今なら引けるんじゃないか。
ガチャ画面の限定生徒を見ながら、先生は常に同じ思考に囚われた。
その考えを行動に移さないのは、すでに刷り込まれた爆死の恐怖と、ボロボロな貯蓄のためだった。
しかし積もり積もった青封筒の恨みがあまりにも深い。
心を込めてガチャ石を支払うと言いながらも、先生は誓った。
この期間が終わる前に必ず引こう。
残っているもう片方のピックアップまで天井に到達する前に引いてやろう。
全身に爆死痕のある先生の目に、初めて生気が宿り始めた。
「紫封筒! 紫封筒を狙えって!」
「なんだ、ピックアップも当てられないのか?」
「…くそっ、ちょっと使ったくらいで…(青輝石)」
「恨んでるに決まってるだろ! クソッタレなすりぬけも、それを差し出すアロナも!」
補習授業部の合宿一日目の夜。
先生は自分の泊まる部屋で静かにシッテムの箱を見つめていた。
無論、今日もあのユウカに話を聞こうと考えていた。
ただし、疲れているので程々に切り上げるつもりだった。
前のようにうっかり寝てしまったりしないように。
補習授業部の皆には決して迷惑をかける訳にはいかない。
……流石に同じ失敗を繰り返したくはない。
リンに言われたのもあるが、これ以上生徒が都市に関する事に巻き込みたくはない。
そして、自分がこのような事をしているのも知られたくもなかった。
ヴェリタスに盗聴されないようにも……次からは気を付けないといけない。
あと、誰かに直接盗み聞きされないようにも。
実は前に一
都市の話は聞けば聞く程に悍ましさを感じさせる。
人の命がただの消耗品かのような扱いで失われていくその様……
聞いているだけでも、あまり気分の良いものではなかった。
中には吐き気を催すような話もあった。
例えば五本指の話。
規律に執着する親指に、芸術のみを重視する薬指も……どの指であれ、血生臭い逸話が湯水のように溢れかえっているらしい。
生きた人間を材料にして作品を作るだとか、上の者の許可なく喋る者は下顎を砕かれるとか。
どれもこれも正気とは思えない話ばかりだった。
他にも『裏路地の夜』や外郭の化け物、近年発生しているらしい『ねじれ現象』……
大人である先生でさえ吐いてしまいそうな話ばかりだった。
当然、生徒には決して聞かせられないのは言うまでもない。
知らないままであるのなら……自分だけが背負っていればそれで良い。
責任だけでなく、大人は子供には想像の出来ない様々なものを背負っている。
先生にとっては生徒達が平穏に過ごせるようにするのが何よりも優先すべき事だ。
その為ならば、自分の身が多少削れるくらいは全く惜しくなかった。
今回の件……ナギサから頼まれた事である『トリニティの裏切り者』についてもそうだ。
ヒフミにかかる重圧も、他の生徒に関する事にも、なるべく皆が望む結末へと辿り着きたい。
少なくとも生徒達がお互いを疑い、憎み合うような……そんな風にはなって欲しくない。
その為に先生は今回の件を引き受けたのだ。
背負った責任を果たす為、自分はどうするべきか。
最良ではなかったとしても考え続けなくてはならない。
生徒が傷付かないように。
トリニティの裏切り者について。
都市の事を少しでも知る事。
そのどちらも必ずやり遂げなければならない。
たとえ、多少の痛い目に遭ったとしても。
先生が先生である故に。
決して覆せない信念であるから。
両方とも疎かにはできない。
その為にも、決して無理しない範囲で努力する。
先生はそう決めていた。
最初の日は、合宿場所の掃除のみで1日を終えた。
勉強をするにも環境を整えなければならないのは確かにそうだ。
不衛生な場所に身を置いたままでいるのもよろしくない。
先生も勿論掃除を手伝った。
最後にプールではしゃいでいたのは……楽しい思い出だ。
生徒も皆、笑っていたから。
だが、合宿する校舎はそれなりに広い。
それに加えてプール掃除までしたのだから、当然疲労は溜まっている。
しかし、先生はまたユウカから話を聞こうとした。
無理をしてはいけないのは理解している。
だが……これから、ヒフミ達は勉強に取り組む事になる。
決してその過程は楽なものではないだろう。
生徒も頑張っているのだから、先生も負けてはいられない。
それに、今はそれなりに余裕はある。
疲れているとは言え、最近は睡眠時間をそれなりに確保できている。
大人故に、多少の無茶なら効いた。
だが、しかし。
先に確認せねばならない事ができてしまった。
それは、思いもよらなかった事態で。
予想も準備もできていない。
当然ながら、先生は動揺を隠せなかった。
"君は……どうして……"
『いきなり話してきて……ふふ、変わった大人ですね』
シッテムの箱に写っているのは……先生も知っている生徒。
しかし、纏う雰囲気から表情まで全てがまるで別人のようだ。
一瞬、あの生徒とはまるで結び付かなかった。
『……ああ、なるほど。確証は無いので間違いかもしれませんが、もしかして他の世界線……異なる可能性を辿った世界の先生、でしょうか?』
"うん……多分、そうだと思う"
『先生がそうおっしゃるならきっと、何か根拠があるのでしょう。お聞かせ願えますか?』
"……その前に聞きたいんだけど"
座れば芍薬、座れば牡丹。歩く姿は百合の花。
そんな言葉が似合いそうなこの画面に映っている生徒は、本当に……あの生徒だろうか?
どうしても確かめざるを得なかった。
故に、先生はその質問を口にした。
"君は……浦和ハナコ、だよね?"
『何故疑問形なのかは分かりませんが……はい、そうですよ』
……雰囲気だけならナギサに近い気がする。
彼女らしいお淑やかな動作に言葉遣い。
言動も知的で、とてもハナコとは似つかない。
彼女の、その……少々センシティブで独特な言い回しとか。
全く面影が無さ過ぎて、先生には別人にしか見えなかった。
こんな可能性もあるのか、と。
驚かざるを得なかった。
『不思議な事もあるものですね。このような貴重な経験が出来るだなんて思っても見ませんでした。ふふ……』
"うん、私も驚いてるよ"
急に異なる可能性を辿った生徒と話せるようになったことも、別人のようなハナコにも。
驚く事ばかりだった。
どちらかと言うと、後者に。
しかし……同一人物だとしても、ここまで差があるものだろうか?
今まで見てきた鏡の中の生徒達を思い返す。
ゲヘナ風紀委員長のアル。
同じくゲヘナ行政官のカヨコ。
七囚人の1人、"災厄の狐"のイズナ。
都市の人間……セブン協会フィクサーであるユウカ。
役職も性格も少しずつ違えども……皆、根っこの部分はそれ程変わっていなかったように思える。
アルは良い子なのはこの世界と変わらなかった。
カヨコも仕事の内容が違うだけで大体いつも通りの様子で。
イズナはかなりワカモに寄った性格になっていたが……根底には夢への憧れがあった。
ユウカは育った環境が違うだけで、今と性格は然程変わっているようには見えない。
育った環境が人を作る。
そして、その可能性は枝分かれしている。
枝分かれした別の可能性を覗くのが鏡という技術なのだろう。
だが、鏡はあくまで鏡。
その人が決して持ちえないものは絶対に映らない。
"そっちのトリニティはどうかな。元気でやれてる?"
『……ふふ。そうですね、私や後輩達が元気で健やかに育てるように頑張っているところですよ』
"もしかして、そっちのハナコはティーパーティ所属だったり?"
何となくだが、先生はそんな気がしていた。
ナギサと雰囲気が似ているから、と言う理由もあるけれど……
それ以上に、このハナコからは只者らしからぬ気迫も感じた。
表情は笑顔の筈なのに妙な迫力があって、下手な事を言おうものなら何かされそうだ。
ロールケーキをぶち込まれるくらいで済めばいい……
とにかく、逆らったら酷い目に遭いそうな『凄み』があった。
『そっちの私は違うようですね。聞いてみてもよろしいですか?』
"……ええと"
先生は言い淀んでしまった。
どストレートに「補習授業部です」と答えていいものか。
お世辞にも褒められた部活ではない……成績的には。
そちらの彼女を傷付けてしまうのではないだろうか?
先生が悩んでいると、ハナコはニッコリとした笑顔のままこう続けてきた。
『言い淀むという事は、あまり言いたくない部活なのですね』
"う、うん"
『なるほど……何となく、予想が付きますね。試しに当ててみましょうか』
"えっ"
『今までの先生の反応から考えるに……補習なり奉仕活動なりをする部活に強制的に配属された、と言ったところでは?』
"……!?"
そこまで正確に言い当てられるとは思わず、先生は驚いてしまった。
先生の反応を見たハナコは、満足そうに一つ頷いた。
でも、すぐに何かを考え込むように俯いてしまった。
『正解のようですね。ふむ、そちらの私はその道を選んだのですね……』
その声には様々な感情が込められていた。
後悔、憐憫、呆れ、憤慨……
先生が知っているハナコが見せた事のない感情だった。
ハナコとはまだそんなに長い付き合いではない。
それでも、先生は意外な一面だと感じた。
"えっと、その、大丈夫だよ! 他の人達とも仲良くなってるし!"
『そうですか……』
一応、フォローのつもりだった。
あまり外聞の良い事ではないだろうけど、それなり楽しそうにはしていたから。
少なくとも、コハルみたいに絶望したりはしてないと伝えたかった。
だけど……それは逆効果だったようだ。
寧ろ、画面に映るハナコはやや寂しげに見える。
フォローが的外れで怒っている……のではなく。
何だろうか、寧ろ此方の彼女の事を羨ましがっているような……
画面越しではあるが自然とハナコと目が合った。
すると、初めて彼女と相対した時と同じ笑顔を浮かべた。
その顔を見ていると、先程まで感じていたのが嘘だったのかのように感じられる。
……気軽に話せる話題ではなさそうだ。
そんな空気を感じ取った先生は、何故今このような事が起こったのかを考えようとした。
思い当たる節があるとすれば……初めて生徒に会った事だろうか。
もしそうだとすると、また別の生徒に会う度に……?
生徒の辿った可能性を勝手に覗いてしまうのは、あまり気分の良くないものだった。
まるで、本人に断りもなく秘密を知ろうとしているようだったから……
このまま、ハナコに何も言わず勝手に彼女と話しても良いのだろうか?
そんな事を考えていたその時。
部屋のドアがノックされる音が響いた。
"っ……ヒフミ? どうしたの?"
ドアが開いて入ってくる前に、先生は急いで端末を隠した。
少し挙動不審に思われたかもしれなかったが……
幸いにもヒフミは深く突っ込んで聞いては来なかった。
しかし、先生の顔色があまり良くなかったのは察せられたらしい。
「あの、先生は……何か考えているように見えるのですが……」
"……本当にごめんね"
「そ、そんな……頭を上げてください!」
自分が見守っていかなければならない生徒に、逆に心配されてしまったらしい。
やはり、自分はまだまだ未熟だと。
先生はそう痛感した。
申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになって、先生は頭を下げて謝罪した。
ヒフミは許してくれたけれど……やはり、この期間中くらいは辞めておいた方が良いかもしれない。
都市に関連する事についてはまた別の機会で良い。
今は補習授業部に集中するべきだろう。
でなきゃ、ヒフミ達に失礼だ。
それから、模擬試験の作成を手伝った。
ヒフミが自分のできるところからと言っていたが、これは先生も同じだ。
……先生が自分の言った事だけど、案外本人も分かっていないものなのかもしれない。
作業を終えると、先生はすぐに就寝した。
流石に眠気が来ていたのもあるが、それより休まなければならないと思ったのが大きい。
寝る前にチラリと見た端末には、ハナコとはまた別の生徒が映っていたのだが……
それを確認するのは明日にした。
今は、ゆっくり休まなければ。
リンに小言を言われて、ヒフミに心配されて。
これ以上無理をしてしまうのは流石に大人として失格だろう。
自分なんてまだまだ立派な人間じゃないかもしれないけど……
せめて、生徒が頼ってくれる大人でいなくっちゃ。
そう思いつつ先生は寝床で横になった。
え?
鏡のハナコが君主ホンルに見えるだって?
人格ストーリーでいずれ分かるさ、いずれな……
そうそう、早速ゲヘナの新規メインエピ見てきました。
それとイブキの家出も。
感想を少しだけ。
ネタバレ配慮の為、スキップボタンを用意しておきます。
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マコト株を買っておいたお陰で私も大富豪です。今なら富も引けそう。
道中、何度「アルちゃん助けて!おじさん助けて!」と叫んだか分からないよ。
あと実はサツキ(通常版も水着版も)持ってないの結構効いたぞ。ここがちょっとズキンとしたんだ。
次のお話は多分、カヨコ達便利屋68も関わってくるかもしれない……そう考えるとオラワクワクすっぞ!
言っておきますけどストーリーで便利屋が出てくる度に「うっひょ〜!」て声出してますからね私。レホール先生かよ。
あと雷帝怖い。寄生樹とか歌う機械の次くらいに怖い。
しかも雷帝とイブキは何かしらの関係があるみたいで……俺、涙が出そうだよ。
ヒナとマコトが手を握っているスチルで奇声を上げながら喜んだのは私だけですか?
一部の界隈ではヒナ×マコトやマコト×イロハのカップリングは既に熱いだろう。だいぶな!(唐突なマティアス)
そして、きっとさらに厚くなるんだろうな……寡人はその功績を称えようぞ。
上にスクロールするとネタバレになる感想があるのでご注意ください。
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