がる。その瞬間、頭の中に莫大な量の情報が雪崩れ込んできた。

 無機的なデータではなく誰か(・・)の記憶。意図的に欠落させた部分を補完するような、ある人間の有機的な情報(かんじょう)。そうとしか形容できないものが俺の脳の空白を埋める。

 そして――情報の渦に飲み込まれる直前、俺は『それ』が何なのかを理解した。

 

『――識別称号:白式、パーソナルネットワーク構築完了。一次移行を開始します』

 

<第17話 了>

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