今回で解決するかなぁ……とか思ってたら案の定しませんでした。
「チッ!」
舌打ちしながらネルはその場から飛び退いた。
彼女が立っていた場所へかぎ爪が突き立てられる。
コンクリートの地面を悠々と引き裂く威力……
下手な銃弾よりも致命的な一撃である。
「なんつー威力だよ……!」
流石のネルも冷や汗が出る攻撃だった。
少なくとも、そこらの適当な銃火器なんかよりも余程脅威である。
今のユウカも剣を使っていたし、都市とやらはそういう場所なのかもしれない。
だが……ネルは全く怯まず、代わりに凶悪な笑みを浮かべた。
「おもしれーじゃねぇか」
「ほう?」
「てめぇの武器の間合いは私の間合いだ。だが、この間合いで私に勝てるヤツなんざ、このキヴォトスの何処にもいねぇんだよ」
どうやら、彼女なりのスイッチが入ったらしい。
その体躯に見合わぬ猛々しい闘気に慄くだろう。
凶暴な笑みを見た者は恐れを抱くだろう。
ミレニアムにおける勝利の象徴。
コールサイン、「
美甘ネルが本気になったのだから。
"ネル、あの凄い見た目した奴の相手を任せていい?"
「——任せろ!!」
簡潔で彼女らしい力強い返事。
指示をする先生までも士気が湧き上がって来る。
その頼もしさには安心感すら感じられた。
本当に……頼りになる生徒だ。
"モモイとミドリは気絶した生徒を運んで!"
「わ、分かった!」
「ネルの戦いに巻き込まれたら大変だもんね!」
ネルを信じ、先生は指示を飛ばして行く。
「エイミ、貴女はあの二人を手伝ってください」
「うん」
"ユウカはネルのフォローをお願いできる?"
「……仕方ないわね」
渋々といった様子でユウカは構えた。
アレの相手をできるのは、正直ネルだけだ。
かなり大変だろうけど……それでも先生は割り振った。
あのネルが苦戦を強いられていたから。
「……ちっ、都市の連中ってのはここまで戦い慣れてやがんのか!」
「ふっ!」
かぎ爪の一閃をどうにか躱し、懐に潜り込む。
だが、相手の次にする行動が分かっているかのような動きで『ねじれ』は対応する。
指揮をしている先生にも分かる程に違和感を覚えた。
確かに今日初めて相対したにしては……妙に手慣れている動きだ。
「ふふ、見えてますよ?」
「っ、これ、純粋な反射神経で……素の身体能力も上がっているの!?」
……背後からのユウカの攻撃を易々と防いだ。
最早、ネル以外ではまともに戦う事すら厳しいのかもしれない。
戦闘力で彼女と対等に渡り合える時点で脅威なのに、妙な未来予知めいた能力まで駆使している。
ネルのタフネスならそれなりに耐えられはするだろうけど……
「ふむ、我が師は赤色に敗北されたと聞きましたが……貴方達程度ならどうにでもなるでしょうね」
「んだと!?」
"ネル、落ち着いて!"
『ねじれ』はネルを煽っている。
挑発に乗っているように見えるけれど、動きは感情任せではない。
少なくとも、今の所は。
「くっ、あのネルが苦戦するなんて……」
「『ねじれ』ってこんなに強力なの!?」
「……早く加勢した方が良さそうですね」
真剣な様子で呟いたヒマリの言葉が先生の脳裏に突き刺さった。
確かに耐える事はできる。
先生の指揮も合わされば長時間持ち堪える事も可能だろう。
何も難しくはない。
だが……決定打がない。
この均衡を崩せるかどうか……それが問題だ。
ネルの攻撃ですら全く有効打が通っていないのだ。
はたして、数を揃えた所でどうにかなるものだろうか。
それに、ここは閉所だ。
ネルだけならともかく、他の生徒も自由に動き回れる程のスペースはない。
向こうも同じ条件ではあるが……
だがしかし、それはあくまで「一般的な」常識を元にした判断だ。
「……っ、お姉ちゃんそれ!」
「な、何これ……あ、ミドリにも……」
ふとモモイとミドリの方を見ると……先程傷付けられた場所に青い斑点が滲んでいた。
いや、それだけじゃない。
戦っているネルやユウカにも同じ斑点が付着していた。
「……」
そして、それに気が付いたかと思うと……
ミドリとモモイの二人は虚ろな目で動かなくなった。
いや、目は動いているから気絶はしていない。
だがしかし、目の前の物ではなく別の何かを見ているようだった。
"二人とも、しっかりして!"
先生が急いで二人の肩を揺さぶった。
幸い、二人はすぐにハッとして目に光が戻った。
だが……
「今の、光景……」
「お姉ちゃんも、見たの?」
「うん。うぅ、気持ち悪い……」
二人とも、顔色があまりよろしくなかった。
まさか毒でも含まれていたのかと先生は顔を青くした。
「何となくだけど分かったよ。多分、可能性の世界……みたいな感じだと思う。点の数だけ存在する時間が色んな私を貫いて……」
ミドリはその先を濁した。
言いたくなさそうにしているのは明らかだった。
「やりたい事がやれなくて、ずっと後悔している私を見てた。他にも、ミドリと仲違いしたりとか、アリスって子と仲違いしちゃってたりとか……後味悪い結末ばかり見せられて、最悪の気分だよ」
「お姉ちゃん……」
「でもね、それに押し潰されてちゃ駄目だってばミドリ。苦しい事ばかり気にしてたら、きっといつか崩れ落ちちゃうから……」
ミドリと比べたら、モモイの方が幾分かマシな顔色だった。
それでも耐え難い光景を見せられていたらしいが……
一体、どう言う仕組みなのだろうか。
"……っ、そうだ、ネルとユウカは!?"
二人がグロッキーになってしまった原因がこの二人にもある。
ネルの様子は……あまり変わっていない。
だが、僅かながら表情が崩れている気がする。
具体的には、何かを食いしばって耐えている様子だった。
「……ハッ、悪趣味なもんだな。こんなの、アタシに通用するわけねぇだろうが!」
ネルの力強い宣言に『ねじれ』は肩をすくめた。
その視線は……ユウカへと注がれている。
「ふむ、この世界では都市程に悲劇が溢れていないのでしょうね。でも……彼女は違います」
"ユウカ!"
ネルからかなり離れた所で、ユウカは立ち竦んでいた。
俯いたまま視線を床から逸らそうともしない。
明らかに様子がおかしかった。
先生は急いでユウカの元へと走り寄る。
異変は、その直後に起こった。
「う、あ……れ?」
"ユウカ、それは……?"
ユウカの身体を二つに分割する形で……元のユウカに戻っていた。
右半分はセミナーのユウカ、左半分はセブン協会フィクサーの姿だ。
時間のもつれ、或いは空間のひずみのような不可解な線引きの元に、その姿が成り立っていた。
「私は……セブン協会? 知らないのに、知ってる。私はフィクサー……でも、会計でもあって……うぅ!?」
頭を抑えながらその場でユウカはへたり込んだ。
茫然自失の末、明らかに苦痛を湛えた表情で——
"ユウカ、しっかりして! 私のことは分かる?"
「せん、せい……初めて会った、違う、私はずっと前から先生のことを……」
先生は膝を着いてユウカの背に手を回した。
そのお陰かどうかは知らないが、少しだけユウカの呼吸が落ち着いた気がした。
「わたし、は……うっ、都市で……こんな酷い世界で過ごして……こんなんじゃ、わたしは、先生に顔向け、できな……」
先生は、ふと都市という世界について思い浮かべた。
軽くしか理解できていない、氷山の一角しか分からない異世界。
察す事ができたのは僅かな部分だけ。
それでも分かる……
そこが、どうしようもなく残酷な場所だったのは。
だからこそ。
先生は心を込めてユウカに伝えた。
"どんなユウカでも、私は受け入れるから"
「……ほんとう?」
"うん。もちろん"
ふぅ、と。
一息吐いてユウカは先生に寄り掛かる。
普段とは違う行動に困惑したけれど……
先生は静かに受け入れ。
ただ、そっと頭を撫でてあげた。
愛しい人にするように……優しく。
「今もまだ、頭がこんがらがってる。でも……やられっぱなしじゃ、居られないから」
ユウカは先生に寄りかかりながらも立ち上がった。
彼女の言う通り、まだ本調子ではなさそうだけれど……
瞳には力が宿っていた。
"……本当に大丈夫?"
「問題無いわ。寧ろ、負ける気がしないくらいかも」
"実は、ちょっと私に考えがあるんだ。少しだけ待ってくれる?"
「あら、そう? ふふ、期待しておくわ」
余裕のある笑みでユウカはそう答えた。
今までよりも更に頼りになるだろう。
先生はほっと一息吐いたが、問題はまだある。
「ちっ……うぜぇな、これ……!」
ネルにも青い斑点は付着していた。
この場の誰よりも影響が出ていなさそうなのが彼女だが、全く影響が無いわけではない。
ほんの僅かだが、動きの精彩が欠かれていた。
「ハッ!」
『ねじれ』は思い切り地面を叩き付けた。
すると、絵の具を撒き散らしたかのように点がネルに襲い掛かった。
空間を埋め尽くさんとする勢いので点が殺到する。
「……っ!」
ネルは後退して点の濁流を躱した。
普段の彼女なら銃弾の間を縫って前進するくらいするだろうに。
よくよく見てみれば、彼女の様子には余裕が消えていた。
"ネル……うっ、この青い点は一体?"
「……分かりません。私の知る如何なる知識とも当て嵌まりません」
「部長、全知ってよく自称してる癖に」
「エイミ、今は口よりも手の方を先に動かしなさい」
巻き込まれた、ミレニアム地区在住らしい一般人達の運び出しはほぼ完了しつつあった。
それをあの『ねじれ』は止めようともしない。
既に実験結果が出た物だからか、戦闘が始まってからも一貫して無関心だった。
興味を既に失っているらしいのは間違いなさそうだ。
「このッ……いい加減、止まりやがれ!」
「いいえ。芸術の道に終わりが無いように、私は躍動し続けますよ」
ネルの戦闘はまだ均衡状態を保ったまま。
押されてはいないけれど押せてもいない。
だが……やはりほんの少しずつ、ネルの疲労が溜まっている。
彼女ならもう少し耐えられそうではあるが、早めに決着をつけるに越したことはない。
今の様子ならユウカも戦闘に復帰するのも無理ではない。
だが、それだけではさっきまでと同じになるだけだ。
どうにか……この状況を変えるには、どうしたらいいだろう?
既に気絶した人達はほぼ外に出した。
ようやく『ねじれ』の対処に集中できる——
「……ここ、は?」
"マキ! 目が覚めたんだね"
今、エイミの手によって部屋の外へと運び出されようとしていたマキが身体を起こした。
彼女が最後の一人だったらしく、他の被害者達は皆運び出されている。
彼女は混乱した様子で先生や周囲を見まわした。
「先生? 私、何して……え、何コレどう言う状況!?」
目の前で繰り広げられているミレニアム最強のネルと同格以上に戦う謎の怪物。
そんなショッキングな光景を見ては、流石に驚かざるを得なかった。
いくらキヴォトスではトラブルが日常茶飯時とは言えども。
「あの怪物は一体何!? あの肌の青い点々は何のつもりで入れたの!? あと、モモミドの二人のその姿何!?」
「おや、起きましたか」
意外にも、マキの声には『ねじれ』が反応した。
「貴女には私の目指す芸術を理解して貰えると思っていたのですが……残念でしたね」
「……思い出した。私はアイツに気絶させられて……あ、もしかしてアイツって今目の前にいるこの怪物なの!?」
マキは驚きと戸惑いの混ざった声でそう叫んだ。
怯えてしまうかと思われたけれど……
彼女は思った事を声に出した。
空気を読んでか読まずにかはさておき。
致命的な刃が含まれた言葉を……口にした。
「と言うか、一ついいかな」
「なんでしょう?」
「点描派って言ったっけ……そんなに沢山点を散りばめたらさ、あんたの言ってた点の美しさは削がれてるんじゃない?」
「……え」
次回、ようやくミレニアムでの騒動も解決しそうです。
そしてついに作者が楽しみにしていたエデン条約編(と言う名のミカ編)が始まります。
お楽しみに。
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