『それ』は、文字通り突然目の前に現れた。
襲撃者と対極を成すかのような純白。その一色に彩りを添えるかのごとく、センサーが青く光っている。
一点の曇りもない
「……何者だ?」
口にするまでもなく、箒が先に疑問をぶつける。俺達を守る形で出てきたとはいえ、本当に味方なのかどうかはわからない。警戒心をあらわにして身構える箒を背中で捉えたまま、白い
『はい。私は
「コード? それに私と一夏が所有者というのは一体」
首をかしげる箒。このIS、納得できる説明をするどころか余計にややこしくしてくれた気がしなくもない。大体、自立稼働型のISってなんだよ。その兵器は人間が乗るものじゃないのか。
『現時点での説明は不可能です。脅威の排除を最優先します』
訊き返す間もなく一方的に対話を拒絶すると、『それ』は虚空から剣の形をした物体を抜き放った。これが量子展開という奴なのかどうかはさておき、この白式とかいう機体とその持ち主は、俺達の眼前で今から戦いを繰り広げようとしているらしい。
「邪魔、排除」
敵が振動する剣を構える。対する白式もまた、今しがた呼び出したばかりの武器を両手で握り初撃に備えていた。二体の超兵器が剣豪同士の
いや。
お互いに常識を外れた暴威の塊だからこそ、泥臭さすら覚えるほど陳腐な睨み合いに徹しているのだろう。ともすれば一撃ですべて決着してしまうのだろうから。
『――――参ります』
先に動いたのは白式の方だった。
踏み込みとともに振り上げた太刀が敵を射程に捉える。一方の黒いISは、得物で斬撃を凌ぐつもりかその刃をかざしていた。
てっきりあの見えない壁で防ぐのかと思ったが、さすがにIS同士ではそうもいかないようだ。
――と。
「ア……ッ」
悲鳴ともつかない声とともに、斬り下ろしを受け止めようと掲げられた腕を線が走る。直後、黒いISの右腕は肘のあたりから綺麗に分割されて石畳を跳ねた。
ただのフェイクというわけじゃない。確かに
それを不可能にしたのは捕捉が追いつかない速度での二撃目が放たれたからだ。
「一閃……二断……」
信じられないといった様子で箒がその奥義の名を口にする。
鋭い一撃目を放った上で打ち込まれる本命の斬撃。防御に専念しなければ最初の剣戟は防げず、応じれば認識外からの連撃に肉体の反応は追いつかない。
篠ノ之道場に伝わる二撃必殺の技を、あのISは実際に振るって見せたのだ。それも本来の二刀ではなく一振りの剣で。
箒が、そして俺がその現実に驚かないわけはなかった。
「貴様」
俺達が目を見張る中、残った腕が新たな武装を呼び出そうとする。けれども、白式は反撃を許す筈もなく。
『はあっ!』
突き出された剣先が手首を穿ち、その勢いのままに斬り飛ばした。両手と攻撃手段を失った敵は俺達と白式をそれぞれ一瞥し、更なる追撃を避けるように後ろへと跳躍する。
ふわりと宙を舞うような機動で森の中へ消える敵を白式は一瞬追おうとしたが、さすがに俺達を置いて離れることはできないのか、その歩みをすぐに止めた。
「奴は逃げたのか……?」
おそるおそる尋ねた箒へと白い機体が向き直る。
『はい。おそらく再びの襲撃は困難なものと思われますが、一応用心に越したことはありません』
冷静に分析する白式。その姿を見て、俺はそれをまとっているのが女の子なのだとようやく気付いた。
ISを駆るのが女性だけなのだからすぐにわかって当然の筈だが、どうも異常な光景ばかり見せられたせいで俺の認識能力が追いつけていなかったようだ。
こうして間近で見ているとどことなく俺にそっくりな気がしなくもない。それとも千冬姉似だろうか。どちらにしても、俺の姉ないし妹と言って紹介したら十人中九人はその言葉を信じてしまいそうなくらい似通っている。
ひょっとして俺の両親の隠し子とか――いや、考え過ぎか。
『マスターの肉体に深刻な損傷が見受けられます。この場で緊急治療措置を実施しますがよろしいでしょうか』
「……悪い、助かる」
マスターなんて呼ばれるのには少々違和感を覚えるが、今だけは気にしていられない。あまりの衝撃で痛覚こそ麻痺していたものの、まったく身動きが取れないくらいには重傷だ。
とはいえ、あんな機体で殴られて即死しなかっただけでもまだ運が向いていると言えるだろう。
『では』
承諾を得て、白式は非常にスムーズかつ不自然さを一切感じさせない挙動で俺に近づくと。
――何の予備動作もなく唇を重ねていた。
…………はぁ?
「……何をやっている」
いやちょっと待て治療のどこにキスする要素があるんだってか箒睨んでるめっちゃ睨んでる額に青筋浮かんじゃってるこれじゃ傷の手当てする前に致命傷負っちゃうって頼む助けて許してごめんなさい。
というか、口移しで何かが体内に流れ込んでくるんだがこれは一体――。
『医療ナノマシンの投与を完了しました』
「ふざけるなこの不埒者」
つうっと謎の液体の糸を引きながら口を離す白式目掛け、箒が素手で殴りかかろうとする。
気持ちは理解できなくもないし、とっさのアクシデントを防げなかった俺も申し訳ないやら恥ずかしいやらで一杯だが、悲しいかな相手はIS。いくら理不尽でも人間の徒手空拳が通用する相手ではない。
案の定、彼女の渾身の拳は先刻の竹刀同様本体に到達することなく弾かれた。
「くっ……。なぜ一夏が唇を奪われるところを目の当たりにしなければならんのだ」
「言っとくが箒、一番ショックを受けるのは奪われた方だ。初めてだったんだぞ……」
せめて気心の知れた相手と初めての口づけを交わしたかった、なんて遅過ぎる後悔をよそに、全身の重さが急速に薄れていく。
内側から傷が癒えていく感覚というのだろうか。破壊された肉体が時間を巻き戻すように元へと戻っていくような気がした。形はどうあれ、ひとまず治療をしたというのは確かなようだ。
「ここにじっとしているのも何だし、とりあえず場所を移そうぜ」
動けるようになったと確信できるまでに快復した俺は、境内に転がる敵の残骸をちらりと見てから言った。
もしかすると、あいつの仲間か何かがあれを取りにもう一度戻ってくる可能性もある。そうでなくともこの場所に留まり続けるのは勘弁願いたい。そんな俺の気持ちを察してか、箒は頷き返した。
「道場へ行こう。今は父が留守にしていて無人の筈だ」
『承知しました』
■ ■ ■
篠ノ之神社に隣接した剣道場は、稽古が休みということもあってか静寂に包まれていた。
広い室内に踏み込んだ俺と白式の背後で、箒が照明の電源を入れる。徐々に明るさを増すナトリウムランプの下、俺は機械の鎧を着込んだ少女と正面から向かい合った。
見た目からすると年齢は今の俺達と大差ないだろうか。短く切り揃えられた髪は、まとうISと同じく真っ白だった。いわゆるアルビノという奴なのかといえばそういうわけでもなく、露出部からは健康的な肌色が覗き、鳶色の瞳がこちらを静かに見据えている。
言ってみれば、ごく一般的な日本人から体毛だけが脱色されたような、違和感に満ちた容姿だった。
「ひとまず脅威の排除ってのは終わったし、せっかくだからお前がどういう存在なのか教えてくれないか?」
相手からは喋る気配がないので、まず気になっていた疑問を彼女に振ってみる。すると、彼女は淀みのない口調で語り始めた。
『私は所有者の身の安全を保障し、外部の脅威から保護するために作られた自立稼働型の機体です』
「ええっと。自立稼働型っていうのは、要するにロボットってことなのか」
『その定義は正確ではありません。有機体組織にISコアと稼働に必要なユニットを組み込んだ生体連動型。そのうち人工合成によって先天的に生み出された個体を自立稼働型と製造者は呼称しています』
なるほど、何を言っているのか俺にはまったく理解できない。その通りの表情を浮かべていたのか、白式は軽くため息をついてから言い直した。
『より連想しやすい形で呼ぶのであれば、サイボーグでしょうか』
「サイ……ボーグ」
急激に理解しやすくなった。と同時に彼女を生み出した人物の狂気を垣間見たような気もする。
倫理なんてものを初めから無視しきったような代物を一から作るなんて、一体どこの誰がそんな所業をしでかしたんだ――。
「誰がお前を作ったんだ? 製造者っていうからには、誰か手がけた奴がいるんだろ?」
『篠ノ之束。マスター、篠ノ之箒の実姉にあたる人物です』
前言撤回。言うまでもなくあの人くらいしかいなかった。
妹のためなら倫理も法律も物理法則さえも全力でぶち壊すような天災、もとい天才が、あろうことか自分の身内にいたことをすっかり忘れていた。
でも、それなら余計にわからないことがある。普段のあの人なら完成次第真っ先にその存在を教える筈だ。箒に気に入られようが入られまいが、とにかく自分がその発明を手掛けたことと、それら全ては箒のためにやったことだと得意げに話す筈なのだ。
けれども、目の前の少女のことは箒も知らなかった。あえて知らない素振りをしていたとは到底思えない、明らかに素で初見とわかる反応を見せていた。
「じゃあ、今になって初めて現れた理由は何なんだ?」
『質問の意図が不明です。私が起動したのはつい先ほど、マスターの起動コードを認識したためです。それ以前の状況については知り得ません』
「何だよそれ。ずっとどこかに停止した状態で保管されていたみたいな言い方じゃないか」
『詳細は不明です。起動の時点で指定された座標に転送するよう設定が施されていたようですが、それ以上のデータを持ち合わせていません。転送装置も私の保管設備に組み込まれたもので、私には指示コードと座標の変化のみが――』
ああもう、ややこし過ぎる。俺の頭じゃ理解が追いつかない。
「わかったもういい。詳しいことは束さんに訊くとして、名前を教えてくれ」
『識別称号:白式――』
「そうじゃなくて、お前自身の名前だ。ISじゃなく人としての名前」
束さんのことだからきっと何か呼びやすい名前を付けている。少なくとも、白式なんて名称よりはまともなのが何か――。
そんな期待に反して、少女は首を傾げた。
『残念ながらマスター、私に白式以外の呼称は与えられていません』
「そんな馬鹿な」
思わず口に出してしまうほど意外だった。まったくもって、束さんらしくない。
「名前など後でどうにでもなるだろう。それよりも肝心なことを訊き忘れている」
ひとり唖然とする俺を横目に、箒は白式へと歩み寄りつつ問いかけた。
「私達を襲ってきたIS、あれの所有者は誰だ。前もって私達を守る手段を講じていたくらいだ、あれを差し向けたのがどういう手合いの者かも把握しているだろう」
『正確な解答としての確信は持てませんが』
そう前置きして、白式は答える。
『ファントム・タスク。あるいはその関連組織によるものと見るべきでしょう』
「ファントム・タスク……」
名前だけなら以前にも何度か耳にしたことがある。世界各地で軍事拠点や交通機関への襲撃テロを繰り返している凶悪な犯罪組織だ。
ISを所有する世界の敵であり、そして――。
『――しばらく留守にする。万が一、私の身に何か起きた時は束に頼れ』
「千冬姉」
三年前、高速列車を標的にした襲撃で乗り合わせた各国の要人や旅行客を虐殺した、史上最悪の犯罪集団。
俺にとって唯一の肉親の命を奪った
「だが束姉さんは今アメリカへ――――っ!? くそっ、そういうことか!」
何か重大なことに気が付いたのか、箒は電話機のある休憩室へと走っていく。受話器に飛び付くや否や、躊躇いなくどこかの番号をダイヤルした。
『はいもしもーし』
受話器から漏れ聞こえてきたのは、深刻さからほど遠い陽気な声だった。電話の向こう側がやかましいのか、だいぶ大きな声で喋っているようだ。
「篠ノ之です、突然の電話申し訳ありません」
『あぁ、束博士の妹さんね。ちょうど今こちらから連絡しようかと思ってたところだったのよ』
「それはどういう――」
『貴方のお姉さんの乗った飛行機が先ほど消息を絶ったの。乗客の生存は絶望的だそうよ』
困惑する箒に、声は淡々と告げた。
<第2話 了>