Re:IS   作:葉巻

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第6話

『――こちらビショップ。お嬢様、お怪我はありませんか?』

『まったく問題ありませんわ。人形の相手をするには少し窮屈ですけれど』

 緊急回線で呼びかけてくるサポート役に、セシリアは口を動かすことなく答えた。体そのものの動きと神経のパルス信号、そして装着者の思考をトレースして動作するISだからこそ可能な通話機能だ。

(とはいえ、そんな悠長なことを言える状況ではないですわね)

 周囲を見回しつつ、彼女は現状を瞬時に整理する。先ほどの一撃は大部分をシールドに吸わせたとはいえ、逸れた弾が周辺を大きく抉り取っている。幸い無関係な人間は巻き込んでいないものの、このまま本格的な戦闘に持ち込めば確実に被害が拡大するだろう。だからといって戦いを避けられる空気でもない。

『現段階で無人の区画は?』

『現在の位置を中心に半径およそ九十メートル。交通遮断を図ったとしても半径三百メートルが限界です。付近には民家も密集していますから、完全な隠蔽は不可能かと』

『構いませんわ。最低五分持たせてくれれば対処できますから、それまで人払いを徹底して頂戴』

 そう言って、足底で地面を蹴る。制御された力場によって持ち上げられた機体は、推進器のパワーを借りて敵機と同じ高度まで上昇した。

 白いISの方はと見下ろせば、織斑一夏を含む一般人を守るように地上で待機している。少なくともこの空中で助力を求めるのは無理だろう。

「さて、わたくしと輪舞曲(ロンド)を踊る覚悟(したく)はできたかしら?」

 長大なライフルを構え、砲口を真っ直ぐ向ける敵を双眸に捉えた彼女は静かに言い放った。

「……邪魔者、破壊」

 対する敵も両腕に電光を迸らせる。お互いの動きが一瞬だけ止まり、静寂に包まれる――。

「墜ちなさい!」

「抹消」

 ほぼ同時にトリガーが引かれた。赤い光線が黒鉄(くろがね)の脚部を削り、吐き出されたプラズマが散弾となって宙中(そら)にばら撒かれる。それらを紙一重でかわしての二発目は的を外れてパラボラアンテナをリング状に溶解させ、散逸しきらなかった紫電が屋根の表面を歪に抉り取った。

 二機のISは、穿てる距離を保ったまま激しい機動戦を繰り広げる。

 上昇と下降。

 緩急をつけた旋回に急制動。

 それら全てを織り交ぜての逃走と追撃。

 二機の取る軌道は生身の人間が眼で捉えられる領域を超え、時折降り注ぐ流れ弾とそれに起因した破壊の連鎖だけが、異次元レベルの戦闘が今まさに行われていることを雄弁に物語っていた。

 一見すると互角に思える戦いだったが、その主導権はセシリアが握りつつあった。追いつ追われつの応酬を繰り返しながら、彼女は徐々に戦闘域を狭めていく。何の疑いもなく追いすがる敵機は軌道を限定され、異常を感じ取る前にその行き場を封じられ始めた。

 ハンターが逃げ惑う獲物を追い詰めるように繰り出される、精密な機動と行く手を阻む牽制射撃。相手のロジックを掌握しきった動きは一切の反攻を許さず、一方的に攻防を制限していく。

 ――ついに、眼前に放たれたレーザーがついに相手の足を踏み止めさせた。

「かかりましたわね」

 その瞬間、セシリアは確信を得たように笑った。同時に肩のユニットが展開し、嵌め込まれていたパーツが静かに剥離する。

「『ブルー・ティアーズ』――――!!!!」

 ユニットの分解は投棄ではなく、武装の展開。鋭角的なフォルムの『(しずく)』が飛翔し、それぞれ独立した軌道を描いて敵機の背後へと回り込む。

 同時に、彼女も携えた銃の先を真正面から敵の中心部――胸部へと定め、力強く指を引いた。

 前後五箇所、逃げ場を封じた上での全方位射撃(オールレンジ)

 深紅のガイドレーザーに沿って不可視の光線が放たれ、膨大な熱量が四肢の付け根と胴の芯を焼き貫く。

 致命打を受けた黒いISは空中での支えを失い、重力に対して無抵抗に落下していった。

『撃墜を確認。もうしばらく封鎖を張っておいてもらえるかしら?』

『わかりました』

 簡単な業務連絡を済ませ、セシリアは墜落地点へと降下した。

 重量物の激突によってクレーターのように陥没した道路。その傍に着地した彼女は動かなくなった相手へと静かに歩み寄った。

 バリアが機能しない状態で地表に叩きつけられた敵は、撃ち落とした時よりも一層破壊が進んでいる。急所を撃ち抜かれているため、当然ながら再度動き出す様子はない。

 損傷部位を一つずつ確認しながら、セシリアは足先から頭へと視線を移していく。何かを期待するような表情は半ば溶解した大破口を見る度薄まっていき、最後に落下時砕けた頭部外装――顔を覆うバイザーの奥に覗く無機質な制御機構を見つけると、彼女は心底つまらなさそうな顔でため息を吐いた。

「単なる消耗品(つかいすて)ですわね。確かにターゲットが一般人なら十分だけれど、わたくしを考慮に入れていなかったのは甘かったと言う他ありませんわ」

 仕上げに残骸に残留していたコアの破片を引き剥がし、その場で情報体へと量子変換させて回収する。彼女は光の粒となって消えていく部品を眺めてしばし物思いに耽っていたが、不意に背後から近づく気配を察して振り返った。

「あら織斑さん。大した怪我もなかったようですわね」

「ユキのおかげで何とかな」

 織斑一夏、篠ノ之箒、凰鈴音という三人の民間人。そして、人一倍に警戒の眼差しを向けているIS操縦者の少女が彼女の前にいた。都合三人の『保護対象』と一人の同業者を前に、セシリアは言葉を選びつつ呼びかけた。

「まずは場所を変えましょう。事後処理に付き合いたいというのであれば別ですけれど」

 

    ■ ■ ■

 

 ISを待機状態へと戻したセシリアを連れ、俺達は織斑家へと移動した。訊きたいことは山ほどあるのだが、何から尋ねればいいものか。迷っている俺に、セシリアは自ら話を切り出してきた。

「最初にわたくしの立場を明らかにしておいた方が良さそうですわね」

「そうね。助けてもらったとはいえ信用はしてないし」

「お、おい」

 いくらなんでも失礼だろ、と咎めかけた俺を制して、彼女は優しく微笑みを返した。

「素直で結構ですわ。わたくしも簡単に信じていただけるとは思っていません。それに、あなた方の置かれている状況をちゃんと理解して頂いてからの方が良いでしょうし」

「置かれている状況……」

 いつになく真剣な顔を浮かべる箒。確かに、今の俺達は『わかっている気』になっているだけだ。実際に何が起こっているのか理解していないし、それを聞き出せる状況にもいなかった。もしセシリアが詳しいことを知っているのであれば、この場で聞かない手はない。

「『レイス』という組織に聞き覚えは?」

「いや」

 その単語自体はゲームに出てきたりするから知ってはいるんだけどな。えーっと……確か幽霊のことだっけか。昔、弾と遊んでた時にそういう名前のモンスターが出てきた憶えがある。

「では、『ファントム・タスク』はどうでしょうか」

「そっちならわかる。ISを使って国際的に暗躍してる犯罪組織だ」

 十年前の強奪襲撃事件以来、度々マスコミを騒がしている連中だ。今どきその存在を知らない奴なんていない。

 でも、そのファントム・タスクとレイスに一体何の関係があるっていうんだ。片や亡霊、片や死霊でオカルト繋がりってことならまあわからなくもないんだが。

「そのファントム・タスクを取り締まるのがレイスです」

「取り締まる? ICPO(インターポール)みたいなもんか?」

 どこかの大泥棒にご執心な刑事のイメージしかないが、国を跨いだ大組織をとっちめる警察機関といえばあそこだろう。とはいっても、やっぱりレイスなんて組織に聞き覚えはない。ゴールデンタイムや深夜にやってるニュースですらそんな名前扱ってないぞ。

 俺の理解度を察したのか、彼女は少し間を置いてから説明を始めた。

「レイスは国際規模でのISによる犯罪を調査し、場合によっては実行前に阻止を図る多国籍諜報機関。わかりやすく言うなら、IS専門の警察みたいなものですわ。そしてレイスが最重要視しているのが、三年前から活動を活発化させているファントム・タスクというわけです」

「じゃあ、セシリアはそこのエージェントなのか」

「そういうことになりますわね」

 エージェントか。エージェントっていうとやっぱり007だよな。セシリアも秘密道具っぽい武器を隠し持ってたりして。

 ――って、IS自体隠し持つのが容易な武器か。それもとびきり強力な殺戮兵器ときてるわけで。

「三日前、篠ノ之束博士の暗殺計画であることを突き止めたレイスは、急遽エージェントを日本に派遣することになりました。それでわたくしを含む数名が送り込まれたのですが」

「ですが?」

「天候不良に起因する遅延で、わたくし達の乗った便が十一時間も遅れてしまいましたの。到着した時にはもう篠ノ之博士の搭乗した便が出てしまっていたのですわ」

 もし時間通りに到着していれば、束さんが発つ前に危険を伝えるなり犯人を確保するなりできた可能性があったってことか。天候のせいとはいえ、惨劇を止められたかもしれないという事実を知った俺は悔しさに唇を噛んだ。

「その後、本部の指示を待っていたところに日本支部からの要請が届き、わたくしが護衛として送り込まれることになったのですわ。勿論、わたくし以外のエージェントも同じ任務の下行動していますけれど」

「……あからさまな嘘を言っている様子はない。しかし」

 そう呟く箒は釈然としない顔だった。

 確かに話の筋は通っている。が、俺達を欺くためにそういう作り話をしている可能性は否定できない。さっきの戦闘だって、俺達の味方だと思わせるために自作自演で戦ってみせたのかもしれない。

 疑念を抱けば抱くほど、彼女のことが再び胡散臭く感じられてしまう。そんな空気を察してか、セシリアの表情も心なしか険しくなったように見えた。

「わたくしを信じるようにとは強制しません。けれど、わたくしには与えられた任務があります。織斑さん、篠ノ之さん、凰さん。あなた方三人をファントム・タスクの脅威から保護するという役目が、わたくしには課せられているのですわ」

『イチカ、ホウキ。私の観測結果では、嘘を吐いている確率は限りなく低いと思われます。先刻の戦いも、被害状況を見た限りでは付随被害をできる限り抑えるよう考慮した上で戦っていたと断言できます。ここは彼女を信用すべきではないでしょうか』

 セシリアの主張に加えて、彼女の意思を肯定するかのようなユキの提案。そこまで言うのなら、ある程度は信じてみてもいいのかもしれない。

「セシリアが来た理由はわかった。俺達に敵意を持ってないってことも納得したよ」

「良いのか一夏? もし仮に敵だとしたら――」

 なおも警戒心をあらわにする箒を止め、一呼吸を置いた。

 彼女は敵じゃない(・・・・・)。少なくとも、俺達に今ある刃を向けるつもりはない。だからある程度まで近づくことは問題ない。

「ただし。もしこの場で懇願されたとしても部屋を貸すつもりはない。それだけはわかってくれ」

「ええ。こちらとしても、あなた方の生活圏にまで干渉するつもりはありませんわ。家の内部を監視するような真似はしませんから、安心して生活を送ってくださいな」

 監視は認めるが線引きはしろ。少し曖昧だが『安全地帯』を確保する条件を取り付けたことで、最悪の状況における保険はひとまず整った。

 まあ、家ごと吹き飛ばされたらどうしようもないんだが、彼女に手段を選ばず強行するような雰囲気はない。とりあえずは肩の力を抜いても大丈夫だろう。

「戦ってお腹も減っただろ。今夕食を作るから待っててくれ」

「お言葉は嬉しいのですけれど、まだやるべきことが残っていますから。今日はこれにて失礼させていただきますわ」

 準備をしようと立ち上がったところで丁重にお断りされてしまった。そいつはちょっぴり残念だ。

「料理を振る舞うなど、別に今日でなくてもいいだろう。また機を見て誘えば良いのではないか」

「そういうことでいいか。とりあえず今日はありがとな、セシリア」

「当然のことをしたまでのことですわ。ではまた、ごきげんよう」

 つい先ほどまでの胡散臭さは錯覚だったのか、セシリアは爽やかに微笑む。玄関先まで見送りに出た俺に、彼女は上品な仕草で一礼すると優雅な足取りで去って行った。

 疑い過ぎだったのかね。俺は少々きつくなり過ぎた感のある自分に反省しつつ玄関扉を閉めた。

 

    ■ ■ ■

 

 門を出て数歩。セシリア・オルコットはその足取りを急に止めた。そうして今一度、すでに扉の閉ざされた織斑家へと向き直る。その表情はいつもの笑顔で取り繕ったものではなく、年相応のあどけなさを漂わせる少女の顔だった。

「やっと逢えた」

 小さく、けれど明瞭な声でその言葉を噛み締める。以前会った時よりは背が高くなり、声も低くなった。喪失感に打ちひしがれる無力な少年ではなく、地をしっかりと踏みしめて力強く生きる男子に成長を果たしていた。それでも、彼女が『約束』した相手に間違いなかった。どんな手段を講じてでも護りたい(すくいたい)と心に決めたその人だった。

 名家の跡継ぎとしての名声も莫大な遺産も捨て、ただ一つ残された才を限界まで研ぎ澄ます。誰もに愛される可憐な花ではなく、ただ一人の守護のため他全てに刃先を向ける鋭利な剣となる。常識外れで過酷な道へとあえて進むことを決意させたきっかけ。その人物との邂逅がこんな形で遂げられるなど、奇跡以外の何だというのか。一人になって初めて、彼女は再会への感慨を抱いていた。

 ――どれほど時間が経っただろうか。あまり長居はしていられないと思考が警告を告げる。きっと彼女達は自分の帰還を待ち望んでいる筈だ。

 群青色を星が彩り始める空の下。去り際に、セシリアは今一度決意を口にする。

 

「織斑一夏。あなたを必ず護ってみせますわ」

 

 されど、その言葉は『想い人』には届かない。

 

<第6話 了>

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