魔法剣士の朝は、鍛錬にて始まるが最近はいままでと内容に変化があった。
いまギルドの裏手の広場で魔法剣士は、拳闘侠客と打ち合いをしていた。
「シッ!」
鋭い呼気とともに放たれる一閃。
練習用の木剣でありながらその込められた迫力、威力、速度は実剣とも遜色がない。
「フッ!」
対するのは、拳闘侠客。左の拳で正確に木剣の腹を打ちて流し、右の拳を腹部へと放った。
「……っ!」
魔法剣士は、木剣が流されたことに慌てず、騒がず、その流れに身を任せるようにして体を捻転させた。
回避と移動を同時におこないながら拳闘侠客の左側へと回り込んだ魔法剣士は、回転の勢いを乗せたまま木剣を振り抜いた。
対する拳闘侠客は、受け流しに使った左拳を身を捻るようにして裏拳へと繋げて迎撃する。
魔法剣士の木剣と拳闘侠客の裏拳が衝突し、大きな音が鳴り響いた。
互いの武器が拮抗し、鍔迫り合う。
「……ここまでか」
「だな。引き分けだなこりゃ」
押し合いへし合いしていたが、均衡が崩れないことを見て魔法剣士と拳闘侠客は、同時に力を抜いて両手を引いた。
見れば魔法剣士は左手に鞘を、拳闘侠客は右拳を対手の懐に突きつけていた。
そう、お互いに鍔迫り合いながらも追撃を放っていたのだ。
「いや、無手相手に武器あって引き分けたんだ。こっちの負けさ」
「それ言ったらオレは力勝ちできなかったわけだし、負けだと思うぜ」
「……そうか? なら引き分けか」
「ああ。しっかしやっぱ大将強えや」
互いに笑い合って健闘を讃え合うふたり。
出会ってまだ数日ながら同い年の同性とあって、すっかり仲良くなっていた。
それからふたりは、井戸で水を汲んで顔を洗って上半身の汗を流してさっぱりしたあと、今朝の組手の反省会をしていたが拳闘侠客は、ふと気になっていたことを訊いた。
「そういや大将。最後の森人の回転斬りを見て思ったんだが、大将はやっぱちゃんとした剣術身につけてんのか?」
「そういえば話したことなかったな」
魔法剣士は、考えてみたら周りが女の子ばかりでなかなかそういった話──剣術や武術について話したことなかったと思い至った。
(あいつなら話になりそうだが……)
何気に戦うのが好きそうな賢狼剣士を思い浮かべるが、やっぱり女の子だと話しやすさが違うなと、魔法剣士は思い直して拳闘侠客の疑問に答える。
「……昔な、冒険者になると決めたから、書物や文庫の姉さんたちから剣術や魔術を教わったんだ」
「へぇ、そうなのかい。たしかに知識神の文庫には、いろいろ知識が納められてるもんな」
拳闘侠客は、修道院にはいろいろな事情で勤めている者が多いことを知っていた。
女性に限定したとしても信仰する神によって傾向はあるが、貴族の子女、賢者の学院の学徒なども入信することがある。
たしかに神殿によっては、有能な人物も多かれ少なかれ居るだろう。魔法剣士の居た文庫からまさにそうだったのだ。
「でだ、魔術は書物を通して姉さんたちに教わったんだが、剣術は書物を読んでほとんど独学だったんだ」
「へぇ? にしては、ずいぶんと洗練された、正式な剣術の型や流れがあったぜ? まあ、オレも見たことない流派だったけどよ」
拳闘侠客の体術以外の造詣の広さに魔法剣士は感心する。
「……だろうな。そんなふうに独学でやっていたときに、文庫に泊まりに来た冒険者が居たんだ。──森人のな」
魔法剣士の育った知識神の文庫は、流れの旅人や傭兵、冒険者なんかが宿を求めてくることもある。
その森人もそんなひとりだった。
「なるほど。大将は、その森人の冒険者に剣術を教わったってわけか」
「ああ、そうだ。いつものようにひとりで鍛錬してたのを見られてな。興味があったのかなんなのか、いろいろ手解きしてくれたんだ」
魔法剣士は、金色の長い髪が印象的だった森人の冒険者を思い浮かべる。
柔和な笑顔の優しい森人だったが、悠久の時を経てその身に備わった洗練された技、蓄えた知識には、いまは失われた技法も多くあった。
伝説の緑衣の上の森人が使ったとされた回転斬りは、森人なら知る人ぞ知るものだが、他にも多くの技を知っていた。
魔法剣士は、そのうちのほんの一部を教えてもらえたのだ。トロルの首を落とした大地斬もそのひとつだった。
一緒に居たときにカタチにできたもの。
別れたあとにカタチにできたもの。
いまもまだカタチにする途中のもの。
森人にとっては、瞬く間もないほどに短く、只人には充分すぎる時間。
魔法剣士は、彼女から多くの技法を教えてもらえた。
「いつかあのヒトに一人前の冒険者として会いたい。それが俺の夢のひとつだ」
夢はたくさんある。そんな魔法剣士に拳闘侠客は笑う。
「……へぇ、いいじゃんか。大将のお師匠さまは、優しくていいヒトだったんだな」
「ああ。森人の師匠も、文庫の姉さんたちもな」
立派な冒険者になりたいと文庫を巣立ったのは、義姉たちはもちろん、かつての恩ある森人の冒険者に会って感謝を伝えるためでもあった。
「そっか……会えると──いや、絶対会おうぜ大将! オレも協力すっからよ! 森人の耳なら活躍しまくれば必ず届くさ!」
「ああ、そうだな。ありがとう。だが、不安もある」
肩を組んで快活に請け負う拳闘侠客に、魔法剣士は笑顔で返すが若干曇る。
「そいつは……?」
「師匠、森人だからさ。あんま過去にこだわらなさそうで、俺のことも覚えてるかどうか……」
「ああ……森人ってあんま小さくて細かいことにはこだわらねぇもんな」
そう、森人は数こそ四方世界で最も少ないが、殺されるまで生きることができる、ほとんど不死のような長命種だ。
それゆえに気長で腰が重く、過去にもあまり深くこだわらない。
たまさか道行の宿で出会い、多少剣術を手解いた只人の子供のことなど覚えているか怪しいものだ。
「ま、それならそんときはそんときだ。まずは会ってみないと始まんないぜ、大将」
「……はは、そうだな。まずは会ってみないとな」
「おうよ。それでもし忘れられてたら、挑めばいいのさ。大将がその森人のお師匠さまに教わった技のひとつも見せたら、たぶん思い出してくれんじゃねぇか?」
「ああ、そうだな。そいつはいいな」
魔法剣士と拳闘侠客は、そう言って笑い合った。
そこで魔法剣士は、ふと思ったことを口にする。
「そういうおまえの師匠はどんなヒトだったんだ?」
「……オレの師匠か」
途端に表情を暗くする拳闘侠客に、魔法剣士はマズいことを訊いたかと表情を神妙にする。
「……悪い。何かあるなら別に構わないぞ。冒険者の過去なんて興味本位に訊くものじゃなかったな」
「へ? あ、ああ、いや、違う違う! 別に死に別れたとかそんなんじゃねぇさ!」
「……そうなのか?」
勘違いさせたことに気づいた拳闘侠客は、沈んだ空気を吹き飛ばすように言い、魔法剣士が意外そうに首を傾げると力強く頷く。
「ああ! むしろあのお師匠さまが死ぬわけねぇな。殺したって死なねぇとさえ思ってんぜオレは」
「そ、そうか、そこまでか……」
「ああ……オレのお師匠さまは、そりゃあもう強くて、厳しくてなぁ」
「そ、そんなにか……?」
師に向けて容赦ない物言いながら遠い目をする拳闘侠客に、魔法剣士は思わず頬が引き攣る。
「そりゃあもう。そうだな、大将の身の上も聞いたし、オレの身の上話も聞いてくれや」
そう言って拳闘侠客は、少し真面目な様子を見せた。
「オレは、捨て子でな。気づいたらどこぞの街の裏路地に居たんだ。たぶん、娼婦か愛人かなんかが産んで育てられないか、邪魔になって捨てたんだと思う」
と、気楽に語る拳闘侠客に魔法剣士は、どう言ったものか悩んだが拳闘狭客の表情を見て謝罪はしなかった。
拳闘侠客の表情には、暗いものはなかったからだ。
それは、過去を乗り越えた、折り合いをつけた者の表情だったから。
「でだ、腕っぷしはガキの頃からあったからな。生きかたなんて知らねェオレは、その力に頼った」
路地裏には、破落戸や薦被り、ゴミ漁りにならず者が当たり前に居て、仕掛人に利用し利用され、薬の売買や売春などの斡旋がされ、さまざまな非合法なことがおこなわれていた。
そこでは奪ったら奪われ、奪われたら奪う。
餌食になるのは、世の常とばかりに弱い者たちだ。
子供だろうが老人だろうが弱い者は、淘汰され、奪い尽くされる。
そんな劣悪な環境で育った拳闘侠客は、暴力を振るうことに躊躇いを覚えなかった。
その日暮らしを地で行くのが当たり前の路地裏では、一食ありつくだけでも他者から奪う必要がある。
食料を手にした子供が殺され、奪われるなど普通のことだった。
拳闘侠客も殺しこそしなかったが、生まれつきの身体能力や器用さで散々盗み、奪い、文字通りに私腹を肥やしてきた。
そんな日々をどれだけ過ごしたか。
ある日、ふらりと路地裏にその男が現れた。
「お師匠さまは、蜥蜴人の武闘派の僧侶でな。暇つぶしか何か説法でもあったのか知らねェが、不意に現れたかと思うとそこに居た小悪党どもを全員叩き潰しちまった」
あとになって知ったが、冒険者ギルドの依頼で街の治安回復の一環として掃除に来たらしいと、拳闘狭客は苦笑する。
「でだ、オレは頭に来てな。無謀にも挑みかかったんだが、当然相手にならなかったが……」
──その意気や良し!
そう言った蜥蜴僧兵は、嬉々として拳闘侠客を叩き潰したあと、地に伏してなおも諦めない拳闘侠客の強さを気に入ったらしい。
蜥蜴人は大半が南部に生息する部族で、四方世界で最も戦達者な種族だ。
彼らの言う強さは、単純に武力のみを指さない。
生存を諦めない意思。
生存権を勝ち取る知識や技術を尊ぶ。
ゆえに彼らは、奴隷にも一定の敬意を払う。
逆に諦めた者、例えば負けたあとに『くっ、殺せ……!』などと言えばなんの躊躇もなく殺す。
生存を諦めた弱者に興味などない。
疾く土へ還り、生命の円環に戻るべし。
せめてそれが救い。
「……話には聞いてたが、すごい種族だな」
「はは、オレもそう思う。お師匠さまからしたら、文明的らしいがなァ」
魔法剣士の感想に拳闘侠客は、苦笑気味に頷く。
「で、だ……まだ死にたくなかったオレは、いつか仕返ししてやるって思いもあって弟子入りを頼んだんだ」
いまは無理でももっと強くなって勝つ。
それが拳闘侠客の選択だった。
それを面白いと請け負い、蜥蜴僧兵は拳闘侠客を弟子にした。
それからは、蜥蜴僧兵式の修業が始まった。
修業は、すべて実戦形式。
戦い、見て、感じ、盗み覚える。
ただひたすらにそれだけだった。
「毎日毎日師匠と組手して、死にかけたら治してもらって、また組手して、たまに自分よりちょっと強い相手と戦わされて、その繰り返しだったぜ……ヒトって宙を舞えるんだなって初めて知ったのもそのときさ」
「……そ、そうか」
死んだ魚のような目をする拳闘侠客に、魔法剣士はかけるべき言葉が見つからなかった。
しかも性質の悪いのは、蜥蜴僧兵が祖竜術を使えるため、骨だの内臓だのをやったくらいなら治せることだ。
「お師匠さまが言うには、壊すのを突き詰めると治すのも得意になるとかなんとか……」
壊して治して、治して壊す。
その繰り返しだったと拳闘侠客は青ざめる。
「そんな毎日を送ってるうちに、体もめちゃくちゃ鍛えられて、繰り返し繰り返しボコられてるうちにお師匠さまの体術を盗み覚えたのさ」
体術は蜥蜴僧兵から、鍵開けなどの技術は路地裏時代から、身につけ、磨いてきたからこそいまがある。
それが拳闘侠客のいままでの足跡だった。
「で、ちょっと前にオレが成人したときにお師匠さまは、『是』とか呟いてまたふらりとどっかに行ったっきり帰って来なかったんだ」
それを卒業と捉えた拳闘侠客は、これからどうしたものかと考え、師と同じ冒険者になっていまに至る。
「壮絶だな……」
「そうか? ま、誰だって大変な人生だと思うぜ」
体のいたるところに傷のある意味もわかった魔法剣士の感想に、拳闘狭客は笑って済ませた。
本当に彼のなかでは、折り合いがついているのだ。
「それで、その師匠にまだ仕返しする気はあるのか?」
「……なんの義務も責任もないのにオレみたいなバラガキを面倒見てくれたし、挑みかかってぶっ飛ばされてるうちにそんな気はなくなっちまったよ」
「そうか……」
「ああ。だけど、違う目標はできたんだぜ?」
「それは?」
「大将と似てるさ。再会したら自分の成長を見てもらいてェ。ひとりの武人として、この拳がお師匠さまにどれだけ届くのかたしかめたい。そんな感じさ」
拳をグッと握って拳闘侠客はここにはいない、いまもなお遥か遠い師の背中を見つめるような眼差しでそう言う。
「いいじゃないか。そのいつかのときには、ぜひ立ち合わせてくれよ」
「ああ。そんときは、大将に立会人でもしてもらおうかな」
「ああ、任せておけ」
「おう。オレも大将の夢に協力すんぜ」
そう言い合ってお互いの拳を打ちつけ合う、魔法剣士と拳闘侠客は笑い合った。
ふたりは、これから生きていればまだまだやりたいことも増えていくだろうなぁと照れ臭そうに頭や頬を掻く。
「──って、やべえぞ大将!? もう結構な時間じゃね?!」
「──あ、マジか!? つい夢中になって忘れてたな!」
気づけば今頃は、冒険者ギルドに顔を出している頃だった。
拳闘侠客と魔法剣士は、慌ただしく身支度を整え、待っているだろう女神官たちの元へと走り出した。
「大将!」
「なんだ!?」
「これからもよろしくな! 一緒にたくさんやりたいことをやってやろうぜ!」
「ああ、もちろんだ!」
息を弾ませて走りながらふたりは、そんな夢への夢を笑いながら言い合った。
彼らの冒険は、まだまだ始まったばかりなのだ。
受付のお姉さんの外見のイメージは……
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エノメ(不徳のギルド)
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ルナ(このすば)