しかし、ここはウマ娘世界である。
得られた知識の通りであれば、この肉体はウマ娘より早く走れるらしい。
そう思い、実証の為に降り立った場所とは……
競馬場のターフの上を走ってみたい――
ウマ娘であれば少なからず思う事である欲求。しかし、この思いを抱いたのはウマ娘ですらない一般男性だった。
この男性、ターフの上でウマ娘と競い合いたいという訳では無く、単純にターフの上でどの程度の速度で走れるかという事にしか興味が無かった。
当然だが忍び込んで走るのはNG。合法的に競馬場に入り、関係者としてターフの上に立てる形にしたい。
“関係者”という条件で調べてみると、丁度良い立場になれるものを発見できた。
URAファシリティーズ株式会社
開催場だけでなくトレセン学園の馬場の整備を請け負っている会社だ。
設備の保守管理や造園も行っているので馬場の事だけをやっている訳では無いが、業務の一環としてターフの上に立てる。
そして、隙を見て走れば良いのだ。
そうと決まればURAファシリティーズに就職する為にどんな大学を出れば良いか調べてみると、そう簡単にいかなそうである。
URA自体は新卒採用ばかりだが、100%出資の関連企業となるとほぼ中途採用の情報しか上がって来ない上に、毎年採用している訳では無い事が分かった。
農業大学を卒業すれば試験を受けられると考えていただけに、いきなり躓いてしまった。
だが、他に方法が無い以上は施工管理や造園のキャリアを積んで中途採用の募集を待つしか無いだろう。
この男性、何故『イベント等で開放された日に走る』と言う一番簡単な方法を取らないかと言うと、中学生となる直前でとある事が起こったからである。
――『超帝國』の“血”が目覚めたのだ。
『騎士代謝』と呼ばれる生理現象によって身体が作り替えられていく中で、あり得ない事態であるという知識を得た。
この男性、無自覚の転生者であったのだ。
この“血”の目覚めが覚醒のトリガーであったが、どうやら「生前何をしていたか」や「どうやってこの能力を得たのか」という情報が何も無い。つまり、生前の人格と言える物が何も無いのだ。
しかし、この“血”が世界にとってあり得ない物であるという事は理解できたし、この能力を発揮すると非常に面倒な事になるのは知識の中にあった。
中学生という多感な時期に、ウマ娘すら超える身体能力を得た全能感は様々なトラブルを起こすだろう。
しかし、それをやってしまった後の影響を考えると「隠しておく」という選択が一番だとなる。
ウマ娘間でも能力差でやっかみがある中で、ただのヒトの男が特異な能力を発揮したら社会の中にいられなくなる。
爪弾きに合うだけならマシな方で、実験動物として捕らえられる結末が目に見えるようだ。
故に隠し通さなければならないが、この力を“血”と呼ぶのは味気ない。
星団法は無く、その能力を生業にする訳では無いので“騎士”は名乗れない。
モーターヘッドやファティマ、ゴティックメードやオートマチック・フラワーズは存在しないので“ウォーキャスター”“ヘッドライナー”とも言えない。
……バルト海に【K.O.G.(マグナパレス)】が眠っている可能性を否定出来ないのが恐ろしいが…………
となれば、シュヴァリエ(Chevalier)の読み方を変えたと言われている「呪われた血」“シバレース”が適当だろう。
中学生や高校生時代は「ちょっと運動神経が良い男子」という評価で学生生活を過ごしていた。
思春期特有の「異能を自慢したい」という欲求もあったが、使った後の騒動の面倒くささを考えると気持ちが霧散してしまう。これについては転生の知識に感謝していた。
そして、僅か数人ではあったが、中央や地方のトレセン学園に行かずヒトと一緒の学校に通うウマ娘もいたので、ガバガバな身体能力の判定になったのは助かっていた。どうしても意図しない瞬間に“シバレース”の身体能力が反射的に出てしまうからだ。
“シバレース”の力を完全制御できないのでは集団のスポーツをするのは危険と判断し文化部に所属し、人目の付かない時間帯に思いっきり走る等の能力の確認を続けた。
このような生活を続けて行くうちに速く走る楽しさに気付いた事から、ウマ娘のレースに興味を抱いたのだ。
短距離のタイムアタックであれば勝負できるという自信はある。だが、レースという他者が多数いるなかでの競り合いというのは未知の領域。
この時、冒頭の『競馬場のターフの上を走ってみたい』という欲求が生まれたのだ。
無論、ウマ娘と一緒にターフを駆けるという意味では無い。そんな事をすれば本格的に面倒な事になってしまう。
競馬場のターフやダートの上と言う同一条件下でウマ娘よりも早く走れるか。確かめたいのはこれだけなのだ。
このような思いを抱きながら、友人たちとレースの動画を見たり、バイトをして貯めた金を使って競馬場に観戦しに行ったりしていた。
こうする事で、親や周囲に「将来はレースに関わる職に就きたい」という進路を考えているという説得力が生まれる。
打算から始めた趣味だったが、重賞は大いに盛り上がったしデビュー戦を見に行く機会も増えた。前世の知識があれば有力なウマ娘がデビューの時から知る事が出来ていたのだが、URAで賭博はご法度。そもそも未成年なので他の賭け事も駄目だ。
高校時代は造園関連がある農業系大学への進学を目指して勉強、無事に望みの大学に入れたら夏のバイトとして競馬場のターフ補修に携わった。ウマ娘が全力で走る事で抉れ飛び散る芝を元の位置に戻す作業だが、手作業なので人手が必要になる。
暑い中で真面目に作業し、URAファシリティーズの職員と思しき人に話を聞き顔を覚えてもらう事を夏休みの期間に費やした。
時は流れ、無事に大学を卒業しそれなりに大きい造園会社で働きながら中途採用の募集を待っていた所、わずか数年で声がかかる事になる。
一度目での採用は無いだろうと思いながら試験を受けるが、まさかの合格。30代の内に入れれば御の字と思っていただけに、嬉しい誤算である。
しかも、配属先は新潟事業所。アイビスサマーダッシュが行われる1000m直線がある新潟競馬場が職場となった。記録を取るのに願っても無いコースだ。
ターフの上を走るにあたり、人目が無くなる時期や時間、“シバレース”の脚力で走ってウマ娘の物と誤魔化せる芝の抉れ等を研究するのに1年を費やし、最適な日時を探り出しシューズも用意した。さすがにヒトが蹄鉄付きの物を購入するのは不自然なので、可能な限り耐久性の高い物を入手。重賞で落鉄したウマ娘がゴールを駆け抜けた後、シューズがボロボロになっていた事例があったからだ。
そして決行日。職員がほぼいない早朝を狙い偽装工作をする。
帽子とサングラスを掛ける事で遠目からは顔が分からないようにし、着替えた服には監視カメラから見るとウマ娘の尻尾に見えるアクセサリーを腰に巻いておく。これで新潟競馬場に出入りする職員のウマ娘に思われるハズだ。
アイビスサマーダッシュが行われる想定のゲート位置に付き、腕時計のストップウォッチをスタートさせると同時に一気に加速!
あくまでウマ娘が走ったと思わせる為に力の掛け方を注意しつつ、誤魔化しやすい内ラチを選ぶ事でスピードを出して行く。“シバレース”の能力を出し切ったとは言えないが、トラブル無くゴール板の前を駆け抜けてタイマーストップ。
減速しながら腕時計を確認すると、タイムは50秒。コンマ数秒の誤差はあるだろうが、レコードを3秒以上縮めた事になる。
様々な制限がある中でこのタイムは納得の行く結果だったが、これがコーナーのある通常のコースだったらこうは行かないというのは分かっているので喜べるものではない。ダートとなれば猶更だろう。
素早く監視カメラの死角に入り込み、用意していたバッグに変装セットを収納して仕事着になる。使い捨てにするつもりで購入した物なので、小分けにして目立つ物から順にゴミの日に出す予定だ。
入念な準備のおかげで特に騒ぎになる事も無く、この日は無事にやり過ごす事に成功した。
後日、早朝に誰かがコースを走っていたという噂話も聞こえてこず、時間も経った事で監視カメラの映像は上書きされ証拠は全て消えた。ウマ娘相手に並走やレースをしてみたいという気持ちが無い訳では無いが、そういったトラブルを望まないからこそ前世の記憶を残さなかったり“シバレース”の面倒ごとだけを伝える事にしたんだと思う事にした。
こうして、“シバレース”は誰にも知られる事なく日常へと消えて行った――――
◆あり得たかもしれないトレセン学園ルート◆
白と黄の帽子を被った小柄な女性を助けた結果“シバレース”の能力が露見してしまい、所属先のURAが隠蔽する条件でトレセン学園に配属され月日が流れ――
「アンタ、相当早いらしいな。私と走れ」
「誰からその情報を得たかは問わないが……一応確認だ。ウマ娘はバイクと競って勝ちたいのか?」
「――それは」
「私と速さを競うというのはそういう事だ。ターフを破壊して良いなら時速100キロ以上で走れる相手に挑んで、君の成長に繋がるか?」
「……繋がらないだろう。だが、この渇きは満たせるかもしれない」
「学園での模擬レースで走って満たされるなら、そんなに飢えていないだろう」
三冠を達成し最高潮だと思われているこのウマ娘、実情はその才能故に満たされない渇きを抱えていた。
姉とは違い同期で競い合うライバルという物に恵まれなかった故の悩みだろうが、こればかりは第三者がどうこうできる問題ではない。
「そもそも、私はターフでレースするようなトレーニングをしていない。競技者としてはお粗末極まりないだろう。それでも走るとなると、新潟競馬場の1000m直線で競うのが精々だ。君は短距離の適正はあるかい?」
「いや、無いな……」
「なら諦めるしかない。それでも走りたいと言うなら、ここの理事長やURAにかけあってイングランドのニューマーケット競馬場にある2000m以上の直線で競うしかない。コーナーを大外で回り直線を100キロで走るだけという駆け引きの無い力押しだけで走る私では、これが提案できる限界だ」
不服そうな顔をしながら三冠ウマ娘は去って行った。
無論、これは絶対に実現しないと踏んでの提案だった。何せ、URAが許可しないと言う確信があるからだ。
トレセン学園に導入されている『VRウマレーター』なる物を使えば疑似的に対決は出来るだろうが、そもそも“シバレース”としてVR空間内で全力を出すような事をすれば何が起こるか分からない。
どうしてもと言うのであれば、時速100キロで走るNPCウマ娘を出せば良いだけだ。何でも三女神を模した管理AIとやらが実装されてレースも出来ると聞いているので、データを調整すれば再現は出来る。
『VRウマレーター』内でも良いから勝負をしたいと言われても、その管理AIにあり得ないデータを学習させる事を防ぐ為に“シバレース”の使用禁止が理事長から直接通達されているので、仮想のニューマーケット競馬場でレースする事も不可能。何らかのブレイクスルーが起こらなければ三冠ウマ娘の願いは叶えられない――――
「それなら、あたしが走ってもいいかしら?」
「いつの間に……」
“怪物”が去ったと思ったら、物陰から“スーパーカー”が現れた。
「短距離適性なら問題なし。何ならダートでもオッケーよ」
制度の問題で同期とレースする機会が極端に少なかった“スーパーカー”を見かねた“皇帝”が、“天狼”を巻き込んで“シバレース”と併走できるようにお膳立てした過去があった。
目撃者を可能な限り無くす為に時期や時間を綿密に検討し、取り巻きも動員して目を外部に向けさせたのだ。これが功を奏し、無事に“スーパーカー”と“シバレース”の併走が実現した。
ここまで話が進んでいた事で“シバレース”も無下にする事が出来ず、人払いの済んだターフの上での異例の並走を行ったのだ。
この時の経験からコーナーを上手く処理できず直線だけが速い事が発覚し、「まるでバイクに迫られているようだった」という感想を“スーパーカー”が述べた事から“シバレース”の自己評価が決まった。それでも、直線であっさり抜かされるという今まで無かった展開に“スーパーカー”が終始上機嫌になった事で“皇帝”や“天狼”がフリーの時間に絡んでくるようになってしまった。
これが原因で“怪物”が気付いてしまった訳だが、意外な事に“魔性の青鹿毛”は“シバレース”の事を知っても接触をして来なかった。彼女はレースを愛しているだけで、レースを走らないただの個人には興味が湧かなかっただけである。
この時に協力者となった一部のトレーナーも“シバレース”の事を知ったが、“皇帝”が直接話しを付けた事で口を噤んでいる。並走を目にしたトレーナーも、現実離れした光景から何かの夢か『VRウマレーター』での出来事だと思っていた事だろう。
「“怪物”のような後輩が出てきてジャパンカップや有馬記念で迎え撃つのかと思ってたけど、まだ並走し足りないのか?」
「もちろん! それに貴方、本気で走ってくれたかもしれないけど全力じゃなかったでしょ?」
「それについてはお互い様。そもそも、全力を出したら『貴婦人』のように大穴を開けながら走る事になる。制御されてないパワーではスピードに繋がらない」
「だから一緒にトレーニングしましょうって誘ってるのよ」
実力を付けてきた現役トップのウマ娘ですら“スーパーカー”への並走依頼はし辛いらしく、持て余し気味だった所にチャンス到来とばかり“シバレース”に攻勢をかけていく。最初の並走以降は何度も断っており流石に居た堪れなくなっていたので、担当トレーナーと生徒会長の許可が取れたらという条件でOKを出してしまう。
これに気を良くした“スーパーカー”が“皇帝”との交渉で話を大きくしてしまい、レース開催期間外の冬の新潟競馬場を理事長が1日借りる為にURAに交渉しに行く寸前になってしまっていた。
秘書や職員、“シバレース”の必死の説得で何とか止まってくれたが、せっかくのイベントを潰された理事長は“シバレース”に対して今後開催予定の『総合スポーツ競技会』の手伝いや『機械仕掛けの第二の肉体』の研究・実験に協力する事を約束させる。どちらもウマ娘以上の身体能力を持っている事に目を付けられていた結果であった。
この“シバレース”をウマ娘達の為にどう使うかは、理事長の胸三寸である―――
なお、結果として中止になってしまったが新潟競馬場でのイベント開催予定を聞きつ付けていた“直線番長”は1000m直線を走れなくなり大変残念がっていたとの証言が残されている。
不整地なのに100mを5秒フラットの速度で3kmぐらいなら全力疾走可能なキャラがいるし、FSSの騎士が介入する話があっても良いよねという思いからの一発ネタでした。