Fate/SamuraiRemnant異聞 伊×槍決闘譚   作:葛轍偲刳

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弐:子殺し

 其は、敵の心臓を必ず貫く、呪いの魔槍。

 其は、狙いは決して外さない、必殺必中の呪いの魔槍。

 嗚呼、それだけを聞けば、さぞ使い勝手の良い道具に思えるだろう。何しろ、絶対に外さないのだ。必ず敵を殺せるのだ。戦士であれば、誰もが欲しいと思うだろう。誰もがそれを手にしたがるだろう。

 

 ――その呪いが招く当然の、そして必然の末路など、何一つ知ろうともせずに。

 

 呪いの魔槍は、必ず殺す。

 誰であろうと、必ず殺す。

 分け隔て無く、必ず殺す。

 

 殺したくない者も。

 殺してはならない者も。

 誰より大切だった兄貴分にして無二の親友だった男も。そして。それが。

 

「…父、上」

 

 ――…それが、例え自分の血を分けた実の我が子であったとしても。

 

「な…」

 

 知らなかった。

 オレは、自分に息子がいることすら知らなかった。そして、息子も自分が誰の子供かを名乗ろうとはしなかった。

 

「何故、だ。どうして、オレに…」

 

 息子だと名乗らなかったのか。そう問いかけるオレの眼差しに、まだ少年の面影を色濃く残す若い戦士は血の気の失せた青ざめた唇に微かな笑みを浮かべ、

 

「…父の、名に…縋らねば…戦士として、名乗れぬ…など、恥、ですから…」

 

 だから、そう誓いを立てたのだ、と。

 己は、決してクー・フーリンの息子とは名乗らない。偉大なる英雄である父の名を利用することなく、その七光りで名を馳せるのではなく、ただ自分の力だけで戦士として世に認められたいのだ、と。

 

 その気概は、その性根は何よりも貴く。オレの息子は、確かに一人前の戦士だった。

 

「…良かった、…父上は、自分が思っていたより…ずっと、…ずっと、強かった…命がけで、挑んだ甲斐のある、偉大な…」

「…おい…」

 

 力なく差し伸べられた手を、掴む。もはや、半ば熱を失いつつある小さな手を。

 

「これほどの戦士に、討たれるのなら…戦士の、誉れ…だから、」

「やめろ…もう、それ以上は、」

 

 そんな風に笑う男を、戦士を、オレは何人も見てきた。何人も、見送ってきた。

 

「だから、これは…自分が、望んだことで、自分が選んだ、ことです」

 

 そう言って、静かに事切れた我が子の死に顔を、呆然として見つめた。

 涙すら、出なかった。

 

 ――…父親として、息子の死を嘆く資格すら、オレには無かった。

 

 自分に匹敵する、あるいは凌駕さえしていたかもしれない無二の親友を討ち果たしてしまった後は、他のどんな敵も見劣りした。他の誰と立ち会おうとも、まるで遊びのようにさえ思えた。

 それが我が子と知らずに立ち会った若き戦士もまた、決して弱くは無かったが、この先の未来はどうあれ、今この瞬間の自分をも明らかに越えていたかと言えば、果たしてどうだったか。

 

 どうあっても殺さねば、自分が殺される危険があるほどの難敵であったか? 否。

 どうあっても殺さねば、故国や誰かの命が危ぶまれるような理由でもあったのか? 否。

 どうあっても殺さねば、自分や友の名誉を守るために手にかけねばならぬ相手であったか? 否、否、否!

 

 殺す必要は、無かった。

 殺しては、ならなかった。

 知らなかったとはいえ。否、――知らなかったとしても!

 

「…師匠…」

 

 震える喉が、低い呻きを漏らす。

 

「これが、呪いか」

 

 この槍を授けられる時に。

 師である影の国の女王が、若き日の自分に告げた。

 

 ――これは、呪いの魔槍だ、と。

 

 その意味を、今の今までオレは知らなかった。知ろうともしなかった。

 他にも何人もいる兄弟弟子達の中で、ただ一人。オレだけが、師が愛用する魔槍を授けられたことを名誉に思い、無邪気にも喜んだ。『呪いの魔槍』という、その言葉の裏に潜む隠された意味にも気がつかず。

 そして、今。もはやどうしたところで取り返しがつかなくなってしまった今になって、その報いを受けている。

 

「ずっと…こんな、呪いを、…ずっと…背負い続けていたのか、師匠は…」

 

 確かに、これは呪いの魔槍だ。

 其の呪いを以て敵の心臓を貫くのみならず、其の呪いを以て所有者を孤独にする。

 今となっては、遙か彼方にさえ思えるほどに遠ざかってしまった、かつての少年だった頃のオレの手を引き、励まし、先を歩いてくれていた得難い兄貴分は、尊敬すべき無二の朋友は、もういない。オレがこの手で、この魔槍で心臓を刺し貫いた。

 オレの後ろを歩いてくれるはずだった、オレがその小さな手を引いて歩むべき道筋を教え導くべきだったはずの、オレの後を継いでくれるはずだった息子も、もういない。オレがこの手で、この魔槍で心臓を刺し貫いた。

 

「今のオレも、師匠と同じ、か。…師匠と同じように、今はもう、ただ独りきり、か」

 

 息子の死に顔をぼんやりと眺めながら、ただただ無様に震える言の葉を喉から吐き出す。

 誰を恨むこともできない。誰のせいにもできない。誰が悪いわけでもない。

 オレが選んだ。オレが殺した。誰よりも自分の周りにいて欲しかった大切な存在を殺めたのだ。無二の親友を、自分の血を分けた息子を。他ならぬオレ自身の手で。

 

「許しは請わない。その資格もない」

 

 オレは英雄だ。最強の英雄であれと、死に逝く友に望まれた。もはや誰かに倒されることは許されない。

 オレは息子を手にかけた。偉大な父に、英雄に憧れた息子をさえ殺めた自分に、もはや平穏な最期は訪れまい。

 オレは英雄として生き、そして死ぬ。独りで戦い、独りで死ぬ。それこそが自分には相応しい。戦場でオレと肩を並べてくれると思った親友も、オレの後ろに続いてくれるはずだった息子も、他ならぬオレ自身の手で殺めたのだから。

 

「…そうか。どれほどに辛い生が待っていたとしても、いつか必ず死という終わりが与えられる。人として生を受けたことは、幸いなことだったな」

 

 死という終わりすら与えられない存在に比べれば、自分はずいぶんと恵まれている。その終わりがどんなに悲惨なものであったとしても。

 

「…オレは」

 

 人として、父親として、その腕の中で我が子を喪ってしまった悲嘆に沈むことすら許されず、それを自分に許すことも出来なくなった独りの英雄を、その背中を――伊織は見ていた。

 

「ああ、オレは…もう…」

 

 その生涯に亘って重荷を背負わされ続けた英雄の背中を。ただ、見ていた。




願わくば、次話をお読みになる前に幕間:或る英雄の末路(https://syosetu.org/novel/358644/18.html)を一度読み返していただいてから次の話へと進んでいただければ幸いです
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