はてさて、どうしたものか。
黒い
実際、この家は二人で住むには広すぎる間取りだし、千冬姉がいなくなってからは上にも下にも空き部屋ができている。だからキャパシティー自体にはさほど問題を抱えていない。ところが、単純なスペースの宛がい方では解決できない問題が浮上した。それがまたどうでもいいレベルで厄介なものなのだ。
『誰がユキと一緒の部屋を使うか』
いやおかしいだろちゃんと人数分の個室あるだろ、と真っ当な反論を試みはしたのだが、互いに我を張る二人にはこれっぽっちも聞き入れてもらえなかった。というか、奴らの争奪戦が始まった時点で、俺が介入できるような状況からはほど遠くなってしまっていたわけで。
「この子って一夏の妹みたいなもんでしょ? それなら私が面倒を見るわ」
と左腕に手を回す鈴はいつになく興奮気味で。
「何を馬鹿なことを。名前を付けたのは私で作ったのは束姉さんだ。つまり私の妹として扱うのが妥当ではないか」
そう言って右側から抱き寄せようとする箒もやけに熱心で。
――正直に言って二人とも理屈がおかしいし、テンションも異常なのだ。そうしてお互いにもっともらしい理由を挙げては、無理を押し通してでも彼女と一緒の部屋になろうとしていた。ユキはぬいぐるみじゃねぇんだぞふざけんな。
とはいえ俺とユキが同居するのはこいつらに任せるよりも深刻な問題になってしまう。双方の意見を無視して別室を与えたとしても、こいつらのことだからどちらが入室の権利を先に手にするか争い始めるに違いない。
まったく、一体どうすりゃ丸く収まるんだ。あの二人の冷戦を穏便な形で終結させる方法を思いつく奴がいたなら、俺は是非ともノーベル平和賞を送りたいね。
『おはようございます、イチカ』
ソファーから起き上がったばかりのユキがカウンター越しに呼びかけてきた。初めて俺達の前に姿を現した時の鎧ではなく、サイズが合わずダボついた箒の服を身にまとっている。袖口や裾丈はともかくとしても、胸回りの生地が相当だらしない見た目なのはその……視線のやり場に困る。肉体年齢が俺達と大差なく平均的な体格はあるだけに、余計意識してしまいそうだ。
ちなみに何故ソファーで寝ていたかといえば、昨晩は結論が出ないままお開きとなってしまったせいで、結果的にリビングが彼女の寝床になってしまったためだった。たった一日くらいならまだいいだろうが、いくら頑丈だったとしてもこんな劣悪な環境で生活させるわけにはいかない。どういう形であれ、健康に影響が出ない内にはっきりと決めてしまわないとな。
そんなことを考えながら、俺は出来上がったばかりのオムレツを皿に盛り付けた。
――ちょっと待て、サイボーグって体調崩したりするのか? それに人間と同じ食事で大丈夫なのか? 昨日は何かあったら困るってことで食べさせなかったけど、万が一ダメなら今の状況にもう一つ面倒な問題が積み重なるんじゃ……。
『私の顔に何か異常が見受けられますか?』
よっぽど変な表情を浮かべていたのだろう。ユキが怪訝な顔をこちらに向ける。
「いや、そういうわけじゃないんだ」
『それなら良いのですが』
うーん。物は試しと言うし、とりあえず朝食を食べさせて様子を見てみるべきだろうか。
「朝食用意したけど食べるか?」
『はい、いただきます』
今しがた出来上がったばかりの食事を見せると、彼女は首を縦に振った。
「いつも通り作ってみたけど、もし口に合わないようなら言ってくれ」
『問題ありません。摂り込んだ限りでは、身体が拒絶を起こすような成分は含まれていないと断言できます』
普段食べているのと同じ献立を、目の前のユキは淡々と口に運んでいる。ややこしい言い回しのせいで理解が遅れたが、とりあえず体に害はないらしい。
「美味しいか?」
『イチカ。食物の摂取はこれが初めてです。私にはまだ判断指標がないため評価の付けようがありません』
「え? ま、まあそうだよな……すまん」
一瞬キョトンとしてしまったが、考えてみれば当然の話だ。彼女が目覚めたのはつい昨日で、それまでの記憶は一切ないのだ。初めて訪れた外国でご当地料理を初めて食べた直後、『どの店のが美味しかった?』と訊かれたら誰だって答えに苦しむ。そりゃあ、口にするにはきついような不味さだったら『不味い!』と即答できるだろうけど。
『ですが、少なくとも摂取に支障を来たす味ではありません』
「そりゃ良かった」
そんな会話をしていると箒がリビングに入ってきた。今から朝の鍛錬でもするつもりなのかジャージ姿だ。
「あ、おはよう箒」
「うむ。そういう一夏も早起きなのだな」
壁に掛けられた時計は六時前を指している。学校へ行くにはまだ早過ぎる時刻だ。ぐっすり眠っている鈴を起こしに行くにしても三十分以上の余裕がある。
「言っとくけど、家を出てジョギングとかは駄目だからな」
「そのくらいわかっている。庭を借りて素振りの稽古をするだけだ」
「振り回すなら物干し竿を外してからにしてくれよ」
ついでに言うなら、洗濯機が止まり次第洗濯物を干すのを手伝ってほしい。人数が増えた分、一人でやるのはなかなか骨が折れそうだしな。
そうして竹刀片手に玄関へ向かおうとする箒だったが、突然はっとしたように振り向いてきた。
「ユキが朝食を食べているだと!?」
「別段驚くことじゃないだろ。半分ISってだけでもう半分は人間なんだからさ」
というか、自分で言ってて今更気がついた。彼女曰くサイボーグなんだし、俺達と変わらない部分は俺達が考えているほど少なくない筈だ。
「それはそうだが……。ええい! とにかく剣を振ってくる!」
何か言わんとしていたものの、喉まで出かかったそれを飲み込んで彼女は去って行った。
『行動の意図が理解できません』
「無理にわかろうとしなくていいと思うぞ」
ぶっちゃけた話、箒の行動なんて俺には理解しかねるものばかりだからな。
■ ■ ■
「――ところでアンタ達、ユキちゃんをどうやって校内に入れるか考えたわけ?」
学校へ向かうモノレールの中、鈴は俺達の顔を交互に見比べながら尋ねた。さりげなく『ちゃん』付けしているのにはツッコミを入れるべきだろうか。
ちなみに俺達がISに襲われたこと、ユキが束さんによって有事のために用意されたISであることと、安全の面では箒とユキをうちに住まわせた方がいいので連れてきたという経緯については昨晩の時点で説明済みだ。案の定彼女は猛反対していたものの、最終的には渋い顔をしながらOKサインを出してくれた。
「その点は問題ない。私には姉さん絡みで協力してくれる人がいるからな」
「へぇ、便利な人脈があるもんね」
「あくまで緊急にのみ頼れる相手だが、今はまさしくその時だ。使わない手はないだろう」
そう言って胸を張る箒。昨晩もうちの電話を使って何か話していたみたいだし、おそらくはその時に協力を依頼したんだろう。とは言ったものの、俺も箒の立てた作戦を知らないので何もコメントできずにいるというのが現状だった。
「まあいいわ。山田に『新しい転校生ですぅ』ってホームルームで紹介されるのが目に見えてるけど」
こら、担任を呼び捨てにするな。
「ふっ、そんな下手な潜入など意味がない。第一、生徒の立場では行動を制限されるではないか」
「だったらどうするのよ」
『どうせろくでもないこと考えてるんでしょ』と言わんばかりに懐疑の目を向ける鈴に対して、箒は自信を崩すことなく答えた。
「ユキの容姿は一夏とよく似ている。だから親戚と偽ったところで誰も疑うことはない」
「それが何よ?」
「しかも、藍越学園には『親類縁者など生徒の関係者が諸事情により校内に立ち入る場合、生徒本人の申し出があれば職員室にて預かることができる』という規則が存在している」
「御託はいいから、さっさと結論言いなさいよ」
「つまりだ。一夏が『自分の遠い親戚をうちでしばらく預かることになったので、学校にいる間職員室で面倒を見てほしい』と言えば、何の疑いもかけられることなく留め置くことができる!」
なるほどなぁ。素晴らしい作戦だと感心するがどこもおかしくはない。問題は、誰かがユキの個人情報を探ろうとしたら一発で嘘吐いたことがばれるって点だけど。
「戸籍についてはあちら側でどうにかするそうだ。後は一夏が山田先生に申し出てユキを預かってもらえばいい。どうだ、完璧だろう」
得意満面でこちらを見つめる箒に、俺と鈴はそこはかとない不安を感じた。
「完璧過ぎて、見落とした穴がどこかに隠れてないか心配だよ俺は」
「まったくだわ。てっきり脳筋全開な解決方法でも持ってくるかと思ってたのに、誰かに入れ知恵されたみたいな完成度じゃない」
「失礼な! ちゃんと私が考えた作戦だ」
その言葉を聞いた途端、余計心配になってきたのはどうしてなんだろうな。
とはいえ作戦内容そのものは悪くない。もしユキが生徒として入り込めば、緊急時には真っ先に避難を促されるだろうから下手に動けなくなる。その上、俺達以外の生徒を危険に巻き込む確率だって跳ね上がるだろう。余計なリスクを背負い込まないに越したことはない。
それに、教室にいるよりも職員室の様子を伺っていた方が異常を察しやすい筈だ。他のクラスで何かあっても棟が違えば気付かない、なんて状況は大いにありうるし、初動の機を失わないためにもできる限り情報の集まる場所で待機している方がいい。
――実のところ、箒の奴がそこまで考えて出したとは到底考えにくい。せいぜい非常時に動きやすいから程度の認識だろう。もしそこまで深読みしての提案だったなら、今日から彼女に対する認識は根本から改めざるを得ないことになる。
「その顔は私を疑っているのか」
「やだなぁそんなわけないじゃないか。ほうきはかしこいこだっておれはちゃんとわかってるぞ」
「嘘を言うな」
さすがに猜疑に歪んだ瞳がせせら笑ったりはしていなかったが、わざとらしい口調の俺に向かって超不満げな表情を向けてきた。
そうは言うけど、普段のお前を見てたら素直に褒められないぞ、マジで。
「アンタ達ねぇ、いつまでそうやってるのよ? 今すぐ降りないと乗り過ごすわよ」
呆れる鈴の背後で扉が開く。おっと、通学途中だったことをすっかり忘れてた。
足元の鞄を引っ掴み、俺は大慌てで席を立った。
■ ■ ■
箒の立てた作戦通りにユキを職員室に預けた俺達は、普段と変わらない風を装いながら教室に踏み込んだ。ただひとつ違うとすれば、いつもは別々に来る筈の俺達三人が全く同じタイミングで登校してきたことだろうか。鈴はともかく箒まで一緒という珍しい光景にクラスメート達の視線が一瞬集まったが、あえて注目するほどのことでもないと気付くなり仲間内の会話に戻っていった。
やっぱりユキを転校生として忍び込ませなくて正解だったかもな、等と考えつつ席に鞄を乗せたところで、先に来ていた友人ズが声をかけてきた。五反田弾と御手洗数馬――俺と鈴、そして箒とは中学校以来の付き合いがある二人組だ。
「よう。篠ノ之と連れ立ってお出ましたぁ珍しいな」
「たまたま行きがけに出会ったんだよ」
『今俺の家に住み込んでるんだよ』なんて言えるわけもなく、俺は無用な詮索を避けるためにもっともらしい嘘を吐いた。
「それにしたって喧嘩せず登校してくるのは珍しいよね」
「それな。あの二人が顔を合わせて衝突起こさないなんて奇跡だぜ。お前まで居合わせてるなら尚更な」
どういう捉え方してるんだよお前らは。
「いやさ、いくらなんでもそういう言い方は失礼なんじゃないのか?」
「まぎれもない事実だろ。目の前で何度見せられてると思ってるんだよ」
うっ、確かに……。
初対面での口喧嘩から最近の殴り合いに至るまで一通り思い返してみたら、大体俺が関わってる気がしなくもなかった。だからといって、俺の絡まない状況では仲良しなんてこともないだろうが。
「そんなことより今は転校生だ転校生。さっき学長室から出てくるところに遭遇したんだが、それがもう発狂しそうなほど可愛いかったんだよ」
「へー」
「反応薄っ! せめて興味くらい示せよ」
興味も何も、未だ会っていない誰かに思いを馳せるほどロマンチックな頭を持ち合わせてないんだっての。
ついでに言えば、高等部一年の四月三週目なんて変な時期に越してくる理由がイマイチわからない。両親の都合で越してくるには遅過ぎるし、それ以外の目的でやってくるにはまだ早過ぎる。
第一、この藍越学園もその他の高等教育機関と同じく、転入には書類での手続きと試験が必要になる筈だ。おまけに送って受けてハイ終わりというわけではなく、学校側の審査と判断を経なければならない。だから普通は入試で入ってくるし、転入手続きをこなした上での転入だったならもっと遅い時期になる。
――本人と会ってもいないのにきな臭い印象を抱いてしまうのは、俺の勝手な思い込みなんだろうか。
「あのパツキンは間違いなく留学生だ。顔立ちが明らかに西洋人だったからな」
「弾、この前『大和撫子然とした女の子こそ理想形だ』って言ってなかったっけ?」
「それはそれ。これはこれだ。グラマラスな体型の女の子に目を奪われない野郎なんてどこにもいないだろ」
相変わらず転校生について語る弾。その熱弁ぶりすらどこか遠い場所の出来事のように感じながら俺は思考を巡らせる。
海外からやってきた女の子、ねえ。確かにスケジュールが狂って遅れて入ってきた可能性は考えられなくもない。とはいえ、やはりおかしな時期の転入であることに変わりはない筈だ。
「――みなさーん、席について下さーい。朝のホームルームを始めますよー」
「っと、いけね」
予鈴と担任の山田先生の声で我に返った俺は慌てて弾を追い返した。ついでに先生の表情をちらりと伺ってみる。
――昨日までと変わらない、のか? 俺が見る限り、何か隠し事をしている様子はないように見える。
席へ戻っていくクラスメート達を待っていた彼女は、鼻先からずり落ちそうな眼鏡を両手で元のポジションへと戻してから話し始めた。
「今日はみなさんに新しいクラスメートを紹介します。二週間遅れでの入学ですが、仲良くしてあげて下さいね」
まだ噂も広まっていなかったのかざわつく教室内。その喧騒が収まる間もなく、スライド式の扉が静かに開け放たれる。
「失礼いたします」
その一言とともに足を踏み入れた少女は弾の言った通り金髪だった。均整なプロポーションを目の当たりにするなり、あいつが鼻の下を伸ばすのも無理はないと確信する。モデル雑誌から直接飛び出してきたような彼女は教室をぐるりと見回し――。
「ふふっ」
――ちょうど俺に視線が向いた辺りで、口許に意味深げな笑みを浮かべた。
「それではオルコットさん、自己紹介してもらえますか?」
「わかりました」
違和感を覚えないほど流暢な日本語で答えると、彼女は教壇に上がって俺達へと一礼した。山田先生が電子黒板にマーカーで片仮名綴りの名前を刻み始める中、彼女は明らかに俺の方へと目を向けて話し始める。
「わたくしはセシリア・オルコット。この学園へは長期留学という形でほぼ三年間籍を置かせていただくことになりました。手続きが少々長引いて一足遅れての入学となりましたが、気兼ねなく接してくだされば幸いですわ」
いかにもお嬢様然とした丁寧な言葉遣い。大半のクラスメートは、これといって疑念を覚えてはいない。
けれども、少なくとも俺と箒は『何か裏がある』という空気を彼女の態度からおぼろげに感じ取っていた。
「わたくしからは以上ですが、何か質問があればどうぞ」
朗らかな表情を浮かべる一方で、俺に向けられた碧い双眸は決して心地の良いものじゃなかった。あれは、今まさに獲物を射んとする狩人の眼差しだ。殺意というほど刺々しくはないものの、初対面の相手には絶対向けないような、攻撃的な視線が絶えず突き刺さっていたことに変わりはない。
――――こいつ、一体何者だ。
恭しく一礼する彼女へと、俺は警戒心に満ちた目を向ける。
その疑念が
<第4話 了>