「いーちーかー♪ 今日は食堂でお昼にしましょ?」
午前中最後の授業が終わるなり鈴が駆け寄ってくる。そういや今日は弁当作ってきてなかったんだった。売店で適当に買って済ませてもいいんだが、せっかくの機会だし一度食べに行ってみるのも悪くない。
「私も一緒に行くぞ」
間を置かず箒もやってきた。学校内でもできれば離れ離れにならない方がいいってのは確かなんだが、別の意図があるような気がしないでもない。まあ、いいか。
「……本当は二人きりが良いのだがな」
よく聞き取れないくらいの小声でぼやく箒。対する鈴は相変わらず意地の悪い笑顔を浮かべて言った。
「残念だったわね、一夏の隣はいつでも私のものよ」
「ならば一夏の向かい側は私が独占しよう。どうだ悔しいか」
「べ、別にそんなんじゃ揺らがないわよ! 隣に座ってる方が一夏に絡みやすいし?」
――なあお前ら、どうでもいいことで張り合うのはやめてくれないか。見ているこっちが恥ずかしくなってくるんだが。
「何よ」
「いや。年相応の分別をそろそろ付けるべきかなって思っただけだ」
少なくとも外見は子供を脱し切れていない幼なじみからわずかに目を逸らす。これで高校生らしさもなかったら完全に中学未満のガキだよな。
「随分と賑やかな方達ですわね」
騒ぎを聞きつけたのか、例の転入生までもが俺の傍へ寄ってきた。真意の伺えない微笑み顔で見つめてくる彼女に思わず鳥肌が立つ。とはいえ、何の根拠もなしに冷たく当たるというのも失礼だからな。今は警戒するだけに留めておこう。もしかしたら、俺の勝手な思い過ごしなのかもしれないし。
「えーっと、オルコットさんと呼べばいいかな」
「わたくしのことはセシリアと呼んで構いませんわ。織斑一夏さん」
名前呼びは馴れ馴れし過ぎるかなと遠慮する俺に、彼女は優しく笑いかける。
どうしてだろう。ただ単にフルネームで呼ばれただけなのに底知れない恐怖を感じる。あくまで、あくまで気のせいならいいんだが……。
半ば疑心暗鬼に陥っている俺をさて置き、セシリアは柔らかな笑顔を浮かべたまま箒達へと向き直った。
「もし良ければ、わたくしも昼食に同席させていただきたいのですけれど」
「うむ? 別に構わないが」
「いいわよ別に。私達だけだとそこの女侍が何をしでかすかわかんないしね」
了承ついでに煽る鈴を箒がきっと睨みつける。ホラそこの二人、せめて初対面の子の前では仲良くしろっての。
「お二人とも面白い方ですわね」
「別に受けを狙ってるわけじゃないと思うけどな。とにかく、席が埋まらないうちに食堂へ行こうぜ」
「賛成。さっさと行って窓側のテーブルを確保しましょ」
見れば他のクラスメートも数人集団で動き始めている。先を越されまいと急かす鈴を先頭に、俺達四人は別館の学生食堂へと歩を進めた。
■ ■ ■
渡り廊下を移動する四人の生徒達の姿を『目』が捉えた。
校舎脇に植えられた卒業記念樹。その生い茂った葉の奥で、望遠レンズが微かな駆動音を響かせる。誰にも気付かれることなく仕掛けられた高性能監視カメラは、暗号付きの通信路を介しその映像を監視者へと送っていた。
リアルタイムで受け取られる情報の行き着く先――並べられた電子機器が唯一の明かりとなった暗室。その中央で、メイド服を着た女性が手元の立体キーボードを絶えず操作していた。半周囲型の投影スクリーンに表示される複数の映像を切り替えてチェックしていた彼女は、件の人物が映っていることを確認するなり、耳に取り付けたインカムで別行動中の味方へと呼びかける。
「ビショップよりクイーン。ポイントA‐7で対象を視認しました。どうぞ」
『こちらクイーン、了解しましたわ』
マイクでの通話よりも明瞭な音声がヘッドホン越しに伝わってくる。まるで機器の側で音を起こしたかのような、ノイズひとつない声だ。
「今一度指示の確認を。別館一階の学生食堂とその周囲を重点的に監視すればよいのですね」
『ええ。座席を確保次第、正確な位置を指示しますわ。近づいてくる人物がいればすぐに連絡を寄越すように。よろしくて?』
「はい、お任せください。お嬢様と対象の安全は確実に保障してみせます」
別館周辺に配置したカメラからの映像を重点的に表示しつつ、彼女は答えた。その力み気味な応答を案じてか、相手が落ち着いた口調で呼びかける。
『いつも通りで構いませんわ。それと、もう『お嬢様』と呼ぶ必要はありませんのよ。今のわたくし達は、共に作戦に従事する同僚なのですから』
「それでも、私にとっては『お嬢様』です」
決して一言では言い尽くせないいくつもの感情が胸中を満たす中、彼女はあえて簡潔に応える。それは相手に対する忠誠と信頼の形であり、彼女自身にとっての『線引き』でもあった。
「では、ご武運を」
『お互い善処しましょう。
待機状態となった画面を隅へと追いやり、視線は再びカメラ映像のマス目へと戻る。再びの静寂の中、彼女は命じられた監視任務を再開した。
■ ■ ■
「ちょうど四人用のテーブルが空いてて良かったわ」
「まったくだ。ここだけ都合よくノーマークなんてぶっちゃけ奇跡だろ」
メニューを選びに行った二人を待ちつつ、留守番役の俺と鈴は会話に花を咲かせていた。ちなみに俺を起点に鈴、箒、セシリアと時計回りで席を確保した形だ。定位置についた二人はともかく、結果的に俺の逆隣をキープしたセシリアも意外とちゃっかりしているというかなんというか。どうせなら箒も隣に来れば良かったのに。
「ねえ一夏」
「ん、どうした?」
はしゃいでいた鈴が急に神妙な顔つきになる。もしくはセシリアが見ている状況では何も疑ってない風に装うつもりなのかもしれない。その目が受け渡し口へ向いているのを確認して、彼女は俺の耳元へと顔を近づけた。
「あの子、なんか怪しくない?」
「……やっぱりそう思うか」
小声の鈴に、俺もひそひそ声で答える。
案の定と言うべきか、こいつも異質さに気が付いていたらしい。一見好意的に振る舞っているようで、その実何かを裏で進めているような、そういう怪しさが明らかに滲み出ている。多分、箒の奴も警戒心を抱いているに違いない。
「まさかとは思うけど、人気のない場所に呼び出して襲いかかってきたりはしないわよね」
「そもそも、まだ敵と決まったわけじゃないからな。裏で何か考えてるってのには同意するけど、それ以上の判断材料がない」
「どうだか。待ってればすぐに尻尾を出すかもしれないわよ」
俺以上に
「お待たせしましたわ。思っていた以上に献立が豊富なものですからついつい悩んでしまって」
トレーにワンプレートの洋風セットを載せたセシリアが戻ってきた。豪華なおかずにスープと主食がついて五百円未満というのだから、随分と破格な値段設定だ。ただ、その中身以上に気になるのは絶えず俺に向けられている彼女の視線だった。
「どうして俺ばっかり見つめてるんだ?」
カマをかけるつもりであえて質問を振ってみる。セシリアは相変わらず微笑みを浮かべたまま小首を傾げた。
「さあ、どうしてでしょう。そこまで意識しているつもりはないのですけれど」
「そうか。いや悪い、俺が自意識過剰になってるだけだよな」
そんなわけあるか、と心の中でツッコミを入れつつ俺は席を立った。
監視のつもりか襲撃の機会を見計らっているのかはわからないが、そんなにジロジロ見てたらどんな鈍感野郎でも気付くに決まってるだろうに。わざとか。
「あ、待ってよ一夏。セシリアはこのテーブルをキープしといてね」
「ええ、お任せください」
券売機へ向かうふりをしてセシリアの視界が届かない場所へ速やかに移動。追ってきた鈴に目配せし、食堂の出入り口付近まで足を進める。
とりあえず距離は取った。ここなら相手に会話を聞かれる可能性は極めて低いだろう。軽く安堵のため息をついてから、俺は鈴に向かって話しかけた。
「で、具体的にはどうする」
「急に聞かれても困るわよ。ただ、相手が敵だとしたら採る手段はかなり限定される筈よ。殺しに来たなら私達を孤立させにかかるし、ただの監視役ならしつこく付きまとってくる。このいずれかを選んでくるようなら対処は簡単でしょう?」
「つまり、そういうアクションを見せるまで普段通り過ごして見守ってろってことか」
ある意味理に適っちゃいるが、その前提に当てはまらない相手だったらどうしようもなくなるんじゃないのか。
「後は私達から隙を見せないよう気を付けるだけね。対応が後手に回った時点でISのない私達は不利になる。そうでしょ?」
「ああ。ユキ一人しかISに対抗できない以上単独行動は危険だ。できるだけ三人でまとまって動こう」
――ん、よく考えたら現在進行形で一名が孤立状態のような。
「んじゃ、作戦会議はこれで終わりってことで。箒にはアンタが伝えなさいよ。私の言葉じゃ絶対に言うこと聞かないもの」
「言われなくたってわかってるよ」
隠れて話していた時間はほんの数分だったが、あまり遅いとセシリアに怪しまれかねない。結果的に置いてきた形になっている箒のことも心配だ。
俺達はお札一枚で二枚分きっかり買える日替わり定食を選ぶと、いかにも列が混んでいましたという風を装って食堂内に戻った。
■ ■ ■
そして再び時間は流れて放課後。ゲーセン行こうぜという弾の誘いを断り、俺達はユキを伴って帰路についていた。留学生なら学園内の学生寮で生活することになるだろうし、まっすぐ帰るつもりの相手に理由をこじつけて付きまとうのは無理だろうと考えた上での選択だったのだが。
「一夏。どうして彼女が一緒なのだ」
「んなもん知るか。訊きたいのは俺だって同じだよ」
隣を歩く箒と背後を覗き見る。そこには、学園指定の鞄と笑顔を携えてぴったりとついてくるセシリアの姿があった。
どうして寮生じゃないんだこいつ。たまたま行先が同じだけでどこかに下宿先があるパターンかもしれないが、それにしたってしつこ過ぎる。もはやストーカーと言っても過言ではないその行動に恐怖心と警戒心のゲージがぐんぐん上がっていくのを覚えた俺は、堪えきれずに彼女へと振り返って尋ねた。
「なあセシリアさん。失礼かもしれないけど、一つ訊いてもいいかな?」
「ええ、構いませんわ」
ニッコリ微笑むセシリアに対し、俺は一呼吸置いてから明瞭な声で問いかけた。
「このまま俺達を家まで追跡するつもりじゃないよな。あるいは人通りのない場所でタイミングよく仕掛けるとか、さ」
「あなたの仰っていることが今ひとつ理解できないのですけれど」
「これ以上下手な演技を続けるのはやめにしないかって言ったんだ。――ユキ!」
わかっていながら肩をすくめる彼女を前に、あえて先手を仕掛ける。無関係の人間に秘密を知られるリスクは覚悟の上。あわてて止めようとする鈴からも意識を切り、ただ目の前の不審人物にのみ集中する。
とぼけるつもりなら、本性を見せざるを得ない状況に持ち込んで真偽のほどを確かめてやる――!
『
ユキのまとっていた服が光の粒子へと変わり、間を置かず純白の鎧がその身を包みこむ。本来の姿となった彼女を前に、セシリアはさして驚いた様子もなかった。
「なるほど。あえて人気のない場所を歩くのは変だと思っていましたけれど、
俺達の目論見を冷静に分析しながらも、余裕の笑顔は崩さない。西日に輝く金色の髪をかき上げ、耳につけたイヤリングをこれ見よがしに見せつけたかと思うと。
「――来なさい、『ティアーズ』」
彼女もまた自らの甲冑を
成層まで澄み渡る蒼穹を凝縮したような青のISは、その出現と同時に身の丈サイズの巨大な銃を手の中に呼び出す。ユキの白式とは対極に、遠距離戦に向いた機体なのだろう。両肩を覆う大型の推進装置から光を明滅させるセシリアを前に、ユキもまた自らの
「それで、わたくしに刃を取らせた上でどうするつもりかしら。『ブリュンヒルデ』の弟さん?」
「――っ!?」
その呼び名を聞くことになるとは思いもしなかったが、今は動揺している場合じゃない。俺はユキに次の行動を指示しようと口を開き、しかしすぐ閉じることになった。
――理由は単純。
対峙する俺達に割り込もうとする『三機目』が姿を現したからだ。
『高熱量を探知。出力をシールドに再配分、最適な突入位置と予想される被害を算出。――実行』
「撃ち抜かせなどさせませんわ」
遥か上空から放たれた無数の凶弾。その射線上へと二機はほぼ同時に飛び出し、その身をもって受け止めた。流れ弾に抉られた舗装が頬を掠め、肌を浅く裂く中で、俺は奇襲を仕掛けてきた相手へと自らの視線を投じる。
「標的健在。追撃、開始」
無機質な音声を響かせながら、黒一色の敵機は砲口の覗く歪な両腕を構えた。
<第5話 了>