透き通った世界に鏡を通して   作:紙吹雪

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バーに色が付きました。感謝。



万魔殿

 

「……何とか、鎮圧出来たわね」

 

 最早パンケーキだった面影すらなく——元からそこまで無かったかもしれないが——怪物はゲル状の液体となって床へ飛散した。

 再生する様子は見られないし、散らばった粘液が一箇所に集まろうとしている訳でもない。

 完全に動きが停止しているように見える。

 少なくとも……今のところは。

 

「多分これで大丈夫でしょう。しかし、何故こんな事が……?」

「うぅ、すみません……」

 

 ジュリは何度も謝っているが、決して彼女の意思では無いのは知っている。

 先生とフウカは彼女が克服しようと日々努力を重ねている事もよく理解していた。

 ……残念ながら、フウカはまだ気絶したままだが。

 

「全員、応急処置は済ませました。先生、いつの間にかいらしてたんですね」

 

"うん。セナもお疲れ様"

 

「いえ、これが仕事ですのでお構いなく」

「セナもよく働いてくれた、感謝するわ」

「どなたか存じ上げませんが……賞賛は素直に受け取っておきますね」

 

 セナのその反応を聞いたアルはしまった、と言いたげな表情になった。

 

「……知っている人にそう言われると、やっぱり傷付くわね」

「知り合いでしたか? すみませんが全く思い出せません」

 

"いや、別に良いんだ。これもちょっと話すと長くなる訳があるんだ"

 

「先生がそう言うのでしたら、気にしない事にします。それより、早くした……負傷者の方々を連れて行かなくてはなりませんから」

 

 セナはそう言うと、いつの間にか到着していたらしい担架に次々と生徒を乗せて行く。

 淡々としていながらも、手際はとてもスピーディーだ。

 

「あの言い間違えをするのも一緒なのね」

 

"まあ、セナはそう言う子だから……"

 

 そこで先生が振り返ると、説明を欲してそうに此方を見ているチナツの姿が。

 しかも少し怒っているのか眉が釣り上がっている。

 

「……で、説明してくれるんですよね、先生?」

 

 今日はよく怒られる日だ……先生は内心で苦笑した。

 

 ヒナとアコにもしたように、現在のアルの状態や学園に来た理由を説明する。

 話を最後まで聞いたチナツは、一応納得が行ったように頷いた。

 

「事情は分かりました。しかし……ヒナ委員長の居ない風紀委員会ですか。何と言うか、大変そうですね……」

「たしかに大変な目に遭ったのも一度や二度じゃ済まないかも。でも、カヨコ達が頑張ってくれているお陰でそれなりに回っていたわ」

「そうですか。たとえメンバーが別人になったとしても、風紀委員会が背負う苦労は変わらないと言う事なのでしょうね」

 

 はぁ、と。

 大きな溜め息を吐いたチナツを見て先生は思う。

 ……少しくらい、仕事を少なく出来ないかな?

 

「貴女は相変わらずね……何だか少しだけホッとしたわ」

 

"チナツは今のアルも知ってるんだ"

 

「ええ、勿論よ。私はともかく、他の子達はよくお世話になっていたから」

「……何だか一方的に私の事を知られているみたいで複雑ですね」

 

 チナツからしたらアルは単なる指名手配犯である。

 面識が全く無い訳ではないが、まともに話し合った事もない関係性でしかない。

 他人も同然の相手に自分の事を知られているのはあまり愉快ではないかもしれない。

 

「まあ、良いです。とにかく助かりました先生……と、知らない人」

「し、知らない人……」

 

 地味に傷付いたアルだったが、流石に慣れて来たのか立ち直るのに時間はかからなかった。

 

「この場は私達に任せてください。これ以上、先生に手伝って貰うのは申し訳ないです」

 

"分かった。本来の目的に戻るとするよ"

 

「本来の目的……押収品保管室でしたか。場所は分かりますか?」

 

「学園の構造は私の記憶と一致しているから大丈夫よ」

 

 アルは自信満々に胸を張ってそう言った。

 カヨコなら若干疑っていたかもしれないが……幸いにも、先生とチナツは疑わなかった。

 そもそも、彼女は元々成績は良い方ではあるのだ。

 普段がアレなだけで。

 

「なら大丈夫そうですね。では、道中もお気を付けて」

 

"ありがとうチナツ!"

 

「……別に、これくらい当然ですよ」

 

 素っ気無くそう言いつつ、チナツは先生から背を向けた。

 若干顔が赤かった気がするけれど先生は気にしなかった。

 そのやり取りを、アルは懐かしむような目で見守っていた。

 

「チナツもだけど……先生が一番変わっていなくて安心するわ」

 

"そうかな?"

 

「そうなの。とにかく、行ってみましょ」

 

 こうして、先生とアルもまた食堂を後にした。

 

 ……微かに蠢いた怪物の身体の一部に気付かないまま。

 

 

 

⬛︎ ⬛︎ ⬛︎

 

 

 

 保管室の前の廊下までやって来たアルと先生の二人。

 しかし、肝心な事に気が付いていなかった……

 

「……鍵、開かないわね」

 

"施錠がしっかりしているのはとても良い事だね"

 

「忘れてたわね、見事に……」

 

 当たり前である。

 いくらゲヘナとは言え、施錠と言う概念はちゃんと存在しているのだ。

 そして、鍵を持ち出す権限があるのは風紀委員会……と、一応万魔殿。

 

"困ったね……ヒナの方はどうしてるかな?"

 

「後処理に追われてるんじゃないかしら? 温泉開発部はいつだって後始末が面倒だったし……」

 

 地面を掘って源泉を見つけるのが主目的の部活動である。

 その為よく地面に穴が開く為、修復に手間が掛かってしまうのだ。

 様々な苦労を経験しているアルは、忙しかった日々を思い出して溜め息を吐いた。

 

 ともあれ、ここでジッとしていても何も出来ない。

 誰かから鍵を受け取る為にこの場から離れようとするが……

 

「……む、そこに居るのは先生か?」

 

"あ、マコト!"

 

 曲がり角から姿を現したのは万魔殿の議長……マコトその人である。

 どうやら、イロハとイブキも一緒に居るようだ。

 

「シャーレの先生が我々に連絡もなく学園を訪れるとはな……」

 

"ごめんね、急ぎの用だったから"

 

「いや、別に構わないとも。その程度で怒る程、このマコト様の度量は狭くないさ。キキキッ」

 

 悪い笑みを浮かべるマコトと対照的に、イブキは先生に屈託のない笑みを見せた。

 

「先生ー! 来てくれたんだ!」

 

"うん。イブキも元気そうで先生は嬉しいよ。イロハも元気かな?"

 

「まあ、はい。特に用事があるとは知らされてないのですが……一体何の用でいらっしゃったんですか?」

 

 イロハの問いに先生はありのままを答えた。

 

 別の自分になってしまう鏡の噂話。

 生徒が別の世界の自分の人格に成り変わった事。

 そして、その鏡が押収品保管室にあるかもしれない事。

 

"……と言う訳なんだ"

 

「普段なら先生とは言えども、そんな根も葉もない噂話なぞ捨て置くのだが……実際に被害に遭った生徒が居るのか?」

 

"うん、そうなんだ"

 

 マコトはアルを遠慮もなくマジマジと見つめる。

 アルはその様子を見ても特に嫌がったりはしなかった。

 ……そっちの世界のマコトもやっぱりマコトなのだろう。

 

「その服装……キキキッ、なるほどな!」

 

「……何がなるほどなんですか、マコト先輩」

 

 今度は何を考えたんですか、と。

 どうせ呆れる答えが返って来るんだろうと思いながらもイロハはそう聞いた。

 

「その者の服装からして……お前は別の世界の空崎ヒナだな、キキキッ!」

 

「……はぁ」

 

 やっぱり呆れの込められた溜め息を溢すイロハだったが。

 

"……あながち間違ってないね"

 

「えっ」

 

 改めて先生はアルの現状を説明した。

 元はゲヘナの一生徒だったが、今の彼女は風紀委員長だ……

 その話を聞いている内に、得意気だったマコトの表情は真顔に変わって行く。

 

 先生の説明が終わると、マコトは思い切りアルを睨め付けた。

 

「貴様、名前は何と言う?」

 

「陸八魔アルよ」

 

 鋭い視線を向けられたアルは、そうされるのが分かっていたかのように淡々と応えた。

 不思議に思った先生は思わず首を傾げた。

 

「少し、話をさせて貰おうじゃないか」

 

 普段の彼女らしい……ややポンコツ気味な様子は鳴りを潜めたマコト。

 アルも真剣に言葉を選び、返した。

 

「ええ、勿論よ」

 

"アル……?"

 

「……大丈夫よ、先生。私にとってはこれは二回目だから。私が風紀委員長に就任した時も同じやりとりがあったの。その時はカヨコも一緒だったけど」

 

 何か事情があるのは理解した先生だったが、果たしてそれを聞いても良いものか。

 風紀委員と万魔殿の間にある亀裂……

 今まさに、その理由が分かるような気がして。

 

「私も、カヨコ……私の右腕である三年生の子から簡単に説明されただけなんだけどね」

 

「ふん……まあいい、こっちに来い。イロハ、イブキと先生は任せたぞ」

 

 そう言ってマコトはアルを連れて人気のない廊下へと歩いて行く。

 普段とは打って変わった威厳のある姿に、先生も驚きを隠せなかった。

 

"マコトがあんなに真面目なの、初めて見たかも"

 

「……マコト先輩が真面目な話をするのは、たしかに珍しいですね」

 

 先生とイロハで二人首を傾げていた。

 普段は口を開けばキヴォトス全土の支配とかヒナのあーだこーだとかイブキの可愛さとかしか話さなかったのに。

 

 幸いにも数分程で二人は帰って来た。

 疲れ気味のアルと妙に機嫌の良いマコト。

 どんな話をしたのかは全く想像が付かなかった。

 

「キキッ……」

「機嫌が良さそうですね」

「ああ。こいつをヒナと挿げ替えたいくらいだ」

 

"……それはやめておいた方が良いと思うけど"

 

 多分最終的には怒ったヒナが武力で抵抗するだろうし。

 しかし、そんな想定はマコトの脳内には無かったらしい。

 先生の言葉も気にせずにニヤニヤと笑っている。

 

「それはともかく、散歩はどうするんですか?」

 

"散歩?"

 

「ええ。イブキが面白そうだから見てみたいと言い出して……()()()()()()()でしたっけ?」

「!?」

 

 当たり前の事ではあるが、普通パンケーキは自ら意思を持って動き出したりはしない。

 しかし、先生とアルは先程普通ではないパンケーキを目撃していた。

 それも……周囲に被害を齎すタイプの。

 

“イブキ、それって何処で聞いたの?"

 

「えっとね、モモトークで見たよ」

 

 イブキの答えを聞くや否やすぐに先生はスマホを取り出して確認する。

 たしかに、謎のパンケーキに関する話題があった。

 チラホラ程度の数ではあるが、目撃場所がゲヘナ学園を中心に広がっているようだ。

 そう、学園の外にも……

 

"うわぁ……"

 

「どうかしたんですか、先生?」

 

 面倒な事になったのを察した先生を見てイロハは不思議そうに首を傾げた。

 事情を知らない人から見れば、単なる噂話に過ぎないのだが……

 

"ごめん、ちょっと用事ができたから話はまた後で!"

 

 アルならきっとまた風紀委員長として事態の収束の為に動くのだろう。

 そう思い口にしたのだが、アルは何故か眉間に皺を寄せていた。

 

"どうしたの、アル?"

 

「……臭いがしないかしら」

 

"え?"

 

「さっきも嗅いだあの独特で不快な臭いが……微かに」

 

 アルの言葉にハッとした。

 言われてみれば……たしかに漂っている。

 あの、あまり思い出したくない臭いが……

 

「臭い?」

「む、言われてみれば何か臭うような」

「なんか臭ーい……」

 

 イブキ達も気付いたが、それが意味する事は分からない。

 

 咄嗟に警戒態勢を取れたのはアルと先生だけだ。

 

「……状況はよく分かりませんが、嫌な予感がします。マコト先輩の発言以外で嫌な予感を感じたのは久し振りですね」

「イロハ、それはどう言う意味——」

 

 

 

 ほんの一瞬の隙。

 マコトじゃなくても人間ならば必ずある僅かな思考の空白。

 

 

 

 開いていた窓から音もなくぬるりとそれは入り込んだのは……紫色の粘液を滴らせた触手。

 その魔の手が不幸にも窓の近くに立っていたマコトを襲った。

 

「の、のわあぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 威厳の欠片もない悲鳴を上げたマコトは、抵抗すらも許されず床に抑え付けられた。

 そのまま触手はマコトの口の中に侵入しようとする。

 

「な、なん……もがが!?」

 

"マコト!?"

 

「この生物は一体何なのよ……!」

 

 アルは素早く判断しマコトから触手を引き剥がす手段を実行した。

 持っているスナイパーライフルを振り抜き、触手を引きちぎる。

 さながら野球のような動きだ。

 

 アルのフルスイングで断たれた触手はうねうねとしばらく動いていた……が、やがて止まった。

 触手の根本の方は窓の外へスルスルと撤退して行く。

 

「大丈夫マコト? それにイブキとイロハも」

「はい、私とイブキは平気です。けれど……なんですかコレは」

「パンケーキよ。信じ難いけど」

 

 ……信じ難いとかそれ以前に、触手に対してパンケーキと呼んでいるのがおかしいのでは?

 イロハはそう思ったが、口にはしなかった。

 あれが何なのかはこの際重要でもない。

 

「何、今の……マコト先輩大丈夫?」

「げほっげほ……これまでの人生口にした事のないくらい不味さだぞ」

 

 下手したら窒息しそうではあるが、マコトは平気のようだ。

 

"触手は窓の外から来たよね……えっ"

 

 窓の外を覗いた先生は思わず絶句した。

 そこには校庭で複数体に分裂し巨大化したパンケーキの怪物と、何人もの動けなくなったゲヘナの生徒達の姿が……

 

「これは酷いわね。流石にこの規模の事態は結構珍しいわね……」

 

"結構ってレベルかな!?"

 

「……」

 

 先生のその返しに、アルは遠い目をした。

 ……ああ、このくらい酷い事が無かった訳じゃないんだ。

 

「ともかく、早く鎮圧しないと……!」

 

 アルは窓からそのまま身を踊らせた。

 因みにここは3階である。

 ……そこまで触手が届いたのか。

 

"イロハはマコトとイブキをお願い"

 

「……はぁ、分かりました。一番面倒な事をしているのだから、そのくらいはやりますよ」

 

 先生もまた駆け足で校庭へと向かった。

 

 

 

 

 

 

「あんな化け物が居るなんて聞いてないぞ。後で風紀委員に苦情を送らなければ……」

「あの人曰く、パンケーキらしいですから見た目は案外可愛いかもしれませんよ?」

「いや、絶対に気持ち悪いだろ! あのペロペロだったかよく知らん鳥よりもこっちの方がおかしいに決まってる!」

 

 

 





?「あはは……どうしてそんな悲しい事言うんですか? それと『ペロロ』様ですよ。名前くらい覚えておいてくださいね」



まだ対策委員会編しか通過してない先生なのに既に知り合ってるのはあまり気にしないでください
私がまだまだブルアカ始めたての頃にマコトがピックアップされていた、所謂内輪ノリ的なアレなので……
懐かしい……140連目でようやくマコトを引いた記憶が蘇る
あの時は出なさ過ぎだろって愚痴を溢したけど、天井前に引けただけマシだったんだなぁ……

そして、このお話で書き溜めがなくなりました(弱い)
次回の更新はやや遅れると思います
絶望顔のミカを見たら元気が湧いてくるので投稿自体はやれる見通しだよ

【追記】6/7
対策委員会編しか通過してない先生発言は私の間違いです
書いてる途中で心変わりがあったのです……
正確にはこの段階の先生はプロローグ時点で対策委員会編の2章まで、それとゲーム開発部編の1章まで通過しています

リンバスとブルアカのプレイ経験はありますか?

  • リンバスだけプレイしている
  • ブルアカだけプレイしている
  • 両方プレイしている
  • 両方プレイしたことがない
  • プロムンの過去作はプレイしたことがある
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