1.肌艶の湯
いやはや、皆さんこんにちは。
俺はなろうテンプレ的な転生者。いっぺん死んで、別の世界に生まれ変わるガチガチのテンプレ野郎。
(俺の場合生まれ直した訳じゃなくて、魔族が造った人形に憑依する感じで異世界転生したんだけど広義では同じ)
目覚めた時が正常な状態なら『最悪だぜ…』とか『異世界転生フォー!!』とかなったりしそうなもんだけどさ、俺はもう完全に異常だったんだよね。
目覚めた瞬間から大混乱。
大混乱スマッシュシスターズ!!
なんて、遊んでる余裕すらない。
なんと言うかね?
安心できる我が家でいつも通りの生活を送って、いつもどおりに就寝してたら不法侵入者に氷水ブッかけられて叩き起こされたような混乱具合(実体験だから伝わる…伝わる?)が果て無く続く感じなんだけど………ん〜表現がムズイ。
パニック障害になった時の感覚って言えばもう少し伝わるかな? 肺が無限に空気を求めて、けれども吸い込んだ筈の酸素が異次元に消えていくような理不尽な絶望感?
頭も身体も制御不能。
もう二度と経験したくないフワッフワの恐怖。
「ら………【ライト】」
気付けば無意識に呪文を唱えてた。
体内のマナを起爆剤として体外のマナを活性化させる、この世界の常識的なエネルギー変換だね。
苦しかったのは、ただ世界が暗かったから。
そう思い込むしかなかった。
そうじゃなきゃ耐えらんないもの、ホント。
蛍光灯よりも弱くて、LEDよりも穏やかな。
大昔に見た柿色の白熱電球に似た明かりが世界を照らして。そのホンワカした光が見せてくれたのは、石と土塊で作られた卵の内側。世界から隔離した、まだ産まれる前の時空。
右も左も、上も下も無い。
まん丸で、狭い密閉空間。
もーコレ俺がもし閉所恐怖症だったらこの時点で詰んでね? とも思うけど、身体が魔族ボディだから案外平気だったりするのかな? なんて頭の片隅で思考バトルしながら、とりあえず『やべぇでガンス! やべぇでガンス!!』つって暴走しそうな恐怖心を、
「俺は大丈夫」
「俺は大丈夫」
「俺は大丈夫」
「さくらちゃんも言ってたからきっと俺は大丈夫」
…と、意志の力とさくらちゃんのお言葉をお借りしてなんとかカントカ押さえ込み、俺は俺に与えられた情報を整理したのよ。
まず、俺は死んだ。
もちろん前世の話だ。
冒頭でも言った通り、いわゆる異世界転生物としての
死ぬってのがアレほど恐ろしく、生き直すってのがここまで心身にとって極限の綱渡りになるってのは知らなかったんだけど。ともかく、俺はいっぺん死んで、今は人形タイプのダンジョンマスターとして転生を果たしたらしい。
今し方使用した魔法【ライト】からわかる通り、俺の新しい身体にはダンジョンマスターとしての機能や知識がインストールされている。
この下地のおかげで生き返ってすぐに発狂死する、という地獄みてぇな現象を回避できたんだから製造主には感謝するべきなんだろうけど、こんな冷静な苦しみを味わうハメになったのは製造主がクソだからなのであって…。
う〜んこの。
…それにしても。
前世の記憶が結構あやふやな気がする。
脳ミソが無いからかな?
それとも異世界に来たときに世界の壁的な何かに当たって記憶の部分がこそぎ落とされた…とか?
日本人の男だった記憶はあるんだけど、根拠も証拠も提示出来ないから夢の記憶みたいにぼやけてる。
「あぁ、でも………」
それでも、俺の魂に刻まれた想いは。ハッキリと後悔した記憶だけは鮮明に残っている。
コレはたぶん、俗に言う『未練』と呼ばれる物だ。
この世界では、この『未練』の大きさがダンジョンマスター*1にとって重要な要素となるらしい………。
「そうだ、コア」
未練を思い出したからか、ライトの効果か。
少しだけ気持ちに余裕が出来てすぐ気付いた。
ダンジョンにはダンジョンコアがある。
例え生まれる前の閉じられたダンジョンでもそれは同じ。ダンジョンがあって、DMが居るならーーー。
意識を向けた瞬間、目の前にぼんやりと影のような粘液が浮かび上がった。
不定形の黒いスライム。ドラ○エで例えるなら普通のではなくバブルな方のとろけた感じ。
目も鼻も口も無い、腕も、脚すらも無いそれが、ゆっくりと立ち上がり影法師になる。
「うっそだろん、これは………参ったなぁ」
コアの状態から自分の苦境がわかっちゃうんだよね。
このコアの状態は劣悪。
普通のコアは宝石や人形、竜や獣型とか。ほんと色んな種類があるんだけどね、強い
つまり、
つまり自意識すらも消滅寸前! 正に筋金入りの『事故物件』と言うことになるのですな!!
マナが無い、それに輪をかけてヤバイのが『何度となく踏破されている』という現実。
こんなになるまでコアが衰弱したダンジョンなんて冒険者にとって旨味がゼロですやん?
召喚に応じてくれるモンスターなんて雑魚ばっかだし、冒険者を呼び寄せる財宝なんてビー玉くらいしか選べないんじゃね?
それにも関わらず殲滅対象になってるって事は、たぶんたけど、このダンジョンの立地が人類からして都合が悪いんだよ。
つまり、普通にダンジョンを開いた場合、なす術も無く屠殺されるのがこのダンジョンのコアとマスターの宿命…オゥ、ジーザス。
…これ、難易度ナイトメアモードですやん。
俺なんかにクリア出来るわきゃね〜んだわ。
DMに与えられた優秀な頭脳で転生終了のお知らせを感じ取った俺は、だからこそ開き直る事が出来た。
「………よし、決めた! どうせムリゲーなんだし、温泉ダンジョンやるか!!」
その意味を知ってか知らずか、目の前の
◆
「ーーーまたダンジョンが復活してやがる」
街と貿易港を繋ぐ街道沿いにあるアマノ洞窟は頻繁にダンジョン化する事で有名だ。
過去に一度
その甲斐もあってか、最近ではコアの機能も衰えまともなモンスターも出現しなくなっているのだが…。
「なんだ、小銭稼ぎでもするのか?」
港町から街へ向かう小規模な商隊、その護衛任務にある冒険者の一団。その内の酔狂な一名が穴へ向う。
一団のリーダーは動かず、団員も同様に静観の構え。
彼らはカラカラに干からびた薄汚い衣服の上に革鎧を着込んだ山賊風の男性であり、この地域ではありふれた低階級冒険者だ。
そんな彼らをして、こんな崩壊寸前のダンジョンには旨味など無いと言わしめる。
小銭稼ぎに時間を潰されるより、護衛対象から差し入れられた貴重な水分を舐めるように味わい、少しずつ身体に染み渡らせる方がよほど有意義なのだ。
ーーーだが。
「貴様らの臭い息を浴びるよりは、すえた洞窟の臭いの方がマシ…我はそのように判断した」
集団から抜け出した一名は、明らかにその他とは違う生物だった。
声が違う。
性別が違う。
風を切る風格が、違う。
洗練された戦闘服が包む肢体には男の視線を釘付けにする凹凸がハッキリと形作られ、砂塵に晒されながらも色艶を失わない金髪は海原に輝く太陽の光のように渦巻いて揺れる。
顔こそ無骨な金属製のヘルムにより覆い隠されているが、声や仕草、漂う甘い香りは否応なくその内側に秘められた美を感じさせた。
「ヒャッハー!!」
「イェーァ! やっぱ姉御はこうでなくちゃ」
「姉御さん! お花摘みなら俺もご一緒いたしますよッ!」
「バカが、姉御はクソもシッコもしねぇんだよ!」
「ギャハハハハハ!!」
「姉さんコイツラの仕置は打ち首獄門でよろしいでしょうか? アッシはお役に立てますぜッ!」
やんややんやと囃したてる男衆に構うことなく、彼女は一人洞窟へ向かった。
「………なんだ、これは?」
自分の庭を歩くような軽快さで曲がりくねった洞窟を進んだ先に、光る小池を見つけた彼女。
道筋はとても短い。
もしここに至るまでの通路が真っ直ぐなものであったなら、まだ外の日光が薄っすら感じられる程度の距離でしかない。
そんな場所にある、小池。
いや、湯けむりの立ち昇る様子からすると中の液体は水ではないのだろう。
何らかの罠か。怪しい、洞窟の土の香りとは別の臭いも気にかかる。
明らかに人工的な曲線と平面で作られた底の浅い泉の傍らには、一つの看板が立っていた。
【第一階層・肌艶の湯】
『効能︰お肌がスベスベつやっつやになります! 無限に湧き出す魔法の温泉! 好きなだけお持ち帰り出来るので販売・お土産としても重宝される事でしょう! やったぜ! コレを見つけたアナタはきっと未来の億万長者☆』
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◆
「あ゙〜〜〜〜……」
頭がガンガンするんじゃ〜。
内臓がビクンビクン跳ねておる。
(内臓は内蔵されていナイゾウ? なんちゃって)
地面はクルクル、視界はぐにゃぐにゃ。
このアマノ温泉ダンジョンの主たるこの俺、あるまじき失態でござる。
「………」
倒れた俺の頭の下で、スライム状のコアがプルンと震える。
俺の枕として機能するだけでは飽き足らず、少しでも俺を元気付けようとしてくれている気持ちが伝わるぷるりんちょ。
おぉ。
なんて素敵なコアなのかしら。
ダンジョンを開通して入り口と一本道の通路、そしてメインの温泉、その後頑張ってDM部屋を作ろうとしたんだけど限界が過ぎた。
温泉から少し奥に伸ばした通路のど真ん中で電池切れ。
敵対モンスター 無し。
罠 無し。
ボス 無し。
ダンジョン………ダンジョンとは?
一見不思議なただの洞窟温泉であり、ニ見しても三見してもやっぱりただの洞窟温泉なのだが、いやうん。
…んだょオラァ!
仕方なかったんだよォ!!
天原先生の温泉ダンジョンを再現する為には絶対に第一階層は【肌艶の湯】にしなきゃならんかったし、その為にはダンジョンに許されたリソースの9割以上が最低ラインだったんだぇ!?
男に二言はない!
俺はやるぞ!!
やると言ったらやるし、俺は絶対に、命を賭してでも温泉ダンジョンを作り上げる!!
(桃源郷、桃源郷、桃源郷………!!)
その黄金の覚悟をもって挑戦した温泉ダンジョン作成なのだがしかし、このダンジョン。
もし第一挑戦者が男だったら詰みだよね。
女だったとしてもどうかな?
だってキミ、ダンジョンだよ?
ここ、腐っても硫黄臭くてもダンジョンなんだよ?
ダンジョンったらアレだべ?
人間の敵である魔族の住処だべよ?
そんなゴキブリより害悪してる害獣の住処で温泉入る? 入らない? いや入らないってww
そりゃね、常識で考えて入らないよ。
入る奴いたら頭おかしい。
そんな訳だから、無いリソースを絞り出し、俺の体内マナを捻り出して温泉の効能説明の他にも道中に看板を設置してみた。
『※ダンジョンが崩壊した場合この温泉の効果も消滅します、厳重注意!!』
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『お願いだから騙されたと思って効能を確認してください! ホントよ!? ホントにお肌スベスベで副作用なんかもゼロなんだから! 神の湯!! 作ったのは魔族だけどマジで神よりゴッドだからマジで』 (。+・`ω・´)
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『この奥には進まないで下さい! 工事中!!』
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『ここの 『人類と仲良く共存キボンヌ♡』
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『YESラブ! NO暴力!!』
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とりあえず、思いつく限りの言葉を尽くしてみた。
まずさ、温泉ダンジョンってのは『発想の常勝無敗』と呼ばれる天原先生(漫画家)が思いついたダンジョンなんだけどな? 一般的な宝石や財宝を餌として冒険者を呼び寄せるダンジョンとは違って、入浴という行為を経て対象へ隔絶した【美】を与える独自性の高いダンジョンなんだわ。
先生の原作では20階層を増設した時点で1ヶ月間の入ダン者数35万人を記録してた。
その主な要因は非戦闘員の王族や貴族が危険なダンジョンで入浴する、その護衛の為に桁違いの人員投入が行われた為だ! てなってて、後々の話を統合するとかなり危険な道中で行き帰りに1ヶ月もかかるらしい。
(まぁ1ヶ月ってのは姫様護衛部隊の兵站確保とかに原因がありそうだし、精鋭部隊で進めばその半分以下の日程にはなりそう)
作中では一般ダンジョンとは比べるべくもない成功ダンジョンなんだけど、その実はただDMが美女の裸を眺めたかったからスタートしただけの無計画ダンジョンだったのだ…えぇぇ! なんだってぇ!? てな感じでコミカルに描かれてたあのいつもの雰囲気がスコスコ。
DMのネタ切れによって提案されたダンジョン新階層での温泉の効能決定権を巡る貴族の不毛で醜悪な争いも『貧乳派』VS『巨乳派』との抗争としてわかりやすくて人間味あふれる表現をされてて、ほんと数コマで構成された1発漫画とは思えないレベルのクオリティだったんだよ。
ーーーさて。
俺はそのアイデアにあやかってこのアマノ温泉ダンジョンを開いたんどけど、理想と現実のギャップが江口さんだったんだな、これが。
・ダンジョンを拡張したりモンスターを召喚したりするお馴染みの
・転生者特典なのか崩壊寸前ダンジョン補填なのかは知らんが、DMに与えられた知識によるとこの世界の冒険者の割合は8:2で女性は希少価値。
・ダンジョンの主である魔族は人間界侵略のために派遣された『ザ・人類の敵』であり、見敵必殺が人間の常識。
…と、まぁざっと上げただけでもムリゲー要素が凄くてね。
そりゃ俺だって保身に走りたかったんだよ?
計画を断念して生存性の高い別の方法をチラチラチラチラ模索したりもしたよ? だけど、俺の中の未練がそれを許してくれなかったんだわ。
ん?
未練の中身?
う〜ん。
どうせ死ぬから喋るかな?
いや人様からすれば大した未練じゃねぇんだけど。
いやね、俺って前世ではそこそこ頭良かったのよ。
応用とか発想は弱かったけど記憶は良くてさ。
俺の前世の世界は記憶力さえ良ければ成績に困ることはないし、運動だって割と得意。
他人と合わせるコミュ力も搭載してたからマジで汎用人型決戦兵器な感じのカースト上位系優等生だったんだわ。
そんな俺なんだが、バックボーンである所の母上様は子供の頃に色々と苦労したらしくてさ、本当なら支え合うはずの伴侶である俺の親父が結構早く…俺が4〜5歳の頃に死んだ事もあってか、どうも俺には良い学校に行って良い会社に就職して欲しかったらしいんだよ。
まーね。
俺ってひとりっ子だったし?
『スゲー』『スゲー』言われて調子乗ってたし?
親や学校の先生に言われる通りに良い学校、良い会社に就職して働いたんだわ。
………けど。
けど、ずっとずぅぅぅうううう〜〜〜っと心の片隅で後悔してたし、死ぬ間際には狂いそうになった。
本当に人生を無駄にした!
俺は、本当に、本当の本当にクソ馬鹿だったッ!!
そう思いながら死んだよね。
ーーー俺さ。
俺の実家はさ、銭湯だったんだよ。
俺はずっと思ってた。
物心ついた頃からずっと。
あぁ…番台になりたい。
番台さんになって、女の子の裸をチラチラ眺めたい…って。
なんでも出来たハズなんだ。
俺は、俺の夢を叶えるためなら万難を廃する覚悟を持てたハズなんだ…!!
なのに、俺は………俺はッッッ!!
だから、かな。
例え死ぬとわかっていても、俺は天原先生が魅せてくれた夢を追いかけなきゃならなかったんだ。
馬鹿な、
さぁ、コレで良いか?
長くて脳ミソおチンチンな話を笑わずに聞いてくれてありがとう。
叶うなら、君のオパ〜イを見てみたかった…。
温泉を、そして何枚もの看板による命乞いを無言ですり抜け、ダンジョン最深部に到達した鉄仮面の女性冒険者。
彼女は、手にしたバスターソードを。
ただ静かに頭上へと振り上げたのだった。