Re:IS   作:葉巻

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第9話

「――スキャンした結果、肉体に異常は見受けられませんでした。IS自体の損傷も部品さえあれば修復可能なレベルに留まっています」

 空間投影型のディスプレイに取得したばかりの機体状況(ステータス)を表示しつつ、メイド姿の女性が告げる。その背後には半円筒の機械に固定されたユキの姿があった。

 専門知識のない俺には使い道のよくわからない大型機械がスペースの大半を埋める部屋。セシリア曰くIS用のメンテナンスルームなんだそうだが、ぶっちゃけ悪の組織の改造手術室にしか見えない外観だ。

 そんな不気味な場所に突然放り込まれた俺は、『誰か説明してくれよ!』と言わんばかりの困惑した顔を目の前のメイドさん(?)に向けていた。ちなみに、肝心の彼女は視線のひとつもくれず手元のデバイスを操作している。俺がいることは把握していても、それ以上の確認を取る気も必要もないと言わんばかりの態度だった。

「それにしても生体連動型とは……。ここまで完成度の高い代物を作れたのは『彼女』ゆえ、でしょうね」

「それって、もしかして束さんのこと――」

「それ以外に誰がいるというのですか」

 当然だとばかりに言い切るメイドさん。

 というか、なんでさっきからディスプレイと睨めっこし続けてるんだこの人は。せめて顔くらい俺の方に向けて話してくれないもんかね。

「で、もう一度確認するけどユキは大丈夫なんだよな?」

「ええ。あくまで体力の過度な消耗で一時的に気を失っているだけです。本来であればISを解除して寝かせるべきでしょうが、こちらの介入強制操作(ハッキング)を受け付けないので機体ごと保持させて頂きました」

 両手足をアームに掴まれ、それ以外の各部にも固定具が挟み込まれた姿で眠る彼女。完全に意識が落ちているのか、俯くその顔は微動だにしない。目の前の画面に表示された生命兆候情報(バイタル)だけが、彼女の鼓動が未だ止まっていないことを俺に伝えてくれていた。

「とはいえ」

 懸念の色を帯びたその声ではっと我に返る。視線を戻すと、メイドさんは眉間にしわを寄せてISの状態表示へと切り替えた画面を見つめていた。

「ISの修復にはしばらく時間を要しますし、完了したとしても一次移行(ファースト・シフト)前の機体では足手まといにしかなりません。今後いかなる状況であろうと戦闘に参加させるべきではないでしょう」

「でもユキは俺達を守るために――」

 守るために束さんが用意していた切り札だ。

 そう言い返そうとした俺を、彼女は手を挙げて制止した。

「仮に貴方の言うとおりだとしても、未完成のISを出撃させるのは無謀でしかありません。現に敵が有人機を投入してきた以上、単純なスペックでも劣る機体で戦わせることは自殺と同義です。事態の収拾まで彼女には一時凍結処置を施しますから、貴方がたも彼女頼りの行動を今後は謹んでください。よろしいですね?」

「……はい」

 俺からは何一つとして反論できない。

 実際、先ほどは危険な目に遭ったんだ。生きて帰れたとはいえ、セシリアがあの場にいなかったら俺達ともどもオータムに殺されていてもおかしくはなかった。

 たとえ俺達を守ることが彼女の役割であったとしても、今のまま戦いを続けさせることなんてできない。

 そんな無謀を許して、いざとなれば彼女を犠牲に助かろうなんて考えるほど。

 暗に『俺達の為に死ね』と告げるほど、俺は非道にはなれない。

「しかし博士の手腕をもってしても不完全止まりとは。あの計画しかり、やはり私達の手には余る代物なのでしょうか……」

「えっ?」

 メイドさんが何か呟いたように聞こえたものの、俺には何のことだかさっぱりだった。

「独り言です。どうかお気になさらず」

 キョトンとする俺の前で彼女はディスプレイを畳みながら言った。ユキについて何か言い忘れたことでもあったのかと思ったんだが、どうも違うようだ。

「ハルフォーフ達の聴取も済んだ頃でしょう。貴方を含め全員に話しておくべきこともあります。どうぞリビングへ」

 席を立った彼女に連れられ、俺は部屋を後にした。

 

    ■ ■ ■

 

 壁に区切られた部屋の中が異質なら、案内された広間もまた同様に異質な空間だった。

 隅の一角に大型テレビが鎮座し、いかにも高級そうなソファーが置かれているところまではいい。問題は、後で来た俺達二人以外が今囲んでいるテーブルだった。

「何だこれ!?」

 アクリルの天板上でゆっくりと回るISの立体映像(ホログラム)。目の前に浮かび上がったそれは、反射的に声を上げてしまうほどに精緻な造形だった。

 ――やべぇ、コレすごくカッコいい。

「ブリーフィング用の空間投影装置を組み込んだテーブルです。IS関連事業を持つ企業では当たり前のように使っている機材ですが、それほど珍しいものでしょうか?」

「珍しいも何も、こんなすごい機械をこの目で見たのは初めてだ。で、一体幾らするんだこれ?」

「物によりけりですが、この投影サイズでの価格だとおよそ二千万でしょうか」

 興味本位で尋ねると、メイドさんは少し考え込む素振りを見せながら答えた。なるほど二千万かぁ、道理で近未来的な機能が備わって――って、えぇっ!?

「にせっ……! さ、さすがにドル換算じゃないよな?」

「円換算で二千万です。大企業の設備投資対象としては妥当な額ではないかと」

 その言葉を聞いてほっとする。

 確かに二千万ドルだったらこんな手軽に持ってこれないよな。いやぁ冷静になって考えればあり得ない話だった。これは失敬――。

「って、そんなハイテク家具がなんでこんな場所に!?」

「先ほど言った通り、私達がブリーフィングに使用する為に持ち込んだ機材です。何か問題でも?」

「はい、まったく問題ございませんっ!」

 ――思わず敬礼を返す俺がいた。

 しかしまあ、なんだ。映画の小道具で出てくるような装置が当たり前のように置いてあるってどんな家だよ。そりゃあ、IS使ってる組織のエージェントが住んでたら色々必要だってのはわかるけど、冗談抜きにウチとココとで文明レベルが一世紀近く違うんじゃなかろうか。

「ともかく空いた場所に座ってください」

「あ、はい」

 指示の通りにソファーの隅っこへ腰を下ろす。ユキ以外の全員がこの場に揃ったのを確かめて、最奥に座る黒髪の女性は静かに口を開いた。

「まずは先の戦い、全員無事に生還したことを率直に評価しよう。セシリア、よく奴の猛攻を凌ぎ彼らを守ってくれた」

「いいえ。ユキさんの助力あってこそですわ」

 セシリアが謙遜する。けれども、実質は彼女の働きでどうにかなったようなものだ。

 とっさの防御がなければ間違いなくユキはやられていただろうし、その後オータムとの一騎討ちになっていたなら俺達全員でここへ来ることもできなかったに違いない。

「とはいえ、ほぼ全ての武装を失ったのは手痛い被害だ。奴がすぐに仕掛けてくることはないだろうが用心に越したことはない。襲撃に対応できるよう速やかに補充を済ませておけ」

「そうさせていただきますわ。合わせて念のため補助兵装を追加するつもりですが、問題はなくて?」

「構わないが使用時の付随被害には十分留意しろ。レーザーと違って加減が利かんからな」

 そう言ってから、女性は俺達へと視線を転じる。その鋭い眼差しに射抜かれて、一瞬体が強張った。

「織斑一夏。なるほど、『ブリュンヒルデ』の実弟とは奇妙な巡り合わせを感じるな」

 きつい目つきを少し緩ませて、彼女が呟く。

 その呼び名を知っているのなら、おそらくは軍の人間――より正確に言うならドイツの特殊部隊の所属――だ。

「千冬ね……姉のことを知っているんですか?」

「何度か作戦行動を共にしたからな。私と大して歳も違わないというのに、大した度胸と実力のある奴だったと記憶しているよ」

「そう、ですか。そう言っていただけると姉も喜びます」

 高校を出てすぐ働き始めた姉がどんな仕事をしていたのか。

 三年経った今でも、俺は千冬姉の足取りを詳しく掴めていない。けれどもそれが血生臭く、絶えず命のやり取りを求められるような過酷なものだったことは確かだ。

 俺の知らない場所で働いていた千冬姉を知る人達は揃って軍事関係者。そして、誰もが彼女のことを『ブリュンヒルデ』と呼んでいた。

 『機密に関わるから』と当時のことを教えてくれることはなかったけれど、あの人達にとっての千冬姉は確かに戦女神だったんだろう。それが俺の知る千冬姉とは違った姿だとしても、確かにその場所を居場所(よりどころ)としていた筈だ。

 千冬姉と縁のある人に出逢えた嬉しさと同時、何とも言えないやるせなさを覚えながら、俺は彼女の言葉に応えた。

「あとは篠ノ之博士の実妹と――そこにいる少女は?」

「鈴よ、凰鈴音。一夏とは長いこと同居させてもらってる関係だけど?」

 怪訝な顔を向けられたのがむかついたのか、鈴は『何か文句でもある?』と言わんばかりに相手を睨み返した。

「つまるところ居候というわけか。まあいいだろう」

「居候言うな!」

「いや、そこは否定できないのではないか」

 なおも突っかかろうとする鈴に、箒が適切なツッコミを入れる。

 まあ、鈴にも鈴なりの事情があるのだから怒る気持ちはわからなくもない。でも居候であることには変わりないような。

「ハルフォーフ。いい加減本題に入らないとキリがないのでは?」

「む。では忠告に従うとしよう」

 傍らに立つメイドさんに促され、彼女は姿勢を正した。

 

「まずは映像を見てほしい」

 そう言って、ハルフォーフさんは俺達の前に投影されたISを指さす。テレビで報道されるような軍のISと違って、その機体は頭の先から足先に至るまでの全てが重厚なアーマーに覆われていた。

「これまで我々が幾度となく対峙してきたのは、この『ゴーレム』と呼ばれる無人機だ。言うなればファントム・タスクの尖兵といったところか」

「性能は私達や各国の軍隊が有する機体と比べ劣っていますが、生産効率と運用コストの低さに大きく優れています。襲撃に際して、通常は単独で出現することはなく、最低四機単位での連携行動を基本としているという分析結果が上がっています」

「ゴーレムはこれまで確認され、撃破した機体だけでもゆうに百機を数える。諜報部の見立てでは、連中は最低でもその三倍の機体を保有しているとのことだ。おまけに、それだけの戦力を用意している筈の生産施設は未だ場所の特定すらできていない」

 それはすなわち、今後もゴーレムが増産されるのを黙って見ているしかないということを意味する。

 俺達にとっては危険極まりない相手でも、彼らにとっては使い捨てても痛みすら覚えない消耗品。性能差を絶対数で埋められるだけの余裕どころか、一斉にけしかければ強引に押し切ることさえできる戦力を相手は有している。

 その事実に、俺は愕然とするしかなかった。

「一方、我々が現在保有しているものを含めて、世界各国に配備されているISの現総数はわずか467機。それも、およそ半数以上は配備された基地を離れられない状況にある。自由な運用が利くのはほんの230機余りというわけだ」

「でも、ISは世界中で作られている筈じゃ――」

「確かに各国ともあらゆる策を講じて増産を急いではいる。しかし、いかんせんコアの製造数には限界があるのでな。理想的なペースで一年きっかり製造を続けたとしても、戦闘で生じる損耗分を差し引けばせいぜい五十機程度の増数しか見込めん」

 つまり、ファントム・タスクとの戦いが長引くほど情勢は不利に傾いていくということになる。

 こうして目の前で説明されなければ、俺達はなす術もなく蹂躙を許すその時まで窮地を知ることはなかったに違いない。直接の危険に曝されない大多数と同じく、いずれ脅威は去ると信じ切っていただろう。

 こうして知らされたことが幸運かどうかはさておき、彼女の言葉を通しての『現状』を見せつけられた俺達は、揃って険しい表情を浮かべていた。

「ここまではあくまで絶対数の話だ。そもそもISは人間の操る兵器だからな。兵力の大半を無人機械に頼る彼らとは事情も大きく異なる。数で対抗が難しければ質を高めるまでの話だ」

「質を高めるって言っても、相手は性能差を数で埋めてくるんですよね? それじゃ、結局優勢を握るなんて無理じゃないですか」

「そう簡単な理屈で語れないのがISだ。とりわけ『世代』という概念が大きく絡んでいるだけにな」

 

 ――パッと画面が切り替わり、ゴーレムの全身像に代わって見たことのない機体が現れた。

 武骨な鎧を持たず、飾り気のない造形のパーツが全身を包み込む構造。それは、空を舞う兵器というよりも、百科事典で見るような宇宙服を思わせる形だった。宙に浮くその機体を指で示しながら、彼女は再び口を開いた。

「これがISの原型、マルチフォームスーツとして研究が進んでいた頃の機体だ。厳密にはISでないが、我々は第ゼロ世代と呼んでいる」

「第ゼロ世代……」

 続いて映し出されたのは、ゴーレムによく似た全身装甲の機体だった。違う部分があるとすれば、無人機のそれより大柄で着込む印象が強いことだろうか。

「その第ゼロ世代に複合的な防御能力と火器運用能力を追加したのが第一世代。十年前ファントム・タスクが奪取し、ゴーレムの基本設計にも用いている機体はこれだ」

「勿論ゴーレムがこの機体と同等というわけではありません。しかし、機能を追加していてもあくまで設計思想はこの第一世代のままです」

「つまるところ準第二世代が限度というわけだ。そして、ここからが本題とも言える」

 現れたのは、画面の中でもよく見かける機体。前二つとは打って変わり、部分部分で生身が露出するような構造になっている。

 特徴的な背中の推進ユニットを背負ったそれを回しながら、ハルフォーフさんはさらに説明を続けた。

「第二世代型、フランスの『ラファール』だ。この機体に搭載された慣性力制御機構(イナーシャル・キャンセラーシステム)によって、ISはそれまでの在り方を大きく変えることとなった。より機敏かつ高速度での機動を、搭乗者を保護しながら行うことが可能になったからだ。さらにシールドの常時展開と量子格納・展開能力が付与されたことで、それ以前とは別次元の兵器へと進化している」

「同時に全身を物理的に防御する必要がなくなったことにより、一部のパーツを除去、頭部センサーを小型・軽量化し、搭乗者への物理的な負荷を軽減できたことも特徴のひとつと言えるでしょう。現在各国で運用されているISは、ほぼ全てこの形式を採用しています」

「このラファールは、自国単独での大規模運用を前提とした米国やロシア、旧連邦諸国への輸出を基本戦略とするイギリスを除けば、最も運用数の多い傑作機だ。準第三世代化された改修型の『ラファール・リヴァイヴ』やライセンス生産機も合わせれば、世界一の運用実績があると言える。我がドイツにも『ヴィントシュトース』の名で配備されているほどだ。これら第二世代型機を普及させ、敵を性能で圧倒すれば良いと考えていたのが三年前までの話になる」

 三年前。言うまでもなくあの事件のことだろう。彼女は当時を思い返すように言葉を続けた。

「事実、連中の動きは沈静化しつつあったからな。各国政府とも『忌々しいファントム・タスクをようやく掃討できる』という達成感に溢れていた。だがそれも単なる慢心だったというわけだ」

「そして、多くを失うこととなった。数多くの尊い命も、築いてきた戦力的優位も、すべてがあの事件で奪われたのですわ」

 そう呟くセシリアの表情は固かった。この場に束さんがいたなら、きっとあの時の俺と同じ顔だと指摘していたに違いない。

 彼女にとっても、あの事件は大切な誰かの『喪失』をもたらしたんだろう。レイスに所属しているのも、それがきっかけなのかもしれないと俺は思った。

 俺達が沈鬱な表情を浮かべていると気付いたのか、ハルフォーフさんは軽く咳ばらいした。

「話を戻そう。優勢だった状況を崩された我々は、その突破口をISの進化に求めた。単なる補助でしかなかった人工知能をより強化し、思考制御装置(イメージ・インターフェース)を搭載することで操縦者に応じた固有の戦闘能力を引き出そうとした。それこそが第三世代型IS――」

 ラファールが消え、再び新たな像が虚空に描かれ始める。ほどなくして現れたそれは、俺達のよく知る青色の機体。

 

「――すなわち、我々の持つ機体だ」

 

 セシリアの駆る『ブルー・ティアーズ』の映像を前に、彼女はそう言い放った。

 

<第9話 了>

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