温泉ダンジョン。
そう…改めて書くような事ではないのだが、俺のダンジョンは温泉ダンジョンなのである。
階層はたったの1つ。
鉄子に脅された結果、冒険者が温泉をお持ち帰りしやすいダンジョン構造に改変させられてはいるが、その本質自体に変化はない。
元が洞窟のダンジョンだけあって床も天井も壁も、何もかもがゴツゴツした岩肌で構成されている。
天井までの距離は平均して2m30cm程で、ダンジョン側で用意した光源は光る温泉のみ。
ダンジョンその物は常温設定なのだが、温泉は人間に取得されない限り永遠に温度を保つ性質がある、流石に蒸気になった場合には少しずつ熱が拡散するらしいけどね。
筋肉どもの話を盗み聞きした情報からすると、ダンジョンと外の間に見えない壁があるらしくて、そこを境にして温度と湿度が急変するとか。
(完璧に遮断されてる訳じゃないけど、天気の良い日の日向と木陰くらいには中と外で明確な差がある)
つまり、洞窟内は蒸し暑い。
薄暗くて、暑くて、足下が不安。
元値タダで大金が稼げるとは言え、どう控え目に見ても素晴らしい職場環境とは言えないだろう。
筋肉だるまの群れはよく働いたと思う。
朝から筋肉、昼にも筋肉、夜もまた寝る寸前まで筋肉筋肉、下手したら誰か有名な感じの人が『筋肉のぉぉぉ玉手箱やぁぁぁぁあ!』なんて叫んでも不思議ではない。
…まぁアレだよね。
これってさ、たぶん、トーマくんみたいな役職っぽい筋肉以外は全員奴隷なんだよね? ファンタジーに奴隷制度は定番ですし、奴らの身なりや初めてダンジョンに来たときのホームレスっぽい雰囲気からしても九割当たってると思う。
だからこそ嫌でも働くし、かなりムンムンホカホカと熱気を振りまきながら働かされ続けてる。
まぁ、
けどね?
…俺はね?
もうね?
言うけどね?
ノイローゼなんだよ…ッ!!
何のための温泉だと思ってんの!?
馬鹿なの!?
脳まで筋肉なの!?!?
なんで暴動が起きねぇんだよ!!
さっさと内部崩壊しろよお前ら何で毎日毎日ミジンコ以下のクソ待遇で肉体労働させられまくってヘラヘラしてられんだよ、キモいよ! 死ねよ!!
フツフツと湧き上がる怒りと憎しみに気が狂いそうになる。けど、俺は耐えた。
何故ならそれは、俺が天原先生の生み出したる至高の桃源郷に至るためには絶対に必要な忍耐だったから…!
考えるに、俺のダンジョンにはまだ強みが無い。
1階の【肌艶の湯】はクソ筋肉軍団の奮闘もあり女の子を呼込むための撒き餌としては(たぶん)十分な効果を発揮している(未だに女の子の入ダン者ゼロ人)のだが、それだけでは力不足。
『え〜? ダンジョンなんて危ないしぃ〜? 埃っぽいしぃ? なんかゴブリンとか居そうで臭そうw それだったらお家のお風呂に肌艶の湯を入れてぇ、レモンティーなんか飲みながらまったり入浴するのがおシャンティだよね☆』
みたいな思考になってしまうのは仕方がないだろう。
要するに、パンチが足らないのだ。
温泉水をダンジョンの外にお持ち帰り出来ない地下2階、3階の湯を持ってしてもそれは同じ。
【髪艶の湯】はやはり弱い。
わざわざダンジョンに来なくても奴隷経由で販売されているであろう【肌艶の湯】に浸かりながら、丁寧にシャンプー・リンス・トリートメントで手入れしていればそれなりの仕上がりにはなるだろう。
次の【シミ消えの湯】こちらも厳しい。
だってこんなんを欲しがる人の大半はちょっと気軽にダンジョン探索☆ なんて気分にはならないであろう年齢層高めのマダムだろうし、そんなマダムの中からわざわざ高い金を冒険者やら何やらに支払ってダンジョンに突入しようなんて人はそもそもお肌の手入れを入念にしてあるだろうから【シミ】にお困りのマダムとなると更にその数が限定される。
ーーーとなると、やはり目玉は地下4階の【若返りの湯】になってくる。
誰だって欲しい。
若さは強さだ。
同じ強さである『金』で解決する事の出来ない絶対的な強さだ。
それが手に入るとわかれば血眼になって美少女予備軍のお姉様方が殺到する(確信)。
だから俺の当面の目標は地下4階の作成………なんだけど、その4階の作成難易度がブチ壊れてる。
地下2階・3階を作るのに必要な最大コストの500倍は必要とか、馬鹿も休み休み言ってくれ。
それも細かいルール*1を設定しまくって最大限コストダウンした上での500倍だ。
到底、マトモなやり方じゃ辿り着けない。
王侯貴族の美女とその護衛の美少女騎士団を呼び込み、その圧力で奴隷筋肉商人を追い出したい。
そのためにはDPが必要で、DPを得るためにはもっと沢山の筋肉が必要。
けど、俺の精神はもう限界だった。
筋肉を見てゲロを吐く日々。
DMに転生してから何も食べてないし食べる必要もないのに胃液だけをリバースし続ける日々だ。
(人形なのに胃液があった。魂を上手く定着させるために生物に似た機能と構造になってるらしいけど、ゲロ吐くときの不快感くらいは消しといて欲しかった)
この不調…脳(脳っぽいパーツ)の冷静な部分はたぶん温泉ダンジョンのDMに転生した事が原因で、求めていない筋肉のフルマラソンカーニバルに魂が拒絶反応を引き起こした結果としてのゲロ大噴出なんだ…と推測したのたが、そんな考察には何の価値もない。
本格的にやつれて、奴らから入ってくるDPをマナに変換しながら身体を保つような限界状態が続く毎日。
たぶん、下手な拷問よりもよほど苦しい1分1秒に俺の精神は何度も何度も言うが発狂スレスレだった。
(体内でゴキブリが蠢くような感覚が四六時中ある。前にも言ったけどダンジョンは俺の家であり、俺自身だから本当にキツイ)
そんなある日。
「もう限界ッ!!」
俺の心の声を代弁するかのように、奴隷マッチョの一人が叫んだ。
確か、彼の名前はアシレーヌくん。
ポケ○ンかな?
確かアシカっぽい水ポケ○ンにそんな種族おったよな? つーかゴルフボールが集合したような顔の
そんな彼、アシレーヌくんは温泉水の入った樽を地面に転がし、奴隷一同が飲料用として樽詰めしてダンジョンの端によけていた樽へと近付く。
喉が渇くのは別に珍しくない。
奴らは奴隷だからか、外に出て蛇口から新鮮な水を飲む権利も無いらしく、苦肉の策として樽に冷却の魔法陣を貼り付けてキンキンに冷やした温泉水を飲んでいる(キモい)のだが(お腹壊すよ?)今回は妙に様子が違った。
(つーかアレな? 俺も試しに飲んだけど一口で吐いたんだよね。臭いし苦いし、冷えててもあんな不味い水飲めないって普通、ホント人間キモいわww)
気になってダンジョン内を映すモニターを注視していると「うぉぉぉぉオルァ!!」と、野獣のような怪力を発揮して、馬鹿の筋肉が樽を高々と持ち上げた。
それも、上下を逆さまにして。
「うばひぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ファンタジックな樽は筋肉ダルマがひとり入ってもまだ余裕があるサイズのクソデカ樽。
そんな樽に並々入った冷水を頭からザバンとかぶったのだ、それはもうスゴい事態になった。
「この野郎!」
「ふざけんな!」
「アッシーてめぇ!」
「ぶち殺すぞ!!」
「クソ野郎ぉぉ!!」
「ナメんなオラァ!!」
仕事の邪魔をされたからか、上役からの罰を恐れたのかは知らないが、周囲に居た筋肉&筋肉にフルボッコにされるアシレーヌ。
馬鹿なヤツだなぁ、と思った瞬間。
「んぱ………ぴょ?」
いやね、マジで硬直した。
「えっ…ま、マジで??」
ヤツが水をかぶった瞬間、収益DPが肌で感じてわかるレベルで跳ね上がったのを捉えたのだ。
ダンジョンは人間の変化を食う。
それは苦痛だけではなく、喜びや快感でも。
「ぐぽみムン?」
なんかそれと同時にFPとかいう謎ポイントも入っててコーちゃんが混乱してるけど、まぁまぁそれはさて置きだ。
「コレは、行けるかも知らん…!!」
突如舞い降りたアイデアに俺の頭脳はエキサイトするのであった。
◆ダンジョンの『外』の世界にて◆
希望など、砂漠に揺れる幻影のオアシスと同じ。
本国との間に絶海をもって隔てられた大地。
国土と言う名の自治権を与えられた我が『離国』に、たどり着ける未来などありはしない。
それを、承知して。
その上で挫けなかった。
それは、あの馬鹿げた政争で喪った友への贖罪か、悔恨の果にある狂った矜持か。
どちらにせよ、私はこの国の女王として考えうる限りの最大限を尽くしてきました。
水、食料、衣類、住居、時間。
全てが無かった。あるのは赤くヒビ割れた荒野と金色の砂原、そして我々を殺すためだけに輝き続ける無慈悲な太陽。
使えるものは何もない。
何一つ無いから、逆に考える必要がなかった。
敗れても神の血を引く私は
民の生活を良くしたかった。
一人でも多くの仲間が生き延びられるようにしたかった。
本国から謂れ無き罪を被され、この地獄に流されてくる
5年経つ頃には国としての最低限の格好はつきました。
(その途端本国からの締め上げが苛烈化したのには、ほとほと困り果てましたが)
多くの同胞の死を土台として、それでも少しづつ人を育て、小さな小さな改善を繰り返し、そうして巡り合う新たな民が私に新しい景色をもたらしてくれました。
民の多くはこんな私を女王として敬い、これまでの行いを称えてくれて。
………けれども。
私は、私の心の奥底にはどうしようもない諦観がありました。
最初から、最後まで、ずっと。
私は諦めていた。
無理だと悟っていたのです。
我らの天なる水龍神に見放され、生きとし生ける者を蝕む死の大地に、形ある未来などありはしない。
だから『今』に全力を注いだのです。
『未来』から、逃げるために。
ーーーけれど。
「なんと………?」
謁見の間。
そう記すのが申し訳なくなるような小部屋で、私は彼女からの報告を聞き直しました。
「
常のような毒舌に構う余地もなく。
眼前に座す私の騎士に、もう一度問い直しました。
「無限、水源………ですって?」
磨かれ抜いた鉄仮面は、彼女の偉大なる傲慢を示すように
「何を驚く事もない」
「いえ! それは…だってッ!」
ここは離国。
我らの故郷である
【新天地開拓】などと言う大層なお題目を掲げた、現体制にそぐわぬ者をすり潰す為の処刑場。
天なる水龍神ペリア・ナハルの加護を知らぬ、永遠の砂塵の大地。
例え人外の理によって成される魔族のダンジョンであれ、この地の理に背く事は不可能。
「温泉だ」
「お……ん?」
「アマノ洞窟ダンジョンのDMが特化したのは『温泉』であり、真に正しく『水属性』では無い。恐らく、あのダンジョンの温泉は一般的なダンジョンに於ける宝物と同等の物として処理されている。
ダンジョン構成機構の抜け穴に上手く噛み合ったのだろう。そも、あのDMの独特な価値観と未練、そして狂った覚悟までを含めた…恐らく、二度は無いであろうダンジョン」
絶句するのはいつぶりかしら。
混乱が、言葉を遮ります。
「
ーーーだが。
そう繋げる彼女の言葉に、心の臓がゾワゾワと震えます。
「馬鹿は、巨大な馬鹿であるほどに、奇妙な引力を得て、世界を動かす」
捨てられた大地に、新しい風が吹く。けれど、その予感に浮かれる熱を…私の孕んだ絶望が喰む。
「何を言っているのか、わかっているのよね?」
もし、この提案に乗るなら。
そして彼女の見立て通りそのダンジョンが離国に有益なモノであるのなら。
それはダンジョンの拡大を、そして人類の大地を失う事を意味する。
ダンジョンとは、北の大海。その先にある超大陸に住まう魔族が、人類の領土を汚染するために作り出した侵略兵器だと言われている。
ダンジョンの成長に伴い地表に瘴気を放ち、その瘴気は人を退け魔を誘い込む。
故に、その成長を助長する行為は、それは。
「貴方は、私に、売国奴になれ…と? 腐っても神の血を引くこの私に、人類へ仇なす者へ堕ちよと。まさか、本気で?」
震えるな。
私はこの国の女王であり。
彼女の。
「ハッ。瘴気…そのような物、有ろうが無かろうが知ったことか。目を開け、我が主よ。水が無ければ人は生きられない、それを誰よりも深く知っているのは貴様であろう」
この地の水ももうじき枯れる。
やっとの思いで作り上げた街が砂に沈むのはコレで3度目。私も、民も、これ以上は耐えられない。
けれど、これは、
コレはそのような問題ではない。
知っている。
わかっている筈です、彼女は。
「土地など魔族にくれてやれ、盟約など踏み付け泥を塗たくって付き返せ」
常になく苛烈な彼女の心。
隔たりがある。
私の心は、彼女を恐れる。
………それなのに。
「冒険者ギルドへの情報操作は」
「無論」
「使える人員の手配は」
「最優先で」
「現物は」
「既に」
打てば響く。
私の騎士は、私より深く『私』を知っている。
「付け加えておこう、我の主よ」
仮面の奥に、
「第一階層、その温泉の効能は
彼女の凶暴な笑みを見た。