宜野座さんとオリ主とのお話、過去、初めて執筆する時系列部分もあります。
そしてオリ主である狡噛妹に隠された伏線。
最後に少しだけ書かせてもらいました。
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2102年 9月
狡噛舞白 6歳
宜野座伸元 18歳
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「ねえねえお兄ちゃん!ノブ兄は次いつ来るの?」
キッチンで夕飯を作る兄の足元で何度も同じことを口にする妹。ここ最近ずっとこの調子だ。先月、狡噛の友人の宜野座を家に招き入れてからというもの、舞白は何度も何度も宜野座に会うことを懇願していた。
「……あのなあ、舞白」
「また来てくれるってお約束したもん!」
「あいつも試験勉強で忙しいんだ。」
「むうーッ……」
プクっと頬を膨らませ不機嫌そうにそっぽを向く舞白。せっかく今日はオートサーバーではない夕食なのに、大好きな兄が作るカレーなのに――舞白の機嫌は更に悪くなっていく。
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『……あー、ギノ。今晩ウチに来れたりするか?』
「今晩?急な話だがどうした?」
『舞白が言うこと聞かなくてな……今もこの通り――』
デバイスの奥から微かに聞こえる舞白の駄々をこねる声と泣き声。元々"狡噛の妹は利口で物分りも良く我儘を言わない"と聞いていたが実際のところかなりギャップがあった。
両親は他界し、他に存命している血縁者と言えば病に倒れている祖母。となると甘えることが出来ていたのは実兄の狡噛のみ。しかし歳も大きく離れているし兄も学校で忙しくあまり構ってやれていない。
歳を重ねていく事に舞白は愛情を欲し、甘え、我儘も口にすることが多くなったと狡噛がボヤいていたのを覚えていた宜野座だった。
「ははっ……別にいいよ。晩飯早めに食べたら行くよ。」
『……はぁ……悪いな。』
「まさかこんな事でお前に頼られる日が来るとはな?"お兄さん"。」
宜野座は机に並べられていた勉強道具を手早く片付けていく。残念ながら今夜は急ということもありダイムを連れていくことはできなかったが親の承諾を得て狡噛家へ向かうことができたのだった。
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「ノブ兄!!遊ぼ!遊ぼ!」
数刻前までの不機嫌さはどこへやら。
宜野座が来ると知ってからというものパッと目を輝かせ、玄関で宜野座に飛びつく始末。
「舞白。いい加減に…」
「舞白ちゃん。少しお兄さんと話をするから。先にリビングで待っててくれるかい?」
珍しく疲れた様子で苛立つ狡噛。それを割くように宜野座は口を開く。聞き分けよくリビングへ走り向かう舞白はやはり利口だ。我儘なところもあるがどこか心の隅で"お兄ちゃんを困らせてしまった"という気持ちがあったのだろう。
「……すまん。」
「いいんだ狡噛。課題も終わらせてきた。何も問題ない。お前がいいなら泊まっていくよ。」
「…………」
「それにおばあさんも倒れたばかりだろ。病院にゆっくり行けてないって言ってたし、今夜行くか?」
「いや、さすがにそこまでは」
「遠慮するな。困ったら助けるってこの前話しただろう。」
たった1人で一回りも年の離れた妹を育てる狡噛。その苦悩は何となく理解していた。男兄弟ならともかく相手は妹。思考や性格は血が繋がっている分なんとなく理解出来ることはある。しかしあくまでも相手は"異性"。男性脳女性脳という単語があるように男では理解できない女の考え方もある。
できる限り舞白がストレスを感じないように、親がいないからと負の感情に陥らないように。
何より"色相"が濁らないようにと狡噛は兄として必死だった。
「……ありがとう。ギノ。」
「大丈夫だ。俺はむしろひとりっ子できょうだいは居ないし、こういう環境は"楽しいんだ"。」
「…………」
「俺にも"お兄ちゃん"させてもらうよ。狡噛。」
宜野座の言葉にホッとした微笑を浮かべたのだった。
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2108年 3月
狡噛舞白 12歳
宜野座伸元 24歳
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自宅のチャイムが鳴り響く。
オートロックを解除して部屋の前に佇む彼を迎え入れるためにドアを開けると……
「ノブ兄、久しぶ……」
「初等部を首席卒業。この前の考査も余裕で700ポイント越え……"ご褒美だ"」
ドアの先に立っているのはノブ兄こと宜野座伸元。仕事帰りでスーツ姿。手元には可愛らしい小さな"本物の花束"と舞白のお気に入りのパティスリーのケーキの箱。
恥ずかしそうに微笑む宜野座を前に舞白はふるふると手を震わせた。
「今日お兄さんは所用があって帰って来れ」
「ちょっと!なんで知ってるの!?」
「え……何でってお前のお兄さんが……」
ご褒美や兄の帰りよりも"自分の頑張り"を先に知られていたことに声を上げる舞白。それには理由があった。
「……私が直接言って驚かせたかったのに。」
「それは…………何かすまん。」
「ってごめんごめん。……ほら入って?部屋散らかっちゃってるけど。」
舞白は僅かに眉を下げ残念そうだった。兄は自慢したくてたまらなかったのだろうが……舞白は直接彼に伝えたかったらしい。
「ねえ、お兄ちゃん仕事忙しそう?」
「どうした急に?」
リビングへと通されると慣れた様子で宜野座は鞄をソファに置いた。舞白は受け取ったケーキ箱を冷蔵庫へと収め、花束を花瓶へ生けていく。
「最近あまり会えてなくて。三係にいた時はもっと帰りも早かったけど。一昨年、一係に配属してからすごく忙しそうだし。」
「仕事が忙しいのは事実だ。あいつと同じで俺も一係の監視官だが……フォローが足りていないのかもな。俺のせいでもある。」
「ノブ兄のせいじゃなくて!……お兄ちゃんいつも無理するし……"一昨日なんて薬物漬けの潜在犯にナイフで刺された"って…………あ……」
分かりやすく"ヤバい"という表情を見せる舞白。そして宜野座は半ば険しい顔つきへと変化しキッチンに立つ舞白へと近づく。
「舞白、何故それを知ってる。」
「……えーーっと……」
「まさか"また佐々山"か。」
"また"というワードにむうっと頬を膨らませる舞白。宜野座が立腹するのも当たり前の事だった。佐々山とは執行官の佐々山光留の事。一係の執行官で何故か舞白は彼と連絡を取りあっていたのだった。
「またって……」
「あいつは潜在犯だぞ!デバイス越しでも色相は濁り兼ねない!」
「別にそんなの関係ない!佐々山さんいつも気にかけてくれて、よく連絡くれるの!」
「だからって…………クソ……アイツ………」
佐々山を嫌っている訳では無い。しかしそれとこれは別だ。安易に連絡を取り合う2人に腹立たしいとも思えば舞白の色相を心配しているにもかかわらず本人は全く悪びれる様子は無い。
「佐々山さんの事怒ったりしないで……お願い……」
「……だがな、相手は生粋の潜在犯」
「お願い。ノブ兄。」
「ツ……」
まるで童話の世界のように疑いのない表情。甘えるような子供の表情に宜野座は何も太刀打ちできない。
昔から変わらない、その顔で。
「……はあ。……お兄さんとよく似て、お前はほんとうに恐知らずだ。」
歳を重ねていく2人。
次第に関係性は変化していく。
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2110年 3月
狡噛舞白 14歳
宜野座伸元 26歳
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"実兄が潜在犯となり施設へと移送された"。
毎日泣いていた。
舞白は――ひとりぼっちになったと。
「…………」
「…………」
自室のベッドに横になる舞白。
宜野座は仕事帰りの様子。スーツに公安局のレイドジャケットを羽織ったまま舞白に寄り添っていた。
「((額の傷……首の痕……ホロで隠せたとしてもまだ登校はやめさせた方がいいな。))」
横たわる舞白の額を優しく撫でた。
そこには先日、兄に傷つけられた傷がハッキリと残されていたのだった。
色相を大きく濁らせ犯罪係数も悪化。一時はオーバー200をたたき出した。その状態で
部屋に飛び込んだ時、舞白の華奢な体に容赦なく覆いかぶさり首を絞めていた。失神寸前で白目を向いていた。口から、目から、鼻から、涙や涎を垂れ流し苦しんでいた舞白。宜野座はあの光景を、あの時の全てを忘れることは出来ないだろう。一係総出で家へと飛び込み、狡噛を押さえつけたあの日のことを――
「((……
舞白は矯正施設に行くことを拒んだ。親族が誰もいない中、まだ幼い舞白であれば施設に行くのがセオリーなのだ。しかし彼女は頑なに拒む。
"お兄ちゃんを待つ"
"この家から離れたくない"
"お兄ちゃんが帰ってこられるように、私はひとりでもここで待ち続ける"
きっと狡噛は戻ってこられない。
宜野座は分かっていた。
賢い舞白でも理解しているはずだった。
なのに……舞白は待つと言うのだ。
――本当に……理解できない。
「……う……」
「……眠れないか?」
「…………」
「何も考えなくていい。今はとにかく休むんだ。」
何度も寝返りをうつ舞白。表情は苦しげだ。
宜野座は即座にデバイスで舞白のサイコパスを計測する。
「((……色相は"ゴーストホワイト"。犯罪係数も上昇なし。一先ず……よかった……))」
あの状況になっても舞白の色相は美しかった。
昔から変わらず強い精神力を持っている。
「……"いかないで。"」
舞白はちいさな声で呟いた。
「ん?」
「どこにも行かないで……ひとりにしないで……」
「舞白」
「ノブ兄……どこにも行かないで……」
「大丈夫だ。」
「私を……ひとりにしないで……」
「ひとりにしない。」
「…………行かないで。」
「どこにも行かないさ。」
絞り出すような弱々しい声だった。
いつもの溌剌とした明るい姿は見受けられない。
「俺は……お前の傍に居続ける。」
瞳からとめどなく溢れる涙を
宜野座は指で掬い続け、彼女を優しく抱きしめ続けた。
「何があっても傍に居る。」
お前が離れない限り。
俺の傍にいる限り。
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2111年 9月
狡噛舞白 15歳
宜野座伸元 27歳
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「ねえ。ノブ兄。」
「ん?」
「もし!私に"彼氏が出来た"ってなったら……どう思う?」
とある週末の昼下がり。非番だった宜野座は舞白の家に訪れていた。
2人でソファに腰かけそれぞれが読書に勤しんでいた時、ふと舞白は宜野座に問いかける。しかし妙だ、理解できない質問に顰めっ面を見せていた。
「……舞白に彼氏が出来たら?」
「うん。」
「それは"シビュラシステムの性格診断をもって適正だと判断された相手"という条件の元でか?」
「いや、えっと……そうじゃないパターン。」
「年齢は?同じ学校か?色相は?犯罪係数……」
「あーー!とにかく!そういうのは置いといて、もし私に彼氏が出来たらってこと!」
唐突すぎる問に宜野座は眉を顰めるばかり。読んでいた本をテーブルへと置くと腕を組んで左どなりに座る舞白を見下ろした。
「そもそも質問の意図がわからん。」
「だーかーら!意図とかそういうとはどうでも良くて!ノブ兄がどう思うのかってこと!」
「できたのか?彼氏」
"ダメだこの男"。
普段なら直ぐにどんな事でも話を理解し、それに則った返しをしてくるのに。
堅物というか……なんというか……こういう話はめっぽう通じない。
感情ありきの話はできないのだろうか?
舞白は宜野座の本心を、恋愛観を、異性についてどう思ってるか――なんて。
きっと応えてくれない。彼は昔からそうだった。
「((……きっとノブ兄は…私の事なんて興味無い。だからいつも誤魔化されるだけ。))」
舞白も手に持っていた本をテーブルへと置き、強気の表情を作ると隣の宜野座を見上げる。
「そう!できたの!初めての彼氏!」
「……ほう。」
事実、舞白は初めての彼氏が出来ていた。
彼氏と呼ぶべきなのは正直分からない。だがそういう人ができたのだ。
「同じ学校じゃないんだけどね?古語検定受けに行った時の会場で知り合った日東学院高等部の3年生。だから3つ上なんだけど……」
「…………」
「こっ……この前なんて!学校まで迎えに来てくれて!しかも車で!一緒に帰りにデートなんかしちゃって!」
狡噛と宜野座と同じ出身校の彼。出会いは古語検定の会場にて隣の席だった。
「((……"ツキアウ"っていまいちよくわかんないけど……私に彼氏が出来た。さすがにそうとなればノブ兄も何かしら反応があるはず……))」
舞白は期待した。
ほんの少しだけ、ちょっとだけ。
嫉妬するだろうか。自分という存在が宜野座にどう映っているのかどうしても気になる。
宜野座から見ればまだ自分なんて子供だろう。でもなんとか背伸びをすれば宜野座に近づける年齢へと成長した。
「そうか。よかったな?」
「え……」
あっさりとした返答。
挙句の果てには小さく息をつくと再び本を手に取り視線を落とす始末。
「よかった……つて」
「あまり羽目は外すなよ?相手は年上って言っても所詮男に変わりは無い。まあ今の時代なら昔と違って"下手はできない"から問題ないだろうが。」
「…………」
「ん?どうした?」
「……別に。なんでもない。」
舞白も再び本を手に取り視線を落とす。
ペラペラと紙を捲る音がいつにも増して大きく聞こえている気がした。
宜野座にとって自分はその程度だ。
……まあ仕方ない。昔から妹のように扱われてきた。今日みたいにいつも家に来てくれるのも"兄"の為だろう。
きっと私情など皆無だ。
私は……その程度――
「…………舞白?」
「ん?」
するとその時、宜野座の瞳が一点を見つめると動きを止める。
「……その首の痕……」
「首?首がどうしたの……って……」
長い髪の毛に覆われている舞白の首元に気になる痕があったのだ。それは執着するような赤い色。まるでマーキングするかのように付けられた"キスマーク"みたいなもの。
「あっ…………と……」
舞白はその視線に気づくとハッと大きく目を見開き、長い黒髪で痕を隠そうと何度も髪に触れた。
見られてしまった事実、その痕が残されている事実。
全く知らない第三者に大切な妹を、愛してきた可愛い娘を――舞白を奪われたような気分に宜野座は陥っていた。
「誰にやられた。」
「違うの……これは本当に」
「誰にやられた!?その彼氏とやらか?」
「そ……そうだけど……」
舞白は宜野座の気迫に押され手元から本を床に滑り落とす。本気で怒っているであろう視線の鋭さに恐怖を感じるほどだ。
「合意の上か?」
「……っ……」
「違うんだな?」
「でも……私も嫌って……言えなくて!私も悪いの!それに…その……"最後まではシてない"し……」
「ッ……!」
彼女らしからぬ厭らしいセリフだった。
一体どこでそんな言葉を覚えてきたのか。年頃の娘なら普通だろうが、宜野座にとって舞白の口からそのような言葉が出てきたことに激しく動揺する。
「舞白、行くぞ。」
「えっ」
「直ぐにセラピーを受けるぞ。この時間でも診てくれる施設がある。」
「ちょっと待ってよ!別にわたしのサイコパスは何も問題ない!」
舞白の手を掴みグイグイと引っ張り上げる。
「お前な!まだ15なんだぞ?」
「まだって…もう15だよ!」
「まだまだガキだ!何も理解できない子供なんだ!」
「何も理解できないなんて!そんなこと――」
首元に咲く赤い花。
それが再び舞白の白くて細い首に確認できると宜野座はこの上なく嫌な嫉妬心を感じた。
大切に見守ってきた少女が、妹のように愛でてきた娘に――安易に近づく獣に。
未だ抵抗する舞白。
ついに宜野座は怒りの沸点が頂点に達すと舞白に手を上げた。
「ッ……!」
「……っ痛……!」
生意気な言葉を。大人ぶった言葉を吐く舞白の頬を宜野座は平手で叩く。
肌を弾く大きくて乾いた音。じわじわと痛みが広がっていく感覚。突然の衝撃に思考停止すると掴まれていない右手で左頬を包み、瞳に涙をためていく。
「ぅ……っ………」
「すっ……すまない……舞白ッ」
「うぅっ……う……ぐ」
「手を出すつもりは――」
大きな瞳に更にめいっぱい溜まっていく涙。
それはダムが決壊するかのように頬を流れていくと舞白は宜野座を強く押しのけた。
「ノブ兄なんて!大っっ嫌い!!!!!」
ふつふつと煮えたぎった熱湯が頭に昇っていくような感覚だった。まさか大好きな人に平手で殴られるなど予想すらしておらず想像もしたことが無い。
それほどにショックだった。
「出てって!」
「悪かった!舞白!」
「二度と来ないで!大嫌い!」
「っ……舞白!」
聞いたこともないような怒りに満ちた声だった。宜野座は容赦なく家から追い出されると酷く落胆した表情をしていた。
「((俺は……なんて事をっ……))」
自身の右手のひらを見下ろす。
ジンジンと熱を帯びる感覚に眉を顰ませ、後悔の念に苛まれた。
玄関の扉を背に崩れ落ちるように座り込む舞白。
「うぅ……く……」
多感な時期、様々なことに興味が湧く時期。
人間関係、恋愛、将来のこと、自身のサイコパス、色相管理――――肉親は傍におらず、誰にも相談できないこともあった。吐き出したいことも吐き出せない。例え宜野座という存在が居ようとも"言えないこともある"。
「((……ノブ兄は……やっぱり私の事なんて――))」
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翌日 午前9時
41F 公安局刑事課一係オフィスにて
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「ぎゃーっはっはっはっは!ギノさん最っ高!」
「…………」
朝から腹立たしいほどに小馬鹿にされる笑いが響き渡る。
「縢、何故お前が知ってるんだ。」
「だって舞白ちゃんから聞いたんだぜー?"ノブ兄なんて大っ嫌い"って。"ノブ兄になにか聞かれても嫌いって言っておいて"って。」
「……」
"どんまいギノさーん"と付け加え、縢はテーブル上の飴に手を伸ばす。すると今度はその隣のデスクに腰掛ける六合塚弥生。その近くで立っていた征陸智己も呆れたように口を開いた。
「監視官。舞白ちゃんに何をしたんですか?」
「何もしていない!」
「相手は年頃の女の子だろう。また堅苦しいこと言って怒らせ…」
「征陸!貴様も黙れ!!」
朝から最悪だった。四方八方から問い詰められる状況。しかし不幸中の幸い、兄の狡噛の姿は未だ無く……
「とにかくコウちゃんにバレないようにしないとまずいんじゃねーの?」
「……縢、…」
縢の言葉にギョッと目を見開く六合塚。
その背後に大きな影が迫っていることを縢だけが気づいていない。
「"ギノ先生が可愛い可愛い妹ちゃん泣かした"って知ったら……多分コウちゃんの事だからキレ散らかして暴力沙汰……」
「"俺がなんだって?"」
「ひっ!!……コ、コウちゃん……」
オフィスにバッドタイミングで現れたのは舞白の実兄、執行官の狡噛慎也。後半に呟いた縢の言葉に何かを悟った様子だった。
「ギノ。昨日ウチに寄ったんだな?」
「…ああ、すまない。」
「いや、責めてるわけじゃない。どうせまた舞白がお前に無茶言ったんだろ。いつも悪いな。」
縢の言葉を前にしても狡噛の様子はいつも通りだった。タバコを片手に自身のデスクに腰掛け、気だるそうに煙を吐く。
「また後で話は聞く。別に俺に言う必要が無い内容なら言わなくても構わない。」
「……ああ。」
意外、と言うより"多分そうだろうな"という反応だ。舞白と宜野座は年の離れた幼なじみのようなものだ。狡噛が執行官になってからは実兄よりも顔を合わせているし、きっと舞白も宜野座の事を兄のように慕っている。そんなふたりが喧嘩をするなんて想定内だ。寧ろ舞白は今難しい時期、その時期に深く関わることが出来ない狡噛にとって宜野座はありがたい存在だった。
だからこそ信頼している。きっと大丈夫だと。
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「なあーにしたんですか?ギノさん。」
「…………」
今日は朝から隣がうるさい。
急遽通報が入ったと思えばまさかの縢とのペアで行動することになったのだ。
現場へと向かう車内の中。縢は助手席から運転席の宜野座をじいっと見据えると意地悪そうに笑みをこぼす。
「無視ですかー?……あ!そいえばギノさんって彼女いたことあんの?」
「うるさい!余計なお世話だ!今は仕事に集中しろ!」
「こっわ!!別に聞いただけじゃないっすか!」
ハンドルを両手でしっかりと握りしめイライラした様子を見せる宜野座。何故そこまでイライラするのかは分からない(どう考えても縢に対して)。
「あの舞白ちゃん泣かすなんて、大嫌いだーなんて言われるなんてよっぽどの事っしょー?」
「…………」
「ノブ兄ノブ兄って、下手したら実兄のコウちゃんより懐かれるんでしょーし。ギノさんのことが大好きな舞白ちゃんが……マジで大嫌いって言うなんて。」
手を出してしまったことのショックが大きいのは確かだ。しかしそれよりも"大嫌い"だと本気で言われたことに落胆していた。"嫌い"はともかく"大嫌い"だと面と向かって人に言われることは滅多にない。しかもその言葉を縢や六合塚、狡噛に言われるのとは大きく違う。
あの舞白に言われてしまったのだ。
……距離が近すぎたのかもしれない。まさか自分がここまでショックを受けるなど摩訶不思議だった。
「俺は……舞白の傍に居すぎたのかもしれない」
「は?」
「踏み込みすぎた。俺はあいつの血縁者でも無いのに……何をやってるんだろうな、俺は。」
先程の怒号とは打って変わって穏やかで弱々しい口調になる宜野座。困ったように眉を下げ微かにハンドルを握る手の力が弱まった気がした。
その光景に"ハァ?"と今にでも口から出そうな程に呆れに呆れる。
「はぁ?何言ってんのギノさん。それって本音?マジ?」
「え?」
「舞白ちゃんはギノさんの事が好きで好きで堪んねーの。わかんないの?」
「……ん?…………んん?」
「((ダメだ、全然通じねぇ。そりゃ年齢イコール彼女いない歴だわ。))」
縢はとっくに気づいていた。
舞白が宜野座に向けている好意を。だからこそ宜野座の言葉に腹が立つ。
「あーー!とにかく!今日はさっさと仕事終わらせたらまた謝りに行ってくださいよーギノさん!」
「なっ!何で…」
「何で?じゃねーだろ?舞白ちゃんとずっとこのままでいいの?って。」
ストレートな言葉に何も言い返せなかった。
どうやら今回はこういったことに俊敏に反応できる縢の言う通りにした方が良さそうだ。
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「……おい。」
「…………」
部屋の前に立つ宜野座。
モニターで外の様子を見ては玄関の扉前で睨みをきかせる舞白。
「居るのは分かってるんだ。開けろ。」
「来ないでって言ったでしょ。」
「……俺が悪かった。もう一度ちゃんと謝らせてくれ。」
「…………」
裏技を使ってマンションの共用部のオートロックは通過できた。しかし家の鍵は別だ。さすがに合鍵は持っていない。公安局権限を使えば容易に開けることが出来るがそんな事をすれば本当に舞白に嫌われてしまうかもしれない。宜野座は危惧していた。
「((……一筋縄ではいかないか。……だがそんなものは想定内。今日は秘密兵器がある。))」
宜野座は鞄から紙袋を取りだした。すると聞こえるように玄関扉に声をかけ続ける。
「ほら。お前が好きな……アレだ、……"なんとかカリナ"とかいうアイドルのコラボコスメ。見つけたから買ってき――」
「ウソ!!どうやってゲットしたの!?」
まさかまさかの扉の解錠。そして現れたのは制服姿の舞白。
勢いよく開けられた扉をなんとかギリギリで交わすと宜野座はあっという間に勢いに押される。
「……帰りに何店舗もまわ」
「数量限定の小宮カリナ監修オリジナルコスメの第2弾!キャッチコピーは"あなたの唇は私のもの"!ユーアーマインリップの人気色の3番!!ちなみにこのカラーはCMのメインで使われてて!転売されまくってるレア商品!」
「…………」
「なんでピンポイントで私が欲しいもの分かったの!?さすがノブ兄…」
「縢に聞いた。取扱店は六合塚の情報だ。」
「秀星すごいな〜。電話してた時ほんの一瞬しかそのワード出さなかったのに。」
「…………」
第二関門も難なく突破だ。
物を使って相手を釣り上げるのは正直嫌だがそんな事を言ってはいられない。今は小宮カリナに感謝していた。
「……ノブ兄……昔みたいに"潜在犯と連絡とるな"って言わないんだね?」
舞白は宜野座から紙袋を受け取ると背丈の高い相手を見あげた。
「お前は馬鹿じゃない。サイコパスの管理も出来てるのは分かってる。」
「今日も色相は"ゴーストホワイト"。彼氏に車で押し倒されても、乱暴されても私の色相は濁らな――」
良くも悪くも口から安易に放たれる台詞。
それは宜野座の気分を大きく害するもの。だが彼は顔色を変えることなくただただ真剣に舞白を見つめていた。
「……舞白」
「ごめんなさい。…調子に乗りすぎました。」
「はぁ……」
"年上の彼氏に車内で押し倒された"
舞白にとってはただそれだけなのかもしれないが傍から聞くととんでもない事だ。本人は面白おかしく過去の話として呟いている。……ここでまた怒るのもナンセンスだろう。ここは彼女に少しでも寄り添うしかない。
「ごめん……ノブ兄。」
「俺も手を出して悪かった。一番悪いのは俺だ。」
手を出したことは一番悪いと自覚していた。
舞白自身も宜野座に対して失礼な言動をしてしまった事に酷く反省していた。
「……本当にごめんなさい。私……ノブ兄の優しさを無下に……」
「夕飯は?」
「へ?」
「夕飯は食べたのか?」
「いや……えっと……まだ食べてなくて。これからオートサーバーで用意しようかなって。ノブ兄も食べてく?」
いつも通りの会話へと切り替わる。
舞白は半ば戸惑うも宜野座の大人らしい行動を素直に受け止める。
「せっかくだから外食しよう。」
「でも仕事帰りでしょ?疲れてるだろうし……悪いし」
「なにを今更遠慮してるんだ。昔は事ある事に"ノブ兄ノブ兄"と甘えて駄々こねて……」
「いっ!行くからそれ以上言わないで!……着替えてくるから待っててね!」
嬉しそうに顔を綻ばせる舞白。
"いつも通りの関係に戻れた"
その事実に、宜野座も同じく穏やかに口元を緩ませた。
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繁華街へと向かう車。
宜野座の私用車に久しぶりに乗った舞白は何故か緊張している様子だった。
「――で?彼氏とは順調なのか?」
「…………まあ」
「あれから乱暴はされてないな?一度きりか?」
「うん。さすがに私も抵抗したことに何か感じたみたいだし。相手も官公庁に務めるのが夢みたいだし、色相濁らせて問題になりたくないんだと思う。」
だったら最初から手を出すなと……言いかけそうになった言葉をグッと飲み込む。だがどうやらこれ以上手を出されることは無さそうだ。
「今後、その彼氏以外と関わることはあるだろう。寧ろ今でさえも俺という異性と車に乗ってる。密室状態は気をつけるんだ。」
「えー?いやいや……だってノブ兄は確かに男の人だけど。ノブ兄はノブ兄で――」
呑気に笑う舞白。
信号待ちで停車する車。
そんな時、ふと宜野座の大きな手が舞白の頬に触れる。
「俺も所詮"男"だ。」
「……ッ……」
「お前の彼氏と同じで、体格も違えば力も違う。」
「ちょ……ノブ」
「隙が多すぎるんだお前は。しっかり自分の身は守れ。」
長い髪の毛にサラッと指を通すと意地悪そうに"男"は笑った。その行動は宜野座にとってなんら深い意味は無いのだろうが舞白にとっては何故か刺激的で胸が高鳴る。
「……よし。あと少しで着くからな。食べたいもの決めておけよ。」
信号が青になったと同時に離れる手。
きゅうっと胸が締め付けられるような甘い感覚。
大きくて優しい手。余裕のある言動。
整った目鼻立ち、眼鏡の奥に隠された切れ長の瞳。
その声で、その口調で―――
きっと私以外の何者かにノブ兄は愛を囁くのだろう。
ああ。
羨ましい。
舞白はこの時。宜野座に対して初めて官能的な衝動に駆られたのだった。
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2112年 6月
狡噛舞白 16歳
宜野座伸元 28歳
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とある日の夕刻頃。
いつものようにスーツ姿のまま、片手には食材が入ったエコバッグを手に唖然と立ち尽くす宜野座。
その原因はひとつ。
玄関先で意気揚々と声を上げたのは何故か白髪になっていた舞白の姿。
「じゃーーーん!見て見て!白髪!」
「…………」
白銀に染ったその頭。暗くなってきた今でもわかるほどに光を放つ。
もし、この姿を実兄の狡噛が目にしたら……
「
「今日染めてる時にたまたま連絡来て見事に怒られました〜。」
気の抜けるような呑気な台詞に体の力がガクリと抜けるようだった。高等教育機関へと進んだ矢先にこの調子。成績も相変わらず良く、サイコパスも問題ないが――先が思いやられる。
「……今夜はカレーだ。」
「うん!やったー!オートサーバーじゃない晩御飯久しぶりかも。」
これ以上髪色には触れないでおこう。
宜野座はスルーするように室内へと入ると慣れた様子でキッチンへと向かう。
そしてキッチンから部屋の様子を観察する宜野座。実は2週間ぶりの自宅訪問だった。仕事が忙しくなかなか会いに来ることが出来ず、舞白がきちんとした環境で生活しているか確認するのが日課だった。
「舞白、たまにはその本の山を元に戻せ。来る度に積まれてる気がする。」
「はーーい。」
「それとそこのゴミ箱。ドローンもあるんだからこまめに捨てるようにしろ。」
「はーーい。」
「課題は?もう終わらせたのか。」
「はーーい。」
「学校からの提出書類、紙のものはいつも通りそっちのテーブルにまとめておけよ。データ類は俺の端末に今日中に送れ。」
「はーーい。」
ソファにごろごろと寝転び本を読む舞白。そしていつも通りの返答。口うるさく確認するが基本的に舞白は言わずとも全てこなしている。しかし不思議とこういう時に言ってしまいたくなるのだ。親のように口うるさくなってしまうのは悪い気もするが気にかけてやりたい気持ちが勝る。
「ねえ。お兄ちゃん元気?」
「なぜ俺に聞く。今日電話したんだろ?」
「分かってないなー。電話じゃ分からないこともあるでしょ?」
しばらくすると舞白は本を積み重ねられた山へと戻し調理する宜野座の隣へと駆け寄る。スパイシーなカレーの香りにお腹が小さく音を鳴らした。
「相変わらずだ。無茶もするが猟犬として大いに活躍してるよ。」
「ふふっ。かっこいいな〜お兄ちゃん。」
その時、舞白の脳内に過ぎったのは自身の職業適性結果だった。"13省庁6公司全てA判定"。狡噛と宜野座が勤めている公安局刑事課においてもA判定が出ていた。
もし自分も働けるなら。
兄と、宜野座と。電話口でしかまともに話したことの無い執行官達と。だが舞白は分かっていた。きっと2人は大反対する。リスクも少なく、身の安全が保証されるような職業に就けと。
白髪にしたのはそれに対しての密かな対抗心かもしれない。
「この数週間、学校はどうだった?」
「特に問題なく。」
「その髪色は大問題だが。」
「別にいいでしょー?学校の時はホロで誤魔化してるし。」
「どうせ検査でバレるだろ。髪色のホロなんて一瞬でバレる。」
「うるさいなあー!……あ、野菜切るね。」
「ニンジン少なくしようとしても無駄だからな。容赦なく入れる。」
「極悪人!」
「お前こそ"もう子供じゃない"んだ。ニンジンくらい食え。」
「………ガミガミうるさい。秀星が文句言うのも分かる。」
「明日縢に大説教だな。」
「ウソ、やめてあげて。」
幸せな日常。
幸せな関係。
全てが順調だった。
ふたりで笑いあえるこの日々がまだまだ続くと思っていた。
ずっと……ずーーっと。
―――"あの事件が起こるまでは"
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―――ッよせ!
行くな!!舞白!
舞白ーーーッ!!!
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2114年 11月
狡噛舞白 18歳(海外失踪中)
宜野座伸元 30歳(執行官降格後)
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「宜野座執行官。」
「何だ、霜月監視官。」
21時を回った頃。刑事課一係のオフィスには当直の宜野座の姿と退勤したはずの霜月美佳の姿があった。
「今日、"また"勝手に機密情報を閲覧しましたよね?」
「さあ。なんの事か。」
「りーれーき!履歴が残ってるんですよ!」
「別になんの問題もないだろ?閲覧制限がかかっているものに関しては俺の立場じゃ開けない。だが閲覧可能なものに関しては執行官の俺でも許されてる。」
「行動に対してではなく"閲覧しようとした内容"に問題があるんです!――」
見慣れた光景だ。
新人監視官の霜月は何かと執行官に文句をつける。とくに"元"監視官だった宜野座に対しては当たりが強かった。
「また怪しい動きをしたら次こそ局長に―――」
「"こんな遅くに喧嘩ですか?おふたりとも。"」
刹那、オフィスの扉が開くと同時に霜月の言葉を遮る男の声。
「……"東金"。」
「と、東金執行官……」
霜月の顔色が一変する。理由は様々あるのだが霜月は東金に対して宜野座以上に不信感を持っている相手だ。
「霜月監視官。……その情報は?」
霜月がデバイスから投影していたとある情報に視線を向ける東金。遠慮なく隣へと立ち、覗き込むような仕草を見せると慌てて霜月はデバイスの投影を取り消した。
だが彼にははっきりと見えていた。
投影されていた情報。映し出されていた"とある人物"のIDなどのデータ―――
「ほう。2年前の"例の事件"の失踪者……ですか?」
東金は興味深そうに口を開く。
「俺も気になっているんです。ほとんどが閲覧制限がかかっていて監視官でも見ることが出来ない内容が多い。――とくに失踪した
「とっ、とにかく!履歴は全て残りますから!妙なものばかり調べる暇があったら今は鹿矛囲桐斗を追ってください!!」
できるだけ東金の傍には居たくないと常日頃から考えていた霜月は足早にオフィスから立ち去る。分かりやすい行動に男は嗤いを見せた。
「フフ……相変わらず気性の荒いお嬢さんだ。」
「…………」
「そういえば宜野座執行官。あなたは狡噛兄妹とかなり密接な関係だったとか。」
「だったら何だ?何か問題が?」
「そんな顔をしないでください。いつも冷静な宜野座執行官が"例の事件"の事になるとそのような顔をするのは……有名な話ですよ。」
無意識に拳に力が篭もる宜野座。
表情は変わらないが心の奥底が震え出す。
「兄の狡噛慎也も妹の狡噛舞白も優秀だった。2人して学生時代は常に国内トップの成績を残している。兄は監視官時代、大きな事件を迅速に対処し未来のポストも約束されていただろう。」
淡々と語る東金。
やたらと詳しい事に宜野座は疑念を抱く。
「そして妹の狡噛舞白。彼女もとても素晴らしい。もし公安局に入局していたらどうなっていたか……俺も会ってみたかったですよ。」
「絵に書いたような、なにかの物語の主人公のような。肉親は寝たきりの祖母、そして執行官に堕ちた兄だけ。」
「……歪んだ生活の中でも何色にも染まらない、美しい奇麗な娘。…"その娘の色相"は――」
東金のその言葉を皮切りに
宜野座は容赦なく彼に詰め寄った。
「"なぜお前がそれを知っているんだ"。」
「噂ですよ。それに、実際に閲覧可能のアーカイブに残っています。」
「…………」
「犯罪係数も色相も常に美しかった。オマケに13省庁6公司全部A判定。常守監視官と同じだ。」
「…………」
「雑賀譲二も青柳監視官もその娘のことについて詳しかった。どの話を聞いても優秀で素晴らしい人物という事がよく分かる。―――俺が知っていて何か問題でもありますか?宜野座執行官。」
してやったと言わんばかりの自身溢れた東金の表情。挑発にもとれるその言動に腹立たしく感じるが宜野座は至って冷静だった。
「……違う。知っている事よりも……なぜ何も関係の無いお前が舞白について嗅ぎ回る?」
「"嗅ぎ回る"とは喩えが良くない。過去の事件について知ることがそんなに悪い事だと?」
その時、東金は宜野座の耳元で囁いた。
「狡噛舞白。アレは"何かある"。そうだろう?」
「………ッ…」
「こんな噂を知ってますか?……万が一娘を捕らえた場合、移送先は公安局の機密機関。」
「――!!」
無意識に宜野座の大きな手が東金の襟元を掴む。そして壁へと押し付けるとギラギラと鋭く光る瞳が東金を睨みつけた。
「そんなに怒らないでください。あなたらしくない。」
「これ以上舞白について嗅ぎ回るな。あいつについて……調べるのは俺だけで――」
「――あの娘に……好意があるのでは?」
「なっ……」
抵抗すら見せず、余裕の表情で東金は宜野座へ問う。
「別に悪いことでは無い。むしろ本当に好意があるなら素晴らしい。一回りも年の離れた儚く美しい娘、色相も濁らない才色兼備の娘――さぞ魅力的なのでしょう。」
「……何を……お前は……」
「俺もいつか会ってみたいものです。……もし、そのような場がこの先あるのであれば――」
「"狡噛舞白を真っ黒に染めてみたいものです"」
どす黒く、地の底を這っているかのような恐ろしいほどに低い男の声。宜野座はついにその挑発に耐えられなくなっていた。
「貴様ッ!!!」
「……冗談ですよ、宜野座執行――」
「"何をしているんです!宜野座執行官!東金執行官!"」
不穏な空気が漂う二人の間に割って入るのは常守朱だった。
「これはこれは、常守監視官。」
「……ッ……常守」
事の重大に気づいた宜野座は直ぐに東金から手を離す。対して東金は乱れた襟元と髪の毛を直す仕草を見せると常守に優しく微笑みかけた。
「宜野座執行官は青柳監視官の殉職について酷く心を痛めていまして。」
「……」
「俺も言葉の選び方が悪かったようで。……謝らせて欲しい。宜野座執行官。」
昨日発生した事件。
そこで起こった不可解な現象において"青柳は殉職"したのだった。
狡噛と宜野座の同期。
舞白にとっては良き姉のような存在だった。
やけに落ち着かないのは青柳の件も関係しているのかもしれない。東金の簡単な挑発らしき行動にここまで動揺する自分に気分が悪かった。
「では失礼します。」
東金はオフィスから静かに立ち去っていく。
宜野座は何も言わず、彼を目で追うこともせずその場に立ち尽くす。
「ッ……」
穴が空いたような心の空白。今は止め処もなく寂しさが染み出しているように常守は宜野座の事が見えていた。同期のひとりである青柳を先日失った。これで誰もいなくなってしまった。狡噛も行方知れず、青柳の殉職。そして舞白の存在。
大事なものが次々と抜き取られていく感覚に宜野座は長らく苦しんでいたのだった。
「……宜野座さん?」
「…悪い。常守。」
「いえ。霜月監視官から連絡が入ったので、少し気がかりで立ち寄ったんです。」
常守は宜野座の背を優しく擦る。いつも弱みを見せない彼の背中が小さく見えてしまう。
「――"舞白ちゃん"」
「……っ……」
「元気にしているでしょうか。」
「……さあな。」
彼の顔は見えなかった。
宜野座は常守から顔を逸らし光を放つ東京の街を見下ろしていた。
「必ずまた会えます。正直のところ今は狡噛兄妹について追う時間は私たちにはありませんが。……必ず鹿矛囲桐斗の件が終わったら、必ず彼らも追います。」
「…ああ。……そうだな。」
常守は狡噛を。
宜野座は舞白を。
追い求め続ける狡噛兄妹。
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2116年
狡噛舞白 20歳
宜野座伸元 32歳
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SEAUn(東南アジア連合)にて――
瓦礫や割れたガラスが無造作に散りばめられた廃墟の一角。色褪せたマリア像と美しいまま残されているステンドグラスを背に、舞白は真っ直ぐと立っていた。
微かに聞こえる爆撃音、少し離れた場所で戦闘は続いていた。不思議とこの場所だけ異空間のようだった。
約5年ぶりの再会。
愛おしい彼女の姿はそのまま。
こちらを見据える静かな瞳だけが微かに大人びた様子を見せる。
「狡噛舞白。あなたを"テロ事件幇助疑い"の為逮捕する」
宜野座は容赦なく銃口を向ける。引き金を引けば舞白は脳天を打たれ命を落とす。しかし舞白は微動だにしなかった。手に持っていたライフル銃を両手で握りしめたまま、突如現れた宜野座を静かに見据える。
「……どういうこと?テロ事件幇助って。」
「話は日本に戻ってから追求する。……帰るんだ、お前は……元の居場所に――」
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兄が選んだであろう可愛らしい服を纏う幼い彼女も
どんなときもシワひとつなく制服を着こなす彼女も
粉々になった親友を前に
血液や肉片が身体中にまとわりついていた彼女も
傭兵のような戦闘服に身を包む彼女も
公安マークを背負い
自分の隣で職務を全うする姿も
―――平穏に包まれ、穏やかに微笑む
隣に寝転ぶ彼女の姿も―――
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2121年
宜野座舞白 25歳
宜野座伸元 37歳
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「……本当に色々あったね。」
久しぶりに自宅にて顔を合わせる2人。
宜野座は九州の外務省本部から、
舞白は公安局刑事課統括監視官として。
懐かしむように過去を語り合った。
「お前も四捨五入すれば30になるのか。」
「伸元さんこそ、もう40手前だよ。オジサンだよ。」
「そんなに老けてないだろ?」
「うん。寧ろかっこいいよ。」
「……お前はいくつ歳を重ねても変わらないな。その達者な口も。」
ソファに座る宜野座は自らの膝元で寝転ぶ舞白の髪をさらさらと撫でた。
可愛らしい少女は気づけば美しい妻に。
何年もの間、彼女のことを片時も忘れたことは無かった。
平穏な今がとんでもなく心地いい。
―――だが。
「舞白」
「何?」
「……教えてくれ。」
「何を?」
「"お前の秘密を"」
絞り出すような小さな声だった。
何年思い続けても、何年そばにいたとしても、
彼女についてまだ知らないことがある気がした。
知らなければならないこと
だがきっと……それは……
「"いつかわかる時が来る"」
「……でもその時は……」
「その時は?」
「"ノブ兄、私を許してね。"」
「"わたしを離さないで"」
そう言って、彼女は意地悪そうに笑った。
名付けようもない様々な感情は居場所のみつからぬままどこかに消えていく。
――END
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